NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】
 
 
 



      湖南三山を巡る
 2024年11月10日(日)  曇り後晴れ   81名
  石部駅~雨宮運動公園~常楽寺~長寿寺~下田焼き~甲西駅

 風が少し冷たく感じましたが、さほど暑くもない中でのウオーキングでした。石部駅前で受付の後、向かいの公園で準備体操をして、9時50分頃出発しました。
 住宅街をしばらく歩き、川沿いを通った後、山間の坂道を心地よい木漏れ日に当たりながら上って行きます。
 雨宮運動公園で休憩した後、天台宗の寺院である常楽寺に10時20分頃に着きました。三重塔が聳えています。中に入ると、山門に続く広い境内の木立の参道の奥に国宝指定の和様の大きな本堂が立ち、古寺らしい落ち着いた佇まいを見せていました。紅葉はもう少し先のようです。
 この後じゅらくの里に行きます。11時過ぎに着きました。ここで昼食になりました。池の周囲で紅葉を愛でながら食べている人もあります。次は天台宗の古刹である長寿寺を訪れました。奈良時代後期、聖武天皇の勅願によって良弁が
  建したと伝えられています。青紅葉が美しく、みつまたが
咲いていました。この後、下田焼き工房を訪れました。江戸時代から続く下田焼きは平成元年に陶工山名氏の死去により一旦廃窯となりましたが、平成6年に山名氏に師事した古迫氏を後継者として再窯されました。中に入り、作品を覗いている方もありました。
 柑子袋まちづくりセンターで休憩です。沿道には、キバナコスモスが咲き、畑には里芋などの青物野菜が植わっています。13時50分頃に甲西駅にゴールしました。今日は、アップダウンのコースでしたが、秋晴れの中、のどかな山里をゆったりと歩くことができたのではないでしょうか。

 11月24日(日)に「紅葉の五個荘を訪ねて能登川駅~紅葉公園~能登川駅15km」を能登川駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
    
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コース説明を聞く参加のみなさん


住宅街を歩く


常楽寺に着く


紅葉を愛でながら昼食


じゅらくの里を出発


下田焼き工房の前で
   
準備体操


上り坂が続く


じゅらくの里に到着


長寿寺に向かう


長寿寺の前で


まちづくりセンターに向かう

    ビューポイント

常楽寺
 石部駅の南東約3.2kmにある天台宗の寺院。奈良時代中期に良弁が開いた「阿星山五千坊」の中心であり、平安時代には長寿寺とともに歴代天皇の尊崇が厚かったと言われている。現在の本堂は南北朝時代に再建されたもので、中央には秘仏の木造千手観音坐像が安置されている。
 また、本堂横の石段を登るとすぐれた形姿の三重塔があり、背後の樹林が美しい調和を見せている。
 寺宝である仏涅槃図や源信が描いたと言われる浄土曼荼羅図、良弁が愛用したと伝えられる錫杖などは、いずれも国指定の重要文化財で、建造物。彫刻・絵画・工芸品と多彩な古文化財が多くある。

  長寿寺
 阿星山の北東麓にあり、常楽寺の西寺に対して東寺と呼ば
れる天台宗の古刹。平安時代初めに中興された後、一時衰えたが鎌倉時代初期に源頼朝が、室町時代には足利将軍家が、
祈願所として諸堂を造改修したといわれており、今も足利尊氏の制札が保管されている。
 青もみじや紅葉の季節に美しく彩られる参道を行くと、右手に石造多宝塔があり、前方には低くて形姿の優れた国宝の本堂がある。また、収蔵庫には大仏の阿弥陀如来坐像が安置されている。本堂前にある弁天堂は小池の中島に立っていて小規模ながら美しい建築である。三重塔は信長によって安土へ移築され現在は總見寺に重要文化財として残されている。


          琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑨
  11月3日(日)   180名
高月駅~片山トンネル~道の駅「湖北みずどりステーション」~奥びわスポーツの森~産直びわみずべの里~長浜駅

 前日の雨の心配もなく、今日は秋晴れのウオーキング日和になりました。高月駅前でいつものように受付を済ませ、準備体操の後、記念撮影をして出発しました。
 のどかな住宅街をしばらく歩き、国道8号の歩道橋を渡ります。この後、山本山に向かって真っ直ぐ歩きます。
 道の両側には田園が広がっています。熊野町を右折し片山トンネルに入りました。車が行き交う騒音を聞きながら、また、狭い歩道を自転車とすれ違いながら歩きます。
 トンネルを出ると竹生島が見えてきました。片山町の集落に入ります。早﨑尾上片山公園を過ぎ、湖北みずとりセンターに着きました。大型バイクの仲間が休憩しています。B班はここで昼食です。午後はずっと湖岸沿いを歩きます。草木が生い茂っていて琵琶湖が見えません。やがて白やピンクのコスモスが咲いている畑の前を通りました。
  サイクリング車や大型バイクが行き交っています。
 奥びわスポーツの森に到着し、しばらく休憩です。池には白鳥が泳いでいます。公園では犬の散歩をしている人がいます。出発の時間がきました。左に伊吹山を見ながら歩きます。沿道にはススキが咲いています。
 姉川大橋を渡り、産直びわみずべの里に着きました。地元の農産物や飲料を買い求めている人もいます。
 この後もずっと琵琶湖をながら4km程を歩きます。長浜城が見えてきました。A班は14時過ぎに、B班は15時過ぎにそれぞれ長浜駅西口にゴールしました。

 本日は長距離のウオーク、お疲れ様でした。
11月17日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑩長浜駅から彦根駅15km」を長浜駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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A班のみなさん


高月の街並み



広大な田畑を見ながら歩く


湖北みずどりステーションに到着


湖北みずどりステーションを出発


奥びわスポーツの森で休憩

 
B班のみなさん


のどかな田園地帯を歩く


片山の集落を歩く


昼食・休憩


秋晴れの中を快適歩行


産直びわみずべの里でお買い物

   ビューポイント

湖北水鳥観察センター 
 目の前の景色は「日本の夕陽百景」に選ばれている。
波静かな琵琶湖を紅く染めて対岸の比良山系に沈む夕陽は水鳥や湖岸の自然をアクセントとして多くのカメラマンや旅人を楽しませてくれる。湖北水鳥公園には、一年を通して多くの野鳥が訪れ、野鳥センターからはフィールドスコープで水鳥を身近に観察できる他、専門員が鳥や自然について分かりやすく説明してくれる。秋から冬にかけては、オオヒシクイやコハクチョウ、オオワシなどの渡り鳥がやってきて、琵琶湖の美しい夕陽とともに訪れる

  人を魅了する。
 地元で採れた野菜や果物、近くの漁港で獲れた湖魚を使った惣菜を中心とした農林水産販売所と、地域の伝統料理を食べることのできる和風レストランを併設している。
産直びわみずべの里
 特産品の南浜ぶどうをはじめ、地元で取れた野菜や果物、琵琶湖で取れた湖魚、加工品では、田舎味噌、梅干、弁当、惣菜等を販売している。中でも人気商品は「環境こだわり米」。滋賀県の環境こだわり農業基準やJASにも合格したお米は美味しくて安心。




     継体天皇の足跡を訪ねて
 2024年10月27日(日)  曇り   52名
  近江高島駅~総門~ガリバーホール~慈敬寺(トイレ休憩)~稲荷山古墳見学~天皇橋~えな塚
~玉泉寺(見学)・長覚寺(昼食・休憩)~田中神社~安産もたれ石~体育館右折~安曇川駅

 雨の心配もなく近江高島駅の改札を出て直ぐの場所で受付です。コース説明、準備体操の後、10時18分頃に出発しました。湖西線の側道を歩きます。
 しばらく歩くと、大溝陣屋の正門だった総門に着きました。2年と1億円を掛けて令和6年に当時の姿に復元されました。現在は「大溝まち並み案内処総門」として活用されています。側道を進んで行くと右手にガリバーホールが見えてきました。沿道にはススキが咲き、秋を感じます。稲の刈り取りも終わり、脱穀の音がするお家の角を曲がり、鴨の大通りに出ました。慈敬寺で休憩です。
 そこから鴨稲荷山古墳は直ぐです。ここには6世紀代の貴人で継体天皇を擁立した三尾氏の族長が埋葬されているようです。みなさん興味深く観ておられました。
 天皇橋(高欄には鴨稲荷山古墳出土の飾大刀が施されている)を渡って胞衣塚(えな塚)の前を通ります。
  継体天皇を出産された際の胞衣をここに埋めたという伝承が残されています。しばらく歩いて左折し、三尾里の集落に入りました。周囲は田園が広がっています。県道に出て昼食・休憩場所の玉泉寺・長覚寺に着きました。
 玉泉寺では、住職のお取り計らいで石仏群や観音像、また、墓地にも案内してくださり、解説してくださいました。
 長覚寺でゆったり昼食を摂ることができました。
 午後は、階段を上り、五穀豊穣の守護神である田中神社を訪れました。最後の見学先は「安産もたれ石」です。振媛が継体天皇を出産する時にもたれたとされています。
 本日は、ウオーキング日和に恵まれ、湖西の街の歴史ウオークができたのではないでしょうか。

 次回の例会「湖南三山を巡る12km」は11月10日(日)石部駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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ウオーキング日和に恵まれて


鴨の在所を歩く


家形石棺を覗き込むみなさん


安曇川町三尾里の在所を歩く


住職のお話しに聞き入るみなさん


玉泉寺を後に長覚寺に向かう


田中神社の階段を上がる
   
歩行者専用道路を歩く


鴨稲荷山古墳に着く


広い畑の中を歩く


天台真盛宗「玉泉寺」に着く


観音像の説明を聞くみなさん


長覚寺で昼食


安産もたれ石を見学するみなさん

   ビューポイント

大溝陣屋・総門
 江戸時代、領地が3万石以下の小藩は城の代わりに住居兼役所として陣屋を設けた。総門はその位置と名称から大溝陣屋の最も重要な門(正門)だったと考えられる。大溝藩主として入封した分部氏は背戸川を境に南側を武家地として土塀と竹藪を巡らせて四つの門を設け、北側を町人地として区画した。
 当時の総門は番人が常駐し、武家地へは大溝藩の許しを得た者だけが入ることができた。江戸・京などに勤めに行く際や大溝祭の日には総門から行列をつくり出発していた。
胞衣塚(えなづか)
 三尾里集落の南、平地に築かれた円墳。オホド王(継体天皇)が出産された際の胞衣をここに埋めたという伝承が残されている。古墳の上に生えている松は「ごんでんの松」と呼ばれている。

  彦主人王陵墓参考地・田中古墳群
 田中古墳群からは70基の古墳が確認されている。その中で最も大きい古墳が王塚古墳で、継体天皇の父・彦主人王の墓と伝えられてる。現在、宮内庁が管理する陵墓参考地になっている。直径58mの帆立貝式古墳であると考えられ、築造時期は5世紀代と推定され、彦主人王の活躍と一致している。
天皇橋
 もとは天王橋と呼ばれて鴨稲荷山古墳の発見後、天皇橋と呼ばれるようになる。高欄には鴨稲荷山古墳出土の飾り大刀の施されていた直弧文があしらわれている。
安産もたれ石
 三尾神社旧跡にある「もたれ石」は振媛が継体天皇を出産する時にもたれたとされ、今も安産祈願に妊産婦が訪れるといわれている。


         琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑧
  10月20日(日)  晴れ  161名
近江塩津駅~あぢかまの里~塩津神社~藤ヶ崎~飯浦~賤ヶ岳リフト前(昼食)
~磯野~高月体育館横~北陸自動車道高架下~高月駅
 
 比良駅近くで強風が発生し、湖西線が近江舞子駅から以北がストップしていたため、10時の集合時刻間際に近江塩津駅に着かれた方もありました。大急ぎで受付の後、コース説明と準備体操を行い、記念撮影をしてから10時前に出発できました。
 最初に道の駅「あぢかまの里」に立ち寄り、休憩です。ピンクや白のコスモスが咲いていました。去年来た時と比べて満開ではなかったです。果物や湖魚の佃煮等の当地の特産物を買い求める方もおられました。
 今日は雲は殆どなく、澄み切った青空の下、気持良く歩くことができます。
 塩津神社を過ぎると、ススキが群生していました。やがて目の前に青い奥琵琶湖が見えてきました。赤、青、黄色の帆を付けたウインドサーフィンを操る人がいます。風に乗って速いスピードで進むかと思えば、バランスを失い転覆する人もいました。サイクリング車にもすれ違います。
 
   飯浦からはしばらく上り坂です。途中、竹生島がくっきりと見えてきました。カメラに収める人もあります。サイクリング車で上から下ってきた人も立ち止まって奥琵琶湖の美しさを味わっています。
 賤ヶ岳隧道を歩いた後は、下り坂です。
 12時頃に賤ヶ岳リフトの近くに着き、昼食休憩です。
 のどかな田園風景を見ながら西山、磯野、高月を歩きます。沿道には柿がなり、広い畑にはキャベツがいっぱい植わっていました。伊吹山が見えてきました。高月駅まではほぼ直進です。14時30分頃に高月駅にゴールしました。
 本日は長距離のウオーク、お疲れ様でした。最北端の奥琵琶湖を見たり、湖北ののどかな田園地帯を歩くことができたりと普段とは一味違うウオーキングになったのではないでしょうか
11月3日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑨高月駅から長浜駅19km」を高月駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 

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参加のみなさん


塩津神社の前を歩く


青い琵琶湖に感動


奥琵琶湖の最北端が見える


竹生島が見えてきた


隧道を抜けると下り坂


昼食場所近くでサイクリング車に出会う
   
あぢかまの里で休憩


眼前に奥琵琶湖が広がる


澄み切った青空の下を歩く


飯浦から坂を歩き賤ヶ岳を目指す


賤ヶ岳隧道を歩く


もうすぐ賤ヶ岳リフトの近くに着く


高月駅までは平坦な道が続く
 

   ビューポイント
 
賤ヶ岳古戦場
 安土桃山時代、本能寺の変で織田信長が倒れた後、明智光秀を討ち実質的な主導権を握っていた豊臣秀吉と織田家の旧臣中第一の家柄を誇る柴田勝家との間で権力争いが生じ、ついに武力をもって決着を付けようとした。これが俗にいう「賤ヶ岳の合戦」。余呉湖を挟んで両軍は北と南で睨み合っていたが、1583年の4月20日の未明、勝家側が大岩山に奇襲攻撃をかけた時に始まり、秀吉が勝利を手にするまで、僅か2日足らずで終わっている。辺りは多くの屍体で埋め尽くされ、余呉湖が血に染まったと言われている。

  木之本地蔵院
公式の寺号は浄信寺。山号は長祈山(ちょうきさん)。本尊は地蔵菩薩(秘仏)である。
伝承によれば、天武天皇の時代、難波浦(大阪府)に金光を放つ地蔵菩薩像が漂着し、これを祀った金光寺を難波の地に建てたのが始まりという。眼の仏様として知られる寺。境内に立つ6mの地蔵像は秘仏である本尊を模しており、全国から参拝客が訪れる。寺の歴史は古く、白鳳時代に遡る。空海、木曽義仲、足利尊氏も参拝した記録がある。毎年8月の「大縁日」には、多くの露店と参拝客で賑わう。
 


       大津なぎさウォーク(古い街並みを歩きます )
2024年10月15日(火)  曇り一時雨  116名
大津駅~(旧東海道)~石場~膳所駅~膳所神社~膳所城址公園~中ノ庄~杉浦町~別保~石山駅

 小網会長のあいさつの後、大津駅長の挨拶がありました。大津祭で曳山を引いた経験も話してくださいました。
 準備体操の後、集合写真を撮り9時20分頃に出発し、
旧東海道を歩いて最初に平野神社に行きました。
 石場を過ぎ、膳所駅で休憩の後、協会事務所の前を通り、膳所神社に着きました。小島スタッフより膳所城の歴史等の話を聞き、参加のみなさんは熱心に聞いておられました。
 続いて膳所高校の門の近くにある膳所藩遵義堂跡の見学です。膳所城址公園に向かう途中から雨が降り出し、昼食時は傘を差したり、雨にかからないようにして摂っておられまし

  た。出発前に小島スタッフより膳所の歴史や巴御前や今井兼
平のことについて話を聞きました。
 次は、中ノ庄を過ぎ、杉浦重剛旧宅を訪ねます。別保の町に入り、最後に巴御前の石碑を見たり、今井兼平の墓に行ったりしました。石山駅には12時半頃に到着しました。
 今日は少し雨が降りましたが、よい歴史ウオークになったのではないでしょうか。
 次回の大津なぎさウォークは11月19日(火)大津駅9時30分集合で実施します。紅葉の長等山や皇子山、宇佐の山裾を巡ります。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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出発前の一時


平野神社で


大きな鳥居の前を歩く


膳所城址公園で昼食


膳所神社に着く


膳所城址公園を出発
   
参加のみなさん


いよいよ出発


膳所駅前で休憩


膳所についての話を聞く


話に耳を傾けるみなさん


杉浦重剛旧宅を見学
 
  ビューポイント

 膳所の街と長土塀
 関ヶ原の役後、大津城が廃され膳所城が置かれた。
瀬田橋の警護と京都の監察のためであり、藤堂高虎が管理を
命ぜられる。琵琶湖に面した小半島状の土地に建設され、三方を水に囲まれた水城であった。「瀬田の唐橋からねぎぼし、水に浮かぶは膳所の城」と里謡にうたわれ、湖面に映る姿が美しかったという。城下町は膳所村をはじめ西ノ庄、中ノ庄など5ヶ村が指定され、東は湖岸に臨み、西は山地を控えて南北に長く連なっていた。元禄の頃の構成は侍屋敷461軒、町家役500軒、出屋敷180軒、寺23軒などとある。町の西側には侍屋敷と寺院が配置され、土塀に囲われていた。現在でも膳所一丁目付近では住宅地になりながらも一部が残存しており、異質で独特な街並みを形作っている。
杉浦重剛
 1855年生まれ。膳所藩出身。明治・大正時代の国粋主義的教育者・思想家・政治家。父は膳所藩の儒者杉浦重文。若き日の昭和天皇3兄弟に帝王学の一環として倫理を進講


   巴御前
 大河「鎌倉殿の13人」で秋元才加さん演じる巴御前は、女性ながら木曽義仲とともに戦い続け、義仲の最後の戦いにも付き従った人物。「平家物語」や「源平盛衰記」で語られる義仲との悲しい別れのエピソードは有名。
今井兼平
石山駅の北西200m、盛越川のほとりに墓がある。
 今井兼平(1152?-84)は木曽義仲(1154-84)と乳兄弟にあたる平安時代末期の武将で、木曽の四天王とも呼ばれていた人物。ここ粟津(あわづ)で義仲とともに戦って悲壮な最期を遂げた。義仲が討たれたことを知ると、自ら刀を口に逆立てて馬から飛び降りたという話は、謡曲「兼平」の素材となって語られている。
 江戸時代になって、兼平を尊敬した膳所(ぜぜ)藩主本多俊次が墓を建立したと伝えられている。現在の墓は、今井家末裔によって建てられたもので、「今井四郎兼平」と彫られた丸みのある石でできている


    大津祭ウオーク
 2024年10月13日(日)  晴れ 130名
  膳所駅~大津警察署前~浜通り~県庁前~天孫神社~京町~菱屋町~中央通り~大津駅

 江戸時代に始まった天孫神社の祭礼である大津祭は湖国三大祭にも数えられており、今年は山建てが10月6日(日)、宵宮が10月12日(土)そして本祭の13日朝は、天孫神社前に煌びやかな13基の曳山が集合します。
 笛や鉦、太鼓の囃子が奏でられ、街中を巡行します。曳山にはそれぞれ特色があるからくり人形があり、各所で披露されます。このうち「源氏山」では、紫式部が石山寺で源氏物語の構想を練る様子が表現されています。
 また、「月宮殿山」は、江戸時代後期に作られたという前と左右の幕を今回、復元新調し、七福神の鮮やかな姿が目を
引きます。膳所駅近くの元町集会所前で受付をを済ませ、膳

  所駅から旧浜通りを歩きました。
 しばらくして祭り囃子が聞こえてきます。県庁前を過ぎNHK大津放送局では大勢の人で賑わっていました。
 大津駅で休憩の後、京町通りを歩き、菱屋町で自由解散になりました。
 ここから浜大津の方へ下り、13基の曳山を鑑賞しました。沿道の見物客は、からくり人形が披露されると、大 きな拍手を送り、撒かれるちまきに手をのばしていました。 10月27日(日)に「継体天皇の足跡を訪ねて 近江高島駅~安曇川駅11km」を近江高島駅10時00分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
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夜空に煌めく提灯の数々


ちまきを買い求める人



一際目立つ衣装で街中を練る


2階の窓からも大きな声援が飛ぶ


声援を受けて一段と演奏に力が入る


団らんする若衆
   
夜空に映える笛と太鼓と鉦の祭り囃子



祭り囃子の音が聞こえ心が躍る


大きな車輪を操る若衆


暫し緊張がほぐれる


青空に映える曳山


午前の巡行が終わりほっと一息

   ビューポイント

宵宮 12日(土)夕刻~21時
 午前中に曳山を飾り付け、午後に宵宮曳きを行い、からくり人形は町家に飾られる。夕刻になると、提灯が灯され、お囃子が演奏される街中で曳山を見ることができる。
本祭 13日(日)9:30~17:30
 天孫神社前に13基の曳山が集合して出発。丸一日をかけて街中を巡行する。各所でからくりが披露される。
大津祭の歴史
 約400年前の江戸時代の初めころ、鍛治屋町の塩屋治兵衛がお祭りの日にたぬきのお面をかぶって踊りを踊って町のみんなを楽しませた。塩屋治兵衛が年老いたあとは、たぬきが腹づつみを打つからくり人形を車に乗せて子どもたちが町なかを曳いて歩いたのが大津祭の始まり。
見どころ1 宵宮
 本祭りの前夜は宵宮と呼ばれ、特別に曳山がきれいに飾り付けられる。
   大津の秋の夜空を背景に、無数の提灯のなか曳山が
美しく浮かび上がり、江戸文化の華を近くでゆっくりと鑑賞できる。夜がふけるにつけ笛・太鼓・鉦の祭り囃子で町中の気分が盛り上がる。
見どころ2 曳山
 毎年、本祭の朝には天孫神社から13基の曳山が出発し、夕方まで町の中をゆったりと練り歩きます。全ての曳山は釘1本使わず、ほぞや縄でけで組み上げられる。1台の曳山には、お囃子を演奏する人や、「からくり」を操る人が全部で20~25人も乗っている。それを約20~30人で引いて動かしている。大きな曳山が狭い角でもうまく曲がれるように車輪が三つついている。現在も現役として活躍する曳山は、どれも江戸時代から大切に受け継がれているものばかり。見事な彫刻・金具などの飾り付けは昔の職人の技が光っている。曳山の周りに付けられている胴幕は16世紀にベルギーから取り寄せたゴブラン織りなどの国の重要文化財もある。


   野洲豊穣の里を訪ねて
 2024年10月6日(日)  晴れ   64名
  野洲駅~永原御殿~錦織寺~兵主大社~野洲駅

 野洲駅北口前で受付を済ませ、会長の挨拶の後、準備体操、記念撮影をして出発しました。野洲駅前を直進して右折すると京セラ野洲工場が見えてきました。
 黄金色の稲が実っています。稲刈りを終えた田を見ながら歩くと永原御殿です。江戸時代、将軍である徳川家康、秀忠、家光が上洛する際に宿泊や休息するために使ったお茶屋御殿と呼ばれる施設です。
 現在の永原御殿跡は石垣と塀や地割の一部が残るだけで往時の姿をうかがい知ることはできません。
 菅原神社の前を通り、青空と白い雲の下、のどかな田園地帯を歩きます。右手に三上山が見えています。柿がたわわに実っています。しばらく歩くと錦織寺に着きました。
休憩です。木辺派の本山で、中はとても広く、参られる方も
  ありました。この後も田んぼを見ながら歩きます。足元にはピンクや白のコスモスが咲き始めています。三上山はずっと付いてきています。
 長い参道を歩き、朱色の楼門をくぐり抜けると兵主大社です。お参りされる方もいます。昼食・休憩です。
 午後は、西河原、中主町を通り、野洲駅までの直進道路を田んぼを見ながら歩きます。沿道には、白い彼岸花が咲いています。パイナップルを育てているお家がありました。
 緑色をした蜜柑も見ました。
 14時頃に野洲駅にゴールしました。

 10月13日(日)に「大津祭ウオーク 膳所駅~大津駅10km」を膳所駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
      
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参加のみなさん


ウオーキング日和に恵まれて


錦織寺で休憩


兵主大社の楼門をくぐる


お参りする方も


中主町付近を歩く
   
のどかな田園地帯を歩く


鈴なりの柿の傍を通る


兵主大社に向かう


境内の中は涼しい


昼食の一時


野洲駅までほぼ直進

  ビューポイント

永原御殿
 近江には中山道に柏原御殿、朝鮮人街道に永原御殿と伊庭御殿、東海道に水口御殿の4箇所が設置されている。
 宿泊だけでなく、有事には軍事施設となる役割を担っていた。幕藩体制が確立して以降、将軍の上洛はなくなり、1685(貞享2)年に永原御殿は廃止、建物は入札に掛けられ、残された建物は1705(宝永2)年に全て焼き払われた。入札された建物の行方は不明だが、永原御殿から移築されたと伝えられる門が野洲市北の浄専寺にある。
錦織寺
 JR野洲駅の北約3.4kmにあり、真宗木辺派(しんしゅうきべは)の本山。平安時代初め、慈覚大師円仁が夢のお告げにより自作の毘沙門天像を安置して、一堂を造立したのが開基とされている。後、親鸞聖人が阿弥陀像を安置して再興した時、天女が下ってきて蓮の糸で織った錦を献じたという。
  兵主大社
 旧中主町のほぼ中央にある神社で、平成30年には建1,300年を迎える歴史ある神社。祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、別名八千矛神(やちほこのかみ)。奈良時代初めの創建という、県下でも有数の古社。
 約3万4000平方メートルという広大な境内の入口には、足利尊氏の寄進と伝えられる朱塗りの楼門(ろうもん)が立っている。
 楼門をくぐると、楓(かえで)の老樹に包まれた玉砂利(たまじゃり)の参道が100mほど続き、その奥に変化に富んだ拝殿と、流造の本殿が立っており、風致(ふうち)に富んでいる。
 また、社
殿南の庭園は、平安時代後期の作といわれ、池を中心とした美しい名園で国指定の名勝。社宝として、源頼朝や徳川氏の武具が伝えられている。





       琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑦
  9月29日(日)  曇り一時少雨  183名
マキノ駅~海津大崎~二本松~大浦公園~大浦口交差点~岩熊第二トンネル
~道の駅「塩津海道あぢかまの里」~近江塩津駅
 
 暑さも峠を越え、今日は歩きやすい日になりました。準備体操と記念撮影の後、10時前に出発しました。マキノ町の湖魚の佃煮店に立ち寄ってから琵琶湖岸に出ます。ピンクと白のコスモスが咲いていました。
 西浜を通り、海津に入ります。大崎港で列詰めです。桜のない海津大崎を歩きます。小さな花びらを付けた桜を目にしました。彼岸花はまだ蕾みで開花していません。
 大崎港は船も停泊しておらず、土産物店も閉っていて観光客の姿も見えず、歓迎の提灯も無く、音楽も聞こえまてきせん。ツーリングのバイクやサイクリング車に出会います。五つのトンネルを歩きます。竹生島が見えてきました。
 二本松キャンプ場の近くでは、家族連れでバーベキューをしたり、水上バイクを楽しむ若者がいます。
 
   大浦公園で昼食になりました。琵琶湖を眺めながら摂りま
す。昼食の後は、大浦口を通り、八田バス停からは上り坂です。途中、白いそば畑を見ました。
 やがて799mの岩熊トンネルです。トンネルの中は涼しく感じます。トンネルを出て直ぐに塩津神社があり、急坂を下ります。目の前を田んぼが広がっています。
 あぢかまの里に着き、しばらく休憩です。ソフトクリームで喉を潤している方もいます。
 国道を歩いて15時20分には近江塩津駅にゴールしまし
た。今日は長距離のウオークたいへんお疲れ様でした。
 10月20日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑧近江塩津駅から高月駅17km」を近江塩津駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

 

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受付  マキノ駅広場で


A班のみなさん


花に見送られてマキノ駅を出発


コスモスの香りを嗅ぎながら


静かな大崎港で列詰め


ボートを楽しむ若者



サイクリング車とすれ違う


大浦から永原駅の方へ向かう
   
本日のコース説明を聞く



B班のみなさん


湖魚の佃煮を買った後、湖岸に出る


桜のない海津大崎を歩く


最初のトンネルにさしかかる


冬支度の薪を見て歩く


大浦公園で昼食


近江塩津駅でゴール
 
  ビューポイント
 
義経の隠岩
高さ1.7m幅2mほどの岩で、海津大崎の少し手前の湖岸にある。義経が兄の頼朝に追われる身となり奥州平泉に逃れる時、この土地を通りかかったといわれている。義経がこの岩に隠れたかどうかは分からないが、海津付近に上陸し一時身を隠して北国へ逃れていったことは謡曲「安宅」の一節に謡われている。

塩津海道

 日本海と琵琶湖を結ぶ最短距離で古代から平城・平安京と北陸諸国を結ぶ重要な役割を果たしていた。大正時代までは帆船「丸子船」の基地として繁栄していたため今でも宿場町の雰囲気で当時の面影を残している。
塩津神社
 塩津浜は平安の頃より北陸・越後から運ばれる海産物、特
  に塩の輸送の重要な中継地だった。
塩津神社は祭神を塩土老翁と し、近くの志波谷では塩水が湧き、村人が製塩をい行っていたと伝わる。
塩津海道あぢかまの里
 「あぢかま」とは、塩津の地域をさす枕詞で、琵琶湖の水辺で冬を越す鴨に由来している。駅の北に広がるのは、約3万年の歴史をもつ山門水源の森。あぢかまの里名物としては、「鮒寿司茶漬けセット」や、「鴨そば」「ビワマスの煮付け・塩焼き」等がある。
丸子船
 西浅井は、古くより北陸と京都方面・大阪をつなぐ重要な交通路として人々の暮らしに関わってきた。大浦・菅浦・塩津浜の三つの港を有し、陸上と湖上運輸の中継地でもあった。その湖上水運の主役を務めたのが丸子船だった。


      大津なぎさウォーク(初秋の近江路を往く)
2024年9月17日(火)  晴れ  82名
大津駅~札の辻~北国海道~皇子山総合運動l公園~二本松~際川~唐崎~唐崎神社~唐崎苑~唐崎駅

 小網会長のあいさつの後、10回から40回を完歩された方への表彰があり、大津駅長より記念のバッジやタオルが手渡され、参加のみなさんから大きな拍手がありました。準備体操の後、集合写真を撮り9時16分頃に出発しました。
 大津駅北口広場から御幸町の通りを下がり、札の辻から三井寺町に入り、北国海道を歩きます。皇子山総合運動l公園で1回目のトイレ休憩です。松山町まで歩いた後、ブランチ
  大津京で2回目の休憩をした後は、国道を歩きます。陸上自衛隊前、際川を過ぎ唐崎神社に着きました。参拝した方や、みたらし団子を買い求める方もおられました。唐崎苑で昼食を摂った後、ゴールの唐﨑駅に12時過ぎに着きました。
 次回の大津なぎさウォークは10月15日(火)大津駅9時30分で実施します。旧東海道の古い街並みを歩きます。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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大津駅長あいさつ


大津駅をスタート


唐崎神社に向かう


唐崎苑で昼食
   
参加のみなさん


松山町からブランチ大津京へ


唐崎神社に到着


青空と白い雲の下で昼食

   ビューポイント

 唐崎
 
唐崎は韓﨑、辛崎、可楽崎などの字を充てる場合もあるが、「万葉集」にも現われる大都京時代からの地名。
 古くは、湖上交通の湊と考えられ、平安時代には、天皇の災厄を祓う「七瀬秡所」の一つとして重視され、朝廷の夏越しの祓いをはじめ、国家の大事に当たっての祓いが行われた。
 現在も毎年7月28・29日に行われる唐崎神社の「みたらし祭」は、この唐崎秡所の伝統を受け継ぐとされている。夏越の大祓と呼ばれるちの輪くぐりや、個々人の心願成就を祈る琵琶湖上での願串焚くき上げ神事、夏の夜空を焦がす手筒花火の奉納などさまざまな神事・行事が催される。
  「枕草子」に湖畔の名勝として紹介され、室町時代の終わり
近江
八景」が選定されると、その一つ「唐崎の夜雨」の舞台となった。この地に遺る松は、日吉大社西本宮のご鎮座とも深い関わりがあり、唐崎の一本松と呼ばれ、多くの人々に親しまれた。現在、唐崎神社の境内地内に大切に保存されている。
唐崎の霊松
 先代は高さ27m、幹廻り11m、枝は東西72m、南北86mという巨木であった。現在、三代目となり、平成28年頃から老齢化のため、北側の枝を伐採。その後、平成30年2月に若松の植栽をする。


       枝豆収穫ウオーク
2024年9月15日(日)  晴れ  99名
マキノ駅~メタセコイア並木~ピックランド~枝豆収穫~近江中庄駅

 今日は待ちに待った枝豆収穫ウオークです。健康保険協会滋賀支部のみなさんも参加されています。三つのコースがあり、ピックランドに行く12キロコースと6キロコース(枝豆コース・子どもたちが参加するいもコース)です。
 いつものように受付の後、準備体操、記念撮影をして出発しました。初めて参加される方が多かったです。
 12キロコースは、マキノ駅を出発し、湖西線の高架下をくぐり、周囲の田畑を見ながら歩きます。マキノ町蛭口を過ぎると昼食会場のマキノピックランドは近くです。日曜日とあって家族連れで賑わっていました
    芝生では犬と散歩を楽しんでいる方も見受けました。枝豆の畑に着いた頃は暑さもピークにさしかかっています。
 6キロコースの方は収穫の真っ最中でした。一人の時と比べ、大勢で収穫すると勢いがついて何とか気持ちを入れてできるものです。
 みなさん、袋にいっぱい入った枝豆をお土産に帰られました。炎天下での収穫作業、たいへんお疲れ様でした。

 10月6日(日)に「野洲豊穣の里を訪ねて 野洲駅~野洲駅14km」を野洲駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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準備体操  マキノ駅で



協会参加のみなさん


マキノ駅から少し歩いたところ


メタセコイア並木を歩く


メタセコイア並木ともお別れ


枝豆の畑に向かう


暑さも苦にならず黙々と
   
小網会長あいさつ


 健康保険協会滋賀支部のみなさん



ピックランドに向かう


ピックランドで昼食を終え午後の出発


マキノ町沢付近を歩く


目の前に広がる畑で枝豆を収穫


袋にいっぱい収穫した方も

  ビューポイント

メタセコイア並木
 延長2.4kmにわたってメタセコイアが約500本植えられており、読売新聞社の「新・日本街路樹百景」に選定され、訪れる人々を魅了している。
マキノピックランド 
   
 旬の果物狩りが楽しめる農業公園。果樹園ゾーンでは、初夏のサクランボからブルーベリー、ぶどう、くり、さつまいも、りんごと旬の果物の収穫ができる。
 沿道修景ゾーンは、果樹園を一直線に抜けるメタセコイア並木。パークゾーンでは、施設を総合的に管理するセンターハウスを中心に、カフェ、レストラン、芝生広場、グランドゴルフ場などが整備されている。
  お土産や手作りジェラートアイスの販売もしている
マキノ高原

 昭和の初期にマキノスキー場としてオープンしたマキノ高原。現在は、オートキャンプ場、グラウンドゴルフ場などを備えたアウトドアスポーツの拠点として、赤坂山をはじめとする野坂山地への登山ベース地として、春夏秋冬楽しめる高原となっている。
マキノ高原さらさ
 水着で利用できるバーデゾーンや、水中マッサージ・水中ストレッチング・水中歩行が楽しめるウオーキングゾーンのほか、屋外ジャグジーからは赤坂山系の大パノラマが一望でき、大自然の中の温泉で身体をリフレッシュできる。


      長浜六瓢箪めぐりと芭蕉翁句碑を訪ねて
2024年9月8日(日)  晴れ  64名
長浜駅~慶雲館~りょうちゅうじ寺~総持寺~神照寺~神照運動公園(昼食)~舎那院
~長浜八幡宮~大通寺~知善院~豊国神社~長浜駅

 今日は芭蕉翁の句碑を巡るウオークです。
 秀吉が合戦の旗印として腰に付けていた瓢箪は、古来より縁起物として伝わっており、瓢箪六つで「むびょうたん」と「無病」に通じます。六つの寺社を巡り無病息災と開運招福をつかんでいただきたいと思います。
 朝から太陽が照りつける中の受付です。いつもより参加者は少なく感じました。コース説明の後、準備体操をし、集合写真を撮って出発しました。
 最初は鉄道博物館の向かいにある慶雲館を訪れました。日本最大の芭蕉翁句碑にみなさん注目です。浪漫ビールの前を通った後、白壁と船板で造られた家屋がありました。
 琵琶湖を背に立っている長浜びわこ大仏を今回は真正面
   から見ることが出来、圧巻でした。次に長浜新川の縁を歩き、牡丹寺で有名な総持寺に着きました。木陰に入り、休憩です。道中、たわわに実った稲を見ながら神照運動公園が見えてきました。昼食です。みなさん、日陰を選んで食べておられます。午後は、萩の寺で有名な神照寺を訪れました。冷たい井戸水で手を洗ったり、中には頭に水を掛けてもらっている方もありました。しばらく涼を取った後、舎那院や長浜八幡宮に行き、長浜駅に3時前にゴールしました。
 今日は入道雲が広がる太陽の下のウオーク、たいへんお疲れ
様でした。9月15日(日)に「枝豆収穫ウオーク マキノ駅~近江中庄駅12km」をマキノ駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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準備体操  長浜駅で


日本最大の芭蕉翁句碑の前で


長浜の街を歩く


西国薬師霊場三十一番札所の総持寺


大通寺の前を歩く
   
参加のみなさん


浪漫ビールの前を歩く


琵琶湖を背に一際目立つびわこ大仏


萩の寺で有名な神照寺


「長浜御坊」の名で知られる大通寺

    ビューポイント

慶雲館
 明治時代の長浜の迎賓館。名勝の庭園が見どころ。
1月~3月に開催される盆梅展の会場。「蓬莱にきかはや伊勢の初たよりはせを」と記された句碑。「はせを」とは、松尾芭蕉のこと。句の意味は「めでたい蓬莱飾りを眺めていると伊勢からの初便りが聞こえてくるようだ」と解されている。日本最大の芭蕉句碑。
長浜大仏
 琵琶湖を背に高さは28m、重さは88tもあり、青銅で造られている。「しほうより はなふきいれて におのうみ」と「記された句碑。
句の意味は「琵琶湖の周りは、山も湖岸も花盛りで四方から吹き入れてくる花吹雪で見渡す湖面はまさに素晴らしい眺めである」と解されている。
総持寺(牡丹寺)
 医王山総持寺は、奈良時代に行基が開山した真言宗豊山派の寺院。西国薬師霊場三十一番札所。境内いっぱいに咲く80種類千株の牡丹が有名で、牡丹祭も開催されている。
   神照寺(萩の寺)
 日出山神照寺は、平安時代に宇多天皇の勅願により益信僧
正が開いた真言宗智山派の寺院。
 境内に群生する1500株、2万本もの萩の花は、室町時代の初代将軍足利尊氏公が弟の直義と和議のために訪れた時に植えられたと伝えられている。
舎那院(芙蓉)の寺
 勝軍山舎那院は平安時代に空海が開いた真言宗豊山派の寺院。源義家が東夷征伐の戦勝祈願を行ったとされ、長浜八幡宮の別当寺院である新放生寺の子院として影響力を持った。
長浜八幡宮
 長浜八幡宮は後三条天皇の勅願により源義家が石清水八幡宮の分霊を勧請したのが始まりと伝えられている。
 室町時代には荒廃してしまったものの長浜城主になった秀吉公により再建され、境内にある「長浜八幡宮放生池」は桃山時代の再建時に造られたとされる池泉回遊式庭園。
 毎年春に行われている「長浜曳山祭」の神事の出発点となっている。



     琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑥
  8月25日(日)  快晴  151名
安曇川駅~新旭駅~新旭水鳥観察センター~木津交差点~今津港~今津周遊基地~今津浜~百瀬川橋~マキノ駅
 
 暦の上では、処暑とは言え、今日はいつも以上に蒸し暑い日になりました。安曇川駅前の広場でコース説明の後、準備体操を入念に行い、記念撮影をし、10時前に出発です。
 安曇川高校の前を通り、舟木口交差点を左折し、しばらく歩くと黄金色の実をつけた稲穂が目に飛びこんできました。安曇川大橋を渡ると、白い鷺がいっぱい羽を休めています。
 新旭駅で休憩です。しっかり水分補給をした後、真っ白な雲と青空の下、周囲の稲田を見ながら歩きます。
 水鳥観察センタ-を過ぎると、右に琵琶湖が広がっていま

す。トンボが飛び交っているのを見ると、秋の至来を予感さ
  せてくれました。二ツ石大明神の前を通ると、今津港は直ぐです。今津周遊基地の東屋で昼食を摂りました。
 石田川橋を渡り、今津浜園地で列詰めです。テントを張ってバーベキューを楽しんでいる人で賑わっていました。
 新保川を左折し、しばらく歩いた後、百瀬川橋と知内川橋を渡り、浜交差点を左折しマキノ駅にゴールしました。
 猛暑の中のウオーク、たいへんお疲れ様でした。

 9月29日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑦マキノ駅~近江塩津駅20km」をマキノ駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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準備体操 安曇川駅前の広場で


B班のみなさん


新旭駅前の広場で休憩


田園地帯を歩く


二ツ石大明神の祠の前を歩く


出発前の一時
   
A班のみなさん


稲穂が垂れる田んぼの前を通る


水分補給をしっかり


水鳥観察センタ-の前を歩く


今津周遊基地で昼食


琵琶湖岸を歩く

 ビューポイント 

新旭水鳥観察センタ-
 琵琶湖には冬、多くの種類の水鳥が渡って来る水鳥観察センターは、県内でも、特に多くの鳥がやってくることで知られている。その市内の湖岸にあるセンターの広い窓からは、様々な鳥を望遠鏡や双眼鏡で観察することができる。鳥だけでなく昆虫やタヌキやイタチなどが来ることもある。
木津の港跡

 木津は、昔から湖上交通の要所で、竹生島への渡し場であり、江戸時代に若狭小浜藩の米蔵屋敷のあった所。かつては157間の石垣があったといわれている。
竹生島遙拝所跡
  ここから竹生島がよく見えるため、その昔、舟に乗って竹生島に渡る路線のない巡礼者が、この場所から竹生島を拝んだと言われている。
二ツ石大明神
 琵琶湖の沖合100mの湖底に二つの石がある。これが「二ツ石」と呼ばれているが、渇水時でないと現われない。
 このため、沖の「二ツ石」に代って、同じような大きさの石が二つ、湖岸に置かれ、二ツ石大明神として祀られている。毎年7月28日に雨乞いの神事が行われる
。「二ツ石」は、7,8世紀頃に施行された耕地区画、条里制の十八条三里の基点となる重要な遺構といわれている。
 



     大津なぎさウォーク(たそがれウオーク)
2024年8月20日(火)  晴れ   74名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園~サンシャインビーチ~膳所城址公園~石山駅

 本日は、1ヶ月ぶりのたそがれウオークです。16時前から参加のみなさんは大津駅北口広場に集まっています。
 小網会長のあいさつの後、100回を完歩された方への表彰があり、記念のウインドブレーカーが手渡され、参加のみなさんから大きな拍手がありました。準備体操の後、集合写真を撮り16時50分頃に出発しました。
 中央大通りを直進し、お祭り広場まで歩きます。なぎさ公園からサンシャインビーチまで歩くと、汗ばんできました。
   膳所城址公園で休憩です。陽は落ち、暑さも和らいできました。湖岸沿いを歩き松原町の信号を右折し、石山駅に18時40分頃にゴールしました。
 9月17日(火)の「大津なぎさウォーク(初秋の近江路を往く)大津駅~唐崎駅12km」は、大津駅9時30分に集合し、大津港から札の辻まで歩いた後、北国海道を通り、際川から唐崎神社に行き唐崎駅にゴールします。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
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準備体操   大津駅北口広場で


琵琶湖文化館の前を遠る


サンシャインビーチを歩く


サンシャインビーチを歩く


近江大橋が見える


膳所城址公園で涼を取るみなさん
   
参加のみなさん



サンシャインビーチを歩く


サンシャインビーチを歩く


サンシャインビーチを歩く


膳所城址公園で休憩


膳所城址公園から石山方面に向かう
  
ビューポイント

膳所城址公園
 膳所城址公園は膳所城本丸の跡地。明治3年に廃城後民間に売却された後、昭和26年に大津市が買い取り都市公園と して整備され今日に至っている。
 膳所城は、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、西軍への備えと京都禁裏の監視のため、藤堂高虎に命じて築城した天下普請第一号の城である。
   粟津の晴嵐
 近江八景の一つ。当時の面影がないため、復活を祈念して1998年(平成10年)に松の木が植樹された。「近江八景・粟津の晴嵐」は、500本を越えた松並木が、晴れた風の強い日、嵐のように枝葉がざわめく様を風情豊かに表したもの。
 実在の「粟津の晴嵐」は、現在の粟津から石山鳥居川付近。




    琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑤
2024年7月21日(日)  快晴  155名
近江舞子駅~北小松駅~白鬚神社~鵜川四十八躰石仏群~乙女ヶ池~勝野交差点~安曇川駅口交差点~安曇川駅
 
  真っ白な夏雲が青空に浮かび、蒸し暑い中でのウオークでした。2班に分かれて団体で歩きます。
 北小松水泳場では、釣りを楽しむ人や、砂浜にテントを張り、ビーチボールで遊んだり、浮き輪をもって楽しそうに泳ぐ子どもたちがいました。琵琶湖側は時折、風が吹きますが、山側は蒸し暑く感じます。気温が上がってきました。
 国道を横断し北小松駅で列詰めです。高架下を歩き、岩除地蔵の前を通り、しばらく行き、鵜川ファームマートで休憩です。やっとアイスクリームにありつけました。

    白鬚神社でトイレ休憩です。四十八躰石仏を見た後、乙女ヶ池に架かる橋を渡りました。
 昼食は近江高島駅周辺で摂りました。 

 午後は高島商店街を通り抜た後、しばらく田んぼを見ながら歩きゴールの安曇川駅を目指します。
 暑さ指数がこの夏一番の中でのウオークお疲れ様でした。
 8月25日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑥安曇川駅~マキノ駅17km」を安曇川駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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準備体操  近江舞子駅で


B班のみなさん


浜辺で湖水浴を楽しむ人


北小松駅から高架下を歩く


乙女ヶ池の橋を歩く


もうすぐ安曇川駅
   
A班のみなさん


右折し北小松水泳場に向かう


北小松の街を歩き北小松駅へ


うかわファームマートで冷たい飲み物を


近江高島から安曇川へ向かう


安曇川駅にゴール お疲れ様

  ビューポイント

 
北小松
 司馬遼太郎の「街道をゆく 湖西の道」に「北小松の家々の軒は低く、紅殻格子が並び、厠のとびらまで紅殻が塗られて、その赤は須田国太郎の色調のようであった。それが粉雪によく映えて、こういう漁村が故郷であったならばどんなに懐かしいだろうと思った。」という一節がある。防腐・防虫のために、赤い紅殻を家の格子や柱に塗っている家々が軒を並べ、司馬遼太郎の思いに共感できる。
岩除地蔵尊
 鎧岩と呼ばれる大きな岩の下に安置されている。昔から落

   石が多く、通行にはたいへん危険な場所だった。人々は落石や崖崩れから身を守っていただくために、地蔵様を「岩除地蔵尊」と名づけ、尊敬するようになったといわれている。
白鬚神社
 大鳥居は、「朱塗りの鳥居が波のまにまに見え隠れした」との社誌の伝承をうけて、大阪の薬問屋、小西久兵衛氏の寄進により、昭和12年に建立された。
 15m沖に移設新築された大鳥居は、水鳥居といわれ、基準水位より30cm低い水位で最も美しく見えるように設計されている。


    大津なぎさウォーク(びわ湖の恵みに感謝して)
2024年7月16日(火)  晴れ  138名
大津駅~長等公園~大津港~ミシガン乗船~なぎさ公園~由美浜~膳所城址公園~石山駅

 今日は、待望のミシガン乗船です。なぎさウオーク150回を記念して、受付で参加のみなさんにケースインレインポンチョをお配りしました。
 
小網会長のあいさつの後、10回、20回、50回、100回を完歩された方への表彰式があり、大津駅長さんより記念のバッジやTシャツ、ウインドブレーカーが手渡され、参加のみなさんから大きな拍手がありました。準備体操の後、集合写真を撮り10時20分頃に出発しました。
 早朝より降っていた雨も止み、暑さも和らぐ日になりました。大津駅から旧東海道を歩き、札の辻から北國海道を通り、長等小学校横を歩き三井寺に向かいました。
 休憩の後、江若鉄道を通って大津港に到着です。
 スタッフの方に笑顔で迎えていただき、10時半出航のミシガンに乗船しました。船内では最初に歓迎のセレモニーがありました。
   みなさんデッキの椅子に腰掛け、普段見ることのない70分の湖上遊覧を楽しみました。船から見える景色についてアナウンスの説明を聞きながら、ゆったりと過ごされているようでした。女性の琵琶湖周航の歌声を聞いていると、とても爽やかな気持ちになります。
 
いよいよ楽しかったミシガンの船旅も終わりに近づいてきました。11時40分頃におの浜観光港で下船です。
 ミシガンを見送りながら昼食を摂りました。手を振って名残惜しんでいる方もありました。
 膳所城址公園まで歩き、休憩の後、石山駅にゴールしました。今日は1年ぶりのミシガン乗船をみなさんたいへん喜んでおられる様子でした。
 次回の大津なぎさウォーク(たそがれウオーク)は8月20日(火)大津駅16時30分で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 

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大津駅北口広場で


準備体操


三井寺で休憩



スタッフの方の歓迎を受けて


歓迎のセレモニー



デッキでくつろぐみなさん


ミシガンありがとう
   
本日のコース説明を聞く



参加のみなさん


三井寺を後に大津港へ



ミシガン乗船


涼風に当たり、船旅を満喫



いよいよ下船



ミシガンに手を振る方も

   ビューポイント

 ミシガンの歴史
 ミシガンは全国にあるレストランシップの先駆けというだけでなく、後部パドル(外輪)だけで実際に航行するめずらしい船として、現在も異彩を放つユニークな存在である。
 グローバル化が進み、「外国」が以前よりぐっと身近になった現在は、外国を意識するのではなく、就航当時からのコンセプトである「非日常」はそのままに、「ミシガンらしさ」と「びわ湖ならでは」をより重視した船内の演出になっている。
 ミシガンは、1982年(昭和57年)4月29日に就航したびわ湖を代表する遊覧船で、滋賀県と友好姉妹都市である、アメリカ・ミシガン州との国際親善を祈念してミシガンと命名
  された。造船計画が持ち上がった時、これまでにない独創的な観光船を建造しようと考えた当時の社長は、各地を視察・様々な検討を行った上、観光の原点である「非日常」をお客様に体験していただく為に、当時まだ珍しかった「外国」をびわ湖に持ってくることを思いついた。船内には、非日常を最大限に演出する為に、絨毯やシャンデリア、ドアノブに至るまで、本物志向の重厚で豪華な内装を施し、美味しい食事・素敵な音楽・行き届いたサービスを提供した他、船の外観には、アメリカ南部ミシシッピー川に就航している外輪船のイメージを採用している。
 赤いパドルがシンボルのミシガンは、びわ湖のエンターテインメントクルーズ船である。


     初夏の花を求めて
2024年7月7日(日)  快晴  58名
守山駅~守山芦刈園~草津水生植物公園みずの森~栗東駅

 この夏一番の猛暑の中のウオーキングでした。朝の天気予報で、多くの県で熱中症警戒アラートが出されていたこともあり、参加者はいつもより少ない人数でスタートしました。
 守山駅の階段を上り、県道に出ます。守山小学校の前を通り、今宿から金森町を過ぎ、立命館中・高等学校・守山市民ホールの前を左折し、田園が広がる十二里町を過ぎ、小津神社で最初の休憩です。境内の涼風に当たり、しばらく休憩です。神社を出て広い畑の中を歩き、芦刈園に着きました。
 紫陽花は見頃を過ぎていましたが、所々青やピンクの紫陽花が咲いていて写真を撮る方もいました。
 次に広い田園地帯を歩いた後、湖周道路に出て琵琶湖博

物館に着きました。休憩の後、草津市水生植物園まで歩きま
 
  す。館内の冷房の効いた所で昼食を摂りました。
コミュニティ広場の噴水で遊ぶ子どもがいます。
 スイレンや蓮、オニバスなどを見て楽しみました。記念撮影をしてから出発します。
 午前中は時々風が吹きよかったですが、午後は強い直射日光で暑さが堪えます。途中、ハス鑑賞台からハスを観ました。広い田畑の中を志那中町から駒井沢町を通り、栗東駅目指して歩きました。
 暑い中のウオーキングお疲れ様でした。

 9月の例会は、9月8日(日)に「長浜六瓢箪めぐりと芭蕉翁句碑を訪ねて」を長浜駅10時集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

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受 付    守山駅で


参加のみなさん



緑の木々に覆われた小津神社で休憩


記念撮影




琵琶湖博物館に到着


三上山が見える
   
準備体操


田園地帯を歩く


芦刈園で紫陽花の観賞


青空と白い雲を見ながら歩く


みずの森のパラグアイオニバスと睡蓮



みずの森正面ゲートで記念撮影

   ビューポイント

守山芦刈園 
 園内にはヨーロッパから集めた西洋あじさい50品種5000本と日本あじさい50品種5000本が植栽されていて、その他にもバラ・ボタン・ショウブなども見られ、秋(10月頃)に咲く桜として、ジュウガツザクラもあり四季を通じて花を見ることができる。「アナベル」という白い紫陽花は小さめの花びらが特徴で色のある紫陽花と違って可愛らしさのある紫陽花です。
草津水生植物公園みずの森
 当園では約150種類を越えるスイレンを栽培しており、これらのスイレンが次々と開花期を迎えている。屋外の耐寒性スイレンは午後1時過ぎに、アトリウム内の熱帯性スイレンも午後3時頃には閉じていく。花影の池はフラワーバスケットと水生植物を組み合わせたウオーターガーデンになっている。冬でも花が楽しめる熱帯スイレンは温室で観ることがことができる。
 




    特別例会・ウオーキングステーション
琵琶湖なぎさコース
2024年6月27(木) 曇り  42名
膳所駅~(旧東海道)~膳所神社~膳所城址公園~近江大橋~矢橋帰帆島~近江大橋~におの浜~膳所駅

 心配していたお天気ですが、雨にはならず、今日は1ヶ月ぶりのステーションウオークです。小網会長の挨拶とコース説明に続き、準備体操をした後、集合写真を撮って曇り空の中を10時前に出発しました。
 膳所事務所の前を通り、旧東海道を歩きます。
 青や白、紫の紫陽花が咲いている石坐神社で休憩です。
お参りされる方もありました。
 膳所城址公園まで歩き、二度目の休憩です。緑一色の公園に人の姿はありません。
 船溜まりの前を通って近江大橋の下をくぐって上に上がりました。橋を下りた後、草津市新浜を通って、さざなみ街道を歩きます。帰帆南橋を渡り、矢橋帰帆島に入りました。時々サイクリング車に出会います。
 
    途中、湖岸に出て、右に琵琶湖を眺めながら歩きます。緑の木立の中を歩いた後、トイレ休憩になりました。
 しばらく緑の木々を見ながら歩いた後、昼食になりました。周りにはしろつめ草がいっぱい咲いています。
 帰りは、近江大橋のスロープを下り、湖岸に出ます。
 サンシャインビーチを歩き、由美浜で休憩です。
 におの浜を左折し、国道を渡って膳所のときめき坂を上り膳所駅に13時20分頃にゴールしました。
 今日は、曇り空の中、時折り風が吹き、さほど暑くはないウオーキング日和になりました。
 7月の例会は、7月7日(日)に「初夏の花を求めて守山駅~栗東駅17km」を守山駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。
  
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小網会長あいさつ


石坐神社で紫陽花鑑賞


緑の木立の中を歩く


近江大橋に上がる


帰帆島の木立の中を歩く


目に鮮やかな新緑が広がる


前方に膳所の街が見える
   
参加のみなさん


膳所城址公園で休憩


船溜まりの前を通って近江大橋へ


湖岸を歩く


休 憩


下りは慎重に


琵琶湖を眺めながら昼食

   ビューポイント

矢橋 
矢橋から船に乗り対岸の石場に達すると東海道の近道になることから、古くから琵琶湖岸の港町として栄えた。近江八景の「矢橋帰帆」として有名。現在は矢橋帰帆島が建設され、当時の趣はない。また、矢橋帰帆島と湖岸との間の水路に赤潮・アオコが発生しやすく問題が指摘されている。
  石坐神社(いわいじんじゃ)
 西ノ庄にあり、天智天皇の創建と伝える。祭神は天智天皇・弘文天皇など6社。かつて御霊殿山の山中の大岩上に祠があったことが石坐の社名の由来である。八代龍王社と麓の旧石神町を経て鎌倉時代に現在地に移った。本殿は県指定文化財。
 


   琵琶湖一周健康ウオーキング2024➃
2024年6月23日(日)  曇り時々豪雨  145名
堅田駅~小野駅~蓬莱駅~八屋戸浜~志賀駅~比良駅~近江舞子駅
 
 小網会長の挨拶とコース説明に続き準備体操をした後、集合写真を撮って堅田駅を出発しました。一時豪雨の予報があり、いつもより参加者が少なかったです。
、湖西線の側道を真野まで歩きます。小野駅からは小野神社の前を通り、和邇駅で列詰めです。
雨に濡れた紫陽花が目に鮮やかに映りました。
 和邇中浜までは国道の側道を歩きます。
中浜漁港を過ぎ和邇浜を歩いた後、国道に出ます。
 八所神社の前を右折すると蓬莱駅です。ここで、水分補給とトイレ休憩です。
 湖西線の側道をしばらく歩くき、八屋戸浜に出ました。
琵琶湖を眺めながら、雨の中のウオークが続きます。
  レインコートを脱ぎ着しながら歩く人が多く見られました。
 志賀駅に到着し、昼食になりました。石窯で焼いたパン屋さんがあり、買い求める方もおられました。
 志賀駅からは湖岸を歩きます。大谷川橋を渡り、青柳水泳場前を通り、比良駅に到着です。
 
比良山系を見ながら、雄松崎を通った後、近江舞子駅にゴールしました。
 本日は雨の中のウオークお疲れ様でした。

 次回は、7月21日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024⑤近江舞子駅~安曇川駅16km」を近江舞子駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

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受 付  堅田駅で


A班のみなさん


真野付近を歩く


小野駅を出発


和邇浜を歩く


蓬莱駅で休憩・水分補給


志賀駅を過ぎ近江舞子駅へ

   
小網会長あいさつ


B班のみなさん


小野駅で休憩・水分補給


坂を下り、和邇駅へ向かう


八所神社の前を歩く


蓬莱駅を出発し琵琶湖岸に向かう


近江舞子駅へゴール
 
  ビューポイント
「涼風・雄松崎の白汀」
 約3kmにわたって白砂青松が続く近江舞子の湖岸の風景は、眺めが素晴らしく、古くから風光明媚の地として知られている。
ダンダ坊(壇陀坊)遺跡【だんだぼういせき】
 比良山系は、天台僧の修行の場となり、多くの寺院が山中に営まれた。この様子を「比叡山三千坊」「比良山七百坊」と表現されてきた。ダンダ坊(壇陀坊)も、これらの坊の一つであり、比良山中最大の寺院遺跡である。
   比良山地
 標高1214mの最高峰・武奈ヶ岳をはじめとして1000mを越えるピークが15座以上あり、関西のアルプスとも称される。
 「比良の暮雪」として近江八景のひとつにも数えられ、その大部分が琵琶湖国定公園に属する景勝地でもある。
 積雪や多雨の影響を受けたバラエテイに富んだ地形にはいくつもの滝や池、湿原などが点在する。ミズナラやコナラ、ブナなどの多様な樹木と四季折々の花も美しい。


   大津なぎさウォーク(牛玉さんの日)
2024年6月18日(火)  雨後曇り   38名
大津駅~県庁東~(国道1号)~膳所駅~膳所神社~膳所城址公園~瀬田の唐橋~螢谷公園~石山寺~石山駅

 小網会長と大津駅長さんの挨拶に続き、準備体操をして大津駅を10時頃に出発しました。雨の中、県庁前を通り、国道1号を歩き膳所駅に出ます。膳所駅から膳所神社を見て、膳所城址公園で最初の休憩です。
 緑一色の公園は、人影は見当たらず閑散としています。
 この後ずっと、曇り空の中、どんよりとした琵琶湖を見ながら歩きます。御殿浜、晴嵐を過ぎ、松原町まで来ると瀬田川大橋が見えてきました。
 
   瀬田の唐橋をくぐり螢谷公園で休憩です。
 石山寺東大門には12時頃に着きました。天候不順のため
門前市は開かれておらず、観光客も少なく、いつもの賑わいはありません。石山寺を散策する方もおられました。
 次回の大津なぎさウォーク(150回記念ウオーク)は7月16日(火)大津駅9時30分集合で実施します。ミシガンに乗船し、湖上からびわ湖の眺望を楽しみましょう。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

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受付  大津駅で



雨の中、膳所城址公園を出発


粟津の湖岸を歩く


やっと雨が止み足取りも軽く


螢谷公園で休憩


石山寺に着く
   
緑一色の膳所城址公園で休憩


湖岸沿いを歩く


どんよりとした琵琶湖を見ながら歩く


粟津の晴嵐近くを歩く


螢谷付近を歩く


新緑の石山寺を撮影

   ビューポイント

石山寺
 東寺真言宗の大本山で山号を「石光山」といい、西国三十三ヶ所霊場の第13番札所。天平19年(747)聖武天皇が東大寺造営の際、大仏鋳造用の黄金発掘の祈願のため、良弁に念持仏を祀らせたのに始まる。平安時代には菅原道真の孫淳祐により真言密教道場として中興。この頃から貴族の参詣参籠が相次ぎ、物見遊山を兼ねた`石山詣`が盛んに行われた。平安文学の格好の舞台ともなり、紫式部が寺に籠もって源氏物語の構想を練った、などというエピソードが伝えられている。
   
 境内には珪灰石が露出し、本堂や多宝塔等の諸堂宇と調和し、梅・桜・ツツジ・牡丹・紅葉など季節の花にも映え、近江八景の一つ`石山の秋月`で月の名所でもある。
牛玉(ごおう)さん
 石山寺の牛玉さんは、毎月18日の観音様の縁日に開催される門前市。昔からこの日は市が並び、たいへん賑わっていたと言われている。明治以降途絶えていたが、約20年前に復活した。地元の野菜や骨董品、衣料品などの露店が軒を連ね、たくさんの人が訪れる。


  琵琶湖一周健康ウオーキング2024③
2024年6月9日(日)  曇り時々雨  162名
草津駅~de愛広場(草津川跡地)~ai彩広場(草津川跡地)~烏丸半島~琵琶湖大橋東詰
~琵琶湖大橋~道の駅「びわ湖大橋米プラザ」~堅田駅
 
 草津駅東口広場で受付。少々雨が降ってきましたが、すぐに止みほっと一息。いつものように準備体操の後、集合写真を撮ってから草津駅をスタートしました。
 西大路南交差点を左折し、国体で使用する大型プールの施設を左に見た後、草津川跡地を歩きます。
 時折、ランニングしている人に会いました。草津高校が左前方に見えます。枇杷が黄色の実をつけています。紫陽花が色づき始めています。紫のあざみも目にします。
 愛彩広場で休憩になりました。ここから琵琶湖まで2.5kmの標示がありました。イベント開催中で大勢の人が集まっています。やがて南山田地区に入りました。
 白いビニルハウス群が広がっています。メロンを栽培しています。アスパラガスやほうれん草も植えられています。し
ばらく行くと、もち米の成育中でした。
   雨が降り出し、合羽を着る人が出てきました。
 琵琶湖に突き当たり、湖岸道路を歩きます。 
 志那駐車場で休憩した後、烏丸半島の琵琶湖博物館近くに来ると雨は止み、曇り空の下でゆったり昼食を摂ることができました。木浜駐車場で最後の休憩の後、しばらく歩いていると気持ちよさそうにハングライダーが空を舞っています。
 ゴルフ場を右に見てびわ湖大橋東詰に着きました。ここからバスに乗って帰る方も若干名おられました。
 堅田駅にA班は14時過ぎに、B班は15時20分頃にゴールしました。今日は長い距離のウオークお疲れ様でした。
 次回は、6月23日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024➃堅田駅~近江舞子駅17km」を堅田駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

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受 付   草津駅東口広場にて


A班のみなさん


曇り空の中を歩く


雨が降り出してきた


ここから湖岸道路を歩く


最後の休憩を終えて出発
   
入念に準備体操


B班のみなさん


前方に南山田のビニルハウス群が見える


もうすぐ湖岸道路


琵琶湖博物館近くで昼食


列詰めをして出発

  ビューポイント

道の駅 びわ湖大橋米プラザ
 びわ湖大橋有料道路を利用する方はもとより、その周辺
道路を通行する方のオアシスとして休憩所、情報発信、地域連携機能等を持った「道の駅」としてオープンした。
 施設内には周辺住民の方も利用できるコミュニテイールーム「光彩」や滋賀の米をはじめ農産物の啓発施設の「おいしやうれしや」がある。滋賀県全域の生産者から仕入れた生鮮品や加工品が並ぶ直売所をはじめ、レストラン、土産売店等を備えている。
烏丸半島
 草津市域の最北、琵琶湖に突き出す烏丸半島周辺には、
  琵琶湖の原風景といわれるヨシ原が今もその姿をとどめている。半島内には日本最多のスイレンコレクションを誇る「水生植物公園みずの森」、「湖と人間」をテーマに、見て触れて体験できる「琵琶湖博物館」がある。
 夏の風物詩となった「熱気球フライト」、「イナズマロックフェス」の開催地としても知られ、話題いっぱいのスポットである。
草津市立水生植物公園みずの森
 水生植物の宝庫である琵琶湖のほとり、烏丸半島に位置する、全国で数少ない水生植物公園。園内では四季を通して様々な植物を楽しむことができる。


   中山道・武佐宿を歩く
2024年6月2(日) 曇り  68名
安土駅~石寺~奥石神社~武佐宿~近江八幡駅

 心配した雨に降られず涼しい中のウオークでした。
 安土駅を出発し、最初に伊庭庭園を訪れ、ボランティアガイドさんの説明を受けました。目に鮮やかな緑が美しい庭園でした。
 次に、石寺から楽市楽座を通り、奥石(おいそ)神社の中を見学した後は武佐小学校近くの公園で昼食です。
 昼食後、伊庭貞剛の生誕地を訪れ、伊庭家の墓を訪れ、篠田神社の大きな楠を見て、近江八幡駅にゴールしました。
 
   今日は、のどかな街をゆったりと歩くことができ、水田にはしっかり水が張られ稲の生育状況もよさそうに感じました。また、近江八幡市の花に指定されている「むしゃりんどう」武佐(武者)竜胆の花を見ることができました。紫の可憐な花で覗き込む方もおられました。
 7月の例会は、7月7日(日)に「初夏の花を求めて守山駅~栗東駅17km」を守山駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

 
    
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本日のコース説明を聞く


伊庭庭園でガイドさんの説明を聞く



奥石神社を見学


新緑の境内を歩く


曇り空の下を歩く


青々とした水田が広がる
   
入念に準備体操


水田地帯を歩く


楠の大木を見上げる


のんびり昼食タイム



本陣跡の横を通る


近江八幡駅にゴール
  
 ビューポイント

武佐宿跡
 この地は、武佐宿を起点に向かう八風街道(八日市・永源寺を通り八風峠を越え伊勢へとつながる街道で海産物、紙、布等の物資が行き交ったとされている。現在の国道421号線がほぼ踏襲)や八幡町内へ分岐する交通の要で長さは約1kmに及ぶ。
 江戸時代に入り、宿次・伝馬の法が一新され、武佐宿駅は大駅となり、宿村大概帳によれば、宿高八百九十余石、町並八町二 十四間、本陣一、脇本陣一、問屋二、高札二、
 
旅籠二十三軒、人足五十人、馬五十頭(最も賑わった時は百五十頭)、家数百八十三、人口五百三十七人と記されている。
 江戸時代の最も盛んな頃は三千人余の人の往来があり、近江商人もさかんに行き来したと思われる。その当時の風景は、安藤広重によって木曽街道六十九次にも描かれている。
 また、かつては武佐弁や武佐墨などの特産もあったと伝えられている。




  琵琶湖一周健康ウオーキング2024②
2024年5月26日(日)  晴れ  231名
瀬田駅~大萱児童公園~大萱6丁目~帰帆南橋~北山田園地~草津川跡地~愛彩広場~de愛広場(草津川跡地)~草津駅

 朝から好天気に恵まれ、いつも以上に多くの方に参加いただきました。特に初めて参加される方が多く、大萱児童公園の受付では長い行列ができました。
 いつものように準備体操の後、集合写真を撮って出発です。近江大橋下をくぐり、帰帆南橋を渡り、ずっと湖岸を歩きます。サイクリング車やバイクとよくすれ違います。
 緑地公園で休憩です。カラフルなテントを張り、バーベキュ-を楽しむ家族連れで賑わっています。湖岸では魚釣りをしている人がいました。
 南山田では、白いビニルハウスが多く見られます。中を見るとメロンがなっています。アスパラガスも植わっています。道路脇には昼顔が咲いています。
12時前に愛彩広場に
 
  着き、45分まで昼食休憩です。青い滑り台では子どもたちが楽しく遊んでいます。ドッグランの広場で犬を遊ばせている人がいます。大型犬と一緒に食事をしている方もいました。この後、de愛広場まではほぼ直進です。2年生の男の子も母親といっしょに完歩目指して歩いています。草津川の土手には枇杷が黄色い実をつけています。
 de愛広場には13時40分頃に到着しました。IVVを受け取った後はゴールの草津駅まで各自で歩きます。
 本日はお疲れ様でした。次回は、6月9日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024③ 草津駅~堅田駅21km」を草津駅9時30分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

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受付  大萱児童公園で


A班のみなさん


A班がスタート


列をなして歩く


涼風を感じて歩く


北山田のビニルハウス群の横を歩く

   
準備体操


B班のみなさん


サイクリングを楽しむ若者


休憩の後の出発


前方に三上山が見える


愛彩広場で昼食

     ビューポイント

de愛広場(草津川跡地公園)
 旧草津川は川床が民家の屋根より高い全国的にも有名な天井川だった。廃川となり、川としての役目を終えた草津川だが、平成29年4月に草津川跡地公園として生まれ変わった。
 四季の移り変わりが感じられる緑あふれる公園。
 公園内にはレストランやカフェ、ホットヨガスタジオなどもあり、川の流れのあった場所に東西に長く続く公園は家族連れや、ウオーキングを楽しむ人で賑わっている。
 琵琶湖へと続くサイクルロードも通じており、春になると桜並木の下で花見を楽しむ人で賑わう。
 
  草津市南山田のビニルハウス群
 かつて市内を流れていた草津川(現在は廃川)の河口に、近畿でも最大級と言われるビニルハウスが広がっている。
 河川が運んだ河口に堆積した土砂は、野菜づくりに適した肥沃な土地を生み出しており、いつしかこの土地でのビニルハウス栽培に可能性を感じた人が野菜作りを始め、やがてそれが広がっていった。ここでは葉物野菜を中心に京漬物の材料となる壬生菜や日野菜、その他「草津メロン」や「愛彩菜」といった地元草津のブランド野菜が栽培されており、一大野菜生産地となっている。


  大津なぎさウォーク(新の山々とびわ湖遠景を眺めて)
2024年5月21日(火)  晴れ 134名
大津駅~朝日ヶ丘~打出中学校横~跨道橋~鶴の里~茶臼山公園~富士見台~園山公園~石山駅

 小網会長のあいさつの後、10回、20回、30回、50回を完歩された方への表彰式があり、大津駅長さんより記念のバッジとTシャツが手渡され、参加のみなさんから大きな拍手がありました。準備体操の後、集合写真を撮り9時30分頃に出発しました。
 大津駅を右折し、JRの高架を潜り、朝日ヶ丘に出ます。ここから住宅街が続く坂道を少し上ったところで今度は下り坂です。滋賀短期大学附属高校の前を通った後は、階段を上って行きます。眼下に打出中学校や琵琶湖が見えます。池ノ内に出ます。ここからアップダウンの続く通称ラクダ道と呼ばれる名神高速道路の側道を歩きます。
   しばらく休憩です。保育園の子どもたちが楽しそうに遊んでいます。
 ここからしばらく坂道を上った後は下りです。若葉台を左折し住宅街を歩くと園山公園です。美しい緑の木々を見ながら昼食です。眼下に東レの煙突が見えています。
 帰りは美崎町を通り国道1号を渡って石山駅に12時半頃にゴールしました。
 久しぶりのアップダウンのウオークお疲れ様でした。 
 次回「大津なぎさウオーク(牛玉さんの日)」は6月18日(火)大津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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大津駅長より記念品の授与


参加のみなさん


茶臼山公園  新緑の木陰で休憩


みんなで美味しくランチタイム


昼食後の一時

   
伸び伸びと準備体操


茶臼山公園手前の坂を上がる


園山公園で昼食


昼食後の一時


坂を下りて石山駅を目指す

  ビューポイント

茶臼山公園
 茶臼山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る古墳で国指定の史跡。古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定される。琵琶湖南岸の丘陵先端部に築造された大型前方後円墳。古墳域には秋葉神社が祀られている。墳形は前方後円墳形で前方部を東方に向ける。墳丘長は124mで、これは滋賀県内で安土瓢箪山古墳(134m)、荒神山
   古墳(124m)に次ぐ第3位の規模である。墳丘には小さな社と大友皇子の葬り塚がある。
園山稲荷大明神
 1928年、以前あった滋賀県立農事試験場は草津に移転し、この地は東レに売却された。東レも園山の山上に伏見稲荷を勧請し、園山稲荷大明神としたため、周辺(園山2丁目1-1番街区)は社員の憩いの場となった。


  特別例会・ウオーキングステーション
瀬田川ぐるりさんぽ道
2024年5月16日(木)  晴れ   60名
JR石山駅~螢谷公園~南郷洗堰~瀬田の唐橋~JR石山駅

 雲行きが怪しい中、石山駅2階の芭蕉像のある広場で受付です。コース説明の後、準備体操をして出発しました。
 石山駅から松原町を通り、瀬田川の湖畔に出ました。瀬田の唐橋、瀬田大橋をくぐり、先ず、螢谷公園で休憩です。
 湖面ではカヌーを漕ぐ人がいます。川岸には黄色の花菖蒲が群生しています。やがて右前方に石山寺が見えてきました。陽が照ってきて汗ばんできます。京滋バイパスの下を潜ります。外輪船が通って行きます。魚釣りをする少年がいます。川幅の一番狭い所に来ました。
 新洗堰を渡り、アクア琵琶に10時半頃に着きました。昼食を摂る方もいました。館内に入ると素敵なヨシ笛の演奏が
   聞こえてきて、我々を歓迎してくれているようです。
 昼食後は、旧洗堰の前を通って午前中歩いてきた対岸の風景を見ながら瀬田の唐橋を目指します。
 川岸には釣り船が繋留されていて、川面ではコクバンが泳いでいます。青空が広がってきました。
 瀬田の唐橋を渡って松原町から石山駅に12時半頃にゴールしました。本日はお疲れ様でした。
 次回の特別例会「琵琶湖なぎさコース」は6月27日(木)に膳所駅9時30分集合で旧東海道を歩いた後、矢橋帰帆島に行き、近江大橋を通って膳所駅にゴールします。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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コース説明を聞く参加のみなさん


螢谷公園に着く


螢谷から石山寺に向かう


京滋バイパスを潜る


南郷に入る


「アクア琵琶」に到着


南郷から瀬田の唐橋を目指す
   
石山の湖岸を歩く


紫式部の泉の前で休憩


石山寺近くを歩く


川幅の狭い瀬田川


新洗堰が見える


「旧瀬田川洗堰」


大日山の近くを歩く

  ビューポイント

瀬田川洗堰
 昭和36年(1961年)に完成した2代目の洗堰。水門は全開・全閉ともに電動で約30分で操作できるが、開け閉めの際の巡視や点検などは今でも人の手によって行われている。琵琶湖・淀川水域の人々の生活を守る重要な役目を果たしている。
旧瀬田川洗堰
 明治38年(1905年)に完成した初代の洗堰。洗堰の操作により琵琶湖から流れる水の量を調節していたが、人の手作業で角材を上げ下ろしして水の流れを調整する仕組みなので、全閉に丸2日、全開に丸1日かかっていた。
水のめぐみ館「アクア琵琶」
   琵琶湖の水位管理を行っている瀬田川洗堰の歴や役割、琵
琶湖総合開発事業や天ヶ瀬ダム再開発事業などを模型やタッチパネルなどを用いて紹介している。また、大雨が体験できる人気の「雨たいけん室」や「学習映像上映」などもあり、年間約3万人が訪れる。平成29年で開館25周年を迎える。
大日山(だいにちやま)
 滋賀県で一番低い山(標高約129m)。奈良時代の僧侶行基(ぎょうき)は、琵琶湖周辺の水害を防ぐため山を削って瀬田川の流れをよくしようと考えたが、流れる水の量が増えると下流で洪水が起きやすくなることを恐れて断念した。その後も山に大日如来を祀って「山に手をつけるとたたりがある」と言い伝えを残した。


  第32回びわ湖長浜ツーデーマーチ
2024年5月11(土) 晴れ 伊吹中山道40km・坂田長沢御坊20km・びわこ南10km 計983名
 2024年5月12(日) 曇り一時雨  余呉湖35km・姉川国友20km・びわこ北10km
  
計868名

 今年で第32回を迎えるびわ湖長浜ツーデーマーチは北は北海道から南は佐賀県から1851名の方の参加がありました。各コースとも出発前には檄があり、歩く意欲を駆り立てられました。長浜エリアでは、ガラス工芸やユニークな店が軒を連ねる黒壁スクエアや、日本最古の鉄道博物館、市街地の周辺には姉川古戦場や石田三成の出生地など戦国時代を駆け抜けた武将のたちの足跡を訪ねました。
 奥びわ湖エリアでは、羽衣伝説が伝わる鏡のような湖面をもつ余呉湖や、周囲の山々には信長の亡き後、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った賤ヶ岳の合戦の砦跡や浅井長政の居城
  であった小谷城跡を訪ねました。また、広い水田や麦畑を見ながらのどかな湖北の街を満喫できました。南浜からゴールの豊公園までの4.7kmは、風雨に見舞われながら参加のみなさんはひたすら歩いていました。2日目の20kmコースでは父親と小学生2人がゴールした時は大会関係者から大きな拍手で迎えられ感動の場面ありました。
 横断歩道や間違いやすい所では体育協会等の方が誘導してくださったお陰で二日間安心して歩くことが出来ました。
 日本各地からの参加者と一緒にウオークを通じて交流ができたことはいい思い出になったことでしょう。

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小網当協会会長のあいさつ


長浜市長のあいさつ


和太鼓の演奏に送られて出発


国友鉄砲ミュージアムに到着


広い水田や麦畑が広がる



余呉湖35kmコースに参加のみなさん


下山田会館での楽しい昼食

   
志村近畿マーチングリーグ会長による表彰式



小島理事の指導による準備体操


大通寺を通る


白壁が目立つ鉄砲発祥の地 国友


風雨に見舞われながらゴールを目指す



余呉観光館の前で準備体操


ゴールまで残り4.7kmのチェックポイント南浜

    ビューポイント  

黒壁スクエア
 江戸時代に栄えた北国街道周辺に今なお残る歴史的建造物を利用して構成される複合観光スペース。江戸~明治時代に造られた藏や商家を生かしたショップ、ギャラリー、レストラン、カフェ、ガラス工房など約24軒が点在している。
姉川古戦場
 元亀元年(1570)、約3万の兵力を誇った織田信長・徳川家康連合軍に対して1万8000人の浅井長政・朝倉景健(かげたけ)連合軍が挑んだ。姉川付近で激闘が繰り広げられ、結果は信長の勝利に終わった。
   現在の野村橋が架かる姉川一帯は血に染まったといわれ、今も供養塔が残る。多数の戦死者を出した浅井方はこの戦いの後、大正元年(1573)の小谷城落城とともに終焉を迎えることになる。
長浜別院 大通寺
 真宗大谷派本願寺別院大通寺は、「ごぼうさん」の名で親しまれている。桃山建築の本堂(重要文化財)と大広間(重要文化財)、伊吹山を借景にした枯山水庭園の含山軒(がんざんけん)庭園(名勝)、狩野山楽・山雪を代表として狩野派の画家が描いた障壁画など見どころが多い。





 源氏物語・宇治十帖を訪ねて
2024年4月21(日)  曇り後小雨   73名
JR宇治駅~橋姫神社~平等院~宇治市観光センター宇治上神社~源氏物語ミュージアム~JR宇治駅

 いつものように準備体操の後、集合写真を撮り、出発しました。今日は、久しぶりに宇治の街を歩きます。
 世界遺産である平等院では、鳳凰堂近くの樹齢約300年のフジが満開で、酔うような香りが広がっていて、思わず見とれてしまいました。
 観光センターで休憩の後、平安貴族たちの別荘として古くより親しまれてきた世界遺産である宇治上神社に立ち寄りま
  した。源氏物語ミュージアムの近くの公園で昼食です。宇治駅には13時過ぎにゴールしました。雨が強くならないうちにゴールできてよかったです。
 5月16日(木)に特別例会・ウオーキングステーション「瀬田川ぐるりさんぽ道 石山駅~石山駅12km」を石山駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。


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JR宇治駅で


見事な藤


平等院を見る



宇治橋を渡る


宇治上神社の境内


宇治橋を歩いて帰る
   
藤の花を観賞


10円玉で有名な平等院


宇治橋を渡る


世界遺産の宇治上神社


新緑の木々に包まれて昼食


紫式部の像

 ビューポイント  

 「宇治十帖」
 紫式部が千年前に書いた「源氏物語」五十四帖。その最後の十帖は、宇治が舞台であることから特別に「宇治十帖」と呼ばれている。「宇治十帖」は光源氏の亡き後を描いた物語で、宇治を中心に物語が進む。主人公は光源氏の息子・薫大将と孫・匂の宮。実は薫は光源氏の子どもではなく、正妻と別の男性との間にできた子どもで、もちろん本人も周囲もそのことを知らない。生まれつき体から素晴らしい芳香を放っているので「薫」と呼ばれてい る。

 
一方、匂の宮は帝と光源氏の娘・明石の中宮との間にできた

ライバルの薫に対し、いつも衣に香をたきしめているので「匂の宮」と呼ばれ、光源氏の孫らしくプレイボーイ。
 この二人と大君、中君、浮j舟という3人の姫君をめぐり物語が展開していく。「宇治十帖」の最初の帖は「橋姫」。
 橋姫とは宇治橋を守っている神様の名前。現在は宇治橋のすぐ近く、あがた通りに面して祠が立っているが、かつては橋の三の間に祀られていたとも伝えられている。



 大津なぎさウォーク
2024年4月16日(火)  曇り後晴れ  102名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園~由美浜~近江大橋~漕艇場~唐橋公園~瀬田の唐橋~石山駅

 会長のあいさつの後、20回、40回、50回を完歩された方への表彰式があり、大津駅長さんより記念のバッジとTシャツが手渡され、参加のみなさんから大きな拍手がありました。準備体操の後、集合写真を撮り10時前に出発です。
 大津港のお祭り広場で列詰めをした後はずっと湖岸を歩きます。三上山とミシガンを見ながら歩いています。
 なぎさ公園のピンクの芝桜が見事です。ミシガンが近づいてきたところで休憩になりました。プリンスホテルの前では釣り糸を垂らす人を多く見かけます
 
    サンシャインビーチを歩いた後は、近江大橋を歩きます。琶湖漕艇場前を通った後、唐橋公園で昼食になりました。先日の日曜日と比べ訪れる人は少なく木陰でゆっくり摂ることができました。瀬田川にはボートやカヌーは見られず、静かでした。瀬田の唐橋を渡り石山駅に13時頃ゴールしました。4月21日(日)に「源氏物語・宇治十帖を訪ねて JR宇治駅~JR宇治駅12km」をJR宇治駅10時00分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

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準備体操  大津駅北口広場で


大津駅をスタート


なぎさ公園を歩く


サンシャインビーチを歩く


近江大橋の近くを歩く


唐橋公園で昼食


瀬田の唐橋の前を歩く
   
参加のみなさん


琵琶湖文化館の前を歩く


休  憩


もうすぐ近江大橋


ランナーに出会う


瀬田川湖畔で昼食


瀬田の唐橋は目の前
   
 ビューポイント

 「壬申の乱」の戦い
 最大の決戦地となった瀬田橋。東側の村国男依の軍が布陣。大友皇子率いる朝廷軍は橋の西で構えた。
 日本書紀によると、その軍の後が見えないほどの兵の数だったという。弓を構えた兵たちは一斉に矢を放ち、それらが雨のように落ちてきた。
 橋の中程の板をはずして敵を落とすという朝廷軍の仕掛けたわなは、一人の勇者、大分君稚臣(おおきだのきみわかみー大津皇子の従者)によって破られた。彼はわなを見破り、弓矢の中に突撃した。朝廷軍は総崩れになった。橋での決戦は村国男依(むらくにのおより)らの軍が朝廷軍を破り、
大海人軍は瀬田川を渡り大津京へ向かう。
   大海人皇子の軍は粟津岡(あわずのおか)ー膳所に陣を置いた。現在、膳所神社がある場所は、天智天皇が御厨所(宮の食事を担当)と定めた所。
 大友軍は敗れ、山前(やまさき)へ敗走。
 大友皇子はここで自害する(25歳)。山前の場所は、三井寺前の長等山ではないかと考えられている。現在、大友皇子の陵がここにある。
 逃亡していた近江の重臣だった者たちは、次々と捕らえられ、8月25日の処罰発表を待った。
 重臣のうち8名が死刑。その一人が右大臣中臣金(なかとみのかね)だった。彼は大友皇子軍の中心にいて戦争の指示をしていたと思われる。


 琵琶湖一周健康ウオーキング2024①
2024年4月14(日)  晴れ   226名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園・におの浜~サンシャインビーチ~膳所城跡公園
~瀬田の唐橋~唐橋公園~琵琶湖漕艇場前~大萱六丁目信号~大萱公園~瀬田駅

 今日は、2024年度第一回目の琵琶湖一周健康ウオーキングです。いつも以上に大勢のウオーカーが大津駅北口広場に集まりました。天気予報では高温が予想され、休憩と水分補給が大切なことの話がありました。
 駅長さんに代わり、駅員さんの挨拶を頂き、青空の下、伸び伸びと準備体操をし、写真撮影の後、出発です。
 大津駅を出発し、お祭り広場からなぎさ公園を通り、ずっと湖岸を歩きます。なぎさ公園ではピンクの芝桜が咲いています。サンシャインビーチでも釣り人や犬の散歩をする人、ランニングをする人などに出会いました。膳所城址公園で休憩です。桜は見頃を過ぎていますが、親子でボール遊びに興
 
   じたり、遊具で遊んだりして、大勢の人が休日を楽しんでいます。瀬田の唐橋を渡り、唐橋公園で昼食です。
親子で弁当を食べたり、シャボン玉で遊ぶ子どもがいます。みなさん木陰でのんびりとランチタイムです。
 瀬田川ではカヌーを漕ぐ若者の姿がありました。
 大萱を通り、ゴールの大萱公園にA班は12時45分頃、B班は13時15分頃に着きました。

 次回は、5月26日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2024② 瀬田駅~草津駅 15km」を瀬田駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

 

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伸び伸びと準備体操


B班のみなさん



出発前の光景


ずっと湖岸を歩く


太陽の陽射しを受けて


瀬田川沿いを歩く


唐橋公園で昼食

   
A班のみなさん


木陰でくつろぐ参加のみなさん


ミシガンが見える



今日はウオーク日和


目に鮮やかなピンクの芝桜


軽快な足取りで粟津付近を歩く


カヌーを操る若者


   ビューポイント

 瀬田唐橋
 近江八景「瀬田の夕照」(せたのせきしょう)の主題である「瀬田唐橋」は、別名「瀬田橋」や「長橋」とも呼ばれ「唐橋を制するものは天下を制する」と言われ、古来より京都ののど元を握る交通・軍事の要衝として重視された。
 瀬田橋が戦の歴史舞台になって千八百年になるが、特に有名なものは、古くは、大津京が幻の都となった大友皇子と大
  海人皇など幾多の戦乱の舞台となった。
 織田信長の瀬田橋の架け替えは、比叡山焼き討ちの4年後、大正3年(1575)に諸国の道路修理を命じ、関税を免除するとともに、瀬田城主、山岡景隆と木村次郎左ヱ右衛門を奉行に任命し、近江の朽木などから木材を調達し、長さ百八十間(約350m)、幅4間(約7m)の一本橋をわずか3ヶ月という突貫工事で掛け替えさせたといわれている。


  
第10回海津大崎・観桜の道
2024年4月7(日)  晴れ   91名
マキノ駅~清水の桜~海津~海津大崎~海津~湖のテラス~マキノ駅

 マキノ駅の改札を出ると満開のチューリップが迎えてくれました。準備体操の後、出発です。
 前方の山には山桜が咲いています。西浜を通り宝憧院を訪れた後は、満開の清水の桜を鑑賞しました。途中、土手にはタンポポや土筆が咲き、ピンクのハナモモもきれいでした。
 海津に出て湖岸沿いを歩き海津大崎に向かいます。サイクリング車やバイクで繰り出す人も目立ちます。満開の桜の下では大勢の花見客で賑わっています。
 青空と白い雲と、桜、湖上に繰り出すカラフルなカヌーやボートのコントラストが素敵です。
 
    しばらく歩いていると一機のパラグライダーが大空を滑空しています。とても気持ちよさそうです。
 桜のトンネルを潜り海津大崎に着きました。観光船が停泊し、土産物店から流れる音楽が一層気持ちを高揚させてくれます。大崎寺の高台から満開の桜を鑑賞しながら昼食です。最高のランチタイムになりました。
 いつもの湖魚の佃煮屋さんに立ち寄りマキノ駅にゴールしまし
た。次回は、4月21日(日)に「源氏物語・宇治十帖を訪ねて JR宇治駅~JR宇治駅 12km」を宇治駅10時00分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

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チューリップのお出迎え マキノ駅で


参加のみなさん


カヌーに乗って桜を鑑賞


大崎寺で昼食


パラグライダ-で大空を滑空


満開の桜を見上げる
   
準備体操


山里の桜


海津大崎港の桜


桜のトンネルを歩く


海津大崎港の桜


海津大崎をバックに集合写真

    ビューポイント

清水の桜
 海津大崎並木口から北へ約1km、海津の墓地の中に1本の老樹「清水の桜」がある。樹種はアズマヒガンザクラ。樹齢300年以上といわれ、水上勉の小説「桜守」の中でも称賛されている。加賀藩前田侯が上洛の折、何度もこの桜を愛でたことから「見返りの桜」とも呼ばれている。海津大崎の桜より少し早く満開見頃を迎える。
海津大崎
「日本のさくら名所百選」にも選ばれている海津大崎の桜。樹齢80年を優に超える老桜から次世代へ引き継ぐ若木まで約800本のソメイヨシノがびわ湖岸約4kmに渡って続いている。
 また海津大崎はびわ湖随一の岩礁と湖の碧、遠くに竹生島が見える景勝地である。
義経の隠岩
 海津大崎の少し手前の湖岸にある。義経が兄の頼朝に追われる身となり、奥州平泉に逃れる時、この岩に隠れたといわ
  れている。海津付近に上陸し、一時身を隠して北国へ逃れていったことを謡曲「安宅」の一節に謡われている 。
海津の街並み
 
山が琵琶湖に迫り、湖岸沿いを西近江路が通るマキノ町の海津は、湖上水運と陸路を結ぶ交通の要衝でした。
 街道沿いにはかつての賑わいを伝える建物が残され、石積みや、街道と水辺を結ぶ辻子とよばれる細い通路が独特の景観を作り出している。
海津浜の石積み

 海津大崎の付け根から南へ、切石を整然と重ねた石積み護岸が約1.2kmに渡って伸びている。高さは2.5~3m。季節風や台風で生じる大波に苦しむ湖岸の人々のために18世紀初め、この地を治めていた代官によって築かれた。
 この湖岸の石積みをはじめ、河川や内湖、共同井戸、知内川で続けられている伝統的なヤナ漁など、多様な水文化が存在するマキノ町海津・西浜・知内の水辺景観が、平成20年全国で5番目の重要文化的景観に指定された。


  
 観桜のオランダ堰堤を訪ねて
2024年4月4(木)    晴れ  78名
南草津駅~青山~桐生オランンダ堰堤~小槻神社~草津駅

 南草津駅西口公園で受付です。いつものように準備体操の後、集合写真を撮り、出発しました。
 今日のコースは、普段滅多に訪れることが少ないオランダ堰堤に行きます。野路、追分を通り、新興住宅地の青山に入りました。やがて上田上の平野を経て桐生に着きました。
 人通りの少ない、のどかな町を歩きます。桜は七分咲き程
   度でもうすぐ開花しそうです。
 到着後、オランダ堰堤を守る会の会長さんから説明を受けました。見学の後、堰堤を眺めながら昼食です。
 復路は上桐生からバスが出ていますが、乗車する人はなく、全員草津のde愛広場にゴールしました。
 本日はお疲れ様でした。
  
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準備体操  南草津駅で



一際目立つピンク色の桜


人通りのない町を歩く



オランンダ堰堤を見学


開花間近の桜を観て歩く
   
参加のみなさん


のどかな町を歩く


オランダ堰堤を守る会会長さんの説明



オランンダ堰堤を眺めながら昼食


小槻神社の見事な桜
  
 ビューポイント

オランダ堰堤
 通称「オランダ堰堤」は草津川の上流にあたる上田上桐生にあって、その一端が丈野国有林にかかる。この堰堤は築造以来110年余の年月に耐え、砂を貯める機能を現役で果たしている。
 大津市の田上や栗東市の金勝の山々は、古く藤原京の造営用材としてここからヒノキ材を採取したとの記録が残っているほど、人とのかかわりの歴史の古い山々である。その後、江戸時代には燃料や灯り用として小柴や松の根までが採取
 
され、その結果 「田上の禿(はげ)」として全国的に知られたはげ山地帯となった。山から大量の土砂が流れ出し、水害に苦しんだ地元では、江戸時代に集落をあげて移転せざるを得なかったほどだった。
 明治になってから本格的な各種の山腹工事と樹木の植栽が行われ、現在では緑の森林が回復している。この堰堤もそれらの工事の一つとして、流れ出す土砂をせき止め、川床を安定させる目的で築造されたものである。


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