NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】
 
 
 


 小関越え・観桜の道
2022年3月27日(日)  晴れ  153人
大津駅~長等公園~小関越え~藤尾~疏水~山科~毘沙門堂~永興寺~蹴上駅

  昨日の雨から一転、ポカポカ陽気に恵まれ絶好の花見日和になり、いつもより多くの方が参加してくださいました。
 サンダーバードの遅延や神戸地区での人身事故の影響で、アンカーのスタートが遅くなりました。
 大津駅を出発し、日赤の横を通り、長等公園から少し下った所を左折し、住宅地を過ぎ、人家が無くなり急坂を登って行くと、地蔵堂がある小関峠です。
 ここからは下りです。小関峠から車道と分かれて小路を下ります。
 第一竪抗が見えてきました。深さは約50mあります。ここから琵琶湖へ掘り進めたそうです。
 普門寺の先で、西大津バイパスの下を潜ります。藤尾です。川沿いを歩いて行くとやがて疏水が第一トンネルから出た所に出ました。一燈園を過ぎ、ずっと疏水沿いを歩きます
 
   満開の桜は少なかったですが、蕾みはかなり膨らみ明日にでも咲きそうな状態でした。永興寺近くの公園で昼食です。疏水船に出会い、みなさん、手を振ったり、写真を摂ったりしておられました。安朱橋周辺は、黄色の菜の花が見事でした。
 毘沙門堂では、満開の桜を観ることができました。
 蹴上駅近くの沿道には菜の花が咲き、ゴールを祝福してくれているかのようでした。 
 解散後、大津より開花が進んでいる桜を見ようと、インクラインや南禅寺まで行かれる方が多かったです。
 本日はお疲れ様でした。
 次回は、4月3日(日)「第8回海津大崎観桜の道 マキノ駅~マキノ駅12km」をマキノ駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
準備体操   大津駅で


満開の桜


桜を見上げるウオーカー


太陽光を浴びてウオーク


蹴上駅でゴール

   
ずっと疏水縁を歩く


お花見弁当の時間


疏水船に出会う


絶好のウオーキング日和に


蹴上駅近くの桜
 
  ビューポイント 

 小関越え
 京都市山科区四ノ宮鎌手町と大津市小関町の間の峠。平安時代に東海道・東山道が逢坂の関(大関)に対し、北陸道のみが通る小関越えは間接的な意味合いで小関とされたようである。
琵琶湖疏水
 琵琶湖の湖水を西側に隣接する京都市へ流すために、明治期に当時の最高技術を駆使して造成された水路(運河)で、大津市内にありながら疏水付近は、いわゆる飛地として京都市になっている。湖水は、日本初の営業用水力発電源となり、京都市電の前身である京都電気鉄道の電力を初め、水運や京都の産業全般に運用されて今日に至っている。

   毘沙門堂
 毘沙門堂は天台宗五箇室門跡のひとつで、高い寺格と鄙びた山寺の風情を伝える古刹である。ご本尊に京の七福神のひとつ毘沙門天を祀ることからこの名がある。
 創建は大宝3年文武天皇の勅願で僧行基によって開かれた
。当初は出雲路(上京区・御所の北方)にあったことから護法山出雲寺といった。
 その後、たび重なる戦乱から苦難の道をたどり、寛文5年(1665)、山科安朱の地に再建。後西天皇の皇子公井法親王が入寺してより門跡寺院となった。伝教大師が唐より将来された鎭将夜叉法という行法は、天台五箇大法のひとつとして当門跡だけに伝わる秘宝である。



 先人をしのぶ道
3月20日(日) 晴れ  94名
河瀬駅~阿自岐神社~豊郷小学校~伊藤忠兵衛記念館~岡村酒店~稲枝駅

 朝、出かける前は雨がポツポツ降っていたが、次第に晴れ間が出てきた。受付の河瀬駅前にあるネズミモチは赤い実を付けていた。
 「コロナに負けるな。」のメッセージをアピールする若人に目が止まった。
 準備体操の後、出発。時折、冷たい風が吹くが、歩く内に汗ばんできた。広い田園地帯を歩く。小麦畑の緑が濃くなってきた。春耕はもうすぐ。「この夏は雨不足で全滅ですわ。」と変色した白菜を前に肩を落とす農家の方に出会った。
 伊吹山と霊仙山の頂きには雪が残る。
 伊藤忠兵衛記念館では、立派なお屋敷を見学。手入れの行き届いた中庭にはいくつもの石が見事に配置されていた。
 「けいおん」の聖地と呼ばれる豊郷小学校は有名なアニメ
  の舞台になっている。若いカップルが見学に来ていた。
 昭和12年に建築家のウイリアムヴォーリズの設計で建てられ、当時は「白亜の教育殿堂」「東洋一の小学校」といわれていた。

 階段の手すりには、ウサギとカメの形の彫刻が置かれ、校舎の長い廊下には日の光が射すよう窓の形が工夫されている。
 江戸時代から続く造り酒屋の岡村酒店では、試飲の後、新酒を買い求める方もおられた。
 本日はお疲れ様でした。

 3月27日(日)は「小関越え・観桜の道 大津駅~蹴上駅16km」を大津駅9時30分集合で実施します。
疏水の桜と疏水船が楽しみです。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。


   それぞれの写真をクリックすると拡大されます 


 
受付  河瀬駅


阿自岐神社の前を歩く


ウサギとカメの彫刻


造り酒屋に立ち寄る


ふきのとうを見つけた
   
対の紅梅と白梅


アニメの聖地 豊郷小学校


田園地帯を往く


酒蔵が並ぶ


春耕間近の田畑


  ビューポイント
 
阿自岐神社

 阿自岐神社は1500年以上前、飛鳥時代より以前に百済から古代日本へ渡来してきた「阿自岐」氏が祭神として祀られている。「阿自岐」氏はかなり高貴な百済系の渡来人で、境内にある池泉多島式庭園づくりに、日本に漢字を伝えた王仁氏を招いたといわれている。
伊藤忠兵衛記念館
 伊藤忠商事の創業者・伊藤忠兵衛は関西から関東をはじめとする全国各地へ行商を行った。近江商人は自分の足で歩いて各地の需要や地域による価格差などの情報を仕入れ、全国
   
的規模の商品流通を行った。こうした商いは、やがて日本経
済が発展していく上で大きな役割を担っていた。近江商人の経営哲学のひとつとして「三方よし」が広く知られている。「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる。
岡村酒店
 豊郷町吉田は、鈴鹿山系の豊富な名水が湧き出る昔から米作りが盛んな良質な近江米の産地である。伊吹山からの寒風が吹き、酒造りに最高の条件を満たしている。岡村酒店は創業安政元年で160年の老舗である。



 大津なぎさウオーク(火)早咲き桜を求めて・開花は!
2022年3月15日(火)  曇り時々晴れ   135人
大津駅~お祭り広場~大津港~疏水~三井寺~歴史博物館~皇子が丘公園~大津京駅

 ♪春は名のみの風の寒さや♪ 少々、風が冷たく感じましたが、歩いて行くうちにぽかぽかしてきました。大津市役所近くの山上町の迎賓館前から坂を上り、早尾神社の横を通って、今日一番のスポットの早咲きの初御代(ハツミヨ)桜を観賞しました。ヒヨドリが飛来して鳴き声が聞こえます。ここ数日で開花が進み、みなさん一同に、「きれいやな。」と写真を撮っておられました。可愛い二匹のわんちゃんが桜の前でおとなしく座っていて、ワンダフルな光景に出会いました。   鈴のような白い花の馬酔木(あせび)が咲き、沈丁花の花の甘い香りが漂い、春を実感しました。12時過ぎには大津京駅に全員ゴールしました。
 4月19日(火)のなぎさウオークは「びわ湖の春・越冬鴨も旅立ち」です。大津駅からなぎさ公園、サンシャインビーチを歩き、膳所城址公園で休憩し、旧東海道を歩いて石山駅にゴールします。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
大津駅を下る


大津港から浜大津へ


坂道を上り皇子が丘公園へ


初御代桜を観賞


大津京駅前で昼食
   
大津港から浜大津へ


三井寺へ


初御代桜を観賞


西大津付近を歩く


大津京駅にゴール


   ビューポイント
 三井寺(天台寺門宗総本山園城寺)
 三井寺の山号は「長等山」。開基(創立者)は大友与多王、本尊は弥勒菩薩。高野山明王院の「赤不動」、青蓮院の「青不動」と共に日本三不動の一つである黄不動で著名な寺院。
 観音堂は西国三十三所観音霊場の第14番札所である。近江八景の一つである「三井の晩鐘」でも知られる。
 「三井寺」の通称は、この寺に湧く霊泉が天智・天武・持統の三代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったという。「三井寺」の由来となった井戸「閼伽井屋」は重文である。
 
   
 平安時代には朝廷や貴族の尊崇を集め、中でも藤原道長、白河上皇らが帰依したことが知られている。
 平安時代以降も皇室、貴族、武家などの幅広い信仰を集めて栄えたが、源平合戦から鎌倉時代に特に、三井寺は清和源氏とのつながりが深く、源頼義が三井寺に戦勝祈願をしたことや息子3男の義光を三井寺の鎮守神である新羅明神を祀る新羅禅堂(国宝)の前で元服させたことなどに始まり、源頼政(清和源氏)が平家打倒の兵を挙げた時には三井寺がこれに協力をしたり、平家を滅ぼした源頼朝も当寺に手厚い保護を加えるなど、源氏歴代の尊崇が篤い。




 東海道・中山道ウオーク(総会ウオーク)
2022年2月27日(日)  薄曇り  107人
南草津駅~矢橋道三叉路~草津本陣~東海道・中山道分岐~大宝神社~東門院~朝鮮通信使道~野洲駅

 日増しに暖かくなり、早春の伊吹を感じる頃になりました。
 受付では2021年完歩賞のバッジをお渡ししました。いつものように準備体操の後、南草津駅を出発し、東海道に入ります。立木神社の横を通ると、梅の開花が進んでいました。
 続いて草津宿や太田酒造の前を過ぎ、トンネルを潜ると、やがて中山道の分岐点に出ました。
 ここからは、ずっと中山道を歩きます。大宝神社では、お参りされる方もおられました。境内には土俵があり、今も相撲祭が行われています。
 守山に入り、今宿一里塚を過ぎ、東門院から少し行った所
にある街道交流館では、艶やかな雛人形や竹筒灯籠が飾っ
   てあり、目を引きました。
 野洲川大橋を渡り、朝鮮通信使道を通り、コミュニティセンターやすにゴールしました。
 1時30分からは総会を行いました。2021年度の事業報告と活動計算書の報告、会計監査報告に続いて2022年度事業計画案と予算案の報告があり、最後に次期役員候補全員が承認されました。
 本日はお疲れ様でした。
 3月20日(日)は「先人をしのぶ道 河瀬駅~稲枝駅14km」です。河瀬駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
   
  それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
 
準備体操 南草津駅


立木神社の梅の花


草津宿を歩く


大宝神社


雛飾り


総会の様子
   
南草津駅を出発


しばらく休憩


太田酒造


守山街道交流館


今宿一里塚


特別功労賞の授与

     ビューポイント
矢橋道
 矢橋道は東海道の脇往還で、草津宿のはずれの矢橋道標を追分として、琵琶湖方面へ3キロほど行った矢橋港までの街道。江戸時代、「瀬田へ回れば三里の回り、ござれ矢橋の舟に乗ろ」と、歌われたように、大津へは瀬田橋を経由する陸路よりここからの船便の方が早く、歩かないで済むので、利用者が多かった。

矢倉道標
 東海道と矢橋街道の分岐点にあたる、かつて「姥ヶ餅屋」があった場所の北の軒先に寛政10年(1798)に建てられた一基の石造道標がある。これは、東海道を道行く旅人を矢橋の渡し場へと道案内するものでした。
 この道標は、歌川広重の描く浮世絵をはじめ、「東海道名所図会」や「伊勢参宮名所図会」などに紹介された「姥ヶ餅屋」の軒先にも描かれている。

草津宿本陣
 江戸時代の本陣は、大名・公家や幕府役人などの限られた人々だけが利用できる施設でした。ほとんんどの宿場に1軒~数軒が置かれ、宿泊や休憩を受け入れていた。
 幕府から「本陣職」を拝命した当地の家によって営まれ、草津宿には建物が現存する「田中七左衛門本陣」と、「田中九蔵本陣」の2軒があった。
 現存する草津宿本陣は、当主の田中七左衛門が寛永12年
   
(1635)に本陣職を拝命したとされ、明治3年(1870)に本陣が廃止
となるまで、代々本陣職を勤めてきた。
 また、いつ頃からか材木商も営むようになり、江戸時代には田中九蔵本陣と区別して、「木屋本陣」と呼ばれていた。

大宝神社
 中山道(旧中山道)沿いにあって方除・厄除・健康御利益がある神社。社宝とされる2対の木造狛犬は重要文化財。「大宝」の名前から宝くじ祈願に来る人も多い。
 その昔、水利権争いを仲裁し、子ども相撲を取らせたことから、現在も相撲祭が執り行われている。

東門院
 比叡山東門院守山寺は天台宗の寺院。東門院の創建は奈良時代末期の延暦4年(7859)伝教大師最澄が比叡山延暦寺を開いた際、四境に門を構えその東門を当地としたのが始まりとされる。
 平安時代初期の延暦13年(794)には征夷大将軍である坂上田村麻呂が東威東征の為に当地まで進軍した際に当院の仁王像に戦勝祈願を行い、見事念願成就すると、感謝の意から境内に七堂伽藍を整備し、千手観音を歓請、さらに桓武天皇からは寺領が寄進され、「守山寺東門院」という寺号と院号を賜った。


 大津なぎさウオーク(梅の香りがする気候に)
2022年2月15日(火)  曇り時々晴れ  110人
大津駅~(旧東海道)~義仲寺~膳所駅~膳所神社~膳所城址公園~瀬田唐橋~螢谷公園~石山寺~(石山駅)

  最初の班は、準備体操の後、9時に大津駅を出発。県庁前を通り、旧東海道を歩きます。最初は義仲寺です。義仲公墓(木曽塚)や義仲公、今井兼平、芭蕉翁ほか合わせて31柱の位牌を安置する朝日堂があります。また、義仲寺境内には、「行く春をあふミの人とおしみける」や「古池や蛙飛こむ水の音」など、芭蕉翁の有名な句碑がありました。
 膳所駅前を通り、次は膳所神社です。人気もまばらで閑散としていました。膳所城址公園でしばらく休憩です。すぐ近くで鴨が泳いでいます。木々の葉も落ち、前回訪れた時のような美しい紅葉も散り、子どもたちの遊ぶ姿も見られず、公
   園一帯は静かでした。
 膳所城址公園からゴールの石山寺まではずっと湖岸を歩きます。黒いコクバンが多く泳いでいます。粟津の晴嵐を過ぎ、瀬田唐橋の下をくぐり抜け、螢谷公園です。
 石山寺山門前には最終11時30分に着きました。
 梅の開花はまだ早いようで蕾の状態でした。
 本日はお疲れ様でした。
 次回は2月27日(日)「東海道・中山道ウオーク(総会ウオーク)南草津駅~野洲駅13km」です。南草津駅に9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
準備体操   大津駅前広場


膳所から石山へ


瀬田唐橋近くを歩く


螢谷から石山寺へ向かう

   
膳所城址公園


粟津付近を歩く


瀬田川沿いを歩く


石山寺近くを歩く 対岸は田上学区


  ビューポイント
  
義仲寺
 このあたりは、古くは粟津ヶ原といい、琵琶湖に面し、景勝の地であった。朝日将軍木曽義仲公の御墓所である。治承4年(1180)、義仲公は信濃に平氏討伐の挙兵をし、寿永2年(1183)5月、北陸路に平氏の大軍を討ち破り、7月京都に入られた。翌寿永3年正月20日、鎌倉の源頼朝の命を受けて都に上がってきた源範頼、義経の軍勢と戦い、利なく、この地で討ち死にされた。享年31歳。戦国の頃は、当寺も大いに荒廃した。貞享年間(1684~8)に大修理の記録がある。芭蕉翁がしきりに来訪し宿舎としたのは、この頃からである。元禄7年(1694)10月12日、芭蕉翁は大阪の旅窓で逝去されたが、「骸は木曽塚に送るべし」との遺言によっ
 
   
て遺骸を当寺に運び、現在地に墓を建てた。
石山寺

 西国三十三所観音霊場の第13番札所。奈良時代後期に、聖武天皇の発願により、良弁によって開かれた。広大な境内には、寺名の由来となった天然記念物の珪灰石がそびえている。国宝の本堂・多宝塔をはじめ、経典・聖教類、仏像、絵巻など多くの国宝、重要文化財がある。
 近江八景「石山の秋月」のシンボルとなっている日本最古の多宝塔で国宝に指定されている月見亭は、瀬田川の清流を見下ろす高台に設けられ、後白河天皇以下歴代天皇の玉座とされた。


 日野ひなまつりをみにいこう
2022年2月6日(日)  曇り時々小雪 66人
日野駅~蒲生氏郷公像~綿向神社~日野川ダム~日野町内~日野駅

  心配していた雪こそ降らなかったですが、時折、顔を射す向かい風が吹き、寒い中でのウオーキングとなりました。
 近江鉄道日野駅を出発し、道なりに進みます。今日は、3月6日まで行われる日野ひなまつり紀行です。日野商人のふるさとでもある日野町。商家や民家の桟敷窓(さじきまど)には江戸時代の「享保びな」「元禄びな」をはじめ、現代の雛飾りの他、「竹筒飾り」「ほいかざり」「横竹飾り」等が街並み一帯に飾られています。
    参加のみなさんは、興味深く覗き込んだり、写真を撮ったりされていました。愛らしいお雛様との出会いは昭和のはじめにタイムスリップしたようでした。
 次回「東海道・中山道ウオーク(総会ウオーク)南草津駅~野洲駅12km」は2月27日(日)です。南草津駅に9時30分集合です。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
準備体操  日野駅


蒲生氏郷公像


寒中のウオーク


桟敷窓からお雛様に見入る


道路に面して家々で飾る雛人形


竹に描かれたお内裏様とお雛様


宮司社家に伝わるお雛様

   
日野駅出発


ひこにゃんとお雛様


道路に面して家々で飾る雛人形


竹筒飾り


桟敷窓からお雛様に見入る


蒲生氏が氏神として庇護した綿向神社


日野商人が出世開運の神として崇敬した綿向神社


  ビューポイント
 
日野ひなまつり

 2月上旬から3月上旬、日野町の大窪から村井・西大路にかけての商店街や商人屋敷など、どこか懐かしさを感じる日野の街並み。そんな街角や商家に、さらに日野独特の風景である浅敷窓越しなどに、江戸時代から現代に至るまでのお雛様や創作人形が飾られます。

江戸時代の日野商人
 行商から身を起こした日野商人たちは、成功すると行商先の各地に店を出しました。一時は全国各地に700程の大きな店を構える程でした。特に北関東方面には成功した日野商人がたくさんいたようです。お盆や正月に故郷に帰る時、当時江戸方面で流行していた立派なお雛様を土産に買って帰ったそうです。日野の商家にはこうした関東のお雛様が伝わっています。

蒲生氏郷
 蒲生氏郷は1556年、日野の中野城(日野城)城主・蒲生賢秀の嫡男として生まれた。1568年、13歳の時、織田信長の人質として岐阜城に送られ、小姓として信長に仕えるが、
 
 

信長は一目で氏郷の非凡な才能を見抜き、翌年には信長自らが烏帽子親となり、元服する。
 当時、小姓たちの教育係でもあった稲葉一鉄も「この子の行く末は百万の将たるべし」と賞賛したと伝えられている。
 同じ年、信長は、南伊勢の北畠氏討伐の折、氏郷に初陣を飾らせると、直後に自分の娘・冬姫を嫁がせて、日野へ帰国させる。信長がいかに氏郷を気に入っていたかがうかがえる。

馬見岡綿向神社
 延歴15年(796年)に里宮として現在地に社が建てられた。鎌倉時代~安土桃山時代には蒲生氏によって庇護され、江戸時代には日野商人の財力に支えられて繁栄した。滋賀県の有形文化財に指定されている。宝永4年(1707年)再建の本殿をはじめ、江戸時代に日野商人が奉納したという立派な石灯籠や石橋が残され、日野商人の信仰の歴史を垣間見ることができる。
 毎年5月2日から3日間に渡って行われる春の例祭「日野祭」は、嘉応2年(1170年)に創始と伝わる。 



 大津なぎさウオーク
2022年1月18日(火) 小雪時々みぞれ  93人
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園~サンシャインビーチ~膳所城址公園~瀬田唐橋~蛍谷公園~石山寺~(石山駅)

 駅前の30m道路を下り、お祭り広場からずっと湖岸を歩きます。湖西の山は白く、雪模様です。水鳥が泳いでいます。足下には木々の長い影ができています。プリンスホテルを過ぎ、サンシャインビーチに入ると、時折、小雪が舞い、冷たい風が顔をよぎります。犬を2匹連れて散歩をしている人がいました。青空に長く大きな白い雲が横たわっています。
 膳所公園に着くと、鴨が数匹、鳩に混じってよちよち歩き餌をついばんでいます。石山方面に目をやると、湖面がキラキラ輝いています。
 

 粟津の晴嵐を越え、瀬田川沿いを石山寺まで歩きました。
今日は、牛玉市です。季節の花や、果物などがいっぱい並び、買い求める方もいました。ここで解散です。
 帰りは石山寺駅か、石山駅まで歩きます。本日はお疲れ様でした。
 次回の「大津なぎさウオーク(梅の香りがする気候に)12km」は2月15日(火)です。大津駅~石山駅まで歩きます。
 皆様多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
準備体操  大津駅で


琵琶湖文化館の近くを歩く


サンシャインビーチを歩く


膳所城址公園から石山方面を望む


瀬田川沿いを歩く


もうすぐ石山寺
   
大津駅をスタート


サンシャインビーチを歩く


鴨の行進


粟津・晴嵐を望む


石山方面を望む


横断歩道を横切って石山寺へ

    ビューポイント
石山寺
 東寺真言宗の大本山の寺院。山号は石光山。本尊は如意輪観世音菩薩、開山は良弁。西国三十三所観音霊場13番札所になっている。2015年に、「琵琶湖とその水辺景観ー祈りと暮らしの水遺産」の構成文化財として日本遺産に認定されている。
牛玉(ごおう)さんの日
 石山寺の観音様、牛玉さん詣での縁日が毎月18日で、こ
   
の日は昔々より、石山寺山門前の参道には、市が建ち並び老若男女の参詣者で賑わっていた。
 残念ながら、明治期以降、門前市は姿を消してしまったが、石山寺周辺の「あの賑わいをもう一度」の声が高まり、観音様の縁日にお詣りに見えた方々にしじみ汁の接待をはじめ、参詣を楽しんでもらえるよう観音市(門前市)を開催している。



 近江八景・矢橋の帰帆ウオーク
2022年1月16日(日)  晴れ  104人
南草津駅~南笠古墳~鞭嵜八幡宮~清浄寺~矢橋公園~帰帆島北回り~大萱六丁目交差点~瀬田駅

 ここ2,3日雪が降り、厳しい寒さが続いていましたが、本日は、好転に恵まれウオーキング日和になりました。
 鞭嵜(むちざき)神社では、赤と黄の張り子の虎が目を惹きました。宮司さんに尋ねると、地域の老人クラブの方々が作られたようです。
 近江八景の一つ「矢橋の帰帆」として知られる矢橋は、古代から近世を通じ、琵琶湖の代表的な渡船または渡しとして栄えた所です。今は遺跡公園として復元され、脇にたたずむ弘化3(1846)年建立の常夜灯とともに在りし日の面影を今に伝えています。

   帰帆島を周り、大萱から瀬田駅にゴールしました。
 萱野神社では、一組の夫婦が赤ちゃんを抱っこして境内を何周も歩いている所に出会いました。
 参加者の一人は、「会長さんが行く先々で説明をしてくださり、歴史の勉強になりました。」と、感想を述べておられました。次回の例会は、2月6日(日)「日野ひなまつりをみにいこう 日野駅~日野駅12km」です。近江鉄道日野駅9時40分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお願いします。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
南草津駅をスタート


鞭嵜神社


鞭嵜神社の張り子の虎


雪化粧した湖西の山


爽やかにウオーキング


萱野神社

   
南笠町を歩く


鞭嵜神社境内


花手水


瀬田界隈を歩く


帰帆島北回り


ゴール   瀬田駅

  
 ビューポイント
鞭嵜八幡宮
 昔、上洛途中の源頼朝が、この神社の森を鞭で指して名前を尋ねたことから、鞭嵜八幡宮と呼ばれるようになった。表門は、明治時代まで250年間続いた膳所城の南大手門を譲り受けたもので、重要文化財に指定されている。

近江八景
 ①石山秋月=石山寺(大津市)、②勢多夕照=瀬田の唐橋(大津市)、③粟津晴嵐=粟津原(大津市)、➃矢橋帰帆=矢橋(草津市)、⑤三井晩鐘=三井寺(園城寺)、
  
   
⑥唐崎夜雨=唐崎神社(大津市)、⑦堅田落雁=浮御堂(大津市)、⑧比良暮雪=比良山系(大津市)
矢橋
 矢橋(やばせ)から船に乗り、対岸の石場に達すると東海道の近道になることから、古くから琵琶湖岸の港町として栄えた。
 近江八景の「矢橋帰帆」として有名。現在は矢橋帰帆島が建設され当時の趣はない。また、矢橋帰帆島と湖岸との間の水路に赤潮・アオコが発生しやすく問題が指摘されている。


 初詣ウオーク
2022年1月8日(土) 晴れ 129名
瀬田駅~大萱公園~国道1号線~若松神社~(旧東海道)~建部大社~瀬田唐橋~膳所城址公園~膳所神社~膳所駅

  受付会場の大萱公園では、手が冷たく指が悴む寒さでした。準備体操の後、出発です。
 若松神社に行った後は、旧東海道を歩いて建部大社へ向かいます。途中、瀬田川では川面をスイスイと滑るように進むボートに出合いました。徐々に陽が射し、青空が広がり、ウオーキング日和になってました。
 建部大社の広い境内では、親子連れで参拝する人や、池で泳ぐ鯉を見つけて喜んでいる子どもの姿がありました。虎の模様の服を着た子どもに目が止まりました。帰り際、車の祈祷をしている神主さんに出合い、新鮮な気持ちになりました。
 
   瀬田唐橋を渡り、湖岸沿いを膳所城址公園まで歩きました。昼食を摂り、しばらく休憩です。
参加者の一人は、「今日は暖かくなり、新春に相応しいウオーキングができ、明るい兆しが見えてきたような気がしました。建部大社は、さすが風格がある神社でした。お話ししながら楽しく歩くことができました。」と感想を述べておられました。
 次回は、1月16日(日)「近江八景・八幡の帰帆ウオーク南草津駅~瀬田駅11km」です。南草津駅に9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
    それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
準備体操  大萱公園


若松神社へ


建部大社へ向かう


建部大社


昼食  膳所城址公園で


膳所神社へ

   
出発


若松神社


建部大社


寒椿と鳥居


なぎさ公園を歩く


ゴール  膳所駅
  ビューポイント
若松神社
 ご祭神は経津主大神と宇賀大明神。創建は「欽明天皇によ
り歓請された。」と伝わる。宇賀大明神に関する社記によると、長和年間(1012~16)、勢多郷の近くに住む大江匡衛郷の女侍従が、ある女房に宿を貸したところ、その女房が六寸の白蛇となり、一本の若松が生じたので、侍従はそこに社を建て、若松の宇賀大明神と称したそうである。

若松神社境内古墳
 
墳丘部は削られているが、もとは横穴式石室をもつ円墳。県内でも珍しい土師室(はじしつ)の亀形陶棺をはじめ、金環などの金属製品や土師器、須恵器が出土。 これらから7世紀初頭の古墳と考えられる。

   
現地には陶棺の複製が置かれている。
建部大社
 現在の地で1300年以上の歴史と由緒を持つ全国屈指の
古社。社殿は日本武尊(やまとたけるのみこと)を祀る本殿と大己貴命(おおなむちのみこと)を祀る権殿が立ち並ぶ。
 平安時代末期、源頼朝が平家に捕らえられ伊豆に流される途中、建部大社に立ち寄り源氏再興の祈願をしたところ、見事にその願いが叶ったことから武運来運の神として信仰を集めた。
 拝殿前に立つ三本杉は大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したと伝わる御神木で、建部大社の神紋にもなっている。




 納会ウオーク
2021年12月19日(日)  晴れ  65名
南草津駅~矢橋中央~矢橋帰帆島~近江大橋~由美浜~なぎさ公園~お祭り広場~大津駅

 昨日からの寒波襲来で、県内の各地は冷え込み、雪の降っているところもあるようです。集合地の南草津でも、降雪はないもののこの冬一番の寒さで、風が冷たく感じました。
 南草津駅を出発し、駅前の道路を直進し、矢橋大橋を渡ると帰帆島です。蓬莱山や比良山は雪がかぶり、青空と白い雲のコラボで美しい光景を呈していました。
 帰帆島の周囲を歩き、帰帆南橋を通り、近江大橋を渡っていると、陽が射してきました。南の山は雪がありません。
 サンシャインビーチからも雪山がしっかり見えました。
 お祭り広場からゴールの大津駅に向かいました。
 14日のなぎさウオークも対岸の山に霧がかかり、幻想的
 
  な風景が広がっていましたが、今日は、雪景色が見られ、参加された方々は写真を撮ったり、雪山に見入ったりされていました。
 さて、本日の例会を以て2021年のウオーキングは全て終了しました。多くの方々にご協力いただき、無事終える事が出来たこと、スタッフ一同感謝申し上げます。ありがとうございました。
 2022年最初の例会は、1月8日(土)の「初詣ウオーク瀬田駅~膳所駅12km」です。瀬田駅近くの大萱公園に10時集合です。若松神社や建部大社、膳所神社に参拝します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
  それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
矢橋大橋を渡る


対岸の雪山


サンシャインビーチを歩く


近江大橋を渡り終えて
   
雪山をトビが舞う


サンシャインビーチからの眺望


プリンスホテル前を歩く


なぎさ公園を歩く
 
 ビューポイント
 矢橋
 矢橋から船に乗り対岸の石場に達すると東海道の近道になることから、古くから琵琶湖岸の港町として栄えた。近江八景の「矢橋帰帆」として有名。現在は矢橋帰帆島が建設され、当時の趣はない。また、矢橋帰帆島と湖岸との間の水路に赤潮・アオコが発生しやすく問題が指摘されている。
近江大橋
 近江大橋は大津市丸の内町と草津市新浜町を結ぶ琵琶湖上の道路橋。
   
近江大橋有料道路の一部として滋賀県道路公社が建設し、管理していたが、2013年12月26日をもって無料開放された。
 琵琶湖上の他の道路橋として、南側約3kmに瀬田川大橋(国道1号)、北側約19kmに琵琶湖大橋(国道477号)がある。湖南横断橋とも呼ばれ、国道1号のバイパスとしての機能をもつ。船の航路にあたる部分のみがややせりあがり、それ以外の部分が湖面10mを直線上にのびる構造である。



大津なぎさウオーク(今日は何の日?)
2021年12月14日(火)  快晴  133人
大津駅~大津城址~大津港~お祭り広場~なぎさ公園~(旧東海道)~膳所城址公園~(旧東海道)~石山駅
 
 12月14日の今日は、旧主の浅野内匠頭の仇である吉良上野介の屋敷に大石内蔵助以下47人の赤穂浪士が討ち入りをした日です。
 今朝は、周囲の山に霧がかかり、幻想的な風景が広がっていました。受付時は寒く感じましたが、徐々に陽が射し、暖かくなってきました。真っ青な空に浮かぶ白い雲と紅葉の山々を観ながらのウオークです。大津港では、水鳥が気持良く泳いでいます。
 なぎさ公園では、釣りやサイクリングを楽しむ人に出会いました。プリンスホテル前を通り、木下町から旧東海道を歩きます。
    和田神社の前を通り、歩道橋を渡って膳所城址公園で一休みです。所々紅葉が見られました。県道沿いのメタセコイア並木が茶色く色づいていました。
 膳所団地の前を通り、篠津神社、若宮八幡宮、日本電気硝子の工場の前を通り、12時前に全員石山駅にゴールしました。「きれいな琵琶湖を見れてよかった。」という感想を耳にしました。
 次回の「大津なぎさウオーク(初詣ウオーク)瀬田駅~膳所駅12km」は、2022年1月8日(土)瀬田駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
大津駅前の広場


紅葉を愛でながらのウオーク


琵琶湖文化館


メタセコイアと青空


近江大橋とメタセコイア
   
大津港


なぎさ公園


三上山が見える


サンシャインビーチ


膳所公園の紅葉

 ビューポイント 

 大津城址
 大津城は浜大津にある平城で、戦国時代には琵琶湖岸に面した水城でした。大津の付近には、古くから瀨田橋の抑えとして山岡景隆の瀬田城がありましたが、1583年、賤ヶ岳の戦いにて羽柴勢に見方したため所領没収となっています。
 その後、浅野長政が城主だった坂本城を廃城として、琵琶湖の水運において重要な湊(港)でもあった大津に、1586年、羽柴秀吉の命にて城が築かれました。
 大津城の建物としては、坂本城から移築もあったとされます。
 城下町も坂本から移されたため、住民の多くも大津に移住しました。四代藩主京極高次の時、慶長5年(1600)9月の
   関ヶ原の戦いの前哨戦ともいうべき「大津籠城戦」の激しい戦いの中で、店主をもつ本丸を残して焼失しました。
和田神社

 白鳳4年(675)5月に創祀されたと伝えられる。江戸時代には八代龍神として祀られていた。その後、明治維新の際に、この地が和田浜や和田岬と呼ばれていたことから和田神社と改称され今日に至っています。現在の本殿は一間社流造(いっけんしゃながれづくり)で檜皮葺で、鎌倉時代の建築様式を代表するもので、国の重要文化財に指定されている。
 境内にあるイチョウの木は樹齢およそ600年。その昔、石田三成が関ヶ原の合戦後、捕われて京へ護送される途中、休憩の際につながれた樹でもあると伝えられている。



 猪子山から地獄越え
2021年12月5日(日)   晴れ時々曇り   104名
能登川駅~佐生城址~北向き岩屋十一面観音~猪子山~地獄越え~能登川駅

 今回のコースは、2020年実施予定が非常事態宣言のため中止になったコースです。朝から寒く、県内では一部の地域で雨が降っていたようで、傘を持ってきた人もおられました。
 能登川駅を出発。目の前には猪子山が見えています。川に沿って山の周囲を歩き、佐生城址への階段を登ります。平地に出ると、後藤但馬の守の城跡がありました。やがて山頂に到着です。
 北向き岩屋十一面観音が鎮座し、隣には一番大きい巨石が目を引きました。
 山頂からは、冠雪した伊吹山や霊前岳、金糞岳などがきれいに見えました。伊庭内湖や湖東平野、区画された水田が広がっています。
 北向き観音から雨宮龍神社までは、13ものアップダウンがあり、激しい、厳しい山道が続きます。
    しかし、木々に囲まれた尾根道なので、冷たい風を遮ってくれます。
 坂が続く山道には、自然豊かな猪子山の景観に合った丸
太の階段がきれいに並んでいます。丸太の皮むきや運搬、設置作業などは、地元住民と「山道をよくする会」が行っており、運ぶ丸太の数は年間500本を越えるそうです。
 地獄越えからの急坂を下ると、須田の家並みに迎えられ、平坦な道に戻りました。
 ゴールの能登川駅までの道がなんと楽ちんなのでしょう。
 小気味よい汗を掻いた初冬の猪子山ウオークでした。
 今日は大変お疲れ様でした。
 次回は12月19日(日)納会ウオークです。
 南草津駅から矢橋帰帆島を通り、近江大橋を渡って大津駅にゴールします。
 皆さま多数の参加をお待ちしています
 

    それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
佐生日吉城跡


猪子山からの眺望


北向き岩屋十一面観音
   
猪子山からの眺望


北向き岩屋観音


いのしし岩

ビューポイント 
  
 佐生城の歴史
 観音寺城の支城。佐生城は六角氏の重臣・後藤但馬守賢豊の居城。築城時期は定かでない。永禄6年(1563)に後藤堅豊親子が六角義治に謀殺されたことに端を発した観音寺騒動が起こっている。これを機に六角氏内部の団結は瓦解し、5年後の永禄11年(1568)には織田信長の入洛を阻止することができず、六角氏は没落していく。六角氏が織田信長に滅ぼされた後、後藤氏は蒲生氏に仕えた。
なお、この観音寺城騒動によって浅井長政は漁夫の利を得て、
 
労せずして愛知川北岸までの支配権を得ることになる。


猪子山

 標高268m。湖東平野に浮かぶように見えるのがきぬがさ山と猪子山。山中には岩神、岩船、磐座などの巨石群の他、40の古墳群がある信仰の山として知られている。山頂付近には、北向き岩屋十一面観音が鎮座する。桜の名所である猪子山公園から1時間程で往復できる。




 初冬のまんだら山ウオーク
2021年11月28日(日)   晴れ   96名
和邇駅~小野神社~美空町~向陽町~金比羅宮~まんだら山
~まんだら公園(昼食)~神田神社~真野~堅田駅

 湖西の山に初冠雪が見られ、真っ青な空と白い雲のハーモニーが見事です。和邇駅を最初の班は9時前にスタート。
和邇川を渡り、小野神社・小野道風神社の前を通り、水明、湖青から真野北学区の美空町に入ります。
 金比羅宮登口から階段を登らず、坂を歩きます。途中急坂もあり、金比羅宮に着いた頃には汗ばむほどでした。
 金比羅宮からは、琵琶湖大橋も眺望出来ました。いよいよまんだら山の下りです。貯水池や大塚山古墳を見て、張り出している木の根に注意しながら、慎重に階段を上ったり、下ったりしてやっと緑町の住宅街に着きました。
 
    今日はまんだら公園で昼食を摂っている方もかなりおられました。帰りは、神田神社から真野の集落を通ります。瓦屋根の旧家が多く、家の屋敷には柿や柑橘類が植えられ、のどかな風景でした。小野小学校の前を通り、真野川を渡り、やがて新しい道に出ます。堅田駅には全員1時前にゴールしました。「山歩きは面白かった。」と宇治から来られた男性の感想です。今日はお疲れ様でした。
 次回は、12月5日(日)に「猪子山から地獄越え14km」を能登川駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
  
   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
和邇駅から湖西の山を眺望


美空町付近を歩く


金比羅宮の鳥居


まんだら公園近く


神田神社の前を歩く
   
湖青付近を歩く


まんだら山に登る


金比羅宮からの眺望


まんだら公園で昼食


右がまんだら山

  ビューポイント

小野神社
 祭神のたかねつきおおおみのみことは、遣隋使として隋の国に赴いた小野妹子の先祖で、応神天皇の頃に日本で初めて餅つきをしたと伝えられている。そのため、菓子作りの神様として菓子業者から広く信仰を集めている。例祭のシトギ祭には全国の菓子業界からの参拝を受けている。

金比羅宮
 豪恕(ごうじょ)上人は、まんだら山に金比羅宮を開いた僧侶で秦荘町出身。比叡山延暦寺で修行、寛永7年(1795)に大僧正となった人物。水脈や水利に造詣が深く、普門村の溜め池の開発に尽力したと伝わっている。昔から普門村は水利が悪く、経済的にも苦しかったという。豪恕上人は地域が水に恵まれるよう、
見晴らしがよく、由緒あるまんだら山に金比羅宮を歓請。
 
 社を建てて、地域の繁栄を祈願したという。この顕彰碑は文化12年(1815)、上人が76歳の時に建てられた。(没年は92歳)碑文の文字は、達筆で知られた上人の直筆といわれている。(碑文の案内板より)


和邇大塚山古墳
 まんだら山の山頂北側に築かれた前方後円墳(全長72)、後円部径50m)。明治40年に地元住民によって発見された。
 その時には石室は破壊されている。鏡やくだま、刀剣、甲冑、土器などの大量の副葬品が後円部から発見されている。
 築造年代は、古墳時代の前期の半ばから後半と推定される。



 願成就寺の四国八十八ヶ所巡り
2021年11月23日(火) 晴れ  97名
近江八幡駅~日牟禮・願成就寺~四国八十八ヶ所巡り~小船木~白鳥川~近江八幡駅

 少々、風が冷たく感じましたが、歩いている内に体が暖まってきました。近江八幡駅前のメインストリートを直進。小幡の信号を左折し、池田町に入り、願成就寺の入口に到着。
坂道を少々上ります。
 願成就寺では、八十八ヶ所巡りです。アップダウンがありましたが、みなさん、頑張って巡っておられました。一つ一つ仏さんの前で手を合わせ、熱心にお題目を唱えている方も

見受ました。
  坂を下り、船木町を通り、白鳥川沿いを歩きました。
桜宮町を右折し、ゴールの近江八幡駅に到着。
 本日はお疲れ様でした。次回は28日(日)の「初冬のまんだら山ウオーク」です。和邇駅から小野を通り、真野北学区に入り、まんだら山に登ります。帰りは神田神社から真野の集落を通って堅田駅まで歩きます。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
    
  それぞれの写真をクリックすると拡大されます



出発    近江八幡駅南口


願成就寺の四国八十八ヶ所巡り


朝陽を浴びる仏さん


八幡山を背にして歩く
 
   
願成就寺へ向かう


赤く染まったモミジ


田畑が広がる


白鳥川沿いを歩く

 ビューポイント
  願成就寺
 近江八幡市と言えば、風情あふれる街並みが残る名所。よく時代劇の撮影にも使われている。
 豊臣秀次が基礎を築き、その後は近江商人の町として発展。今でも八幡山の麓にある日牟禮八幡宮を中心に賑わいを見せている。そこから15分ほど歩いた所にあるのが「願成就寺」。
 いかにも御利益がありそうな寺の名前である。
 寺の歴史は豊臣秀次の時代よりも古く、開創は推古27年(619年)、聖徳太子が開基とされている。
 聖徳太子は、日本に仏教を定着させようと、諸国に48の寺を建立しよう考えていた。そして近江の地で最後にこの寺を建てて目的を達成。 願いが成就した、ということで「願成就寺」と名付けられたとなっている。このご本尊は49年に一度のご開帳。

   
実際は中開帳を入れることで25年に一度のご開帳である。


日牟禮八幡宮

 八幡山(271.9㎡)の南にある神社。平安時代の創建といわれ、京都府八幡市の石清水八幡宮の神殿を勧請したもの。
 約4万4000㎡という広大な神域には、エノキやムクの樹が生い茂り、その下を通り抜けて桜門をくぐると、拝殿・神殿が続く。
 寺宝には、江戸時代に海外貿易に活躍した商人西村太郎右衛門が寄進したという「安南渡海船額(あんなんとかいせんがく)」をはじめ、祭神である三神の木像があり、いずれも国指定の重要文化財。毎年3月に左義長まつり、4月には八幡まつりが行われる。



大津なぎさウオーク
2021年11月16日(火) 晴れ  120名
大津駅~大津宿本陣跡~関蝉丸神社(下社)~長等山~長等公園~三井寺~皇子が丘公園~大津京駅
 
  朝から好天気に恵まれ最高のウオーキング日和になりました。関蝉丸神社(下社)を見た後、京阪電車の踏切を越えてすぐ右の長等山を登りました。長安寺ともう一つ古いお寺の前を通って下ると長等公園です。もみじやイチョウがかなり色づいていました。
 長等神社を通り、三井寺で休憩です。県道に出て、市役所の前を通り、しばらく登り坂です。山上町に入り、弘文天皇陵の前の道から細い道を上り、皇子が丘公園に出ました。紅葉が進み、保育園児が黄色く色づいたイチョウの周りで先生と一緒に遊んでいます。池に2羽の鴨が泳いでいて、桜や銀杏の映り込みがきれいでした。昼食を摂っている方もいました。
    京都から来られた方は、「皇子が丘公園は広いし、設備が行き届いて素晴らしい公園ですね。こんな公園があるとは知らなかった。紅葉も美しかったし、今日来てよかったです。」と。また、ある方は、「今まで長等山は歩いたことがなかったので今日のコースは新鮮でした。」と。本日はお疲れ様でした。
 次の大津なぎさウオークは12月14日(火)に、大津駅9時30分集合で実施します。
 大津駅からなぎさ公園を通り、膳所から旧東海道を歩き石山駅にゴールします。皆さま多数の参加をお待ちしています。


   それぞれの写真をクリックすると拡大されま

 
準備体操    大津駅前広場で


三井寺で休憩


池に映り込み


皇子が丘公園からの眺望
   
色づいた紅葉やイチョウ


迎賓館      山上町


黄色く色づいたイチョウ


紅葉のトンネルを下る
  
ビューポイント

 関蝉丸神社(下社)
 この地域は古くは京と東国を結ぶ交通の要衝として栄え、関所が置かれた逢坂山の麓にある。関蝉丸神社下社はこの地の氏神様。小さな社には、逢坂山に庵を結び、小倉百人一首にある「これやこの 行くも帰るも別かれては 知るも知らぬも 逢坂の関」の歌を詠んだ蝉丸が祀られている。
 蝉丸は琵琶の名手であったことから、同神社は古来より「芸能の祖神」として崇められ、諸芸能に関わる人々が全国から参拝に訪れるようになった。 
 今月7日に「第7回関蝉丸芸能祭」が行われた。芸能の祖とされる蝉丸を偲び、社殿修復の成就も祈願して16組が芸を奉納。ちんどん屋「こうあん一座」の熱演にも拍手喝采でした。
   長等山
 長等山に泉福寺がある。開創は伝教大師最澄によると伝えられ、叡山三千坊のひとつとして、七堂伽藍を備えた湖西随一の霊場であったと言われていた。泉福寺という寺号は、伝教大師がこの寺を建立された時につけられたものと伝えられている。
 菩提院という院号は後光厳天皇が泉福寺に御行された時に名付けられたと伝えられる。
 中世末期に真宗の道場として創建された泉福寺は、各所に末寺を建立し、寺勢を整えていく。大津の泉福寺、尾花川の超泉寺、仰木の光照寺、今堅田の円成寺という四つの末寺があったことを伝えている。



 湖北の巨木を巡る
2021年11月14日(日) 晴れ  98名
木之本駅~黒田官兵衛旧縁の地~黒田のアカガシ~一宮の白ガシ~赤後寺の杉~天川神社大イチョウ
  ~雨森芳洲庵の根上りケヤキ~柏原の野神(ケヤキ)~佐味神社三本杉~渡岸寺野神~高月駅

  受付時は風が冷たく感じましたが、歩いているうちに汗ばむような小春日和になり、真っ青な空と白い雲と山々の紅葉を愛でながら、また、広大な田んぼが広がる真ん中をのんびりと歩くことができました。
 川べりにはススキが咲き、柿も鈴なりです。立派な瓦屋根のお家には、石灯籠があり、松が植えられていました。赤と白の南天が白壁の家にとてもマッチしていました。吊し柿をしているお家も見られました。
 高月町に入ると、家の前に水路が流れ、水車が音を立てて回っていました。小さなトンボが飛んでいました。
  朱い帽子を被った可愛いい地蔵さんにも出合い、地域の人の優しさを感じました。
 大津から来ましたという女性は、「交通費は高くついたが、ふだん見れない湖北の紅葉した山々や広い田んぼ、大銀杏、真っ赤に色づいたもみじなどを見ながら歩けたのでよかったです。」と感想を述べておられました。
 次回は、11月23日(火・祝)に「願成就寺の四国八十八ヶ所巡り10km」を近江八幡駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています


    それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
準備体操   木ノ本駅で


川の堤防を歩く


ゆったりウオーク


白壁と赤い南天がベストマッチ


雨森芳洲案庵の根上りケヤキとモミジ


天川神社の境内で昼食
 
木之本駅をスタート


湖北の自然に触れながら


左右に田畑が広がる


吊し柿をしているお家


天川神社の大イチョウ


向源寺のまっ赤に色づいた紅葉

    ビューポイント

 木の本地蔵院
 公式の寺号は浄信寺。山号は長祈山(ちょうきさん)。
 本尊は地蔵菩薩(秘仏)である。
 伝承によれば、天武天皇の時代、難波浦(大阪府)に金光を放つ地蔵菩薩像が漂着し、これを祀った金光寺を難波の地に建てたのが始まりという。
 眼の仏様として知られる寺。
 境内に立つ6mの地蔵像は秘仏である本尊を模しており、全国から参拝客が訪れる。
 寺の歴史は古く、白鳳時代に遡る。空海、木曽義仲、足利尊氏も参拝した記録がある。
 毎年8月の「大縁日」には、多くの露店と参拝客で賑わう。

  雨森芳洲庵の根上りケヤキ
 雨森芳洲は江戸時代中期に儒学者として、また津島藩に仕
え、朝鮮との外交に活躍した人物。ここはその生誕地。
 ケヤキは芳洲庵の門前に立っていて、門前には小川が流れ、水車が回っている。雨森地区には多くの水路がめぐらされており、水路にはいくつもの水車とともに花をいっぱい飾っている。

天川命神社の大イチョウ
 樹高32mを誇り、地元では「宮さんの大イチョウ」として古くから親しまれている。その樹齢は300年以上と言われ、県の自然記念物に指定されている。見頃を迎え、黄色に染まった葉を頭上いっぱいに広げるその佇まいは圧巻である。 
 



 「瀬田川ぐるりん散歩道」を往く
2021年10月31日(日)  曇り後晴れ   98名
石山駅~松原町~螢谷公園~南郷公園~南郷洗堰~アクアびわ~夕照の道~瀬田唐橋~石山駅

 石山駅芭蕉像のある広場で受付後、体操をして最初の班は9時に出発です。 心配していた雨も止み、徐々に陽が射し、後半は汗ばむ陽気になりました。
 石山駅から湖岸に出て瀬田川大橋を潜り、瀬田唐橋からずっと川に沿って歩きます。洗堰を渡り対岸の夕照の道を歩きます。
 琵琶湖の水位51センチの表示が出ていました。
 カヌーやボートが瀬田川をスイスイと進んでいました。釣り
  人が魚を釣り上げる瞬間を見ることができよかったです。
石山寺の紅葉が少し見られました。
 最初にゴールした人は11時前でした。12時過ぎまでに全員ゴールしました。本日は川沿いを気持ち良く歩けたのではないでしょうか。お疲れ様でした。
 次回は、11月14日(日)「湖北の紅葉を訪ねて」を木ノ本駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
準備体操   石山駅で


川幅が狭くなっていく


カヌーを楽しむ人


水位が下がっている瀬田川
   
京滋バイパス高架下を通る


気分爽やかにウオーク


洗堰から少し行った地点


川底の石が見える
  
 ビューポイント 
 瀬田川の水面利用
 琵琶湖は豊かな水産資源を育む場であるとともに、魚釣りや水遊びなど多様なレクリエーションを楽しめる場となっており、瀬田川洗堰より上流では水量が豊富で流れが緩やかなためボート協議等が、また、洗堰より下流ではカヌー等が行われている。

水のめぐみ館アクア琵琶
 「水のめぐみ館アクア琵琶」は、琵琶湖の水位管理を行っ
 
ている瀬田川洗堰の歴史や役割、琵琶湖総合開発事業とその成果、工事の最盛期を迎えている天ヶ瀬ダム再開発事業、野洲川洪水浸水想定区域等ソフト対策を模型やタッチパネルを用いて紹介している。
 また、大雨が体験できる人気の「雨たいけん室」や「学習映像上映」「出前講座」を通じて広く情報発信を行っており、来場者数は年間約3万人となっている。



 東方山 安養寺を巡るウオーク 15km
2021年10月24日  晴れ  117名
栗東駅~手原交差点~安養寺~自然観察の森~上鈎~栗東駅

 昨日は、木枯らし1号が吹き寒かったですが、今日は、朝から好天気に恵まれ、ウオーキング日和になりました。
 真言宗の東方山安養寺では、池泉鑑賞式庭園を観た後、本堂の鎌倉時代後期の作と伝えられている釈迦如来像や胎内仏を鑑賞できました。
 八十八ヶ所霊場巡りをされた方もおられました。木の根っこが張って、歩きにくかったですが、苔が見事でした。紅葉はまだ早いようでした。

 
    自然観察の森は、階段の上り下りがきつかったと言う方もおられましたが、「きょうは、変化に富んだウオークができてよかった。」といっておられました。昼食を摂られた方が多く、14時が最終のゴールでした。
 本日はお疲れ様でした。次回は10月31日(日)に「瀬田川ぐるりん散歩道を往く」を石山駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

  それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
受付風景   栗東駅


栗東駅を出発


安養寺到着


安養寺庭園を観る


鎌倉時代後期の薬師如来像


八十八所霊場にて


昼食タイム
   
準備体操


足取りも軽く


真言宗の安養寺


池泉鑑賞式庭園の前で


八十八所霊場を巡る


本堂の前の紅葉


栗東駅前のコキア
 
    ビューポイント 
緑と文化のまち 栗東市
 栗東市は古くから交通の要衝として栄える一方、緑あふれる資源に恵まれている。東海道・中山道の旧街道沿いをはじめ市内各所に、寺社、古墳群などの歴史遺産が残されている。また、市南部の金勝山系は、森林浴の森100選に選ばれた自然と史跡の豊富な美しい地域で、ハイキングコースが整備されている。
    東方山安養寺
 奈良時代に良弁僧正が開基したと伝えられる。多くの文化財を宝蔵。安養寺山の山裾を築山として巧みに利用した池泉鑑賞式庭園は県指定名勝。



 大津なぎさウオーク(秋めいた山と秋風の吹く琵琶湖) 12km
2021年10月19日(火)   天候 晴れ  108名
大津駅~鶴の里~茶臼山公園~秋葉台~膳所城址公園~膳所神社~粟津~別保~粟津~石山駅

 10月最初のウオークです。
 風が少し冷たく感じましたが、雨も降らず、秋晴れの中、みなさん、快適に歩いておられました。
 大津駅を右折し、JRの高架を潜り、朝日ヶ丘に出ます。ここから住宅街が続く坂道を少し上ったところで今度は下り坂です。滋賀短期大学附属高校の前を通った後は、階段を上って行きます。眼下に打出中学校や琵琶湖が見えます。池ノ内に出ました。ここからアップダウンの続く通称ラクダ道と呼ばれる名神高速道路の側道を歩きます。鶴の里を通り、平尾町から名神の高架橋を渡り、茶臼山公園に着きました。しばらく休憩です。
    グランドでは野球を楽しんでいる人の姿がありました。ここからは下りです。秋場神社の横を通り国道1号に出ました。相模川沿いを歩き、昭和町に出て、近江大橋手前の歩道橋を初めて渡りました。膳所公園で休憩の後、旧東海道を歩きます。中ノ庄、杉浦町から粟津の晴嵐を通り石山駅にゴールしました。
 久しぶりのアップダウンのウオークお疲れ様でした。
 次回「大津なぎさウオーク(紅葉と史跡を訪ねて)」は11月16日(火)大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

    それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
準備体操    大津駅前広場で


休憩


茶臼山古墳


歩道橋を渡って膳所公園へ


粟津の晴嵐を通る
 
名神近くの階段を上る


茶臼山公園に到着


下山


膳所城址公園で


石山駅にゴール

  ビューポイント 

茶臼山公園
 茶臼山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る大古墳で国指定の史跡。古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定される。琵琶湖南岸の丘陵先端部に築造された大型前方後円墳。古墳域には秋葉神社が祀られている。墳形は前方後円墳形で前方部を東方に向ける。墳丘長は124mで、これは滋賀県内で安土瓢箪山古墳(134m)、荒神山古墳(124m)に次ぐ第3位の規模である。墳丘には小さな社と大友皇子の葬り塚がある。

膳所の街と長土塀
 関ヶ原の役後、大津城が廃され膳所城が置かれた。
瀬田橋の警護と京都の監察のためであり、藤堂高虎が管理を
命ぜられた。
 
 琵琶湖に面した小半島状の土地に建設され、三方を水に囲
まれた水城であった。「瀬田の唐橋からねぎぼし、水に浮か
ぶは膳所の城」と里謡にうたわれ、湖面に映る姿が美しかっ
たという。
 城下町は膳所村をはじめ西ノ庄、中ノ庄など5ヶ村が指定され、東は湖岸に臨み、西は山地を控えて南北に長く連なっていた。
 元禄の頃の構成は侍屋敷461軒、町家役500軒、出屋敷180軒、寺23軒などとある。
 町の西側には侍屋敷と寺院が配置され、土塀に囲われていた。現在でも膳所一丁目付近では住宅地になりながらも一部が残存しており、異質で独特な街並みを形作っている。



 滋賀県において9月いっぱい緊急事態宣言が発令されましたので9月の例会ならびに特別例会は全て中止になりました。

 中止になった例会   ①「KBC・くつの日」 ②「橋から橋へ」 ③第4回枝豆収穫ウオーク ④大津なぎさウオーク
 中止になった特別例会 びわ湖一周健康ウオーキング2020(第5回)後半のコース



  大津なぎさウオーク(たそがれウオーク) 12km
2021年8月24日(火)    曇り  72名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園~サンシャインビーチ~膳所城址公園~石山駅

  8月初めてのウオーキングです。いつもの時間帯より遅く、さほど暑さは感じない天候です。最初の班は準備体操の後、16時にスタート。受付時に、少し雨が降ってきましたが、すぐに止みました。湖岸を歩くとびわ湖からの風が心地良く感じました。    「今日は楽に歩けた。」との感想がありました。
 滋賀県に緊急事態宣言が8月27日~9月12日(日)まで発令されました。発令中の例会は中止します。12日(日)までに宣言が解除になれば、9月12日(日)の例会「橋から橋へ」を実施します。

 それぞれの写真をクリックすると拡大されます 
 

準備体操


琵琶湖の風に当たりながら歩く


膳所城址公園の近くを歩く
 
   
大津駅を出発


サンシャインビーチを歩く


粟津・晴嵐の近くを歩く


 ビューポイント 

 びわこ花噴水
 
長さ約440m、高さ約40mで10階建てビルに相当し、橋の長さは世界最大級。放水される水量や角度によって、様々な形に変化する。
沖合180mの地点から盛大に噴き上げられる噴水は迫力満点。夜のライトアップ行われ、グリーン、オレンンジ、ホワイトの3色で幻想的に彩られる。
  近江八景・粟津の晴嵐
 近江八景の一つ。粟津から石山鳥居川付近の約5百本を越えた松並木が晴れた風の強い日、嵐のように枝葉がざわめく様を風情豊かに表したもの。「粟津の晴嵐」の風景を復元した、松の並木が連なる静かな遊歩道を歩き、湖岸沿いに広がるなぎさ公園でひとときを楽しむことができる。



  大津なぎさウオーク(びわ湖の恵みに感謝して) 12km
2021年7月20日(火) 快晴 154名
大津駅~大津港~ミシガン乗船~におの浜観光港~なぎさ公園~大津港~疏水~旧北国海道~皇子山球場前~大津京駅

  梅雨明け最初のウオークです。駅前の広場では蝉が鳴き、受付を終えたみなさんは木陰で涼んでいます。今日は年に一度の恒例のミシガン乗船です。多くのみなさんが参加してくださいました。
 10時出航のミシガンに乗ります。今回は大津港から北へ進み、坂本で折り返し、におの浜観光港までの40分のびわ湖周遊です。
 ミシガン(外輪船)が大津港を離れていくと、競艇場や際川の自衛隊駐屯地等が見えてきました。やがて琵琶湖大橋が目に入ってきました。船内からは名所案内のアナウンスが流れ、

 
    参加のみなさんはデッキに座り、びわ湖からの涼風に当たりながら、湖上から見える周囲の景観を楽しんだり、写真を撮ったり、船内探検をしたりして、思い思いの時を過ごしました。
におの浜観光港で下船した後は、湖岸を大津港まで歩き、昼食タイムとなりました。
 本日は暑い中のウオークお疲れ様でした。
 8月24日(火)の大津なぎさウオークは、たそがれウオークです。大津駅16時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
    
 それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
朝の光景   大津駅前広場


湖上遊覧を楽しむみなさん


びわ湖の風を受けて


におの浜観光港で下船


なぎさ公園を歩く

   
ミシガンのデッキで


後方の甲板で


プリンスホテルが見えてきました


大津港まで歩く


三保ヶ崎で

    ビューポイント
  
ミシガンの仕様について
 全長 59.0m 船質 綱 幅 11.7m 深さ2.1m
 進水年月日 1982 4.2 主機関 YANMAR
 喫水1.00m 旅客定員787名 実馬力 846kw
 総トン数 1046.26トン
 最高速力 7.45ノット

ミシガンクルーズ(60分と80分コース)
 
大津港~柳が崎湖畔公園港~におの浜観光港~大津港
  竹生島クルーズ
 長浜港~竹生島(上陸)~今津港
 今津港~竹生島(上陸)~長浜港

ぐるっとびわ湖島めぐり
 沖島・沖の白石・多景島・竹生島を巡るコース


びわ湖一周健康ウオーキング2020④ 堅田駅~近江八幡駅 22km
2021年7月11日(日)  晴れ  159名
堅田駅~琵琶湖大橋~ピエリ守山~マリオットホテル~中州大橋~マイアミ浜~日野川大橋
~水茎岡山城跡~(湖岸白鳥川)~舟木~近江八幡駅
 
 蒸し暑い日になりました。琵琶湖大橋を渡り終えた後、階段を下り、ピエリ守山の裏側に出て、湖岸を歩きます。第一なぎさ公園一面にひまわりが咲いていました。湖岸緑地公園では自転車のモニュメントの近くにサイクリストが集まっています。
 出発してから9.6km地点のマイアミ浜で少し休憩。トンボが舞っていて、湖岸ではテントが並びキャンプを楽しんでいる人の姿がありました。
 ここから次の岡山園地までが6.4kmと長い。木陰がなく、行き交う車の側をひたすら歩く。日除けの傘をさして歩いている人もいます。
 家棟川橋と日野川大橋を越え、やっと昼食推奨場所の岡山園地に着きました。木陰で昼食を摂っている人の背中は汗でびっしょり。蝉の鳴き声が聞こえています。

 
    湖岸白鳥川の信号を渡り、歩車・自転車道を直進。高坐橋を左折し、土田町から桜宮町を過ぎ近江八幡駅にゴール。
 今日初めて参加された3人の女性は見事22kmを完歩です。達成感に浸っておられ、清々しい光景でした。
 参加されたみなさんにキャフィーのタオルを、また、琵琶湖一周健康ウオーキング2020を完歩された方には名前入りキーホルダーを、琵琶湖一周を3回、5回達成した方にはそれぞれ賞状とシルバー賞・ゴールド賞のホルダ-が贈られました。
 本日は暑い中での長い距離のウオークお疲れ様でした。
 琵琶湖一周健康ウオーキング2020は本日で終了です。
 次の2022は4月から始まります。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

  それぞれの写真をクリックすると拡大されます 


 
朝の受付風景   堅田駅


第一なぎさ公園のひまわり


マイアミ浜の前を歩く


マイアミ浜を出発


びわ湖岸の涼風を受けて昼食


白鳥川側道を歩く
   
琵琶湖大橋を渡り終えて


みさき公園のモニュメント


マイアミ浜で休憩


やっと岡山園地に到着


岡山園地の前を颯爽と歩く女性


自作のビワイチ全14回完歩達成の賞状の前で


    ビューポイント

 水茎岡山城跡
 水茎岡山城跡は、近江八幡市牧町にあり、琵琶湖に面した標高約188mの浮城で、岡山は別名「水茎の岡」として古来歌にも詠まれた名勝であり、戦国期の秘話を秘めたところである。
 南北朝時代に佐々木六角氏の湖上警護の支城として築かれたといわれる。本格的な築城は、永正5年(1508)に足利11代将軍義澄が前将軍義植の入洛を恐れて近江に逃れた際、伊庭、九里氏を頼って当城に入城した頃に始まったのでは無いかと考えられている。城主九里氏は、九里村土着の豪族で、応仁・文明の乱(1467~77)に戦功をたてた九里
   美作賢秀を祖として、その孫信隆の頃、義澄を迎え、これを守護して戦備に狂奔した。

鮎屋の郷跡地が「めんたいパーク」に

 野洲市吉川にあった「鮎屋の郷」の跡地に、福岡県の食品メーカーかねふくが運営するめんたいこのテーマパーク「めんたいパーク」が、12月10日の予定でオープンするとのことです。
「めんたいパーク」は、工場併設で、工場見学やフードコーナ・選べるミュージアムなど、めんたいこをテーマとしたパーク。全国で4カ所あり、びわ湖は、関西で2カ所目となる。



びわ湖一周健康ウオーキング2020③ 草津駅~堅田駅 20km
2021年6月27日(日)  曇り  169名

草津駅東口集合~de愛広場~ai彩広場~湖岸道路合流~湖岸志那中信号~(さざなみ街道)~
烏丸記念公園(トイレ・昼食休憩)
~琵琶湖大橋東詰交差点~琵琶湖大橋~堅田駅 


  de愛広場(草津川跡地公園)を出発。歩行者専用道を歩く。今日は曇り空で歩きやすい。眼下にJRの線路が見える。土手には紫陽花が咲いている。ai彩広場では、親子がバドミントンをしていた。野村、上笠、下笠を過ぎると北山田町に入り、たくさんの白いビニルハウスが目に入ってきた。
 出発して10kmほど歩くと烏丸記念公園に着く。ほとんどの方がここで昼食を摂る。後半は、左に琵琶湖、右に田園風景を見ながらのウオークが続く。5月には麦秋が見られたが、今は刈り入れが済んでいた。

 
   途中、琵琶湖側に面した駐車場の近くでは、テントが並び、バーベキューや釣りをを楽しんでいる人の姿があった。
日曜日とあって、車や自転車、バイクがよく通る。
 琵琶湖大橋を渡り、14時30分頃には全員が堅田駅に着く。今回も親子連れの参加があり、完歩されました。
 本日は長い距離のウオークお疲れ様でした。
 7月11日(日)には、「びわ湖一周健康ウオーキング2020④堅田駅~近江八幡駅22km」を堅田駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
   
   それぞれの写真をクリックすると拡大されます 

 
受付風景  草津駅


ai彩広場の前を歩く


烏丸記念公園の前で一休み


緑の木立の脇を歩く


テントを設営しキャンプを楽しむ人
   
歩行者専用道を歩く


メロン街道を歩く


さざなみ街道を歩く


中間地点の烏丸記念公園で休憩


琵琶湖大橋が見えてきた

 ビューポイント
  
 草津市北山田町のビニールハウス群
 近畿最大級のビニールハウス群がある北山田町は、施設野菜の一大産地でもある。琵琶湖周辺の豊かな自然環境を活かして栽培された草津市産の野菜や米などの農産物を、「ベジグサ」と呼んでいる。
 草津市では古くから農業が栄えていた。京漬物を代表する壬生菜、日野菜、大根、かぶらなどの多くも、草津市産で支えてきた歴史がある。市内を流れる草津川は幾たびもの洪水に悩まされてきたが、その堆積物こそが「ベジクサ」栽培に適した肥沃な土壌をつくった。
 現在、草津市ではいくつもの農業組合や個人野菜栽培者が集まって団地を形成し、近畿最大級の施設野菜産地として様々な旬の野菜を出荷している。さらに近年では、「草津メ
   ロン」や「愛彩菜」、琵琶湖元気アスパラ」、「琵琶湖からすま蓮根」などの 「ベジクサ」が、草津ブランドとして認証されている。

琵琶湖博物館

 滋賀県立琵琶湖博物館は、耕地面積55.153㎡と湖をメインにした博物館としては日本最大級の規模である。また、全国でも珍しい淡水専門の水族展示をもつ博物館である。琵琶湖博物館では、「湖と人間」というテーマを掲げ、自然と文化の両方を同時に扱う総合博物館を目指している。
 平成8年10月に開館して以来、1100万人以上の来館者があり、その中で平成27年度から令和2年度までの3期6年の歳月をかけてリニューアルされ、昨年10月10日にオープンした。
 


大津なぎさウオーク(関所を越えて都路へ) 旧東海道を歩く 12km
2021年6月15日(火)  晴れ  135名
大津駅~(旧東海道)~札の辻~大津本陣跡~逢坂の関跡~大谷~追分~(旧東海道)~横木~山科駅

 最初の班が8:55分にスタート。10分おきに最後の4班が9:30に出発。大津駅正面の30m道路を直進し二つ目の信号を左折し京町通りを抜け電車通りを左折。札の辻から国道161を真っ直ぐ歩く。
 しばらくすると、蝉丸神社下社(関蝉丸神社)が、国道1号に入ると上社があった。次に、大谷町の信号を右折し、逢坂関跡を見て少し歩き、蝉丸神社(分社)の前を通った後、歩道橋を渡り、反対車線に出て国道を下る。
 追分交番の前を通り、旧東海道を歩いて、横木の歩道橋を渡り、京都市に入る。

    四ノ宮を通り、山科駅前ラクト公園にゴール。
 みなさん、木陰で涼んでおられました。
今日は、真夏を思わせる入道雲のような雲が青空に浮かび、蒸し暑い中のウオークでした。「下りが多かったので、楽に歩けた。」と参加された方の感想。
 次回の大津なぎさウオークは7月20日(火)に大津駅9時30分集合で実施します。大津港10時出航のミシガンに乗船し、琵琶湖を周遊して、なぎさ港に10時40分に着きます。帰りは大津京駅まで歩きます。予約は要りません。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

    それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
大津駅前広場で


大谷町の歩道橋を渡って


大谷から追分へ


ゴール手前


お疲れ様でした

   
逢坂山の信号を渡る


追分から旧東海道へ


くつろぐ参加のみなさん


ゴールは山科ラクト公園


木陰で一休み

    ビューポイント
逢坂関
 逢坂関(おうさかのせき、あふさかのせき)は、山城国と近江国の国境となっていた関所。相坂関や合坂関、会坂関などとも書く。東海道と東山道(後の東海道)の2本が逢坂関を越えるため、交通の要となる重要な関であった。その重要性は、平安時代中期(810年)以後には、三関の一つとなっていた事からも見てとれる。なお、残り二関は不破関と鈴鹿関であり、平安前期までは逢坂関ではなく愛発関が三関の一つであった。
 
   蝉丸神社
 蝉丸神社は大津市内に三社ある。蝉丸は平安時代の琵琶の名手で、今昔物語や謡曲「蝉丸」によると、目が不自由であったにもかかわらず、音曲の神として崇められた。彼が詠んだ「これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関」という和歌はあまりにも有名。神社の入口には「せきのしみず」という石標があり、拝殿の横には時雨灯籠(しぐれとうろう)と呼ばれる六角形の灯籠があって、風情に満ちている。また、本殿裏の細い山道の入口に、絶世の美女といわれた小野小町塚がある。


 彦根城下町を廻る 2021年6月13日(日)  雨 72名
6kmコース 彦根駅~ケヤキ通り~彦根城~彦根駅
       12kmコース 彦根駅~ケヤキ通り~彦根城~佐和山城跡~彦根駅

  彦根駅西口前の広場で受付中、雨が降ってくる。場所を駅に変える。9時15分に雨の中をスタート。合羽を着たり、傘をさしながらのウオークとなる。
 樹齢400年のケヤキや榎、サイカチの木を見ながら芹川沿いのケヤキ通りを歩く。いつもと違い、人通りの少ないキャッスルロードを抜けると、そこは足軽屋敷群。辻番所と旧磯島家住宅の中に入り、説明を聞く。内堀を歩き、金亀公園からお堀の周囲を歩き、護王神社の前に着く。
    6kmコースは、この後ゴールの彦根駅まで歩く。12kmコースは、佐和山城跡登口を目指す。何人かは佐和山城を登る。
 今日は、雨模様でしたが、赤やピンク、薄黄緑など色とりどりの紫陽花を愛でながらウオークできたのではないでしょうか。
 次回は、「橋から橋へ 石山駅~石山駅11km」を9月12日(日)に実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
清凉寺の前で


ゴールの彦根駅
   
井伊家の菩提寺  清凉寺


歩き終えて一休み
 
   ビューポイント

足軽組屋敷群
 
足軽組屋敷は、彦根城と城下町を守るために築城の際、外堀の外側に足軽組1200軒(人)の内、約950軒(中藪組・善利組・大雲寺組)が配置され、、その中でも善利組が一番大きく江戸末期には700軒を数えた。善利組(現・芹橋2丁目)の町並みは、防御を目的に道は直線を避け、意図的に曲げられ、道幅も狭く、「くいちがい」や「どんつ」が多く残っていて当時の面影を感じることができる。彦根藩の足軽屋敷は、足軽ひとりに1戸が与えられ、屋敷は木戸門と塀に囲まれ、小さいながらも庭付きの一戸建てで、一間半(2,7m)の狭い通りに建ち並んでいた。

辻番所
 
辻番所は、城および城下町を部外からの不審者等の侵入者をチェックをする機能を果たしていた。「のぞき窓」は2方向の通りに面して2カ所あり、見通しが良いように通りの辻が「くいちがい」になっていて若干張りだしている。また、この番所の出入りは、
主屋を経由することなく、通りより直接番所に出入りができることが発掘調査で判明し、現在では復元されている。


    彦根城
 
江戸時代には彦根藩の政庁が置かれた。天守、附櫓及び多門櫓は国宝、城跡は特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。天守が国宝指定された5城のうちの一つである。(他は犬山城、松本城、姫路城、松江城)
 江戸時代初期、現在の彦根市金亀町にある彦根山に、鎮西を担う井伊氏の拠点として築かれた平山城(標高50m)である。山は金亀山(こんきやま)の異名を持つため、金亀城と呼ばれた。多くの大名を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城であった。


佐和山城跡

 佐和山城は、中世中期から近世初期にかけて、近江国坂田郡(現・彦根市)の佐和山に存在した日本の山城である。
 坂田郡および直近の犬上郡のみならず、織豊政権下において畿内と東国を結ぶ要衝として、軍事的にも政治的にも重要な拠点であり、16世紀の末には織田信長の配下の丹羽長秀、豊臣秀吉の奉行石田三成が居城とし、関ヶ原の合戦後は、井伊家が一時的に入城したことでも知られる。



 琵琶湖一周健康ウオーキング2020② 瀬田駅~草津駅 14km
2021年6月6日(日)   曇り後晴れ  205名
瀬田東公園~近江大橋取付け道路横断~さざなみ街道~矢橋帰帆島入口
~矢橋大橋~草津川東遊歩道~旧東海道~立木神社~de愛広場~草津駅


  6月初めてのウオーキングです。多くの参加がありました。
カゴメ(株)から野菜ジュースの提供がありました。公園を出て、川沿いの道をしばらく歩いた後、近江大橋取付け道路に出ました。さざなみ街道を歩き、矢橋帰帆島に到着です。周回路を歩いた後、矢橋大橋を渡り、今度は水田が広がっている草津川東遊歩道を歩きます。
 旧東海道を左折すると立木神社です。後は真っ直ぐ歩き、太田酒造の前を通り、階段を上って草津川跡地公園(de広場)にゴールしました。最初のゴールは10時40分頃でした。
 
   草津川跡地公園(de広場)は、紫陽花など季節の花が咲き、子どもたちが水鉄砲に興じていました。
 青空に真っ白な雲が浮かび、蒸し暑い中でのウオークお疲れ様でした。
 次回は、6月27日(日)に「びわ湖一周健康ウオーキング2020③(草津駅~堅田駅)20km草津駅9時30分集合」を実施します。草津川跡地公園(de広場)から出発します。
長い距離を歩きます。体調を整え、当日は水分をしっかり補給するようお願いします。

  それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
朝の光景   瀬田東公園


矢橋大橋を渡る


草津川東遊歩道を歩く


旧東海道を歩く 手前は太田酒造
   
帰帆島に向かう


田んぼの中を歩く


田園風景が広がる


ゴール  草津川跡地公園
  
 ビューポイント

矢橋帰帆島
 1978年に着工し、1982年に下水道浄化センターとして運用開始した。島内は公園施設として整備されており、週末などには家族連れで賑わっている。島の琵琶湖側を滋賀県道559号近江八幡大津線(湖岸道路)が通り、南に帰帆南橋が、北に帰帆北橋が架かる。矢場帰帆島公園は滋賀県下水道公社が20年以上にわたり維持管理してきたが、2011年4月からは指定管理者制度により、株式会社「ひかりグループ」が指定管理者となった。
  de愛広場
 旧草津川は川床が民家の屋根より高い全国的にも有名な天井川でした。廃川となり、川としての役目を終えた草津川ですが、平成29年4月に草津川跡地公園として生まれかわった。四季の移り変わりが感じられる緑あふれる公園。公園内にはレストランやカフェ、ホットヨガスタジオもあり、川の流れのあった場所に東西に長く続く公園は家族連れや、ウオーキングを楽しむ人で賑わっている。びわ湖へと続くサイクルロードも通じておリ、春ともなると桜並木の下で花見が楽しめる。




 大津なぎさウオーク (牛玉さんの日) 12km
2021年5月18日(火) 曇り  105名
大津駅~県庁前~(旧東海道)~膳所城址公園~瀬田唐橋~螢谷公園~石山寺~石山駅

  5月最初のウオーキングです。今日は、何人かの方に完歩賞のバッジやタオル、50回記念Tシャツを授与させていただきました。大津駅前広場で体操をした後、8時55分に最初の班が出発し、最後の4班は9時30分にスタートです。
 旧東海道を膳所まで歩きます。松本を過ぎ、義仲寺や石坐神社の前を通り、膳所神社を過ぎて湖岸に出ます。膳所城址公園から瀬田川大橋と瀬田唐橋を潜り、川沿いの瀬田川ぐるりん散歩道を石山寺まで歩きました。瀬田川ではカヌーを漕ぐ人がいました。10時20分~11時45分にみなさんゴールされました。
 
    ゴール後、瀬田川湖畔で昼食を摂る方もおられました。
 牛玉市の今日は、野菜や果物、園芸品等を買い求める方もいました。鮮やかなピンク色の沖縄のサボテンが一際目立っていました。
 しじみ汁を味わい石山寺を後にしました。
 次回の大津なぎさウオーク「関所を越えて都路へ 大津駅~山科駅 12km」は6月15日(火)に大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
準備体操


瀬田川ぐるりん散歩道を歩く


牛玉市で見つけた沖縄のサボテンの花
 
膳所城址公園の前を歩く


湖畔べりで昼食


石山寺の青紅葉

 ビューポイント 

 膳所城址公園
 膳所城本丸の跡地である膳所城址公園は、明治3年に廃城後、民間に売却された後、昭和26年に大津市が買い取り、都市公園として整備され今日に至っている。
 膳所城は、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康が、西軍への備えと京都禁裏の監視のため、藤堂高虎に命じて築城した天下普請第一号の城である。

石山寺
 西国三十三所観音霊場の第13番札所。奈良時代後期に、聖武天皇の発願により、良弁によって開かれた。広大な境内には、寺名の由来となった天然記念物の珪灰石が聳えている。


 
   国宝の本堂・多宝塔をはじめ、経典・聖教類、仏像、絵巻など多くの国宝、重要文化財がある。

 牛玉さんの日
 石山寺の観音様、牛玉(ごおう)さん詣での縁日が毎月18日で、この日は昔々より、石山寺門前の参道には、市が立ち並び、老若男女の参詣者で賑わっていた。残念ながら、明治期以降、門前市は姿を消していたが、石山寺周辺では「あの賑わいをもう一度」の声が高まり、観音様の縁日にお参りにみえた方々にしじみ汁の接待をはじめ、参詣を楽しんでもらえるよう観音市(門前市)を開催している。門前市には懐古品・骨董・衣料品・朝採りの野菜・一夜干しなどの店約30店舗が出店している。




 びわ湖一周健康ウオーキング2020①  大津駅~瀬田駅 12km
2021年4月25日(日) 晴れ 208名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園~サンシャインビーチ~膳所城址公園~粟津晴嵐
~瀬田唐橋~唐橋公園~夕照の道~漕艇場~瀬田駅


  いつも以上に多くのウオーカーの参加がありました。
 なぎさ公園では、晴れ渡る青空の下、満開の芝桜を愛でながら気持ちよく歩くことができました。立ち止まって記念撮影をしている方も見られました。サンシャインビーチでは湖畔に出て琵琶湖の風を感じて歩いている方もおられます。
 近江大橋の下を潜って膳所城址公園で休憩です。若者や子どもたちがゲームに興じていました。粟津の晴嵐を過ぎ、

瀬田川大橋下を潜り、瀬田唐橋を渡りました。唐橋公園を過ぎると、琵琶湖漕艇場です。
    5月に開催される朝日レガッタに向けてボートを漕ぐ光景が見られました。
 大萱6丁目を右折し、瀬田駅近くの瀬田駅東公園に11時前から12時半頃までにゴールしました。
 お疲れ様でした。
 次の琵琶湖一周健康ウオーキング2020②(瀬田駅~草津駅14km)は6月6日(日)瀬田駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
 それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
大津駅前を出発


なぎさ公園の芝桜


近江大橋近くの湖畔


ゴールの瀬田駅東児童公園へ


   
なぎさ公園



サンシャインビーチ


瀬田唐橋


ゴール後の昼食

 ビューポイント 

 「壬申の乱」の戦い
 最大の決戦地となった瀬田橋。東側の村国男依の軍が布陣。大友皇子率いる朝廷軍は橋の西で構えた。日本書紀によると、その軍の後が見えないほどの兵の数だったという。弓を構えた兵たちは一斉に矢を放ち、それらが雨のように落ちてきた。橋の中程の板をはずして敵を落とすという朝廷軍の仕掛けたわなは、一人の勇者、大分君稚臣(おおきだのきみわかみー大津皇子の従者)によって破られた。彼はわなを見破り、弓矢の中に突撃した。
 朝廷軍は総崩れになった。橋での決戦は村国男依(むらくにのおより)らの軍が朝廷軍を破り、大海人軍は瀬田川を渡り大津京へ向かう。
 
   大海人皇子の軍は粟津岡(あわずのおか)ー膳所に陣を置いた。現在、膳所神社がある場所は、天智天皇が御厨所(宮の食事を担当)と定めた所。
 大友軍は敗れ、山前(やまさき)へ敗走。大友皇子はここで自害する(25歳)。山前の場所は、三井寺前の長等山ではないかと考えられている。現在、大友皇子の陵がここにある。
 逃亡していた近江の重臣だった者たちは、次々と捕らえられ、8月25日の処罰発表を待った。
 重臣のうち8名が死刑。その一人が右大臣中臣金(なかとみのかね)だった。彼は大友皇子軍の中心にいて戦争の指示をしていたと思われる。



 大津なぎさウオーク 大津駅~石山駅 12km
2021年4月20日(火) 晴れ  145名
大津駅~お祭り広場~なぎさ公園(湖畔の芝桜)~サンシャインビーチ~近江大橋~瀬田唐橋~石山駅

  山が笑い、草木も芽吹き、青葉若葉の美しい季節を迎えました。 今日は汗ばむほどのウオーキング日和になり、いつもより多くの参加がありました。
 なぎさ公園からを歩いていると、鮮やかなピンクの芝桜が目に飛び込んできました。子犬を連れて散歩している人、釣り糸を垂れている人など。それぞれに楽しんでいる人の姿がありました。
 サンシャインビーチでは保育園の子どもたちが水際で追いかけっこに興じていました。
 琵琶湖はキラキラ輝き、野鳥がゆっくり泳いでいます。時折、潜って魚を獲っているようです。 ほとりに白鷺がじっとしています。

 
   首を長くして獲物を狙っているようでした。
 近江大橋を渡り、漕艇場を過ぎ、唐橋公園で昼食です。
 瀬田唐橋を渡り、石山商店街を通り、石山駅にゴールしました。
 本日はお疲れ様でした。
 5月8日(土)と9日(日)には第28回びわ湖長浜ツーデーマーチが長浜市豊公園を主会場に開催されます。コースは5km・10km・20kmです。当日参加の受付はありません。4月24日(土)までに実行委員会事務局まで申し込んでください。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
 それぞれの写真をクリックすると拡大されます
 
咲き始めたツツジ


芝桜を愛でながら



サンシャインビーチ


ゴールの石山駅
   
なぎさ公園の芝桜



草木も芽吹き


唐橋公園で昼食


お疲れ様でした
 ビューポイント 
 瀬田唐橋
 近江八景「瀬田の夕照」(せたのせきしょう)の主題である「瀬田唐橋」は、別名「瀬田橋」や「長橋」とも呼ばれ「唐橋を制するものは天下を制する」と言われ、古来より京都ののど元を握る交通・軍事の要衝として重視された。
 瀬田橋が戦の歴史舞台になって千八百年になるが、特に有名なものは、古くは、大津京が幻の都となった大友皇子と大海人皇子の「壬申の乱」をはじめ、「寿永の乱」、「承久の
   
乱」「建武の乱」など幾多の戦乱の舞台となった。
織田信長の瀬田橋の架け替えは、比叡山焼き討ちの4年後、大正3年(1575)に諸国の道路修理を命じ、関税を免除するとともに、瀬田城主、山岡景隆と木村次郎左ヱ右衛門を奉行に任命し、近江の朽木などから木材を調達し、長さ百八十間(約350m)、幅4間(約7m)の一本橋をわずか3ヶ月という突貫工事で掛け替えさせたといわれている。



第7回海津大崎観桜の道  12km
2021年4月10日(土) 晴れ  92名
マキノ駅~清水の桜~海津~海津大崎~マキノ駅
 
  風の強い日でしたが、青空が広がり、とても気持ちよく歩くことができました。街道筋の色鮮やかなチューリップが我々を迎えてくれているようです。清水の一本桜も、見頃は過ぎていましたが、山里に咲いている黄色のたんぽぽがピンクや白の低木とうまく溶け合っていました。
 山を見上げると、ミヤマツツジのピンクや、緑、茶色など美しい色模様を呈していました。
 宝瞳院を出て海津へ向かう途中、共同井戸があり、鯉が優雅に泳いでいました。いよいよ海津大崎に入ります。今では珍しい暖房用の薪と、プランターのチューリップが目を引きました。
 海津の桜とびわ湖の景観を湖岸を歩いて楽しみました。
 湖面はキラキラと輝き、色とりどりのカヤックやカヌ-を楽しむ人がいました。大崎港は例年のような人出は少なく静かでしたが、土産物店前のしだれ桜がきれいでした。
    大崎寺で昼食です。
 帰路、花見船に出合いました。山の方に少し上がった所にも満開のしだれ桜を見つけ、思わずシャッターを切りました。
 いつもの店に立ち寄り、湖魚の佃煮を買い求め、ゴールのマキノ駅に向かいました。
 初めて参加されたご夫婦は、「マイペースで歩けて良かったです。なぎさウオークにも参加したいと思っています。」と笑顔で話しておられました。
 本日は、満開の桜はあまり見られなかったですが、真っ盛りの春を感じることができたウオークになったのではないでしょうか。
 5月8日(土)~5月9日(日)には第28回びわ湖長浜ツーデーマーチがあります。皆さま多数の参加をお待ちしています。

   それぞれの写真をクリックすると拡大されます


 
受付  マキノ駅


街道を歩く


若狭元守護 武田元明の墓碑宝瞳院の前で


共同井戸


大崎港前のしだれ桜


マキノ駅に向かう


海津浜の石積み
   
マキノ駅を出発


宝瞳院


清水(しょうず)の桜



海津大崎の桜


大崎寺で昼食



湖岸沿いを歩く


マキノ駅近くの見事な花桃

ビューポイント 
 
清水の桜
 海津大崎並木口から北へ約1km、海津の墓地の中に1本の老樹「清水の桜」がある。樹種はアズマヒガンザクラ。樹齢300年以上といわれ、水上勉の小説「桜守」の中でも称賛されている。加賀藩前田侯が上洛の折、何度もこの桜を愛でたことから「見返りの桜」とも呼ばれている。海津大崎の桜より少し早く満開見頃を迎える。

海津大崎
「日本のさくら名所百選」にも選ばれている海津大崎の桜。樹齢80年を優に超える老桜から次世代へ引き継ぐ若木まで約800本のソメイヨシノがびわ湖岸約4kmに渡って続いている。
 また海津大崎はびわ湖随一の岩礁と湖の碧、遠くに竹生島が見える景勝地である。

義経の隠岩
 海津大崎の少し手前の湖岸にある。義経が兄の頼朝に追われる身となり、奥州平泉に逃れる時、この岩に隠れたといわれている。
 
海津付近に上陸し、一時身を隠して北国へ逃れていったことを謡曲「安宅」の一節に謡われている 。

海津の街並み
 
山が琵琶湖に迫り、湖岸沿いを西近江路が通るマキノ町の海津は、湖上水運と陸路を結ぶ交通の要衝でした。
 街道沿いにはかつての賑わいを伝える建物が残され、石積みや、街道と水辺を結ぶ辻子とよばれる細い通路が独特の景観を作り出している。

海津浜の石積み

 海津大崎の付け根から南へ、切石を整然と重ねた石積み護岸が約1.2kmに渡って伸びている。高さは2.5~3m。季節風や台風で生じる大波に苦しむ湖岸の人々のために18世紀初め、この地を治めていた代官によって築かれた。
 この湖岸の石積みをはじめ、河川や内湖、共同井戸、知内川で続けられている伝統的なヤナ漁など、多様な水文化が存在するマキノ町海津・西浜・知内の水辺景観が、平成20年全国で5番目の重要文化的景観に指定された。


 
武庫川渓谷を往く 12km
2021年4月4日(日)  薄曇り後雨  28名
宝塚駅~生瀬~廃線入口~名塩川橋梁~姥捨ヶ懐姥ヶ壊橋梁~北山トンネル~第2武庫川橋梁
~桜の園~長尾トンネル~温泉橋~水道橋~武田尾駅 

  宝塚駅前の栄町公園を10時に出発し、しばらく歩いて国道に出る。武庫川に架かる生瀬橋を渡り、坂道を上り、生瀬駅で休憩。前方に山が見えてきた。ピンクの山桜が美しい。国道を横断する。山の高いところまで家が建ち並んでいる。やがてトンネルの入り口に着いた。
 廃線敷を歩き始めるとすぐ、スケールの大きな岩山と武庫川渓谷に圧倒された。橋梁を渡りながら右手に川を眺めて歩くと、巨石がごろごろと転がっている。鯉が一匹泳いでいるのを発見。
 しばらく道なりに進むと、真っ暗なトンネルが現われた。
 トンネルの中は真っ暗。全部で6つのトンネルがあり、最長のものは400mを越える。また、トンネルごとにデザインが異なり、見える風景もそれぞれ変化があって楽しい。
 眼下では武庫川の流れがかなり急な所もあり、迫力満点。かつてここに機関車が走っていた頃の鉄道遺構があちこちに残っている。枕木がコース上に続いており、速度標識や積み重ねられた枕木が見られた。
 いよいよ一番人気の見所であ
   る武庫川を横断する「第2武庫川橋梁」が姿を現した。
 トンネルの中からこの橋を眺めると、山の緑に赤い橋が色鮮やかに映える。
 道幅がぐっと広くなり、ゴールは目前。川辺に下りて水遊びができる「親水広場」や桜の名所「桜の園」がある。桜の園周辺では山桜が咲いていた。
 北側の廃線入口を出るとすぐの所に旬の食材を使った田舎料理を提供する「畑熊商店」があった。武庫川に臨む開放的なテラスがいい。
14時までには全員武田尾駅に到着。

 本日は、普段では経験できない真っ暗なトンネルの中を歩くことができ、(砂利道で歩きづらいトンネルもありましたが)いい思い出になったのではないでしょうか。
 遠く姫路や和歌山からも参加していただきました。
お疲れ様でした。
 次回は、「第7回海津大崎観桜の道 マキノ駅~マキノ駅 12km」を4月10日(土) マキノ駅10時集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。
  

 それぞれの写真をクリックすると拡大されます

 
栄町公園に集合


坂を下りるとトンネル入り口に着く


渓谷美を写真に納める


枕木が残っているトンネル


第2武庫川橋梁


トンネルを出ると雨
   
国道沿いを歩く


武庫川渓谷の大きな岩窟


ピンクの花が美しい


一番の見所・第2武庫川橋梁


桜の園で昼食を摂る


終点の武田尾温泉郷

  ビューポイント

 武庫川渓谷廃線敷
 1986年に新線が開通したため、87年間に及ぶ旧国鉄福知山線は廃線になった。2016年11月、安全対策工事が終了し一般公開された。武田尾まで約5.5kmである。古い枕木は残されており、トンネル内は照明がないので、懐中電灯は必携。

溝滝(みぞたき)
 5号トンネル入口から真下に見ることができる。当時の名所案内によると、かなり深い滝壺であったようである。滝に鯉や鮎が遡上してくるのをすくい、有馬へ売りに出たという。

十次郎淵(じゅうじろうふち)
 4号トンネルを出た右下流にある淵。名塩村の教行寺本堂建築の用材を武庫川の水流を利用して運んでいたが、とりわけ大きい良木が淵に沈んで浮上しない。そこで、東山十次郎という老人が川底に入って見事浮上させたが、自らは不帰の人となったという。
   高座岩(こうざいわ)
 約400m上流にある。有馬郡誌によると、上面7.8間高さ4.5間、ほぼ方形をなせる大岩石とある。旱ばつになると、名塩や近郷の百姓たちの雨乞い場になっていたという。

漆ヶ淵(うるしがふち)
 約400m下流にある。川の流れが鋭角なために出来た淵。漆の老木があってこの名が付いたという。深く大きな岩窟があって、この渦に巻き込まれると、岩のくぼみに閉じ込められて浮上できなくなる。

米ヶ淵(こめがふち)
 約800m下流の太多田川と合流するところにある。江戸時代、三田や丹波方面から牛や馬の背に米俵を載せて、大阪の問屋へ向かう途中、この淵に一文銭を投げてその日の米の相場を占ったという。

メール
Copyright © 2014 .9Shiga Walking Association All Rights Reserved