NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】
 
 
 



 小関越え・観桜の道 16km
2021年3月28日(日) 曇り後雨  53名
大津駅~長等公園~小関越え~藤尾~一燈園~天智天皇陵~日ノ岡~南禅寺~蹴上駅

  早朝は雨でしたが、受付時には止んでくれて一安心です。
 大津駅を出発し、日赤の前を通り、長等公園から少し下りたところを左折し、住宅地の細い道を峠へ向かいます。やがて住宅がなくなり、急坂を上っていくと地蔵堂がある小関峠です。
 小関峠から車道と離れて左の小路を下っていき、水道施設を過ぎ、第一竪抗が見えました。深さは約50mあり、ここから琵琶湖へ掘り進めたそうです。
 第一竪抗を過ぎると普門寺の先で、西大津バイパスを潜ります。藤尾です。川沿いを歩いて行き、やがて疏水が第1トンネルから出たところに着きました。
 一燈園を過ぎ、ずっと疏水沿いを永興寺近くまで歩きます。
 疏水沿いの桜はどれも満開です。晴れていたらもっときれいなのにと思われた方も多かったのではないでしょうか。

 
   途中、疏水船に出会い、思わず手を振りました。
安朱橋周辺は、黄色の菜の花とピンクの桜がうまくコラボし、とても美しい光景でした。多くの方がシャッターを切っていました。
 毘沙門堂に行きました。 雨がポツポツ降ってきました。
 疏水と分かれ、永興寺付近から坂を下り、国道に出て日ノ岡供養塔の前を通り、ゴールの蹴上駅に向かいました。
 本日は少々天候不順でしたが、満開の桜を観賞でき、良かったのではないでしょうか。
 次回は4月4日(日)に「武庫川渓谷を往く(宝塚駅~武田尾駅)12km」を実施します。宝塚駅に10時集合です。
 福知山鉄道廃線跡を歩き、また、周りの山桜や岩の間から流れ落ちる滝をご観賞ください。トンネル内は照明がないので、懐中電灯をご用意ください。また、砂利道が続きますのでトレッキングシューズの着用をお勧めします。

 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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菜の花と桜のコラボ


疏水に向かって枝を伸ばす桜


一燈園前の満開の桜


どの桜も素晴らしい


きれいやな

   
艶やかな春の色に染められた疏水


疏水に垂れ下がる桜


波しぶきをあげて走る疏水船


船から桜見物を楽しむ人


心満たされた日になりました
   
 ビューポイント  
 
小関越え
 京都市山科区四ノ宮鎌手町と大津市小関町の間の峠。平安時代に東海道・東山道が通る逢坂の関(大関)に対し、北陸道のみが通る小関越えは間道的な意味合いで小関とされたようである。

琵琶湖疏水
 琵琶湖の湖水を西側に隣接する京都市へ流すために、明治期に当時の最高技術を駆使して造成された水路(運河)で、大津市内にありながら疏水付近は、いわゆる飛地として京都市になっている。

   
 湖水は、日本初の営業用水力発電源となり、京都市電の前身である京都電気鉄道の電力を初め、水運や京都の産業全般に運用されて今日に至っている。


一燈園

 西田天香によって明治末期に設立された懺悔奉仕団体。京都市山科区に本部を置く。宗教法人格はもたず、法人格としての正式名称は一般財団法人懺悔奉仕光泉林。現在の当番(代表者)は、創立者西田天香の孫の西田たかし。



 琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑭
2021年3月21日(日)  雨   130名  
堅田駅~雄琴観光公園~比叡山坂本駅~下阪本~唐崎~際川~大津港~お祭り広場~大津駅

  朝から雨模様でしたが、堅田駅西口広場の受付は、大勢のウオーカーで活気づいていました。
 8時55分に最初のグループがスタートし、続いて10分おきに4グループが出発。
 堅田駅交番を右折し、旧道を仰木道まで歩き、国道161に出て雄琴観光公園で休憩です。次に比叡辻を通り、比叡山坂本駅まで行きます。湖西線の側道をしばらく歩いた後は、坂本城址の石碑の前を通って西近江路の下坂本を歩きます。
 四谷で国道161に出て、唐崎、際川、西大津を過ぎ、大津港までは真っ直ぐです。湖岸をしばらく歩いて、お祭り広場の前から大津駅にゴールしました。 

 
    大津駅では、一人一人に10周年記念クッションシートと琵琶湖一周健康ウオーキング2020バッジが配られ、みなさんの顔には笑みがこぼれていました。
 本日は、久々の悪天候でのウオークになりました。j比叡の山も霧がかかり、琵琶湖も白く濁って、いつもの景色を楽しんで歩くことはできませんでした。たいへんお疲れ様でした。
 次回は、コロナ禍で中止した第1回目の「びわ湖一周健康ウオーキング2020①大津駅~瀬田駅13km」を4月25日(日)に大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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堅田駅西口広場  受付


雄琴の町中を歩く


大津駅に傘を差してのゴール
   
雨の中をスタート


坂本城址


記念品とバッジを授与

  ビューポイント  
  
 堅田の街並み
 琵琶湖の最狭地という絶好の地にあるこのまちは、水運・漁業の権益を背景に大いに発展。「湖族」と呼ばれた人々のもと、琵琶湖最大の自治都市を形成した。まちには往時の姿を忍ばせる商家や豪族の屋敷が今も残る。

出島灯台(でけじまとうだい)
 堅田の湖畔は岩礁が多く、船の事故が起こりやすい。そこで1875年に建造されたのが県内唯一の木製灯台。現在の灯台は、1973年に保存活動のもと復活したもの。
                             
   おごと温泉
 比叡山延暦寺の開祖・伝教大師最澄により開かれた。1200年続く湯治の里。その昔、念仏池と呼ばれる小さな池があり、そこから湧き出る霊泉がおごと温泉になったという伝説が残る。
 
苗鹿(のうか)の常夜灯
 弘化4年(1847)に建てられた石造の常夜灯。苗鹿講が呼びかけ、近郊の寄進を募り、北国街道(西近江路)沿いに建立した。旅人の安全を図る目的で建てられた。   
                           



 大津なぎさウオーク 大津駅~膳所駅 12km
2021年3月16日(火)  曇り一時雨 127名
大津駅~鶴の里~竜が丘~秋葉台~膳所神社~膳所城址公園~由美浜~におの浜~膳所駅

  大津駅を出てJR高架下を潜り、国道1号線の向かいの逢坂小の前を通り、朝日ヶ丘に出ました。坂を登り住宅地の中を歩きます。滋賀短大の階段を上り、高台の鶴の里に着きまました。打出中の校舎やグラウンドが見えています。琵琶湖も少し見えます。
 次に、竜が丘、池の里を通り、名神高速道路の側道(ラクダ道)を歩きます。池ノ内町から名神の高架橋を渡り、茶臼山古墳公園に着きました。
 道中、菜の花や白いモクレン、こぶしの花が咲いていて春を感じます。少し坂を上がると前方に瀬田川や東レの工場、石山の街並みが見えています。
 坂を下り、途中、秋葉神社を見て、国道を横断し、膳所の町に入りました。
 膳所城址の道をしばらく歩くと膳所城址公園です。
野外ステージ上では、高校生が楽しそうにダンスをしています。公園内ではウオークラリーをしている多くの高校生の笑い声が聞こえてきました。
 その後、琵琶湖岸のサンシャインビーチを歩きます。河津桜は少々色あせていたようです。なぎさ公園を歩き、におの浜を左折し、旧西武百貨店前の国道を横切り、リニューアルされた膳所駅にゴールしました。
 本日は、前半アップダウンの道が続き、お疲れ様でした。
 次回は、3月28日(日)に「小関越え・観桜の道16km(大津駅~蹴上駅)」を大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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茶臼山古墳公園に向かう


茶臼山古墳公園



膳所城址公園で
   
茶臼山古墳公園を下りる


秋葉神社


膳所城址公園を出て

  ビューポイント  

膳所茶臼山古墳
 膳所駅の東南部の丘陵上にあり、全長122m、高さ3m程の首長噴。近江では安土瓢箪山古墳(160m)、荒神山古墳(124m)につぐ規模を有する前方後円墳。前方部の上に秋葉神社が鎮座。後円部に登ると、ほぼ中央部に大友皇子をまつる五つの小土盛りがある。
 膳所茶臼山古墳は、膳所の湖岸からの眺望を意識して築造した首長噴で、湖西南部の有力首長として琵琶湖の南湖との関連を重視して築造され、古代の琵琶湖の水運を掌握した有力首長であったと推測される。若狭の地域、北陸地域、さらに東国地域からの諸物資の輸送を、琵琶湖によって漕運し、優れた輸送力を示すなど、実に重要な役割を果たしたものと考えられる。(滋賀大学名誉教授 小笠原 好彦氏執筆の新聞記事より抜粋)
膳所神社

 膳所神社のご祭神は伊勢外宮と同じ豊受比売命(とようけひめのみこと)。
   天皇の御厨(みくりや)の地にはどこでも食物を司るご祭神、御食津神(みけつのかみ)=豊受比売命が祀られている。
 天智天皇が大津宮へ遷都のとき、膳所の地を御厨の地(厨=料理をする所)と定められた。
 天武天皇の代に大和国より御食津神を奉還して、大膳職(だいぜんしき)の御厨神として祀ったのが膳所神社の始まりと言われている。
 江戸時代には膳所城の歴代藩主本多公の崇敬も厚く、社領、社殿の寄進、造営が度々あった。
 現在の表門は元膳所城の城門(薬医門)で、重要文化財に指定されている。
 膳所の地名は、この地を陪膳浜(おものはま)といい、「陪膳の所」という意味からといわれている。
 *陪膳=天皇のお食事のこと 
      (膳所の広報紙「ほんまる」より抜粋)





朝鮮通信使の通った道(総会ウオーク) 近江八幡駅~野洲駅 11km
 2021年2月28日(日) 晴れ   126名
近江八幡駅~大森町~池田本町~桐原橋~篠原駅~高木町~(朝鮮人街道)~野洲駅

  イオン前を9時25分と9時40分にスタートし、大通りに出ました。JR踏切を渡り、大森町から池田本町信号を左折し、坂を上り、桐原橋を渡ります。後は真っ直ぐ歩いて篠原駅で休憩です。
 次は、光善寺川橋を渡ります。田園地帯が広がり、トラクターが畑を耕していました。遠くに三上山や伊吹山が見えます。
 堤防の土手には梅や橙などが植えてあり、小さなタンポポが咲き、春を感じさせてくれました。
 やがて、高木の信号が見えてきました。ここから朝鮮通信使が通った朝鮮人街道を野洲駅まで約5kmです。祇王井川に沿って桜並木をしばらく歩きました。
   「祇王井川・朝鮮人街道」の立て札が目につきました。きれいに整地された広大な畑が広がっています。
 永原から冨波に入ります。両側の家々には、街道に相応しく松や槇が植えられ、また、紅梅や白梅も目につきました。
 電車の音が聞こえてきました。野洲駅は目の前です。12時30分までに全員ゴールできました。お疲れ様でした。
 本日は、風が冷たく感じることもありましたが、朝から陽が射し、快適にウオークすることができたのではないでしょうか。
 次回は3月28(日)に「小関越え・観桜の道(大津駅~蹴上駅)16km」を大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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参加のみなさん 近江八幡駅で


祇王井川に沿って朝鮮人街道を歩く


朝鮮人街道を歩く

   
イオン前をスタート


広大な畑が拡がる


ゴールの野洲駅は目の前
  
  ビューポイント

 朝鮮人街道
 朝鮮人街道は、近江国に存在した近世の脇道である彦根道、京道および八幡道の異名。中山道(上街道)との比較で下街道・浜街道、あるいは朝鮮人道、唐人街道ともいう。
 将軍以外では唯一、李氏朝鮮から国書を携えて江戸に赴くために来日した朝鮮通信使の通行が認められていたため、この道は江戸前期から「朝鮮人街道」と通称されるようになった。
 
朝鮮通信使
 朝鮮通信使の通行は、慶長12年(1607年)から文化8年
(1825年)前後12回におよび、1回から3回までの使節団は、対馬藩主宗氏による国書偽造に対する回答と、文禄・慶長の役で日本に拉致された朝鮮人の刷還(さっかん)を求めることを名目として派遣されたため、回答兼刷還使とよばれた。
 一行400人は守山に宿泊後、八幡の本願寺八幡別院にて
 
   昼食を摂り、彦根宗安寺に泊まり、翌朝、鳥居本より中山道に入った。
朝鮮通信使の利用は、豊臣秀吉による朝鮮の役後の朝鮮と国
交断絶状態から、家康が朝鮮との修好を図ったものであることから、日朝友好と将軍就任慶賀使という使節の性格から優遇策が取られたと考えられる。
 朝鮮通信使は多くの文化人を伴って訪れ、平均400人から500人にのぼった。その使節団には、日本の対馬藩主宗氏の家来が1000人から2000人規模で同行したので、総勢1500から2500人という参勤交代のような大行列となり、異国の風俗や衣装も珍しかったため、沿道は見物人であふれたといわれる。
 また、通信使側でも日本の民衆との交流を図るため、踊りや曲芸を披露したりもしたという。12回来日のうち、10回は江戸まで赴いており、通信使一行をもてなすための費用に1回当たり100万両を費やしたといわれ、沿道の諸大名が費用を負担した。



 大津なぎさウオーク (梅の開花が始まる)  大津駅~唐崎駅 12km
2021年2月16日(火)  晴れ時々曇り 123名
大津駅~大津港~三井寺~皇子が丘公園~近江神宮~びわこ大津館~唐崎公園~唐崎苑~唐崎駅

  大津駅北口をスタートし、大津港まで真っ直ぐ下ります。次に、国道161を横断し、疏水沿いを三井寺まで歩き、円満院の前を通り、県道に出ました。
 大津市役所前、皇子が丘を通り、近江神宮に到着。鮮やかな朱色の門を見上げる階段下で休憩です。お参りする人も見られました。
 参道を歩いてびわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル)から国道161を再び歩き、際川の自衛隊前を通り、唐崎神社に着きました。お参りする人や唐崎苑で昼食を撮る人の姿もありました。

     11時30分~13時にみなさん唐崎駅にゴールされました。
歩きたらなくて、「これから西教寺まで行きます。」と言う人もおられました。風が冷たく感じましたが、歩くとだんだん体が温まってきて気持よく歩くことができたようです。
 次回「3月16日(火)のなぎさウオーク(春の足音が聞こえる)大津駅~膳所駅12km」は大津駅9時30分集合で実施します。
 秋葉台から膳所神社に行き、膳所駅まで歩くコースです。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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皇子が丘付近を歩く


唐崎神社
   
近江神宮で休憩


明智光秀像

  ビューポイント

 唐崎の地名と語源
 唐崎のカラは古代の中国・朝鮮を指す言葉で、万葉集には辛崎の字が使われており、、塩津と共に湖上貿易にちなんだ地名と考えられる。韓崎が字源のようである。崎は海に突き出た意味で、韓、辛、唐にしても渡来人との関係から使われたようである。平安時代には朝廷の七瀬祓所の一つとして信仰を集め、また、戦国時代には唐崎の松の美しい風光が近江八景の一つに選ばれた。

唐崎の歴史
 3000年程前より人が住んでいたことが「滋賀里遺跡」「穴太遺跡」から確認されている。この二つの遺跡は、弥生時代・古墳時代・奈良時代・平安時代など、長い年月を経ても、同じ地域一帯で人々の生活の営みが連綿と続いていたことが明らかになった遺跡である。今は、この場所は主に住宅地や道路・鉄道などで占められており、外観からは分からない状態である。


    唐崎神社
 
日吉大社の摂社。近江八景のひとつ「唐崎の夜雨」で知られ、芭蕉の「辛崎の松は花より朧にて」という句で名高い樹齢100年の巨大な霊松がある。
金沢の兼六園にある唐崎の松はこの地から分けられた。古くから祓いの霊場として知られ、平安期には「七瀬の祓」の一所として都人や多くの姫君たちがお祓いをされてきた。
 7月28日には、夏の健康・病魔退散を祈る「みたらし祭」が盛大に行われる。
 夏越しの大祓と呼ばれる茅の輪くぐりや、夜には古札を琵琶湖上で燃やし、個々人の心願成就を祈る「願串焚き上げ行事」が営まれ、湖面を幻想的に染め上げる。
 また、花火師が花火の筒を抱えて火を付ける「手筒花火神事」では勇壮に吹き上がる火柱から火の粉のシャワーが湖に降り注ぐ。日中から夕方にかけては、同神社境内で茅の輪くぐりや湯立神楽神事が行われる。



 びわ湖一周健康ウオーキング2020⑬ 近江舞子駅~堅田駅 18km
2021年2月14日(日) 晴れ  201人
近江舞子駅~比良駅~志賀駅~八屋戸浜~蓬莱駅~中浜~真野浜~道の駅「琵琶湖大橋米プラザ」~堅田駅

 湖西の山々は 霧がかり、幻想的な様相を呈していましたが、そのうち陽が射し、汗ばむほどの好天気に恵まれました。近江舞子駅には朝早くから多くのウオーカーが集まりました。
 近江舞子駅を出で、広い道を歩き、比良駅の前を通ります。いつも立ち寄る「おはぎ」の店は閉まっていて残念。
 志賀駅からは、大きな石灯籠の前を過ぎ、八屋戸浜を歩き、八屋戸川橋を渡り、蓬莱駅に着きました。今回も親子連れの参加がありました。
 蓬莱駅から八所神社の前を国道に出ます。再び湖岸に入り、蓬莱浜、和邇漁港前を歩きます。
 
   琵琶湖や湖西の山々を眺めながら昼食を摂る人も見られました。
 和邇中浜からは国道を歩きます。小野駅を過ぎ、再び湖岸を歩いて真野浜へ出ました。やがて道の駅びわこ米プラザに到着。ここで昼食を摂る方が多かったです。
 大橋の階段を上り、後は直進。国道161を渡り、堅田駅でゴール。IVVを配布し解散。本日はお疲れ様でした。
 次回の「びわ湖一周健康ウオーキング2020⑭堅田駅~大津駅18km」は堅田駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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スタート前  近江舞子駅


蓬莱駅の近くを歩く


身も心も軽やかにウオーク


琵琶湖を眺めながらランチタイム

   
アンツーカーを歩く   もうすぐ比良駅


蓬莱山


和邇中浜付近を歩く



18km完歩お疲れ様でした
    
ビューポイント

近江八景「比良の暮雪」
 雪 ふるる 比良の高嶺の夕暮れは 花の盛りにすぐる春かな

 「比良の暮雪」は琵琶湖の西岸に沿って連なる山地が雪に覆われ、その美しき高峰が遠方から描かれている。冬を過ぎ、春の訪れを感じることになっても、なお雪を残す連山は雄大かつ、優美な姿だったことでしょう。

八所神社
 織田信長が比叡山三千坊を焼き討ちした際、日吉神社の神官は、ご神体を伊香立村下在地の八所神社に移して難を逃れたが、危険を感じて二つ鳥神社(現大津市八屋戸・八所神社)の神官を訪ね、ご神体を預かってもらった。それ以来、同社は安産守護の神として祀られている。

 
   蓬莱山
 日本百名山。蓬莱山を含む比良山地一帯は琵琶湖国定公園に指定されている。山頂には一等三角点「比良ヶ岳」が設置され、1173.94mとなっている。
 琵琶湖東岸からは、比叡山から比良山地まで続く山並みが望まれ、中でも蓬莱山は雄大な山容を呈している。
 比良山地は、古生層へ貫入した花崗岩からなり、東側は断崖となっているため、屏風のような山が聳えている。
 蓬莱とは、元来中国の伝説で仙人が住む東海にある霊山であり、比良山地も修験者の霊山であったことに由来するとされる。
 山頂南側はクマザサの高原が拡がる。冬には日本海側からの寒波を受けるため積雪が多く、山頂北側にはびわこバレイスキー場が広がる。



近江八幡散策 近江八幡駅~近江八幡駅 10km
2021年2月7日(旧東海道)(日) 晴れ  120名
近江八幡駅~池田町洋風街~八幡堀~日牟禮八幡宮~瓦ミュージアム~旧八幡郵便局~近江八幡駅 

  朝から晴れ間が広がり久々のウオーキング日和になり、参加のみなさんの表情も明るく感じました。いつものように手指の消毒、検温を済ませ受付です。
 準備体操の後、近江八幡駅北口から出発し、正面の小幡町通りを真っ直ぐ進み、小幡上筋を左折し、八幡小学校の前を通り、最初の池田町洋風街に到着。スタッフの毛利氏の説明を聞きながら見学しました。 
 目の前に八幡山が迫ってきます。ケ-ブルカーが行き交っていました。山頂には、京都から移築された日蓮宗唯一の村雲御所瑞龍寺門跡があり、元宝塚スターの日凰尼が住職をされていました。
 八幡堀では、和船に乗っている人や、堀の周囲を散策する人の姿が見られました。
 
   次は日牟禮八幡宮です。
正面の「疫病退散祈願」の文字が目に止まりました。
 しばらく歩くと瓦ミュージアムです。
 1階の展示室には、笑い瓦や自由に触れることができる瓦の木琴、金箔瓦等がありました。
 農産物直売所の「きてかーな」は、大勢の人でにぎわっていました。
 12時から13時の間にみなさん、ゴールされました。
 本日はお疲れ様でした。
 次回は、2月28日(日)に「朝鮮通信使の通った道」(総会ウオーク)近江八幡駅~野洲駅10km」を近江八幡駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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検温   近江八幡駅南口


朝の様子


階段を上って駅の北口へ


池田町洋風館


静かな佇まいの八幡堀


八幡堀周辺を歩く


瓦ミュージアム


日牟禮八幡宮


ラ・コリーナで昼食

   
受  付


準備体操


真正面に見える八幡山


ウオーターハウスを見学


八幡堀に到着


店頭に並ぶ色々な瓦


笑い瓦


明治10年建設の白雲館(旧八幡東学校)


ヴォーリズ学園
  
 ビューポイント

 近江八幡の町並み
 天正13(1585)年、豊臣秀次が八幡山を築城した際に城下町として整えられた近江八幡。東海道や中山道に近く水運に恵まれたことから、江戸時代には経済の要衝として発展した。
 近江商人を生み育てたこの地には当時の姿を留めた商家が並び、情緒ある街並みを形作っている。

池田町洋風街
 ウイリアム・メレル・ヴォーリズの設計による住宅が数多く建ち並ぶ通り。大正期にヴォーリズ建築事務所のモデルハウス的役割を果たしていた。
 大正12年アメリカから来日したウオーター氏が6年住んだ家(ウオーターハウス)がある。アメリカの伝統的建築であり、2008年~2009年にリニューアルされ、3階建て11室。煙突2本。暖炉5カ所がを完備。
 ウオーター氏は早稲田大学の英語の教師。ヴォーリズ氏と出会い、彼の考えに共鳴し、アメリカに帰り、神学を学ぶ。近江八幡に再び戻ったウオーター氏は、琵琶湖をガリラヤ丸という船で周りながらキリスト教の伝道をする。
隣は吉田悦三氏の邸宅で、現在は姪が住む。

ウイリアム・メレルヴォーリズ
 1880年アメリカに生まれ、明治38年に八幡商業高校に英語の教師として来日。その後、建築家として「建物の風格は人間と同じくその外見よりもむしろその内容にある」との信条で全国約1600に及ぶ建物の設計を手がけた。建築家でありながら、ヴォーリズ合弁会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現在はロート製薬の製品)を広く日本に普及させた実業家でもある。当時不治の病と恐れられていた結核患者の治療を目的とした近江サナトリアム(ヴォーリズ記念病院)を建設。
   
さらに近江兄弟社学園の設立など広範囲に渡って活躍した。
 また、YMCA活動を通し、「近江ミッション」を設立し、信徒の立場で熱心にプロテスタントの伝道に従事。賛美歌や同志社カレッジソングなどの作詞、作曲を手がけ、ハモンドオルガンを日本に紹介するなど、音楽についての造詣も深かった。八幡商業高校、豊郷小学校はヴォーリズ建築によるもの。

八幡堀
 近江八幡のシンボルともいえる八幡堀は、豊臣秀吉の甥である秀次が琵琶湖を往来する荷船を寄港させるために造った運河。近江八幡の発展に貢献し、今も代表的な観光名所として残る。
 川沿いには桜や花菖蒲が植えられ、四季折々の表情を楽しむことができる。

日牟禮八幡宮
 平安時代の創建とされる旧八幡市の総社。古くから近江商人の信仰を集め、海外貿易で活躍した近江商人・西村太郎右衛門が寄進した絵馬や鎌倉時代の木像神坐像をはじめとする重要文化財も多く保管されている。左義長まつり、八幡まつりでも有名。

瓦ミュージアム
 「八幡瓦」の魅力を様々な角度から見つめることができる博物館。瓦粘土を使ってオリジナル作品を作ることができる体験工房も設けられている。瓦ミュージアムは、建物に特徴があり、瓦で屋根を葺き、屋根のつながりがまちの景観を形成してきた、という視点で「かわら」をとらえ、建物自体が具体的な表現になっている。



びわ湖一周健康ウオーキング2020⑫ 安曇川駅~近江舞子駅 16km
2021年1月24日(日) 雨   127名
安曇川駅~高島駅~乙女が池~鵜川四十八躰石仏群~白鬚神社~岩徐地蔵尊~北小松駅~北小松水泳場~近江舞子駅
 
  朝から雨。比良山系の山々は霧がかかり、琵琶湖は白く、対岸が見えない。傘を差したり、合羽を羽織ってのウオークとなった。
 安曇川駅から真っ直ぐ田園風景の高島の道を歩く。近江高島駅を過ぎ、江若鉄道廃線跡をしばらく歩いた後、国道に出る。坂を少し上り、鵜川四十八躰石仏群を観る。
 パワースポットの白鬚神社ではお参りする人の姿があった。その後、再び国道を歩き、うかわホームマートで休憩。お土産を買う方もおられた。岩徐地蔵尊を観て北小松駅に着く。湖岸を歩いて、近江舞子駅でフィニッシュ。
   14時前には全員ゴールされた。
ファミリーで参加の小中学生の親子も完走された。
 みなさん、雨と汗でたいへん。駅で着替える方もおられた。
 お疲れ様でした。
 次回の「びわ湖一周健康ウオーキング2020⑬近江舞子駅~堅田駅18km」は2月14日(日)近江舞子駅9時30分集合で実施します。「街道を行く」に紹介された西近江路を歩きます。皆さま多数の参加をお待ちしています。


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受付 安曇川駅


高島町を歩く


白鬚神社前を通過
   
安曇川駅をスタート


白鬚神社前を通る


近江舞子駅にゴール

  ビューポイント  
 乙女が池
 万葉の時代、「香取の海」と呼ばれた乙女が池一帯は、山の麓までびわ湖の入り江になっていた。その後は、大溝城の外堀で、恵美押勝が挙兵に失敗し、高島郡三尾崎で捕らえられ、勝野の鬼江で斬罪されたと伝えられる地で、壬申の乱で落城したと伝えられる三尾の城も背後の山中にあったと言われ、幾多の歴史を秘め、湖面にロマンを漂わせている。今は内湖となり、淡水魚の宝庫として釣り人も多い静かな公園である。

鵜川四十八躰石仏群 
 現在は三十三体の阿弥陀如来座像だが、元々は四十八体が
東面していたようである。不足のうち十三体は江戸時代前期に坂本の慈眼堂へ移され、また、二体は昭和62年(1987)10月に盗難にあった。伝承によると、天文22年(1553)に近江半国の守護職であり観音寺城主であった佐々木六角義賢が、亡き母の菩提を弔うため建立したとされる。


白鬚神社
 近江最古の神社で、近江の厳島神社とも呼ばれ、近年はパワ
  ースポットとしても知られており、湖に浮かぶ朱塗りの大鳥居に惹かれ、若い人の参拝も多い。
境内には、与謝野鉄幹・昌子夫婦がここを訪れた際に詠んだ歌碑がある。



岩除地蔵尊

 鎧岩と呼ばれる大きな岩の下に安置されており、通行には大変危険な場所であり、人々は落石や崖崩れから身を護っていただくために、お地蔵様を「岩除地蔵尊」と名付け、崇拝するようになったと言われている。

北小松地区
 北小松地区は、紅殻と呼ばれる防腐・防虫のために、赤い紅殻を家の格子や柱に塗っている家々が軒を並べている。また、昔から楊梅の滝から流れる水を農業・生活用水として使っている。家々の側を水路が走っており、家の前にある「かわと」で野菜や果物を冷やしたり、茶碗を洗ったりしていた。現在ではほとんど使われていないが約30カ所残っており、ここが水とつながりの深い地域であったことを物語っている。


 大津なぎさウオーク 新春のご参詣ウオーク 大津駅~石山駅 12km
2021年1月19日(火)  曇り  89名

大津駅~県庁東~平野神社~由美浜~膳所神社~膳所城址公園~瀬田川大橋
~唐橋公園~建部大社~瀬田唐橋~石山駅


 湖西の山は雪がかぶり、冷たいた空気が漂う中、いつものように手指の消毒と検温を済ませ、広場で準備体操をしました。
 9時25分に第1班がスタート。最初は旧東海道を歩きます。
 先ず近くの平野神社に参詣です。次に石場を過ぎ、馬場、西ノ庄、磐井神社の前を通って由美浜に出ました。和田神社、膳所神社を見て、膳所城址公園で休憩です。しばらく湖岸を歩き、東海道本線高架下を潜り、今度は瀬田川大橋を歩きました。冷たい風が吹き、帽子が飛ばされそうになりました。
  橋を降りて、唐橋公園まで足を伸ばし、最後の建部大社に参詣した後、瀬田唐橋を渡り、石山駅にゴールしました。「久しぶりに琵琶湖が見れて良かったです。次も来ます。」との声がありました。本日は寒い中のウオークお疲れ様でした。
 次回の「大津なぎさウオーク 大津駅~唐崎駅12km(梅の開花が始まる)」は、2月16日(火)に大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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受付  大津駅


平野神社にて


膳所城址公園を出る


もうすぐゴール
   
準備体操


膳所近くを歩く


建部大社にて



石山駅にゴール

ビューポイント  
 平野神社
 松本一丁目に鎮座。創建は、天智天皇が大津に都を遷都した際、608年に藤原鎌足に命じて仁徳天皇の分霊を勧請したのが始まりと伝えられている。県下唯一の「蹴鞠」が行われる神社として有名。8月9日の「七夕けまり」です。


建部大社
 日本武尊を祭神とする近江一の宮といわれる古社。
   源頼朝が平家に捕らえられて伊豆に流される途中に源氏の再興を祈願し、その願が叶って以来、出世開運の神として信仰を集めている。
 8月17日には瀬田川を舞台に大津三大祭りのひとつである水上祭「船幸祭」が催される。
 敷地内にある三本杉は、孝徳天皇の御代天平勝宝7年(755年)大巳貴命を権殿へと奉祀された際、一夜にして成長したと伝わる御神木である。 

                          


東海道 栗東ウオーキング 手原駅~手原駅 10km
2021年1月17日(日)  曇り時々晴れ   71名 
手原駅~旧和中散本舗~新善光寺~信教寺~日向山古墳~万年寺~自然観察の森~手原駅

  草津線手原駅に集合。「馬のまち栗東」と書かれた大きな看板が目につきました。検温と手指の消毒の後、準備体をし9時25分に1班がスタート。
 手原駅を出てしばらく歩き、布袋さんや大黒さんなどが並ぶ石屋さんの角を左折し、東海道に入りました。
 商いや屋号を記した看板のある家があちこちにあります。最初に目についたのが黒光りの長い板塀の家屋。手原醤油 顕彰碑と書かれた石碑が立っています。また、東海道小野村 飴屋、刀屋、醤油屋などの看板も家の玄関に掲げてあります。お寺が多く、松や槇が街道筋にふさわしい落ち着いた雰囲気を演出しているようです。
 東海道一里塚の石碑、旧和中散本舗の前を通り過ぎると、玄関先の黄色い蝋梅が目に入りました。
 新善光寺に着きました。「牛に引かれて善光寺」に象徴される牛の像や阿弥陀如来像がありました。

   しばらく行くと、懐かしい笛の音が聞こえてきました。伊勢かぐらです。玄関先で獅子舞を操っていました。
 やがて鳥居が見えてきました。竜王宮の鳥居を潜り、ここから721段の石段を上がって日向山の頂上を目指します。標高222.9mの山頂には多喜山城の土塁や石垣などの痕跡が残っています。
 頂上からは、栗東市内や野洲川、湖南平野が一望できました。三上山が大きくそびえています。その麓に日向山古墳がありました。
 歴史民俗資料館や博物館、稲荷神社の前を通り、手原駅にゴールしました。本日は時折、寒風が吹く中のウオークお疲れ様でした。
 次回は、2月7日(日)「近江八幡散策 10km」です。近江八幡駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
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受付 手原駅


手原駅をスタート


醤油屋さん


旧和中散本舗


伊勢神楽に出合う


日向山登り口


日向山頂上




   
準備体操 手原駅


東海道に入る


肩かえの松



新善光寺


きれいに整地された畑


721段の石段を登る


頂上まで登ってきました


ビューポイント
  
 肩かえの松
 
昔はここで一休みし、荷物を背負い直したことからこの名前がついたとのこと。

旧和中散本舗

  旧和中散本舗の所在する六地蔵は、古くは梅木村といい、東海道の草津宿と石部宿の中間にあり、古来より間の宿として栄えてきた。ここには、江戸時代、旅人のために道中薬を売る店が数件あり、大角家の住宅である旧和中散本舗は「和中散」と呼ばれる薬を売る「ぜさい」の本舗として栄えると共に、公家・大名などの休憩所も務めたといわれている。徳川家康が腹痛を起こしたとき、この薬を服用したところ、たちまち治ったことからその名が一躍知られるようになったと伝えられている。明治天皇やシーボルトなど、数々の偉人が休憩に訪れたという。

新善光寺
 鎌倉時代の中期、平重盛の末裔である小松宗定が、平氏追善のために信濃の善光寺に参詣すること48回におよび、ついに霊夢を感じて分身の阿弥陀如来像を請来したのがはじまりといわれている。客殿に南北朝時代の木造阿弥陀如来立像が安置されている。中国宋代の影響を受けたもので重要文化財に指定されている。

   客殿前に膳所藩主本多俊次が本堂を建立したときに造ったという美しい枯山水の庭園がある。本堂には地下を巡る「戒壇めぐり」がある。
 庭園は三上山(432m)・苔提山(353.3m)を借景にした庭園で、中央に設けられた見事な築山・楠や槇の大木・石組みや刈り込みのサツキ・杉苔などで構成されている。手水鉢や踏み石に転用されている堂塔の礎石などが重厚な枯山水の雰囲気を盛り上げている。


多喜山城跡・日向山石段
 
標高222.9mのの日向山に築かれた戦国時代の山城跡。織田・豊臣政権の手になるとされる虎口(城門跡)や石垣は、近世の城郭につながる初期の形を示すものとして全国から注目されている。

日向山(ひむかいやま)古墳

 日向山古墳は古墳時代後に築造された円墳で、北部九州中心に分布する「竪穴系横口式石室」とよばれる石室をもつ古墳である。墳丘中腹には外護列石がめぐり、石室内には三枚の板石からなる棺台が設置されている。埋葬された人物については、石室の形や埋葬品から北九州と関係をもつ、この地方の有力者ではないかと推測されている。

 


初詣ウオーク  比叡山坂本駅~比叡山坂本駅 10km
2021年1月11日(月・祝)  曇り時々小雪   94名
比叡山坂本駅~滋賀院門跡~慈眼堂~日吉東照宮~日吉大社~西教寺~聖衆来迎寺~比叡山坂本駅
 
  氷点下の気温が続く中、2021年最初のウオークです。
比叡山坂本駅前の石積み公園に集合し、冷たい風が吹く中、手指の消毒と検温を行い、準備体操に続いて小島会長の挨拶がありました。
 最初の班は9時20分にスタートし、湖西線高架下を潜り、伝教大師生誕地の生源寺を目指しました。次は、穴太衆積みの石垣を見ながら滋賀院門跡を通り抜け、慈眼堂の中に入りました。
 静寂な空気が流れる境内一帯は、手入れの行き届いた苔が広がっています。その上に歴代天台座主の墓などが並んでいました。中央の一番大きい桓武天皇の供養塔がひときわ目につきました。後方には13体の阿弥陀如来座像がひっそりと佇んでいます。
 今度は、急勾配の石段を上ります。やっと目の前に絢爛豪華な日吉東照宮が現われました。琵琶湖と三上山が眺望できました。
 帰りは坂を下って、坂本ケ-ブル乗り場の前に出ました。

    日吉大社はすぐそこです。
続いて、東本宮の横から山辺の道を歩いて明智光秀ゆかりの西教寺を目指します。長い参道を歩き、最後の階段を上った一番奥に光秀と妻熙子、その一族の墓がありました。小雪が舞ってきました。 帰りは長い坂を下って比叡山坂本駅近くまで歩き、途中、左折し、しばらく行くと聖衆来迎寺です。森 可成の墓がありました。
 坂本周辺には歴史的建造物や重要文化財が多いことに改めて気付かされたウオークでした。
 本日は、寒い中、アップダウンのきついウオーク、たいへんお疲れ様でした。
 次回は1月17日(日)の「東海道 栗東ウオーキング 手原駅~手原駅 10km」です。9時30分草津線手原駅集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
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受付 石積み公園


小島会長あいさつ 石積み公園にて


生源寺


日吉大社へ向かう


山王総本宮 日吉大社


聖衆来迎寺
 
準備体操


比叡山坂本駅を出て いよいよスタート


伝教大師産湯の井戸


天台座主の墓や供養塔


日吉大社東本宮の近く


西教寺
ビューポイント
比叡山延暦寺と門前町坂本
 
坂本は三塔十六谷、三千坊といわれる権勢をふるった比叡山延暦寺の台所を預かる町として栄え、琵琶湖に面した下阪本港が開かれました。都への交通の中継地となっていたため多くの物資が坂本へ集められ一大商業地としても繁栄し、比叡山が日本仏教界に君臨し、仏教の母山としての勢力を持ち、ますます延暦寺の勢力は頂点に達してきました。
 これを恐れた織田信長は火を放ち、全山を焼き討ちしてしまった。しかし、その後信長は比叡山監視のため此の地に居城を構えさせた明智光秀に弓を引かれようとは・・・。
 千古の歴史を秘めた延暦寺。すさまじい戦国歴史の渦中にあった坂本。今は国の重要伝統的建造物保存地区に指定され、豊かな自然に恵まれた静jかな街並みからは想像もつきません。


生源寺
 
最澄の生誕地。弟子の慈覚大師円仁が作った十一面観世音菩薩像が本尊。最澄の産湯に使われた古井戸がある。

穴太衆積みの石垣
 
坂本では、延暦寺の里坊のみならず神社や古い民家の石塀などに特異な石積み「穴太衆積み」がみられる。これは、坂本の大字「穴太」の一帯に古来より居住し、山門(旧東海道比叡山)の土木営繕的な御用を勤めていた「穴太衆」の技術によるもので、門前町の重要な景観要素になっている。
 特に日吉大社参道に並ぶ里坊地帯には美しい代表的な遺構が見いだせる。その特色は加工しない自然のままの石面を巧みに用いて石積みの面を構成し自然の美しさを保っている。

日吉東照宮
 日吉大社の南300mに、絢爛豪華な東照宮がある。この東照宮は、日光東照宮の雛形として造られたもので、その豪華さは西日本随一といわれ、関西の日光として知られている。

山王総本宮 日吉大社
 「山王」とは日吉の神様の別名で、比叡山延暦寺の守護神。
日枝の山(いまの比叡山)から現在の境内にうつし祀って2000年、40万㎡からの膨大な境内には老樹が茂み、特に紅葉の名所として知られる。
 かつて108社といわれる多くの神々が祀られ、主祭神は大山昨神(東本宮)、西本宮の二柱で、日吉大社は、日本では最も古い神社の一つである。又、日吉大社は東本宮、西本宮共に本殿は国宝であり、その他社殿17棟と神輿7基、また、石橋はいずれも重要文化財である。 
 毎年春に行われる山王祭は湖国三大祭りのひとつである。午の神事、花渡り式、宵宮落し神事、船渡御、粟津の御供献納祭などの行事が桜満開の中行われる。 船渡御は、七基の神輿が西本宮を出発し、琵琶湖へ渡御する。
 (西本宮)  (東本宮)

  里坊
 
日吉参道の左右に並ぶ寺々は全て延暦寺の里坊で、この里坊とは、比叡山で修行を積んだ僧侶たちが天台座主の許しを得て住み込む隠居坊のことで、坂本には50余りの里坊があり、穴太衆積みに格調ある土塀をめぐらした里坊がびっしり並んで門前町の面影を残している。

滋賀院門跡

 石垣の上に白壁をめぐらした優雅な構えをしている滋賀院は延暦寺の本坊で、江戸時代末まで天台座主の居所であったため
滋賀院門跡と呼ばれ、客殿に狩野派の障壁画があり、庭園は小堀遠州作として有名である。

慈眼堂

 滋賀院門跡の隣にある天海大僧正(慈眼大師)の廟所。
 天海大僧正は徳川家康、秀忠、家光の三代将軍に仕えた。寛永2年(1644)に建立された江戸時代初期の禅宗様式を基本とする国の重要文化財に指定されている。
 苔むした境内には、16基の石灯籠が整然と配され、墓地には歴代天台座主の墓や、桓武天皇の御骨塔、紫式部、清少納言等の供養塔の他、高島市から移された鵜川四十八躰石仏のうちの13体の阿弥陀如来座像などが並んでいる。


天台真盛宗総本山 西教寺
 全国に400を越える末寺を持つ天台真盛宗の総本山。
 聖徳太子によって創建された後、比叡山横川の元三大師や恵心僧都源信が念仏道場とした。以後荒廃していたものを室町時代、真盛上人の手によって再興されたものの、元亀2年の兵乱で信長によって焼き討ちされ多くの宝物を失った。西教寺の復興には、明智光秀の努力があればこそ不断念仏が受け継がれ、深閑とした境内には今日も鐘の音が響き渡っている。
 広大な境内には総ケヤキ造りの本堂、伏見桃山城の旧殿を移した客殿があり、襖絵は、狩野派の手によるもの。明智光秀や妻の熙子の墓、一族の墓があり、石造二十五菩提等が佇んでいる。  
 (写真は、ライトアップの本堂・麒麟の彫刻・唐門)

聖衆来迎寺
 延暦9年(790)に伝教大使最澄が開いたといわれ、当初、地蔵教院と称しましたが、のち長保3年(1001)になって、恵心僧都源信が此の地で紫雲の中に弥陀の来迎を感得したことから阿弥陀如来を祀り、念仏修行の道場として寺号を紫雲山聖衆来迎寺と改めた。明智光秀が築城した旧坂本城門の表門、森 可成の墓など、歴史とのかかわりの深い寺である。
 (森 可成の墓)




 納会ウオーク   瀬田駅~大津駅  15km
2020年12月20日(日)  晴れ    63名
瀬田駅~新東海道(国道1号)~平和堂横~長沢川~(旧東海道)~一里山~大江4・5丁目~国道1号
~瀬田川大橋~膳所城址公園~サンシャインビーチ~プリンスホテル横~お祭り広場~大津駅



  今日は、今年最後のウオークです。瀬田駅近くの公園で受け付けの後、手指の消毒と検温を済ませ、会長の挨拶がありました。
 「2020年はコロナ禍の中にもかかわらず大勢の方々に参加いただいたお礼と、現在滋賀県は「注意ステージ」であり、感染が拡大している状況下では、いつ自粛要請が出るかもしれないので引き続き皆様一人一人の感染対策をお願いしたいこと。2021年についてはコロナ禍で中止した「びわ湖一周健康ウオーキング2020」の第1回~第4回を4月~7月に実施し、2021年のびわ湖一周健康ウオーキングは実施しない。」等の話がありました。
 準備体操の後、最初の班は9:25スタートです。
 すぐの国道1号に出て、瀬田川大橋を通り、湖岸沿いを大津港まで歩き、大津駅にゴールするコースです。

 
    瀬田川でボートを漕ぐ人、なぎさ公園では釣りやジョギングを楽しむ人の姿がありました。
 紅葉の湖西の山は、今日は白くモヤが架かっていました。一瞬虹が出ましたが、すぐに消えてしまいました。水鳥がキュキュッと鳴きながら湖面すれすれに飛んでいました。
 本日は寒い中のウオークお疲れ様でした。
 次回は、2021年最初の初詣ウオークです。
 1月11日(月・祝)JR比叡山坂本駅9時30分集合で実施します。 皆さま多数の参加をお待ちしています。
 この1年多くの皆様にご参加いただきありがとうございました。
 来年も引き続きよろしくお願いします。 皆さまよいお年をお迎えください。

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小島会長のあいさつ


大津駅めざして出発


プリンスホテルの近くを歩く


紅葉を愛でながらウオーク


膳所城址公園から近江大橋へ向かう


琵琶湖を見ながら休憩
   
準備体操


近江大橋近くを歩く


雪化粧の湖西の山


膳所城址公園で休憩


プリンスホテル前で休憩


大津駅にゴール  IVVを配布


     


  大津なぎさウオーク(師走の街歩き)   大津駅~石山駅  12km
2020年12月15日(火)  晴れ    113名
大津駅~(旧東海道)~膳所駅~膳所城址公園~(旧東海道)篠津神社~粟津の晴嵐~石山駅

 この冬一番の寒気で、指先が冷たく感じるほどでした。いつものように手指の消毒と検温を済ませ、準備体操の後、第1班は9時25分にスタート。
 今日は旧東海道を歩きます。大津駅をスタートし、松本に入り、義仲寺の前を通って膳所駅でトイレ休憩。膳所本町駅から膳所城址公園に行き、休憩です。
 寒いこともあって昼食を摂っている人は少なかったようです。公園は、紅葉の絨毯になっていました。人影はまばらで閑散としています。膳所公園前のメタセコイアは茶色に色づいていました
   。その後、膳所神社から篠津神社、若宮八幡宮、日本電気硝子の工場の前を通り、JR高架下を潜って石山駅にゴール。11時半にはほとんどの方がゴールしました。
 本日は寒い中のウオーキングお疲れ様でした。
 次回の「大津なぎさウオーク(新春のご参詣ウオーク)大津駅~石山駅12km」は、2021年1月19日(火)大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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出発前の一時


膳所城址公園から石山方面を望む
   
紅葉の絨毯 膳所城址公園


茶色に染まったメタセコイア
  
  ビューポイント

 粟津の晴嵐
        

 「粟津の晴嵐」は、「近江八景」の一つで、勢多から膳所までの旧東海道に沿って600本もの松並木が続いていた。
 「晴嵐」とは晴れた風の強い日、松の枝葉がざわめき水辺が嵐のように煙って見える様子を表し、江戸時代後期の浮世絵師歌川広重の描いた風景画により広く知られるようになった。
 しかし、今は工場の塀沿いに数本の松が名残を残しているだけになっている。               
           
   篠津神社   
       
 京阪電鉄中庄駅から東に5分ほど歩いた所にある神社。
 祭神は素戔嗚命(すさのおのみこと)。創始年代や社歴については明らかではない。古くから産土神(うぶすながみ)として庶民の信仰を集め、江戸時代には代々藩主の帰依も篤くあった。
 神社の表門は、旧膳所城の城門を明治5年(1872)にここに移築したもの。本瓦葺(ほんかわらぶき)の高麗門が城の遺構で、その美観が絶賛された膳所城の堂々とした姿を偲ぶことができる。門の左右には控柱がついた屋根がある。



びわ湖一周健康ウオーキング2020⑪ マキノ駅~安曇川駅   17km
2020年12月13日(日)  雨   181名 
マキノ駅~百瀬川園地~今津浜~今津周遊基地~今津港~木津交差点~饗庭~新旭~安曇川駅

  車窓から湖西の山々を眺めると紅葉が一段と進んでいる。マキノ駅に着くと、寒い。受付時は長い行列。冷たい雨が降り出してきた。手指の消毒と検温測定を済ませ、準備体操の後、最初の班は9:45スタート。 合羽を着てのウオーキングになった。
 マキノ駅から高木浜まで歩き、湖岸に出る。新旭水鳥観察センター近くまでの約10kmはずっと湖岸を歩く。雨で、山には霧がかかり、琵琶湖はどんよりしていて、景色を楽しむ余裕はなさそうである。
    この後、湖西線の側道を新旭駅近くまで歩く。安曇川大橋を渡り、西万木の交差点を右折し、安曇川駅に12時30分から14時30分までに全員ゴールできた。
 本日は、雨の中のウオーキング、お疲れ様でした。

 次回は、2021年1月24日(日)に「びわ湖一周健康ウオーキング2020⑫16km安曇川駅~近江舞子駅」を安曇川駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています
  

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受付  マキノ駅


出発前


雨の中のウオーク


傘をさしてのウオーク


常夜灯


竹生島遙拝所跡
   
雨をしのぐ参加のみなさん


マキノ駅をスタート


雨も一休み


休憩


二ツ石大明神


安曇川駅にゴール

  ビューポイント

 木津の港跡
 木津は昔から湖上交通の要所で、竹生島への渡し場であり、江戸時代に若狭小浜藩の米蔵屋敷のあった所。大蔵屋敷または御蔵とも呼ばれた。かつては157間の石垣があったと言われている。            

竹生島遙拝所跡
 湖岸に建つ石碑には「四国三十番近江国宝厳寺竹生島遙拝所跡」と刻まれている。ここから竹生島がよく見えるため、その昔、舟に乗って竹生島に渡る路線のない巡礼者がこの場所から竹生島を拝んだと言われている。

二ツ石大明神
 琵琶湖の沖合100mの湖底に二つの石がある。これが「二ツ石」と呼ばれているが、渇水時でないと現れない。このため沖の二ツ石に代わって同じような大きさの石が二つ湖岸に置かれ、二ツ石大明神として祀られている。毎年7月28日に雨乞いの神事が行われる。また、二ツ石は7~8世紀に施行された耕地区画「条里制」の貴重な遺構でもある。
   今津浜
 今津港から湖岸沿いに北上したところにあり、青松茂る美しい浜。遠浅で波穏やかな浜。シーズン中は多くの海水浴客で賑わい、冬期は毎年コハクチョウをはじめ多くの水鳥が飛来する。また、湖国百景の一つに選ばれている「湖西の松林」が立ち並んでいる。
                     
今津港
 西国三十三カ所第30番札所・竹生島宝厳寺(ほうごんじ)への玄関口として賑わっている。竹生島行きの定期観光船が運航し、往復航路と、対岸長浜港までの横断航路がある。

高島扇骨                 
 全国の9割を閉める伝統工芸「高島扇骨」がここ高島市安曇川町で300年以上にも渡って作られている。のどかな田園風景が広がるこの町は「扇子の町」とも言われている。扇骨というのは「扇子の骨のことで、国産扇子の90%以上がこの安曇川町と隣の新旭町で作られて入る。高島の風物詩ともいわれるこの光景は、扇骨を砂利の上に干す「白干し」という工程。本来、青い色をしている竹が太陽の光を充てることによって美しい山吹色になるそうだ。



びわ湖一周健康ウオーキング2020⑩ 近江塩津駅~マキノ駅 20km
2020年11月29日(日)  天候 晴れ  208名
近江塩津駅~水の駅・あぢかまの里~岩熊トンネル~大浦~永原駅前
~二本松キャンプ場~海津大崎~湖のテラス前~マキノ駅 


  近江塩津駅に降り立つと冷んやりしていました。受付では長い列ができ、今回も多くの参加がありました。
 琵琶湖最北の近江塩津駅をスタートし、前回立ち寄ったあぢかまの里では、昼食の弁当を買い求める方がいました。その後、急な坂を上って岩熊トンネルを歩きます。トンネルを出て、坂を下ると大浦です。
 永原駅が見えてきました。ここで昼食を摂る方がいました。ススキが咲き乱れる大浦川に沿って歩を進め、大浦川橋を渡ります。
 この後ずっと湖岸を海津大崎まで歩きます。桜の頃を懐かしむウオークです。湖面が朝陽に照らされキラキラ輝いています。その中にひときわ目立つのが竹生島です。
   すぐ近くにきれいに見えました。
釣り糸を垂らす人や、舟から釣りを楽しむ人の姿がありました。日曜日なのでサイクリングやドライブを楽しむ車がよく通ります。春と違って桜が咲いていない大崎港は寂しい感じがします。佃煮屋さんでお土産の湖魚を買い求め、ゴールのマキノ駅に向かいました。
 本日は長い距離のウオーク、お疲れ様でした。
 次回は、12月13日(日)に「びわ湖一周健康ウオーキング2020⑪17kmマキノ駅~安曇川駅」をマキノ駅10時集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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受付 近江塩津駅


雲海





大浦川沿いのすすき


大崎寺


竹生島


湖魚の佃煮を買い求める

   
雲海










海津大崎を目指して歩く


昼食タイム


海津浜の石積みを望む


ビューポイント 
  
 菅浦の湖岸集落(国の重要文化的景観)
 集落の歴史は深く淳仁天皇伝説や、中世に集落で書き留められた菅浦文書(国宝に指定)など、他の集落にはない歴史を残している。北欧のフィヨルドを思わせる静寂で神秘的な入り江や、人の手が加えられていない湖岸線は魅力的である。
                     
  
四足門
 昔は東西南北の集落4カ所にあったが、現存するのは東西の2カ所のみである。正式には「四方門」と呼ばれ、外来者の監視の役目を果たしていたと考えられ、家や集落の守護を以って平穏に治すとする方位4神の守りの象徴として設けられた。柱の中心がずらして作られており、石を退ければ倒れる仕組みになっている。                           
                     
  海津浜の石積み
 湖岸沿いに築かれた石積みは、江戸時代に代官・西与一左衛門が波風から家を守るために築いたもので、まるで城の石垣を思わせる。

海津の町並み
 
北陸道の要衝の地として早くから開け、江戸時代に至ってもその機能は重視された。現在は湖側に切石を緻密に積んだ石垣が延々と続き、家々がその上に並んでいる。石垣には各戸から水面へ下がる石段がある。

マキノ・サニービーチ「湖のテラス」
 高木浜から知内浜間の約1kmにわたって、なだらかな汀線が松林に青く縁どられて美しい景観を作り出し、「21世紀に引き継ぎたい日本の白砂青松百選」に選定されている。オートキャンプ場等のアウトドア施設も整備されている。



 大津なぎさウオーク   大津駅~大津京駅  12km
2020年11月17日(火) 晴れ  134名
大津駅~大津港~三井寺~丸長漬物店~弘文天皇陵~新羅善神堂
~法名院~皇子が丘公園~大津京駅


 雲一つない真っ青な空の下、心も軽く楽しくウオークできました。大津駅から真っ直ぐ大津港まで歩いた後、疏水沿いの道を三井寺、円満院の前まで進み、市役所前の踏切を渡って、丸長漬物店でしばらく休憩です。お土産を買い求めている方もいました。次に市役所裏の弘文天皇陵に行き、林の中を通って新羅善神堂に行き、坂を上って法名院に行きました。     紅葉を眺めながら皇子が丘公園で昼食を摂る方が多かったようです。イチョウや紅葉、カエデ等が赤や黄色にづき、紅葉狩りを楽しむことができました。
  次回の「大津なぎさウオーク(師走の街歩き)大津駅~石山駅」は12月15日(火)大津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。


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大津港を出航するミシガン


皇子山の公園


新羅善神堂の前で


皇子が丘公園山手の紅葉



ゴールの大津京駅に向かう
   
丸長漬物店で

]
弘文天皇陵


新羅善神堂


皇子が丘公園を下った所


皇子が丘公園の紅葉

ビューポイント 

    
 弘文天皇陵
 672年の壬申(じんしん)の乱で、天智天皇の弟・大海人皇子に敗れた大友皇子(天智の皇子)は、「山前(やまさき)」の地で自殺したと記録にある。皇子は、ながく天皇と認められなかったが、明治3年(1870)ようやく弘文天皇とおくり名され、死地とされた長等山麓の塚が陵墓とされた。
 
新羅善神堂
 三井寺の鎭守社のひとつで、北院伽藍の中心建築。
   現在の建物は、足利尊氏によって貞和3年(1347年)に再興された檜皮葺屋根の流れるような美しさをもつ社殿建築で、「流造」の代表的遺構として知られている。堂内の須弥壇には素木の厨子が安置され、三井寺の開祖・智証大師ゆかりの国宝・新羅明神座像がまつられている。
 平安時代、河内源氏の武将・源頼義の三男・義光が、新羅明神の社前で元服し、新羅三郎義光と称したことから三井寺は源氏一門をはじめ河内源氏の流れを汲む足利家の尊崇を集めることとなった。



 八幡山縦走ウオーク 17km
2020年11月15日(日) 快晴 210名
近江八幡駅~八幡山~白鳥川~近江八幡駅

 天候に恵まれ、青空の下、200人を超す参加がありました。
 近江八幡駅から真っ直ぐ進み八幡堀に出ます。 八幡山の登山道から一列歩行で登りました。地蔵堂や、稲荷堂を通り1時間くらいで八幡山山頂の村雲御所瑞龍寺門跡に到着。
 紅葉がきれいでした。
 今日はスカッと晴れていたので、西の丸跡からは琵琶湖や比良山系が、北の丸跡からは西の湖や安土山、長命寺など
   近江八幡の山並みがきれいに見えました。
 下山は八幡公園まで歩き、白鳥川沿いを通って近江八幡駅にゴールしました。本日はお疲れ様でした。
 次回は、12月20日(日)に「納会ウオーク(瀬田駅~大津駅)15km」を瀬田駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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朝の受付 近江八幡駅


汗ばむ天気


眺望を楽しむ
   
八幡山中腹


頂上からの素晴らしい眺め


足取りも軽く下山

ビューポイント 

  
近江八幡は、豊臣秀次が築いた城下町
 1568年(永禄13年)秀吉の姉、とも(日秀尼公)の子として生まれる。八幡城を築き城下町を開いて、近江八幡を商都として繁栄させるのに大きく貢献した。秀吉の養子になり、一度は関白となるが、淀殿の子(後の秀頼)が誕生したため、1595年(文禄4年)秀吉の後継者を巡り、自害させられた。

八幡山城跡
 安土城が焼失してから3年後の1585年(天正13年)築城。標高271.9mの八幡山最頂部に本丸をもうけ、二の丸、西の丸、
北の丸、出丸が配置された一大要塞であったと推測される。
 現在は、石垣を残すのみだが、本丸跡には瑞龍寺が建っている。城主は豊臣秀次で所領は43万石。
 
    城下には信長によって安土に集められた多くの商人たちが移住し、大商業都市の賑わいを見せた。
 ところが、間もなく、徳川時代へと急転回し、近江八幡は幕府直轄の天領として治められるようになると、城下の商人は幕府の通行手形を片手に、今度は全国を商いし回った。これが近江商人の中核をなす八幡商人の誕生であり、近江八幡の町並みには今でも当時の面影が色濃く残っている。


村雲御所瑞龍寺門跡

 1596年(文禄5年)、豊臣秀次の生母(秀吉の姉)日秀尼公により、秀次の菩提を弔うため、後陽成天皇から瑞龍寺の寺号と京都村雲の地に賜り創建され、1961年(昭和36年)に京都よりこの八幡山へ主要建物が移築された。日蓮宗唯一の門跡寺院。


 びわ湖一周健康ウオーキング2020⑨ 高月駅~近江塩津駅17km
2020年11月8日(日)  時雨時々晴れ  199人
高月駅~高月町~木之本町~賤ヶ岳リフト前~飯浦
                    ~藤ヶ崎~塩津神社前~あぢかまの里~近江塩津駅


  9時30分には、受付前に長い行列ができました。準備体操の後、最初の班は9時50分にスタート。
 高月駅から高月町を通り、北陸自動車道を潜り、西物部の田園地帯を通った後、余呉川に沿って歩きます。国道8号手前の階段を上り、賤ヶ岳リフト前に出ました。
 昼食を摂っている人がいます。そこから賤ヶ岳隧道を歩きました。曇っていたために琵琶湖や竹生島はくっきりと見えなかったですが、琵琶湖の最北端だと分かります。
 坂を降りると、飯浦です。突端の藤ヶ崎を通り、塩津神社前までは湖岸を歩きます。

    ウインドサーフィンを楽しんでいる人を見かけました。
あぢかまの里には、菊や地元野菜、湖魚の佃煮など、地域の特産物が売られ、多くの買い物客で賑わっています。こ丸子船が展示されていました。国道8号を歩き、ゴールの近江塩津駅に到着しました。 本日はお疲れ様でした。
 次回は11月29日(
日)に、「琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑩(桜の頃を懐かしむ晩秋の道)近江塩津駅~マキノ駅17km」を近江塩津駅10時集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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受付の様子 高月駅


賤ヶ岳からの展望


琵琶湖の北端 藤ヶ崎


ゴール手前
   
賤ヶ岳から琵琶湖を望む



塩津神社


道の駅・塩津海道「あぢかまの里」


ゴールの近江今津駅

ビューポイント 
  
国宝十一面観世音菩薩立像       
                        
高月町にある渡岸寺観音堂(向源寺)に安置されている。

 
古来より病い除けの霊験あらたかな観音像として敬仰され、桓武天皇の延歴20年(801年)には比叡山の僧最澄が勅を奉じて七堂伽藍を建立し、多くの仏像を安置して壮麗の美をきわめた。
                           
塩津海道
 
日本海と琵琶湖を結ぶ最短距離で、古代から平常・平安両京と北陸諸国を結ぶ重要な役割を果たしていた。大正時代までは帆船「丸子船」の基地として繁栄していたため、今でも宿場町の雰囲気で当時の面影を残している。

塩津海道あぢかまの里

 「あぢかま」とは、塩津の地域をさす枕詞で、びわ湖の水辺で冬を越す鴨に由来しています。駅の北に広がるのは、約3万年の歴史をもつ山門水源の森、あぢかまの里名物としては、「鮒寿司茶漬けセット」や「鴨そば」「ビワマスの煮付け・塩焼き」がある。


   丸子船
 
水上交通の要衝であった頃に、主役として活躍していた帆船「丸子船」の実物です。   

塩津神社(西浅井町

 
塩津浜は、平安の頃より、北陸・越後から運ばれてくる海産物
、特に塩の輸送の重要な中継地でした。塩津神社祭神を塩士老翁とし、近くの志波谷では塩水が湧き、村人が製塩を行っていたと伝わっている。

賤ヶ岳ロープウエイ
 
琵琶湖八景の一つ。湖北随一の景勝地。南西に奥琵琶湖と比良山系、竹生島。東に小谷城跡、虎御前山、伊吹山。北に羽衣伝説の余呉湖が一望できる。

奥琵琶湖パークウエイ

 琵琶湖の最北端に突き出た葛籠尾半島を縦に走る18.8kmのドライブコース。沿道を飾るのは約4000本の桜の木。その向こうには、太陽の光に反射して輝く雄大なびわ湖。つづらお展望台からは、びわ湖の4分の1以上の景観を望むことができる。




大津なぎさウオーク (深まりゆく秋を感じて)  大津駅~石山駅 12km   記
2020年10月20日(火)  晴れ    127名

大津駅~本宮~ 膳所・馬場~縁心寺~膳所城址公園~生涯学習センター~杉浦重剛旧宅~今井兼平像~石山駅
  秋晴れの爽やかな天候に恵まれ、真っ青な空の下をウオークできました。いつものように、検温と手指の消毒を済ませ、ストレッチの後、最初の班は9時10分にスタート。県庁前を通り、膳所から一度湖岸に出て旧東海道を歩きます。
 今回のコースには、長土塀などの小路を歩くことになっていましたが、「新型コロナウイルスの感染」の状況下、多くの参加者が小路を歩くことによる地元の方々への迷惑と双方の感染防止のため、コースを変更しました。
 途中の膳所城址公園で昼食を摂る方が多かったようです。
11時5分。ゴールの石山駅に7人が到着しました。

    昼食は摂ってないとのことでした。12時20分には全員ゴールしました。「今日のコースは歩いたことがないので新鮮でした。前の人を見ながら気楽に歩けて良かったです。」という声がありました。
 次回の「大津なぎさウオーク(紅葉に佇む史跡を訪ねて)」は11月17日(火)大津駅9時30分集合で実施します。大津駅から三井寺を通り、弘文天皇陵,森羅善神堂、法名院を訪ね、皇子が丘に出て大津京駅まで歩きます。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。


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大津駅をスタート


休憩(後方に見えるのはプリンスホテル)


膳所城址公園へ


縁心寺


今井兼平の墓
   
第二グループが出発


膳所城址公園から近江大橋を望む


膳所城址公園を出て旧東海道に向かう


杉浦重剛旧宅


ゴールの石山駅

 ビューポイント 
      
膳所の町並み
 膳所は東海道本線の駅があることで比較的よく知られているが、城下町であったことはあまり知られていないようである。関ヶ原の役後、大津城が廃され膳所城が置かれた。
 瀬田橋の警護と京都の監察のためであり、藤堂高虎が管理を命ぜられた。琵琶湖に面した小半島状の土地に建設され、三方を水に囲まれた水城であった。
 町の西側には侍屋敷と寺院が配置され、土塀に囲われていた。現在でも膳所一丁目付近では住宅地になりながらも一部が残存しており、異質で独特な街並み風景が展開している。
 また、旧東海道が城下内を通っていたことが特筆される。「細くて長いは膳所の街」と言われるように街道の屈曲が多かった。
これは城下町の防衛政策だと言われている。

縁心寺

 縁心寺に墓碑がある戸田一西は戸田宗家の一族とされる多米戸田氏光の長男とされる人物です。当初は三河国の独立した豪族でしたが、永禄8年に、今川家から独立を図った徳川家康が今川方の吉田城(豊橋市今川町)を攻めた頃に家臣になったと見られる。
 その後は主要な合戦に従軍。
 慶長5年(1600)に発生した関ヶ原の戦いでは、中山道を進軍する徳川秀忠の軍に従軍し、第二次上田合戦を回避するように上申したものの受け入れられなかった。
 結果的に上田城(長野県上田市)を攻めあぐねた秀忠は関ヶ原の本戦に遅参したものの、戸田一西が回避の上申をした事が徳川家康に伝わると称賛された。
    慶長6年(1601)関ヶ原の本線で大破した大津城を廃墟とし、膳所城を新たに築城した際には一西も普請に携わり、竣工後は周辺3万石が安堵され膳所藩を立藩、初代藩主に就任している。
 慶長9年(1604)に落馬により死去、菩提は後に縁心寺となる円通寺の境内に葬られ墓碑が建立された。(縁心寺は後に膳所藩の藩主となった本田家の墓碑が建立されている。)

今井兼平の墓
 今井兼平はも源(木曽)義仲の腹心の武将。嘉永3年(1184)正月、源義経、範頼の軍と近江の粟津で戦い、討死した義仲のあとを追って自害した。その最期は、口に刀をふくんで馬から飛び降りるという壮絶なものであった。

謡曲「兼平」と兼平の墓
 謡曲「兼平」は、主君木曽義仲の最期を勇将兼平の語りによって描き、忠臣兼平の壮絶な討死の様を見せる修羅物である。木曽の僧が、義仲の戦死の跡を弔う事を思い立ち、矢橋の浦で老船頭の漕ぐ芝舟に乗船する。舟が粟津に着くと、彼の老人は消え失せてしまった。僧が回向し仮睡すると武将が軍陣の姿で現れ、昨日の渡守は今井兼平の亡身であると言い、主君義仲の最期を詳しく語って追福を頼む。さらに「自害の手本にせよ」と広言しつつ討死した。                謡曲史跡保存会



琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑧ 長浜駅~高月駅 19km   記
2020年10月18日(日) 天候  晴れ  213名

 朝は少々肌寒く感じました。受付は長い列ができました。
「あなたの写真が切手になります。」と、郵便局の方がフォトコンテストのチラシを配って参加のみなさんにが呼びかけていました。
 今日はいつもより長い距離を歩きます。手指の消毒と体温測定を済ませ、準備体操をして最初のグループは9時5分にスタートしました。長浜駅を出て豊公園から県道に出て、ずっと湖岸を歩きます。産直みずべの里で最初の休憩です。伊吹山が霧に包まれ、美しい景観をなしていました。徐々に日が射しウオーキング日和になってきました。
 道の駅「湖北みずどりステーション」では昼食を摂る方が多かったです。目の前に竹生島が見えます。
コハクチョウが飛来しないか、わくわくした気持ちで湖岸に近づきました。野鳥の群れがいました。コハクチョウは三羽だけ
   です。しばらく待っていましたが、飛びませんでした。
尾上からの琵琶湖の眺望は素晴らしく、対岸の山に沈む夕陽がきれいな所です。(日本の夕陽百景)
 片山トンネルを通り、国道8号歩道橋を渡って、高月駅にゴールしました。
両親といっしょに小学生の兄妹がゴールです。記念撮影をして完走を喜び合っていました。
 関ヶ原から参加した女性は、「ふだん琵琶湖を見る機会がないので、今日は美しい風景が見れて最高でした。」と喜んでおられました。
 次回は11月8日(日)に、「琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑨(古の「越の国」に続く塩の道)高月駅~近江塩津駅17km」を高月駅10時集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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長い行列ができた朝の長浜駅


グループごとに体操


湖北みずどりセンターに到着


霧に覆われた伊吹山


   
受付


いよいよ出発


みんなで美味しく昼食タイム


夕陽百選で知られる尾上

 ビューポイント 
    
 長浜城
 戦国時代末期に秀吉が城主として過ごした長浜城は、江戸時代前期に廃城となり、遺構は彦根城や大通寺に移築された。
 僅かな石垣と井戸だけが残されたが、昭和58年(1983)安土桃山時代の城郭を模して「昭和新城」を復元した。
 別名は今浜城。羽柴秀吉が城主となって織田信長の名から一字拝領し、長浜に改名。室町時代初期、佐々木道誉の小谷城攻めの功績により拝領。本格的に羽柴秀吉が最初に築いた居城である。
湖北みずどりステーション
             
 コハクチョウ・オオヒシクイ・オオワシ・カイツブリなどの水鳥たちが飛来する湖北水鳥公園内にある道の駅。
 
   目の前の景色は「日本の夕陽百景」に選ばれている。波静かな琵琶湖を紅く染めて対岸の比良山系に沈む夕陽は水鳥や湖岸の自然をアクセントとして多くのカメラマンや旅人を楽しませてくれる。
 地元で採れた野菜や果物、近くの漁港で獲れた湖魚を使った惣菜を中心とした農林水産物販売所と、地域の伝統料理を食べることのできる和風レストランを併設した道の駅になっている。

湖北野鳥センター

 施設では多数のフィールドスコープと双眼鏡が完備されており、専門家の説明のもと、コハクチョウやオオヒシクイ、小さな鳥たちもくっきりと見ることができる。また、パネルや標本、水槽の中に飼育さた琵琶湖の魚や水草も多く展示されている。




第3回 枝豆収穫ウオーク マキノ駅~近江中庄駅  5km・12km    記
2020年9月20日(日) 晴れ  188名
5kmコース マキノ駅~湖のテラス~百瀬川~枝豆収穫~近江中庄駅                 
12kmコース マキノ駅~寺久保~メタセコイア並木~ピックランド~百瀬川~枝豆収穫~近江中庄駅
 
 今日は、新しい顔ぶれの方や小学生を連れた家族連れなど多くの参加がありました。田畑が延々と広がる畑に腰を据え、黙々と枝豆を収穫しておられました。隣の畑では、籾殻を燃やす白い煙が上がっています。12kmコースは、メタセコイア並木を堪能したり、ピックランドで食事をしたりした後、枝豆収穫を楽しみました。みなさん、とても満足した様子で袋にいっぱい入った枝豆を持って駅に向かいました。
 途中の百瀬川には、鮎を狙う白鷺が群がっていました。
 帰路、湖岸を車で走ると、四連休とあって、今津浜や知内浜、近江白浜などでは、色とりどりのテントが立ち並び、
   湖畔でバーベキューを楽しむ人の姿がありました。オートキャンプ場も車でいっぱいでした。
 湖上では、水上バイクやヨットを楽しむ人の姿がありました。また、若者の観光スポットと呼ばれる白鬚神社には大勢の人で賑わっていました。沖では子どもたちのカヌー教室が開かれていました。
 9月のウオークはこれで終了です。次は、10月18日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑧長浜駅~高月駅19km」を長浜駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。


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受付


手の消毒


木陰で休憩


田園地帯を歩く


収穫を楽しむ親子


枝豆獲りに集中
 
長い列


検温


メタセコイア並木道を歩く


籾殻を燃やす懐かしい風景


若い人も参加


いっぱい獲れました

 ビューポイント 
  
 メタセコイア並木
 延長2.4kmにわたってメタセコイアが約500本植えられており、読売新聞社の「新・日本街路樹百景」に選定され、訪れる人々魅了している。
            
マキノピックランド    

 旬の果物狩りが楽しめる農業公園。果樹園ゾーンでは、初夏のサクランボからブルーベリー、ぶどう、くり、さつまいも、りんごと旬の果物の収穫ができる。
 沿道修景ゾーンは、果樹園を一直線に抜けるメタセコイア並木。パークゾーンでは、施設を総合的に管理するセンターハウスを中心に、カフェ、レストラン、芝生広場、グランドゴルフ場などが整備されている。         
            
 
    お土産や手作りジェラートアイスの販売もしている。

マキノ高原
 昭和の初期にマキノスキー場としてオープンしたマキノ高原。現在は、オートキャンプ場、グラウンドゴルフ場などを備えたアウトドアスポーツの拠点として、赤坂山をはじめとする野坂山地への登山ベース地として、春夏秋冬楽しめる高原となっている。

マキノ高原さらさ
 水着出利用できるバーデゾーンや、水中マッサージ・水中ストレッチング・水中歩行が楽しめるウオーキングゾーンのほか、屋外ジャグジーからは赤坂山系の大パノラマが一望でき、大自然の中の温泉で身体をリフレッシュできる。



大津なぎさウオーク(比叡からの秋風を受けて歩こう)大津駅~唐崎駅 12km     記
2020年9月15日(火) 晴れ   142名
大津駅~日赤前~(北国海道)尾花川~皇子が丘~際川~南滋賀~唐崎~唐崎神社~唐崎苑~唐崎駅
 
  いつもより多くの方の参加がありました。暑さも幾分和らぎ、秋晴れのウオークになりました。北国海道を歩きます。琵琶湖疏水から尾花川、大津京駅前のイオンの前を通り、近江神宮参道を横切際川に入ります。ずっと平坦な道です。唐崎神社では松を鑑賞したり、対岸の景色を眺めたりして休憩です。唐崎苑では、昼食を摂られている方もおられました。    11時前には何人かの方が唐崎駅にゴールされました。「これから日吉大社まで歩こう」「大津京駅まで歩いて帰るわ。」と話している方もおられました。
 次回の大津なぎさウオーク(深まりゆく秋を感じて)は、10月20日(火)大津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

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検温と手指の消毒


滋賀廃寺跡


光秀像(坂本城址公園)
   
唐崎神社


唐崎の霊松


坂本城址
 
 ビューポイント 

 唐崎
 韓﨑、辛崎、可楽崎などの字を充てる場合もありますが、「万葉集」にも現れる大都京時代からの景勝の地であり、柿ノ本人麻呂は「さざなみの志賀の唐崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ」と歌い、815年嵯峨天皇は統治で船遊びに興じています。
 古くは、湖上交通の湊と考えられ、平安時代には、天皇の災厄を払う「七瀬之祓所」の一つとして重視され、朝廷の夏越しの祓をはじめ、国家の大事にあたっての祓が行われた。
なった。現在も毎年7月28・29日に行われる唐崎神社の
   「みたらし祭」は、この唐崎祓所の伝統を受け継ぐとされている。
 「枕草子」に湖畔の名称として紹介され、室町時代の終わりに、「近江八景」が選定されると、その一つ
「唐崎の夜雨」の舞台となった。
唐崎の霊松
 先代は高さ27m、幹廻り11m、枝東西72m、南北86mという巨木であった。現在、三代目となり、平成28年頃から老齢化のため、北側の枝を伐採。その後、平成30年2月に若松の植栽をする。


琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑦ 彦根駅~長浜駅 15km       記
2020年9月13日(日)   晴れ   152名
彦根駅~護国神社前~彦根港~松原水泳場~朝妻港跡~道の駅「近江母の郷」~長浜駅

 手指の消毒、検温を済ませ、最初のグループは9時5分スタート。15分間隔で最後のグループは9時45分にスタート。
 彦根駅港からずっと湖岸を歩く。汗ばんでくるが、琵琶湖からの風が気持ちよい。ヨットやボートも見え、磯で貝拾いをしている家族がいた。近江母の郷で昼食休憩をしている方もおられ、近江の館では柿の葉茶をいただき、喉を潤す。
 やがて、大きな長浜大仏が目に入ってきた。
    豊公園の前の港町交差点を右折しゴールの長浜駅に着く。 「8月と違って今日は歩きやすかった。」という声が多かった。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑧(コハクチョウの飛来はあるか)長浜駅~高月駅19km」は10月18日(日)長浜駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

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受付


涼風に当たり足取りも軽く

朝の光景(彦根駅)


長浜城
 
検温と手指の消毒


ずっと湖岸を歩く

松原水泳場


ゴール(長浜駅)
 
 ビューポイント
 彦根城
 彦根城は内堀と中堀、そして外堀と三重の堀に囲まれ、惣構の城郭でした。今も内堀と中堀は見事に残されていますが、外堀はそのほとんどが埋め立てられ、市内のあちこちに当時の面影をわずかに残している程度です。護国神社前にある空堀は、外堀です。この堀は元々水堀だったのですが、悪臭がひどいとのことで昭和20~30年頃に埋め立てられ、現在では空堀となっています。外堀と中堀を接近させることで通路を狭くし、守りやすくするとともに、敵にせめにくいとの印象を与えます。

多景島
 島を眺める方向によって多様な景色を見せることでこの島名をもつ多景島は、弥生時代から島そのものをご神体として、古くから人々に崇められてきました。
 多景島は、沖合約6.5kmに浮かぶ周囲約600mの小さな島で、島全体が日蓮宗見塔寺の境内になっています。もともとこの島は、島全体が花崗岩でできていますが、江戸時代に彦根の荒神山から土を運んで木々を植えられました。それまでは竹で覆われていたため竹島と呼ばれていたそうです。
   彦根玄宮園
 旧大名庭園。江戸時代初期に彦根藩主井伊直興が整備したと言われている。江戸寺だ後期には、第11藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整備された。園内は、中国湖南省の洞庭湖にある唐時代の玄宗皇帝の離宮庭園を参考に作庭されている。

長浜バイオ大学
 2003年に創立した日本初のバイオ・生物学系単科大学。バイオ・生物学系に絞った大学であることを生かし、実験・実習が多いカリキュラムが組まれている。企業に所属していた教員が多いのも特徴である。びわ鮎センターと協同で琵琶湖の固有種・ビワマスの餌を開発。この餌で養殖したビワマスは、従来のものより脂の乗りが良く、天然ビワマスにも匹敵する量となっている。

長浜大仏
 28mの青銅製の阿弥陀如来像。琵琶湖を背にして琵琶湖のほとりに建っている。現在二代目の大仏で1994年に建立、開眼供養された。



 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(夕暮れの湖面に秋風が) 大津駅~石山駅 12km    記
2020年8月25日(火)  晴れ   65名

大津駅~京町~大津港~お祭り広場~なぎさ公園~膳所城址公園~石山駅

 16時前から大津駅前広場に集合。手指の消毒、検温を済ませ、各自ストレッチの後、16時30分に最初のグループが出発。大津港には、ミシガンが停泊していたが、人影はなく、静か。なぎさ公園、プリンスホテル、浄化センター前を通り、膳所城址公園まで歩く。琵琶湖からの風に当たりながらのウオーク。犬を連れて散歩したり、釣りを楽しんでいる人を見受けました。
膳所城址公園では、涼風が吹き、ひとまず休憩。
 
   御殿浜、粟津、晴嵐を通り、18時前から18時30分にゴール。
 昼間と違い、たそがれウオークは、歩きやすいですね。
 次回の大津なぎさウオーク「比叡からの秋風を受けて歩こう12km」は9月15日(火)大津駅9時30分集合で実施します。
 大津駅を出発し、長等公園、際川を通り、唐崎神社に立ち寄ります。皆さま多数の参加をお待ちしています。
                       
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 受  付


ほっと一休み


老舗のすだれ屋さん

  
出発まで木陰でくつろぐ参加のみなさん


琵琶湖岸を歩く


電線地中化完了賑わい再生へ

   
ビューポイント

旧東海道の町並み(京町通り)
 沿道には風情のある町屋が今も残り、昔の面影を偲ぶことができる。1981年5月11日に日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが、警備に当たっていた津田三蔵巡査に突然斬りつけられ負傷した大津事件が起きた場所は京町で、石碑が建っている。

大津宿
 大津宿は東海道53番目の宿場で、現在は大津市。東海道53次中最大の宿場。江戸時時代、大津と京都を結ぶ旧東海道の区間では、牛車の往来をスムーズにするために道に「車石」
  と呼ばれる花崗岩の石が敷かれた。明治時代に馬車の利用が進むと車石は撤去され、撤去された車石は石垣などに利用された。

大津湖岸なぎさ公園

 琵琶湖岸に沿って、大津港から石山駅の近くを流れる盛越川までの約4.8kmにわたって整備された公園。浜大津から近江大橋までの湖岸一体。お祭り広場、打出の森、なぎさのプロムナード、市民プラザ、サンシャインビーチ、膳所・晴嵐の道などが整備されている。



琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑥ 能登川駅~彦根駅 21km      記
令和2年8月23日(日) 天候  快晴   150名

 8時半には、大勢のウオーカーが能登川駅に集合。朝は時折涼風が吹き、暑さは昨日より幾分和らいだ感じ。検温、手指の消毒の後、各自ストレッチを行い、最初のグループは9時5分に出発。その後、2,3グループが続き、最後の4グループは9時45分に出発。
 能登川駅から田園地帯を歩き、湖岸に出る。時間が経つにつれ、気温は上昇。真っ青な空に真っ白な入道雲が浮かんでいる。照りつける太陽の熱射を浴びながらのウオークが続く。
 柳川緑地公園でトイレ休憩。 しばらく琵琶湖を見ながらのウオーク。
   草の根広場や多景公園で昼食。多景島がすぐそこに見える。この暑さで県立大学前からバスを利用してゴールした人もいる。八坂町を通り、芹川を右折し、池州橋を渡ると、グルメショップが立ち並ぶキャッスルロードに出る。彦根城のお堀りの周囲を歩き、護国神社からはゴールの彦根駅に直進。
 今日はたいへんお疲れ様でした。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑦彦根駅~長浜駅15km」は、9月13日(日)彦根駅9時30分集合で実施します。


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受付  能登川駅


能登川の町中を歩く


多景島


カワト(資料)


能登川水車(資料)

 
彦根駅をめざして出発


真っ青な空に入道雲


川中地蔵(資料)


伊庭城城址石垣と水路(資料)


水路で水遊び(資料)


ビューポイント 

能登川水車とカヌーランド
 かつて能登川では、水車が農業などに活用されていて、一時は36基も水車があった。その後、姿を消したが、1991年にシンボルとして1基復活し、能登川水車とカヌーランドが整備された。 
 園内には資料館、芝生広場、レンタルカヌ-などがあり、多くの家族連れで賑わっている。                       

伊庭内湖
 草原が広がり、野鳥や魚類の生息地となっている。町南部には、猪子山、観音寺山などがそびえ、東近江市及び安土町との境界をなす。東近江市との境界には和田山、旧安土町との境界には安土山もある。
  伊庭の水辺景観
 
2015年、日本遺産「琵琶湖とその水辺景観ー祈りと暮らしの水遺産」を構成する一部として認定された。            
 江戸時代には、旗本の陣屋が置かれた「伊庭城跡」、現在の勤節館を中心に、瓜生川から引かれた水路が町を縦横に巡っている。現在は埋められている水路もあるが、大部分はそのまま残り、今も豊かで美しい水が流れている。水路では鯉が飼われている他、小魚や昆虫などさまざまな生き物の姿が見える。      


 各家には、「カワト」と呼ばれる川へと通じる石段があり、食事の支度や洗濯、風呂の水汲みなどを行うとともに、船の係留する船着き場として用いられていた。                  
 





平日ファミリー大津なぎさウオーク(びわ湖の日ウオーク) 12km   記
令和2年7月21日(火)  晴れ   99名

大津駅9:30~自由歩行~大津警察署前~なぎさ公園~大津港11:00集合
~ミシガン乗船~びわ湖大津館~大津京駅

 
 朝から蒸し暑い日になりました。ミシガン乗船を楽しもうと多くのウオーカーが大津駅前に集合。 手の消毒と検温を済ませ、各自ストレッチの後出発。
 30m道路の途中を右折し、大津警察署前からなぎさ公園に出ました。大津港まで歩きます。大津港には「湖の子」と「ビアンカ」が停泊していました。
 ミシガンは11時20分に出航です。みなさん、デッキチェアに腰掛け、琵琶湖の心地良い風を感じながら比叡山や湖岸の風景を楽しんででいました。
 11時40分に柳が崎のびわ湖大津館に着きました。プチ船旅でしたが、みなさん、船上ではのんびりとくつろいでいる様子でした。
   この後、琵琶湖大津館の周辺で涼しい場所を探して昼食タイムです。
 食後は、赤やピンクなどの薔薇を観賞している方が多かったです。大津京駅までは各自思い思いのペースで歩き、12時半頃に着きました。本日は暑さ厳しい中、お疲れ様でした。

 次回のなぎさウオーク(比叡からの秋風を受けて歩こう)は8月25日(火) 大津駅16時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。


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大津駅での受付風景

  
ミシガン出航を待つ

  
湖岸の風景を楽しむ

  
琵琶湖大津館周辺で昼食
 

なぎさ公園から大津港へ着く


甲板でくつろぐ


柳が崎で下船

 
 薔薇の花に癒されて
ビューポイント  
ミシガン
  ミシガンは1982年4月29日に就航したびわ湖を代表する遊覧船です。滋賀県と友好姉妹都市であるアメリカ・ミシガン州との国際親善を祈念して、ミシガンと命名された。
 造船計画が持ち上がった時、これまでにない独創的な観光船を建造しようと考えた当時の社長は、各地を視察・様々な検討を行った上、観光の原点である「非日常」をお客様に体験していただくために、当時まだ珍しかった「外国」をびわ湖に持ってくることを思いついた。
 船内には、非日常を最大限に演出するために絨毯やシャンデリア、ドアノブに至るまで本物志向の重厚で豪華な内装を施し、美味しい食事・素敵な音楽・行き届いたサービスを提供した他、船の外観には、アメリカ南部ミシシッピ川に就航している外輪船のイメージを採用している。
  びわ湖大津館 (旧琵琶湖ホテル)
  琵琶湖に隣接する親水公園である柳が崎湖畔公園のメイン施設。昭和9年建築の旧琵琶湖ホテルを保存改修し、湖を見渡せる文化施設として平成14年に新しく誕生した。
 建物は、東京歌舞伎座などの設計で名高い故岡田信一郎によるもので、「湖国の迎賓館」として、昭和天皇やヘレン・ケラー、ジョン・ウエインなどの著名人が宿泊し、滋賀県一の格式を誇っていた。
 現在は、レストランカフェや貸館として多くの方に利用されている。また、隣接するイングリッシュガーデンでは、バラをはじめとする花々が四季折々楽しめる。ウエディングパーテイも行っている。
 



琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑤  14km・7km    記
2020年7月19日(日)  晴れ     168名

近江八幡駅~出町通り~近江兄弟社前~ラ・コリーナ前~百々神社前
~度会橋~長命寺港~八王子神社前~市立図書館前~近江八幡駅

 5ヶ月ぶりのびわいちの再開です。いつもより早く9時まえに多くのウオーカーが参加。この夏一番の暑さになりました。体中から汗がにじみ出てきます。手の消毒と検温の後、受付を済ませ、各自ストレッチです。最初のグループは9時過ぎに出発。

 スタッフが九つのポイントに立っています。参加者は、地図を見ながら歩きます。真っ白なモクモク雲が青空に映えて美しい景観をなしていましたが、照りつける太陽で気温はどんどん上がる中、参加者は絶えず水分補給しながら歩いていました。
 近江兄弟社を過ぎると、青々とした水田が一面に広がっています。円山町の水郷めぐり・和船乗り場を過ぎ、度会橋を左折し、長命寺港に出ます。

 長命寺港にはヨットが停泊し、対岸の沖島が見えました。漁港でもある長命寺港からは、沖島への定期船の発着の他、遊覧船も出ています。今日一番のナイススポットのような気がしました。
  
  市立図書館近くの八幡堀では和船に乗り、水郷巡りを楽しむ人の姿がありました。後は一路、近江八幡駅まで。

 12時前に短パン姿の最初のウオーカーがゴールしました。その後、1時半くらいまでにみなさんゴールです。長命寺港からバスで帰ってきた人もいました。

 真っ赤に火照ったみなさんの顔が今日の暑さを物語っていました。本日はたいへんお疲れ様でした。

 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング2020(第6回)能登川駅~彦根駅(20km)」は、8月23日(日)能登川駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています

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検温と手の消毒   能登川駅で


受付風景


いよいよ出発


長命寺港
 
手の消毒


各自ストレッチ


思い思いのペースでウオーク


八幡堀
ビューポイント  
八幡堀
 安土・桃山時代に豊臣秀次の八幡山城居城のもと、城下町が栄える原点となった町の一大動脈です。近江商人の発祥と発展、また町の反映に八幡堀は大きな役割を果たし、江戸時代後期には、近江国において大津と並ぶ賑わいを見せたといいます。 

豊臣秀次
 1568年秀吉の姉、とも(旧秀尼公)の子として生まれる。八幡城を築き城下町を開いて近江八幡を商都として繁栄させるに大きく貢献しました。秀吉の養子になり、一度は関白となるが、淀殿の子(後の秀頼)が誕生したため、1595年秀吉の後継者を巡り自害させられました。享年28歳。

近江兄弟社
 軟膏薬「近江兄弟社メンターム」を中心に、医薬品・医薬部外品・化粧品等のスキンケア商品を製造販売している。 
 明治38年(1905年)に創業者のウイリアム・メレル・ヴォ-リズがキリスト教の伝道を志し、近江商人の士官学校と言われた八幡商業学校に英語教師として赴任。
   ここで近江商人を目指す若き青年たちと出会うことになる一方、課外で自主的に開催していたバイブルクラスに生徒が数多く集うようになったことが、仏教の色濃い地域との宗教的な対立を生むことになった。これが原因で、2年後の契約更改時に教師の職を解かれることになってしまう。

 ヴォ-リズは昭和39年(1964年)5月7日に83歳の生涯を終えるまで近江八幡に留まり、キリスト教伝道とその主義に基づくさまざまな事業展開を行った。建設設計の仕事と教育である。

 現存する建造物としては、八幡小学校、八幡商業高校、旧八幡郵便局、大丸心斎橋店本店、同志社大学、北京料理 東華菜館などがある。
 ヴォ-リズ学園の基礎を築いたのはウイリアム・メレル・ヴォ-リズである。



猪子山越え   7km            記
2020年7月12日(日)  曇り後晴れ     87名
能登川駅~佐生城跡~北向き観音~猪子山~能登川駅
 
 4か月ぶりのウオーク。今日の日を待ち望んでいた87名の方が能登川駅に集合しました。「新しい生活様式」に則り、手の消毒、検温が済み、受付を終えた方から順次数人でスタートしました。
 いつもの集団歩行ではなく、スタッフが途中途中のポイントに立って案内し、矢張りを見ながらのウオークです。スタートして直ぐ、目の前には猪子山が見えています。山の周囲を歩きます。

 川に沿ってしばらく歩き、佐生城跡への階段を上りました。やがて平地に出ると、後藤但馬守城跡の石碑がありました。
 ここからは、能登川の町並みや青々とした水田が広がっているのが見えました。もう少し上っていくと、巨石がありました。広い下り坂では、猪岩や像岩などの巨石がいくつかあり、また、路傍に咲く紫やピンクの紫陽花に癒やされました。

   その後は、階段を少し上り、山頂に到着です。北向岩屋十一面観音が鎮座し、隣には一番大きい巨石がありました。山頂からは区画整理された水田や伊庭内湖、びわ湖の島々が見えます。
 帰り道は下り坂の階段です。少々脚にきました。
 予定より早く12時前には全員ゴールしました。梅雨の谷間の本日のウオーク。雨に降られず、みんなで歩く楽しさを味わわれたのではと思います。
 
 次回は、琵琶湖一周健康ウオーキング2020⑤を7月19日(日)近江八幡駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。参加申込書と筆記用具をお忘れなく。参加費対象の方は、感染防止のため、釣り銭の要らないよう事前にご用意ください。



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朝の光景 能登川駅

 
手の消毒

   
猪子山

 
時折涼風を浴びてウオーク

 
紫陽花

 

 検温
 

佐生城跡を目指して一歩づつ

 
 猪岩
 
  
北向岩屋十一面観音
 

猪子山山頂
 ビューポイント 
  佐生城の歴史
  観音寺城の支城。佐生城は六角氏の重臣・後藤但馬守賢豊の居城。築城時期は定かでない。永禄6年(1563)に後藤堅豊親子が六角義  に謀殺された事に端を発した観音寺騒動が起こっています。これを機に六角氏内部の団結は瓦解し、5年後の永禄11年(1568)には織田信長の入洛を阻止することができず、六角氏は没落していく。六角氏が織田信長に滅ぼされた後、後藤氏は蒲生氏に仕えた。なお、この観音寺城騒動によって浅井長政は漁夫の利を得て、労せずして愛知川北岸までの支配権を得ることになる。
    猪子山
  標高268m。湖東平野に浮かぶように見えるのがきぬがさ山と猪子山。山中には岩神、岩船、磐座などの巨石群、そして40の古墳群がある信仰の山として知られている。山頂付近には、北向岩屋十一面観音が鎮座する。桜の名所である猪子山公園から1時間ほどで往復できる。






 
         滋賀県においては緊急事態宣言の対象外となりましたが
        「イベント開催自粛」「県境をまたいだ移動を自粛」の要請を踏まえ、
        6月に予定されていました下記のイベントは、中止となりました


                    ① 第3回びわ湖一周健康ウォーキング
                    ② 大津なぎさウオーク
                    ③ 芦刈園のアジサイを訪ねて
                    ④ 第4回びわ湖一周健康ウォーキング




         5月に予定されていました下記のイベントは、
        新型コロナウィルス感染防止のため、中止となりました


                    ① 第28回長浜ツーデーマーチ
                    ② 大津なぎさウオーク
                    ③ 第2回びわ湖一周健康ウォーキング
                    ④ 彦根城下町を廻る



 
           4月に予定されていました下記のイベントは、
         新型コロナウィルス感染防止のため、中止となりました

                    ① 保育
                    ② 星のブランコ
                    ③ 第7回海津大崎・観桜の道
                    ④ KBCウォーク
                    ⑤ 大津なぎさウォーク

                     ⑥ 第1回びわ湖一周健康ウォーキング



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