NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】

 
 



3月実施予定の各ウォークは、
新型コロナウィルス感染予防対策のため 
下記5イベントが中止となりました。

① 3月 1日(日) 東海道ウォーク⑦
        ② 3月15日(日) びわ湖一周健康ウォーキング2019⑭
         ③ 3月17日(火) 平日ファミリー第99回なぎさウォーク
④ 3月22日(日) 武庫川渓谷を往く
 ⑤ 3月29日(日) 小関越え・観桜の道





平日ファミリー 大津なぎさウオーク(牛王さんの日)12km  記

2020年2月18日(火) 晴れ  101名

大津駅~(旧東海道)~石場~膳所城趾公園~瀬田唐橋~螢谷公園~石山寺~石山駅

 風が冷たい朝でした。電車が遅れ、いつもより少し遅いスタートとなりました。大津駅から30m道路を下り、途中右折し、旧東海道を歩きました。歩いているうちに日が照ってきて穏やかな天気になりました。
松本、石場を過ぎ、義仲寺や磐井神社、石田三成がくくられたという大きなイチョウの木がある和田神社の前を通りました。神社は正月三が日とちがい、人の気配はなく、閑散としていました。
11時前に膳所城趾公園に着き、11時40分まで昼食休憩となりました。午後は、ずっと湖岸を歩き、粟津の晴嵐から唐橋の下をくぐり、川幅が狭くなる瀬田川に沿って石山寺まで歩きました。  
   水鳥の群れを多く見ました。寒いのか、じっとしています。時々キキーと鳴きながら羽を振るわせ水面を進んでいます。蛍谷公園で休憩し、石山寺には12時40分頃に着きました。
 今日は牛王さんの日で門前市が開かれており、新鮮なトマトや果物、さつまいもなどを買い求めておられる方もおられました。
 次回の第99回大津なぎさウオーク(春待ちウオーク)は3月1日(火)です。大津駅から湖岸に出て、瀬田川大橋を渡り、建部大社に行きます。皆様、多数の参加をお待ちしています。 
   

 旧東海道を歩く

  
小島会長のお話(徒歩25分) (膳所城址公園)

 
 粟津の晴嵐の近くを歩く

  
 石山寺への階段を上る
   

膳所城址公園で昼食

 
水鳥の群れ

 
瀬田川のほとりを歩く

 
石山寺

ビューポイント
       小舟入りの常夜灯
 打出浜の交差点から京阪電車の線路を越えた辺りに、小舟入りの常夜灯が建てられている。この常夜灯は、「お伊勢参り」の常夜灯として、文化5年(1808年)9月に京都の伊勢講の一つと思われる「恒藤講」によって建立されたもの。この辺りは、元々、「小舟入りの船着き場」と言われ、江戸時代には、矢橋とを結ぶ“湖上交通の拠点”として、「お伊勢参り」などの旅人によって賑わい、その人たちを接待する水茶屋が軒を並べていたそうです。大津の船着き場の一つ、小舟入りを示す常夜灯として、とても貴重なものです

  瀬田唐橋 「唐橋を制する者は天下を制す」
 全長260m。勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。京都の宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋の一つとされてきた。明治22年まで瀬田川に架かる唯一の橋であった瀬田の唐橋は、交通の要衝であり、京都防衛上の重要地であったことから、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。唐橋を舞台として繰り広げられた、壬申の乱、寿永の乱、承久の乱など、昔から様々な戦乱に巡り合ってきた。本格的には近江大津宮遷都の時に架橋されたと考えられるが、当時は現在の位置より65m南の龍王社・雲住寺を東端としていた。 俵藤太こと藤原秀郷は、940年の平将門の乱の討伐で知られる。彼が瀬田唐橋に現れた大蛇に頼まれ、三上山に住む百足を成敗したという伝説も武勇のほまれ高い秀郷らしい。
 
 大蛇は瀬田川に住む龍王の化身とされ、橋の東詰には、この秀郷と龍王を祀る橋守神社がある。(俵藤太の百足退治)

         螢谷貝塚
 瀬田川の右岸、国道422号を下った瀬田の唐橋と石山寺の間の山側に車道より50㎝程高くなった歩道部分がある。実はこの周辺は、縄文時代の貝塚が広がっていて、その貝塚を保存するために土が盛られている。ここは螢谷貝塚と呼ばれ、石山貝塚に続き、今から約年前につくられた貝塚

         牛王さんの日
 石山寺の観音様、牛王(ごおう)さん詣での縁日が毎月18日で、この日は昔々より石山寺門前の参道には、市が建ち並び、老若男女の参詣者で賑わっていた。残念ながら、明治期以降、門前市は姿を消していましたが、石山寺門前周辺では「あの賑わいをもう一度」の声が高まり、観音様の縁日にお詣りにみえた方々にしじみ汁の接待をはじめ、参詣を楽しんでもらえるよう観音市(門前市)を開催している。 門前市には懐古品・骨董・衣料品・朝採りの野菜・一夜干しなどの店舗が出店している。                  
 

 
冬の酒蔵めぐり        記
    2020年2月11日(火)  12km  晴れ   150名

三雲駅~弘法杉~北島酒造~石部まちづくりセンター~竹内酒造~石部駅

お酒の美味しい季節を迎えました。今日はみなさん待望の年に一度の酒蔵ウオークです。
 いつも以上に楽しい和らいだ表情が伝わってきます。
 旧東海道筋を三雲から石部まで歩き、途中、酒蔵を訪ねます。車の往来が激しく交差点では、待っていただくことが何回もありご不便をお掛けしました。
 大砂川の堤上に大きな杉がそびえているのが目につきました。「弘法杉」と言われています。
 ここで列詰の後、最初に、「北島酒造」を訪ねました。いろいろなお酒を試飲され、本日の限定酒や、甘酒などを買い求めておられました。昼食は袋柑子のまちづくりセンターで摂りました。
 イベント会場の駐車場では、水口の酒造会社さんが出店。焼き芋コーナは賑わっていました。
  最後は「竹内酒造」です。他の団体さんもシャトルバスで来ておられました。
いくつかテントが立ち並び、吟醸酒、純米酒の他、ゆずやマンゴー等のリキュール類もあり、試飲を楽しみました。また、屋台では、酒の肴の焼き鳥等の他、地元の名産品も売られていて賑やかな様子でした。ここでIVVを配布し、借り解散となり、みなさん、ほろ酔い気分で会場を後にしました。
 石部駅には13時30分頃に着き、家に帰ってからもう一度新酒を味わうのを楽しみに家路に着かれた方もおられたのではないでしょうか。
 次回は、3月1日(日)「東海道ウオーク⑦」(総会ウオーク)12草津駅~野洲駅)を9時30分草津駅集合で実施します。多数の参加をお待ちしています。


  
               朝の光景 三雲駅前

  
      休憩             旧東海道を歩く

   
              
       北島酒造

 
 
   出来たての日本酒に舌鼓          水口の酒造会社も出店

   
    竹内酒造にて             旧東海道石部宿

ビューポイント

石部宿
東海道五十三次の51番目の宿場。京都を出て1日の行程「京立ち石部泊り」と言われています。幕府直轄の宿場で、伊勢参宮街道との分岐点として多くの旅人で賑わっていました。 京都、石部間は36km。

弘法杉
 天井川になっている大砂川の堤の上にそびえる大杉は、幹周り6m、高さ26m、樹齢750年と言われ、「弘法大師」がここを通られた時、眺めがよかったことから昼食場所に選ばれ、その時に使われた杉箸を堤に刺された。それが成長して大杉になったと伝えられています。以前は2本の大杉がありましたが、江戸時代に台風のために1本が折れ、枯れてしまいました。樹下には大師の空海が祀られています。
 
  北島酒造
文化二年(年)から続く酒蔵。鈴鹿山系の伏流水と近江米の酒米を使った「御代栄」が知られています

竹内酒造
 石部で140年続く老舗酒造。「香の泉」に代表される飲みやすい日本酒から本格派まで取り揃えています。 
 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑬ 近江八幡駅~堅田駅    記
    2020年2月2日(日)  20km  晴れ時々曇り   259名
 

近江八幡駅~徒歩25分~近江八幡市小幡観光駐車場〔集合〕~舟木町~水茎岡山城跡~マイアミ浜~鮎家の郷~ピエリ守山~琵琶湖大橋~堅田駅〔解散

 朝から好天気に恵まれ、一日ウオーキング日和になりました。ほとんどの方が受付会場の観光駐車場まで歩いて参加してくださいました。いつものように小島会長のあいさつ、準備体操を終え出発しました。
 市立図書館前を通り、白鳥川サイクリング道路を歩き終えると、ずっとさざなみ街道を歩きます。穏やかな琵琶湖を見ながらのウオークです。風もなく春のような日差しが注ぎ、汗ばんできます。
 岡山園地でC班は早い目の昼食です。日野川大橋を渡り、B班はマイアミ浜で、A班は鮎屋の郷でそれぞれ昼食になりました。
 なぎさ公園は、黄色一色の菜の花が一面に咲き、雪をかぶった蓬莱山をバックにカメラを構えた人や家族連れで賑わっていました。ピエリ守山で列詰めをし、びわ湖米プラザで休憩の後、ゴールの堅田駅を目指しました。
 本日はお疲れ様でした。次回は2019年度最後の琵琶湖一周健康ウオーキングです。3月15日(日)堅田駅9時30分集合で実施します。大津駅まで18kmを歩きます。みなさま多数の参加をお待ちしています。


  
     開始式  小幡観光駐車場で         A班のみなさん

  
      B班のみなさん              B班のみなさん

  
     C班のみなさん               昼食のひととき
                     
  
        白王の水行                 八幡堀

  
       日牟禮八幡宮            近江商人の街 新町通り

   
      なぎさ公園の菜の花          琵琶湖大橋米プラザ

ビューポイント 白王の水行(近江八幡市)

 上半身裸で腰箕みの姿の男性が冷水をかぶりながら地域の無病息災を祈る「白王の水行」が1月6日、近江八幡市白王町であった。大峰山〔奈良県〕を信仰する行者たちの修行が伝わったとされ、地域では厄150年間続く新春の恒例行事となっている。行者役に選ばれた2人の男性が町を東西に駆け抜け、道沿いに置かれた約20個のバケツの水を浴びながら「南無行者不動」と唱え、約700mの行程を無事に走り終えた。


水郷めぐり〔近江八幡市〕

びわ湖の内湖、西の湖を和船で巡る情緒ゆたかな旅。ヨシの群落っで囲まれて迷路のような入り組んだ水路に沿ってのどかな風景と予約をすれば船上で食事が楽しめる。

日牟禮八幡宮
 近江商人の守護神として千有余年の歴史を誇る神社であり、人々の厚い信仰加護により繁栄し続け、今日に至っている。かつて若干20歳でベトナムに渡り、海外貿易で名を馳せた近江商人西村太郎右衛門が寄進した「安南渡海船頭」をはじめ、多くの重要文化財が納められている。3月に左義長まつり、4月に八幡まつりが開催される神社としても有名である。

八幡山
 豊臣秀次が築いた八幡山城跡と秀次の母が秀次を弔うために建てた「村雲御所瑞龍寺」が山頂にある。南麓には旧八幡町の総社で、近江商人の信仰を集めた日牟禮八幡宮がある。春には左義長まつりが行われる。

新町通り(近江商人のまちなみ)
 
 古い商家が残るまちなみは、県下で初めて重要伝統的建造物保存地区に選定されている。江戸末期から明治にかけて建てられた家々は、屋根に防火用の壁である「うだつ」をあげ、塀越しにのぞく「見越しの松」が通りに風情を添えている。蚊帳や畳表を扱った町内屈指の商人・旧西川利右衞門の居宅〔重要文化財〕が公開されている。

八幡堀
 多くの商人が八幡の町から全国へと旅立ち、近江商人として活躍した原動力となった八幡堀。現在、写真や絵画の愛好家などが数多く訪れ、時代劇のロケ地としても頻繁に活用されるなど、市民の憩いの場であり、近江八幡の代表的観光地に位置づけられています。

 
水茎岡山城
 
 大内義沖興に都を追われた将軍・足利義積澄が落ち延びた城。城主・九里信隆が庇護して、のとの将軍である足利義晴もこの城で誕生しています。かし、信隆が六角高賴に謀殺され、信隆の子である九里浄椿が城主となりましたが、1520年には六角貞賴の奇襲により落城した。その後、九里氏の残党が九里三重郎を盟主に蜂起するも鎮圧され九里氏は滅亡した。もともと湖上警備のための城だったこともあり、琵琶湖に面した浮城で、岡山一帯は万葉集にも詠まれるほどの絶景でしたが、現在城跡周辺は、埋め立てており、当時の面影はない。遺構としては土塁や堀切を確認できる。

ピエリ守山
 2008年9月に開業。滋賀県内初の大規模なショッピングモールということもあって、一時は人気スポットとなった。開業後、周辺にライバル店が出店したことなどで、客足が大幅に減少。最終的にはテナントも殆ど撤退してしまい、テナント数は一時4店舗だけに。それでも営業を続けたことで、ネット上やメデイアでは「明るい廃墟」としてネタにされた。状況打開のため、完全リニューアルオープン。近隣の競合店には出店していない外資系ファストファッション店を核にし、店内のレイアウトも大幅に変更。琵琶湖に面し立地を生かしたアスレチック施設、バーベキュー場を段階的に導入。オープン初日は平日にもかかわらず、施設前に2000人が並び、約4万3000人が来店するなど、再船出は大成功に終わった。

 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(新春の御参詣ウオーク) 大津駅~大津京駅    記
    
2020年1月21日(日)  12km  晴れ時々曇り   203名

 大津駅~県庁東~(国道1・JR踏切)~平野神社~松本~湖岸道路~なぎさ公園~大津港~商店街~長等神社~三尾神社~三井寺~市役所前~皇子山公園〔昼食〕~近江神宮~大津京駅

 新年最初のなぎさウオークです。いつも以上に多くの方が参加してくださいました。小島会長の挨拶に続き、大津駅長より完歩賞の表彰があり、準備体操と集合写真撮の後、10時にスタートしました。
 
 県庁東を通り、国道1号線を暫く歩き、JRの踏切を越え、最初の平野神社に参拝。旧東海道を歩きます。長い列が続きます。警察署の前の湖岸道路を横切り、琵琶湖岸のなぎさ公園に出ました。しばらく休憩。穏やかな琵琶湖は、多くの野鳥の泳ぐ姿が見られました。大津港に近づくと、対岸に虹が出ていて、カメラに納める方もおられました。
 大津港からは、電車道を上り、商店街をしばらく歩いた後、長等神社と三尾神社に参拝。三井寺の境内に入り、休憩。円満院の前を通り、大津市役所前の皇子山公園で昼食です。

  午後は、近江神宮に参拝。奥の本殿に参拝する方も見られました。
参道を歩き、大津京駅には13時45分頃着きました。

 本日はお疲れ様でした。次回は2月11日(祝・火)に「冬の酒蔵めぐり三雲駅~石部駅12km」を予定しています。草津線三雲駅9時30分集合です。北島酒造と竹内酒造に寄ります。ご期待下さい。多くの皆様の参加をお待ちしています


  
        しっかり腕を伸ばして準備体操            平野神社に参詣

  
          湖岸で休憩                      大津港に向かって歩く

  
     気持ちよさそうに湖面を泳ぐ水鳥たち          対岸に架かる虹

  
         長等神社に向かう                     長等神社に参詣

  
      長等神社境内にある馬神神社                  三尾神社

   
     卯がお出迎え                皇子山公園で昼食

  
        午後の出発前の様子                   鮮やかな朱色の桜門をくぐる

  
         社殿に向かうウオーカー               近江造りの社殿
 
  
   近江神宮のご祭神は天智天皇           近江神宮の近くにある近江大津宮錦織遺跡


ビューポイント

平野神社
 松本一丁目に鎮座。創建は、天智天皇が大津に京を遷都した際、668年に藤原鎌足に命じて仁徳天皇の分霊を勧請したのが始まりと伝えられている。県下唯一の「蹴鞠」が行われる神社として有名です。8月9日の「七夕けまり」です。
 
長等神社
 天智天皇が大津宮に遷都された667年に園城寺(おんじょうじ)の鎮守社として創建。明治時代に長等神社と称する。境内の馬神神社には競馬、馬術競技者、馬年の参拝が増えているようです。

三尾神社(本殿:重文)
 貞観元年〔859年〕卯の年に円珍によって社殿が建立された。現在の本殿は1426年に室町幕府・前将軍足利義持によって建立されたものである。昔、長等山の山頂に赤、白、黒の帯を着けた伊弉諾(いざなぎ)尊(みこと)が君臨し、長等山の鎮守の神となり、祀られた。腰に付けた三つの帯が尾に見えため三尾神社といわれるようになった。

近江神宮
 1940年に天智天皇を祭神として創建された新しい神社。社殿は「近江造り」と呼ばれ多くの登録有形文化財を有しています。1月の競技「かるた大会」、6月10日時の記念日の「漏刻祭」が知られている。

 
琵琶湖一周ウオーキング2019⑫ 能登川駅~近江八幡駅    記
    2020年1月19日(日)  19km  晴れ   275名
  

能登川駅(集合)~大中運動公園~伊庭~大中干拓地~白王町~大嶋神社・奥津嶋神社~百々神社~水郷・丸山和船乗り場~ラ・クリーナ~近江八幡駅〔解散〕

2020年最初の琵琶湖一周健康ウオーキングです。大勢の皆さんに張り切って参加していただきました。
 朝から好天気に恵まれ能登川駅から幸先よいスタートを切りました。

本日のコースは琵琶湖は見えなかったですが、冠雪の比良山系が見えていました。ラ・クリーナは、買い物客で賑やかな様子でした。どら焼きを買い求める方もおられました。

 次回は、2月2日(日)に「琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑬近江八幡駅~堅田駅20km」を予定しています。
 集合場所は、近江八幡駅で下車。市営小幡観光駐車場(徒歩25分)10時集合です。
 みなさま多数の参加をお待ちしています。

  
     スタート前の朝の光景               A班のみなさん

  
      B班のみなさん                 C班のみなさん

  
     若者の参加もありました                 列詰め

  
      しばらく休憩                    神社に向かう

  
       伊庭内湖                      カワト

  
     伊庭の坂下し祭り                  能登川水車

ヴューポイント

伊庭の坂下し祭

 5月4日に行われる近江の奇祭の一つ。三基の神輿を氏子の若衆が引きずり降ろす神事。全長約500mに及ぶ坂道は断崖絶壁で、途中何箇所かの難所がある。難所では手に汗握る危険な見せ場となる。

伊庭の水辺景観

江戸時代には、旗本の陣屋がおかれた「伊庭城跡」、現在の勤節館を中心に、瓜生川から引かれた水路が町を縦横に巡っている。 現在は埋められている水路もあるが、大部分はそのまま残り、今も豊かで美しい水が流れている。水路では鯉が飼われている他、小魚や昆虫などさまざまな生き物の姿が見える。

カワト

 各家には、「カワト」と呼ばれる川へと通じる石段があり、食事の支度や洗濯、風呂の水汲みなどを行うとともに、船の係留する船着き場として用いられていた。

能登川水車とカヌーランド

 かつて能登川では、水車が農業などに活用されていて、一時は36基も水車があった。その後姿を消したが、1991年にシンボルとした1基復活し、能登川水車とカヌーランドが整備された。園内には13mもの大水車、資料館、芝生広場、レンタルカヌーなどがあり、多くの家族連れで賑わっている。

ラコリーナ近江八幡」たねや

 自然と共生、自然を愛し、自然に学び、人々が集う繋がりの場を長い年月をかけて手がける壮大な構想を持って、八幡山から連なる丘に木を植え、ホタルが舞う小川を作り、生き物たちが元気に生きづく田畑を耕している。

 ○メインショップ 

 屋根一面が芝に覆われている。ユニークなデザインと栗の木が印象的な建物は、建築家・建築史家によるもので、従業員はじめ協力業者の方々、地域の学生と共に創り上げたそうである。1階は和洋菓子売り場。2階はカフェ。

 ○カステラショップ

 百本以上の栗の木を使った店舗。長野県の山奥の雑木林で選んだそうである。

 ○フードガレージ

 10年、20年後の未来へ向け、次世代を担う職人が挑戦する場として、新しい美味しさを追求している。
 



 
新春の草津七福神めぐり(開運)   記
    2020年1月11日(土)  10km  晴れ   154名

     本日のスタンプポイント
       草津駅~伊砂砂神社(福禄寿)~小汐井神社(恵比寿天)~神宮寺(毘沙門天)~真願寺(寿老人)
     ~道灌蔵(大黒天)~養専寺(布袋尊)~立木神社〔弁財天〕

 今年最初のウオーク。朝から晴天に恵まれ次々とウオーカーが草津駅東口広場に集結。
新年早々多くのウオーカーで賑わいました。
9時35分から開始式を行いました。小島会長の挨拶に続き、コース説明があり、志村主席指導員による準備体操の後、10時前に出発しました。
 旧中山道の狭い道を歩きます。  各神社ではスタンプ押印のため、長い行列ができました。草津川跡地公園のde愛広場で暫く休憩。もくれんや桜が咲いていました。
 込田公園で昼食です。温かい陽差しが差す青空の下、楽しい会話が弾んでいました。
 道灌蔵近くの「黒門」の説明看板の前で、会長から太田道灌の話を聞いた後、道灌蔵に立ち寄り、新酒や酒粕、奈良漬け等を買い求める方が多かったです。2階の資料館も見学しました。
 最後は立木神社です。広い境内に大きな神殿を構え、ご神木が聳え立っていました。お詣りした後、御神酒をいただき新たかな気持ちに浸りました。
 立木神社からは旧東海道を歩き、くさつ夢本陣に14時前に到着。マンホールカードをいただき、IVVとふれあいカードを配布して解散となりました。
 次回は、「冬の酒蔵めぐり三雲駅~石
部駅12km」を2月11日(火・祝)三雲駅9時30分集合で実施します。ご期待下さい。多数の参加をお待ちしています。

   
  
      草津駅東口広場に集合             受付風景

  
      
 念入りに準備体操            旧中山道の狭い道を歩く

  
 
伊砂砂神社(福禄寿)千年以上前に創建。   本殿は檜皮葺、一間社流造の建物

  
  
小汐井神社(恵比寿)    神宮寺(毘沙門天)33年に1回ご開帳の十一面観音菩薩立像がある

  
 
    色鮮やかなマンホール             真願寺(寿老人)

   
                          
込田公園で昼食

  
     
  養専寺(布袋尊)                布袋さん

    
        
布袋さん              旧中山道を歩く

  
         
草津の特産品 アオバナ          立木神社の前で

  
            
絵馬           1200年以上前に創建された立木神社(弁財天)

   
  
東海道と中山道の分岐点に立つ追分道標   県内最古の石造道標

ビューポイント

道灌蔵

  
太田道灌は、関東管領方、扇谷上杉家の家老として、二十四歳の若さで江戸城を築城。
江戸三百年の泰平と明治から現代に至る首都東京の発展の礎を作り上げた太田道灌。城は皇居となり、江戸が現在の東京という大都市に発展しえたのも道潅という偉大な開祖がいたからに他なりません。

 ある日、道潅公が夢枕に現れ、拙者が作った大黒天を縁者の所に届けてほしいと申された。それは何処にあるのですかと訪ねると、あなたの知人の所にあると。翌朝、知人を訪ねると、立派な松の大木で出来た大黒様がおられるのが判りました。その後、当家にお譲りいただいて東京店でお配りしていた。さらにその後、本社道潅蔵完成と共に、太田家にお祀りしている。像の裏側に長禄元年道潅造之と記されている。

草津川跡地公園(de愛広場

 全国的にも有名な草津の天井川が平成29年4月に緑あふれる公園として生まれ変わった。春には桜が美しく、散歩コースにも最適。公園内にはレストランやカフェも営業している。

追分道標

 「右東海道いせみち 左中山道美のぢ」と刻まれた県内最古の石造道標が建つこの地は、東海道と中山道のまさに分岐・合流地点。かつて草津宿の追分見付と呼ばれていたこの地に火袋付きの常夜灯が今に残されており、立木神社に移設されている。



 
年末の東海道・野路から石山駅(納会ウオーク)   記
    2019年12月15日(日) 南草津駅~石山駅 10km  晴れ   117名

南草津駅~南田山~篠山口~一里山公園(昼食)~瀬田東~浄光寺~建部大社~瀬田唐橋~石山駅

今日は旧東海道を歩くコースです。小島会長の1年間のお礼のあいさつの後、準備体操をして、10時前に出発。最初に野路の一里塚を観た後、教善寺や平 清宗の胴塚、都久夫須麻神社の鳥居、子守り地蔵の前を通り、萩の玉川で時間を取って見学。11時頃に一里山公園に着き、昼食です。

午後は一里山から大江を通り、建部大社に出ました。瀬田唐橋を渡り、商店街の中を通って石山駅に13時頃ゴールしました。

午前中は曇り空でしたが、徐々に晴天に向かいウオーキング日和になりました。
 次回「新春の草津七福神めぐり」は2020年1月11日(土)草津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

よいお年をお迎えください。

 
      朝の準備体操                    南草津駅前広場で

 
          一斉にスタート

 
       旧東海道を歩く                  都久夫須麻神社の鳥居

 
     街道筋は松や槇の木が似合う           萩の玉川(野路の玉川)

 
      平安時代から続く野路の地名         大江の千里の奥方が住んでいたという

 
          近江国庁跡

 
       建部大社の鳥居                      建部大社

ビューポイント

子守り地蔵

 江戸時代に九周備後の殿様が、参勤交代で草津方面に行列している時、道脇に土下座していた母親と四歳の男の子の前に一匹のカブト虫が飛び出した。それを捕ろうと思い、行列の侍にぶつかり、「おのれ百姓の分際で、お籠先をけがす不届きものめ」と言って腰の刀を抜くが早いか、いきなり二人を斬り殺してしまった。  

萩の玉川野路の玉川

玉のような清水が湧き出たという故事来歴を有する名所で、諸国六玉川の一つに数えられた。浮世絵や名所図会等で諸国の人々に知られるようになった。



 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(師走の街歩き)   記
    2019年12月10日(日) 大津駅~大津駅 12km  晴れ   122名

        大津駅~お祭り広場~大津港~競艇場前~歩道橋~丸長漬け物店~皇子山球場横公園(昼食)
     ~市役所前~三井寺~長等神社~商店街散策~大津駅

いつものように小島会長のあいさつに続き、大津駅長より、挨拶と完歩賞の授与がありました。準備体操と集合写真撮影の後、10時前に出発。
 30m道路を下り、京阪電車島ノ関の踏切を渡り、琵琶湖岸を見ながら大津港に到着。大津港には、ミシガンや小学5年生が体験学習として乗船する白と青の美しい「湖の子」などが停泊しており、港らしい景観をなしていました。
浜大津から国道に出て競艇場前の歩道橋を渡ります。尾花川の公園からは保育園児が落ち葉で遊ぶにぎやかな声や、グランドゴルフに興じるシルバーの方々の姿がありました。いつも立ち寄る漬け物店に着きました。多くの方が買い求めていました。しばらく歩き、皇子山球場横の公園に11時着。芝生の上でゆったりと早い目の昼食を摂りました。
市役所前から、円満院を通り、三井寺で休憩。三尾神社横を通って長等神社を折れると、間もなく商店街です。30分間の自由散策では、様々な店を見て歩きました。老舗の漬け物店や酒蔵にも立ち寄り、お土産を買い求める方もありました。大津駅には12時40分頃に着きました。
 
今日は11月なみの天候に恵まれ、気持ちよく歩けたのではないでしょうか。

次回の「第97回大津なぎさウオーク」(新春の初詣ウオーク)12km」は2020年1月21日(火)大津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
        小島会長あいさつ              背筋を伸ばして準備体操

  
           朝の光景                      参加のみなさん

  
     大津駅前から大津港に向かう         おだやかな琵琶湖を見ながら歩く

  
       大きくなった湖の子の横を歩く             

  
             大津港で休憩            心も軽く さわやかにウオーキング

  
         ミシガンが停泊                   大津港から浜大津へ

  
       尾花川付近を歩く                  漬け物店に立ち寄る

  
       お土産を買い求めるみなさん          おしゃべりしながら昼食

  
         お腹も心も満タンに                小島会長の話を聞く

  
        公園の近くにあった彫刻               三井寺の紅葉を撮りに

  
       三井寺境内の紅葉                  いつもの場所で休憩

  
                              三井寺境内を歩く

  
          三尾神社の前                    長等神社

  
           長等神社                  商店街で見つけた豊臣秀吉
 
  
       老舗の漬物店の前で               江戸時代から続く酒蔵



 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑪(琵琶湖の景色堪能コース)   記
    2019年12月8日(日) 彦根駅~能登川駅 20km 晴れ 259名

  彦根駅〔集合〕~護国神社前~キャッスルロード~芹川~八坂町~多景公園~草の根広場~柳川緑地公園~稲枝小学校前~愛知川橋~児童公園~能登川中学校前~能登川駅〔解散〕
 
 
車窓からはどんよりした空が見えていましたが、彦根に近づくころには、太陽がまぶしく感じられ、青空が出てきました。今年最後のびわいちです。彦根駅前広場の受付には長い列ができました。いつものように集合写真撮影の後スタートしました。
 護国神社前までは、商店街を歩きます。キャッスルロードを通り、芹川を渡り、八坂町に出ます。ここから琵琶湖に沿って歩きました。多景島(軍艦島)がはっきり見えました。多景公園で最初の休憩です。A班には、小学5年生の男の子と父親の姿がありました。草の根広場でB・C班は昼食。琵琶湖を見ながら砂浜の近くで食べている方を見かけました。A班は柳川緑地公園で昼食です。
 午後は、汗ばむ天気になり、広い田畑の風景を見ながらのウオークでした。トラクターで田に肥料をやったり、大根の収穫作業をしている農家の方がありました。大根や大きく育ったキャベツや水菜などの葉物野菜が植わってある畑の側を歩きます。木のてっぺんまで、たわわに実った柿や、大きな実をつけた金柑もありました。愛知川橋を渡り、小川町の民家を抜け、児童公園、能登川中学校の前を通り、能登川駅にゴールしました。
 A班は、午前13km、午後7kmのウオークでしたが、B・C班の方は、午前10km、午後10kmのウオークだったので、午後からのウオークはきつかったと感じられたと思います。お疲れ様でした。
 次回の琵琶湖一周健康ウオ-キング⑫は2020年1月19日(日)(能登川駅~近江八幡駅19km)能登川駅9時30分集合で実施します。お会いできることを楽しみにしています。



  
    井伊直政公の像        金亀(こんき)

  
         参加のみなさん                 準備体操

   
        小島会長のあいさつ                 A班のみなさん

  
        B班のみなさん                    C班のみなさん

  
            護国神社                   民家の間を歩く

  
                                    草の根広場に到着

  
        草の根広場で昼食・休憩          琵琶湖岸で昼食を摂るウオーカー

  
         多景島(軍艦島)              太陽の陽差しを浴びてウオーク

  
   琵琶湖を見ながら歩く        柳川緑地公園で休憩

  
       大根の収穫作業                    田園地帯を歩く

  
                     広大な田畑が広がる

  
         水路で泳ぐ鯉                   たわわに実った柿
  

         
ビューポイント

 多景島

 彦根市八坂町に属する。元は、島内に竹が多く自生していることから「竹島」と言っていたが、江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色が見えることから多景島と呼ばれる。 1665年に長浜・妙法寺僧慈雲院 日請上人が島内に日蓮宗見塔寺を開寺する。島全体が花崗岩で形成されている。

 芹川のけやき並木

 彦根城築城の際、南側に対する防御と城下町用地を確保するために、芹川の流路を現在の位置に付け替え、両岸には護岸のため、多くの樹木が植えられた。 その当時植えられたけやきは、今では樹齢400年近い巨木となり、美しいケヤキ並木を見せている。



 
矢橋帰帆島を巡る道  石山駅~南草津駅 14km  記
2019年12月1日(日)  晴れ     119名

            石山駅~膳所城址公園~近江大橋~矢橋帰帆島~矢橋大橋~鞭崎神社~南草津駅

  汗ばむほどの好天気に恵まれたウオークでした。矢橋帰帆島で昼食を摂りました。
メタセコイアが紅葉してきれいでした。
 12月15日(日)は、総会ウオーク「年末の東海道・野路から石山へ」(南草津駅~石山駅10km)を南草津駅9:30集合で実施します。皆様多数のご参加をお待ちしています。


 
       朝の準備体操 (石山駅で)                   膳所城趾公園で                  

 
                            矢橋帰帆島に到着

  
    気分爽快にウオーク

  
                            

  
                            鞭崎八幡宮


 IVVとふれあいカードを受け取る参加のみなさん(南草津駅で)

ビューポイント

鞭崎神社  

 当初は、矢橋八幡宮と称していましたが、建久元年(1190),源 頼朝が上洛の際、矢橋の浦から鞭にて神社の森を指し、村人に当社の事を尋ねた故事から鞭崎八幡宮と称するようになりました。以来、頼朝は当社を深く崇拝し、建久3年(1192)社領を寄進し、社殿を造営していました。現在の表門は、元々、膳所城の南大手門として建てられたもので、明治4年(1871)に膳所城廃城になった際、当社に移されました。



 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑩ 長浜駅~彦根駅 15km  記
2019年11月24日(日)  曇り後晴れ     260名


   長浜駅〔集合〕~近江の館~道の駅「近江母の郷」~朝妻湊跡~入江橋~松原水泳場~彦根城~彦根駅〔解散〕

 今日は、好天気に恵まれ、風もなく、彦根までずっと湖岸を気持ちよく歩くことができました。近江の館では、黒豆茶のサービスがあり、乾いた喉を潤しました。琵琶湖は波もなく、おだやかで、対岸の山々はうっすら霧がかかったようでした。A・B班は、松原水泳場で、C班は近江母の郷で、それぞれ昼食を摂りました。彦根城のお堀の紅葉はきれいで、写真に収める方も多かったです。いろは松駐車場で解散の後、もう一度彦根城を散策される方もおられました。
 次回は、琵琶湖一周健康ウオ-キング⑪を12月8日(日)(彦根駅~能登川駅20km)彦根駅9時30分集合で実施します。お会いできることを楽しみにしています。


  
          朝の光景                             長浜駅で

  
          小島会長あいさつ                       参加のみなさん

  
                       準備体操(長浜駅で)  
                     

  
         A班のみなさん                     B班のみなさん   

  
             C班のみなさん              みんなで楽しくウオーク
                              

  
        湖岸を気持ちよく歩く                  琵琶湖の水鳥

  
            紅葉の木の下で昼食              しばらく一休み

  
       松原水泳場近くを歩く           休憩
                       

  
       列詰め                        彦根城周辺を歩く
 
   
                                             
  
    彦根城の天守閣が見える               紅葉を愛でるお嬢さん

ヴューポイント

朝妻湊跡

朝妻湊跡は古代から東海・北陸地方の人の行き来や荷物の運搬など、湖上交通の要港として発展してきました。秀吉が京の大仏殿建立の際、尾張や美濃から木材を運搬し、木曽義仲の後続部隊の出陣にも朝妻湊を経て戦地に向かうなど、重要な役割を果たしてきました。

しかし、江戸時代に入り、彦根藩主、井伊氏が米原湊を御用港として保護するのを境に、それまで行われていた湖上交通は制限され、港のにぎやかさは影をひそめました。今では朝妻湊跡の石碑、港内に敷き詰められた石畳みが当時を偲ぶものとして残っています。

長浜鉄道スクエア

 現存する日本最古の長浜駅舎を中心に、日本の鉄道文化初期の時代と長浜の発展を見ることができる。明治15年、当時の新橋駅を模して造られた。洋風2階建ての建物。長浜鉄道文化館には、貴重な鉄道資料を展示。また、館内に鉄道模型運転コーナーがある。また、実際に北陸線で活躍したデゴイチやED70形電気機関車が展示されている。

長浜びわこ大仏

 良畴寺にある28mの青銅製の阿弥陀如来像。琵琶湖を背にして琵琶湖のほとりに建っている。現在二代目の大仏で1994年に建立、開眼供養された。

長浜バイオ大学

 2003年に創立した日本初のバイオ・生物学系単科大学。バイオ・生物系に絞った大学であることを生かし、実験・実習が多いカリキュラムが組まれている。企業に所属していた教員が多いのも特徴である。びわ鮎センターと共同で琵琶湖の固有種・ビワマスの餌を開発。この餌で養殖したビワマスは、従来のものより脂の乗りが良く、天然ビワマスにも匹敵する量となっている。

多景島

 彦根市八坂町に属する。元は、島内に竹が多く自生していることから「竹島」と言っていたが、江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色が見えることから多景島と呼ばれる。 1665年に長浜・妙法寺僧慈雲院 日請上人が島内に日蓮宗見塔寺を開寺する。島全体が花崗岩で形成されている。

松原水泳場

 白砂の浜が1km続き、松林も美しい浅瀬の水泳場。鳥人間コンテスト選手権大会の会場としても知られている。

彦根玄宮園

 旧大名庭園。江戸時代初期に彦根藩主井伊直興が整備したと言われている。江戸時代後期には、第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整備された。園内は、中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、作庭されたと言われている。



 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(紅葉を探すウオーク) 12km
2019年11月19日(火) 晴れ  123名

    大津駅~浜大津駅高架~疏水~三井寺~円満院~大津市歴史博物館下~大津警察学校~大津市役所
    ~弘文天皇陵~新羅善神堂~皇子が丘公園~近江神宮~琵琶湖大津館(昼食)~大津京駅

 朝の大津駅前広場は、枯葉が舞い、風が冷たくひんやりしていました。いつものように小島会長のあいさつに続き、大津駅長より、挨拶と完歩賞の授与がありました。準備体操と集合写真撮影の後、9時55分出発。30m道路を下り、琵琶湖ホテル横の高架を琵琶湖を見ながら進み、浜大津駅の階段を降り、琵琶湖疏水に沿って三井寺に10時頃に着き休憩です。疏水の水は少なく、紅葉はまだ早い感じでした。

 大津歴史博物館下の道を通り、大津市役所前に出ました。途中、警察学校生の威勢のいいかけ声が響いていました。市役所裏の弘文天皇陵に行った後、今度は林の中の階段を歩き、新羅善神堂に到着。小島会長の話を聞いた後、しばらく坂を歩き、皇子が丘公園に着きました。やっときれいな紅葉に会うことが出来ました。赤紅葉と黄色のイチョウのコントラストが見事でした。
 アップダウンの道を歩き、近江神宮には11時50分頃到着。休憩。お参りされる方もおられました。参道を歩き、琵琶湖大津館に12時20分頃着き、13時まで昼食休憩です。ミシガンから下船した暑い夏を思い出しました。
 今日は陽の当たる場所を選んで昼食を摂っておられました。13時30分頃大津京駅にゴールしました。

本日は「紅葉を探そう」というテーマのウオークでした。「皇子が丘公園の紅葉はきれいやった。」という声が聞こえてきました。上り下りが続くウオークお疲れ様でした。
 次回は、12月1日(日)「矢橋帰帆島を巡る道14km」を石山駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています


 
    浜大津の階段を降りる               琵琶湖疏水の紅葉

 
      
三井寺に向かう                運ばれていく見事な菊

 
   
美しい紅葉の前を歩く(三井寺の前)       大津市歴史博物館の下を歩く

 
      
弘文天皇陵                  木立の中に入る

 
     
新羅善神堂の前で              皇子が丘公園まで坂道が続く

 
    
紅葉をカメラに収める方々            本日のベストポイント

 
      
皇子山古墳                  近江神宮に着く

 
     
近江神宮からの帰り道             琵琶湖大津館で

ビューポイント

弘文天皇陵
 弘文天皇は、天智天皇の皇子である大友皇子です。天智天皇が大津京で没すると、皇位継承を巡って実の叔父である大海人皇子(おおあまのおうじ)と古代最大の内乱・壬申(じんしん)の乱(672年)で争い、悲惨な最期を遂げました。享年わずか25歳。
 勝利した大海人皇子は、飛鳥に遷都して天武天皇となりました。大友皇子は、永らく皇統に認められなかったらしく、日本書紀にもその名がありません。しかし、明治時代初期になってようやく39代弘文天皇と追称されました。それからすぐに、長等山麓のー古墳が陵墓に選定され、死地である「山前(やまさき)」の名をとって長等山前陵(ながらやまさきりょう)と命名され、現在に至っています。

 新羅善神堂

 園城寺(三井寺 の北院の鎮守神・新羅明神を祀っています。新羅明神は、唐の留学を終えた智証大使が帰国のために搭乗した船に出現した神だと云われています。安置されている新羅明神像は国宝。現存の社殿は1347年に足利尊氏が寄進したものと伝えられています。河内源氏の源頼義の三男・義光は、新羅善神堂の前で元服したことから「新羅三郎」と呼ばれました。



 
里山シリーズ⑰山本山から賤ヶ岳(縦走) 河毛駅~木ノ本駅  15km  
2019年11月17日(日)  晴れ 108名

                 河毛駅~速水~阿閉~朝日~山本山~賤ヶ岳~大音~木ノ本駅

朝から好天気に恵まれ、歩き始めると汗ばむ程でした。いつものように、小島会長のあいさつ、コース説明の後、準備体操をして、10時に出発です。河毛駅から、なだらかな道を4kmほど歩き山本山に12時頃に到着しました。城跡周辺で昼食休憩です。
 午後は、賤ヶ岳を目指し、アップダウンの道を8km歩きました。賤ヶ岳山頂からは、360度の眺望です。眼下に竹生島が大きく見え、伊吹山、小谷山、遠くは武奈ヶ岳も見えました。紅葉が進んで見事でした。ロープウエーをまたぎ、田んぼ道を歩いて木ノ本駅に16時30分無事ゴールしました。
 本日は、いつもと違う山道を歩くコースでした。たいへん、お疲れさまでした。次回は、12月1日(日)に「矢橋帰帆島を巡る道 石山駅~南草津駅14km」を実施します。石山駅9時30分集合です。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
  
       小島会長あいさつ                  準備体操

  
     浅井長政とお市の方の像(河毛駅前)       河毛駅前の案内板 

  
                   先ずは平坦な道を歩く

  
      山本山登り口                   樹間を歩く

  
       朝日神社で休憩              標高324.9mの山本山

  
      賤ヶ岳を目指す                賤ヶ岳から竹生島などが見える

  
             賤ヶ岳から見た奥琵琶湖

  
       余呉湖が見える              アップダウンの道が続く

  
                      紅葉を愛でながら歩く

  
       
余呉湖が見えてきた                余呉湖

 
ビューポイント>

山本山城跡

 約800年前近江源氏の山本義経が居城したと伝わります。戦国時代の末期には阿閉貞大がここに居城し、浅井氏に使えていました。頂上付近には本丸、二の丸・三の丸跡や土塁がわずかに残っています。

山本山高原 山頂

 山頂には高原があり、ピクニックを楽しむ人をよく見かけます。また、ワシタカ類の渡り鳥が観察されるため、展望台は人気スポットです。  秋になると稲刈り前の黄金色に輝く田んぼ、稲刈りを終えた田んぼ、真っ白な花が咲くそば畑がまるでパッチワークのような風景を眼下に見ることができます。

賤ヶ岳(歴史の山100選)

 山頂からは琵琶湖、余呉湖をはじめ、遠くは小谷山や伊吹山が望めます。



 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑨ 高月駅~長浜駅   19km  
2019年11月10日(日)  晴れ     240名

     高月駅(集合)~片山トンネル~道の駅「湖北みずどりステーション~奥びわこスポーツの森
~産直びわみずべの里~長浜駅(解散)
  

 高月駅を出発し、片山トンネルを抜けると、尾上町です。ここには温泉もあり、おだやかな表情の琵琶湖に浮かぶ竹生島がきれいに見えました。尾上からは対岸の山に沈む夕陽がとても美しく眺望でき、日本の夕陽百選に選ばれています。C班は湖北みずどりステーションで、A・B班は奥びわこスポーツの森で、それぞれ昼食休憩です。尾上町からゴールの長浜駅まで琵琶湖に沿って気持ちよく歩くことができました。

次回、「琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑩長浜駅~彦根駅15km(時代を感じる道)」は、11月24日(日)長浜駅9時30分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

  
            A班のみなさん                  B班のみなさん

  
            C班のみなさん                秋晴れの下、高月駅をスタート

  
           虹の前を飛ぶコハクチョウ          湖北みずどりステーション

  
       尾上町からの眺め 竹生島が見える         悠々と泳ぐコハクチョウ

  
        奥琵琶湖スポーツの森で昼食               そろそろ出発

  
         奥琵琶湖スポーツの森                   竹生島の鳥居


ビューポイント

湖北みずどりステーション

 湖北水鳥公園からの琵琶湖の夕陽は日本の夕陽百選に選ばれています。波静かな琵琶湖を紅く染めて対岸の比良山系に沈む夕陽は、水鳥や湖岸の自然をアクセントとして多くのカメラマンや旅人を楽しませてくれます。




湖南三山ウオーク   石部駅~甲西駅   12km  
2019年11月3日(日)  晴れ後くもり     131名

             石部駅~雨山文化公園~聚楽の里~常楽寺~長寿寺~甲西駅

 石部駅をスタート。お寺までの上り坂を歩くと汗ばんできます。雨山文化公園で休憩。高台からは眼下に田畑が広がり、絶景でした。聚楽の里で昼食。常楽寺と長寿寺を拝観。イチョウは黄色く染まていましたが、もみじの紅葉まではもう少しといったところ。長寿寺では、尼僧さんが面白くお話をしてくださり、みなさん、歴史や仏像の説明に聞き入っておられました。帰りは甲西駅まで下り道でした。
 善水寺も拝観したかったという声もあり、みなさん、史跡めぐりのウオークを楽しまれたことと思います。

11月17日(日)は、「里山シリーズ⑰ 山本山から賤ヶ岳(縦走)登山靴必要」(河毛駅~木ノ本駅15km)を河毛駅10:00集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

  
       石部駅に集合                 受付の様子

 
         開始式                   上り坂を歩く

 
      雨山文化公園で休憩             じゅらくの里で昼食休憩

 
         長寿寺に到着

 
       常楽寺の三重の塔              長寿寺本堂の反り返った屋根
 

  ビューポイント

聚楽の里                                                                
  爽やかな自然に囲まれた丘陵地にある健康福祉ゾーン。陶芸や木工の体験工房、滝や水車があるせせらぎ水路、小さい 子どもが遊べる大型遊具などがあり、ファミリー向きのお花見スポット。
 
湖南三山

   常楽寺
      和銅年間(708年から715年)元明天皇勅命により、良弁が開基した阿星寺五千坊の中心寺院。本堂と   三重塔は国宝に指定されている歴史ある寺。秋の紅葉が圧巻。
    長寿寺
      奈良時代に聖武天皇の勅願により、良弁僧正によって創建される。国宝の本堂に加え、重要文化財の弁天   堂などを有する。湖南市最古の古刹。
    善水寺
     奈良時代に元明天皇の勅命により鎮護国家の道場として和銅寺が草創されたのが始まり。本堂で拝める国宝   や重要文化財の仏像の数々が魅力的。秋の紅葉が圧巻。


湖南市の磨崖仏
     水口の西北、東海道に沿って、あまり高くない山がつづいており、この丘陵を「岩根」と呼ぶ。高くはない  が、奥深い森林地帯で、すぐそばを東海道が走っているのが、別の世界のように見える。その名のとおり、岩石  の多い所で、山中には善水寺という寺があり、石仏がたくさんかくされている。

                 ―白州正子『近江山河抄』「近江路」

    観音堂の裏には巨岩(不動の大岩)があり、磨崖不動明王が刻まれている。 岩根山は地元の方が整備されて  いて、付近には僧坊跡(十二坊)の案内板があり、林の中には僧坊跡が点在している。看板の左には、道の脇にた  くさんの石仏が横倒しになって置かれている。善水寺は、当時は和銅寺と呼ばれ、その後平安時代に最澄が入山  して天台宗の寺院となり、後に善水寺と名を改める。

最澄は、比叡山延暦寺を開く際、寺の材木を湖南市の奥の甲賀市一帯に求めている。しかし、材木を横田川(野洲川)に流す時、日照り続きのため、水量が少なく、うまくいかなかった。そこで、雨乞いの地を探したところ、岩根山中腹より一筋の光が目に差し込んだという。山中に薬師仏を勧請し、請雨の祈祷を七日間行ったところ、大雨が一昼夜降り続いた。材木は一気に川を下り、琵琶湖の対岸に当たる比叡山の麓に無事着岸したという。

 そこで、善水寺の寺号を賜ったといい、由来となった水が元三大師堂の横に沸いている。桓武天皇が病の際、最澄が岩根の薬師仏の前で祈祷し、水を献上すると治癒された。



 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑧永原駅~高月駅19km(古戦場の跡を歩く) 
2019年10月27日(日)  晴れ一時雨     260名
 

永原駅を出発し、暫くして、岩熊トンネルの中を歩きました。あぢかまの里に11時30分頃に着き、早めの昼食を摂りました。塩津神社の前を通り、飯浦からは長い坂道を登ります。湖岸まで山がせり出している琵琶湖最北端の地形がよく見えました。賤ヶ岳リフト前で休憩です。余呉川を渡り、磯野町集落に入り、ゴールの高月駅を目指しました。
 午前中は暑く感じましたが、午後は穏やかな天気に恵まれました。C班はゴール前に雨に遭遇しましたが、全員リタイヤすることなく完歩できました。本日は、奥琵琶湖の眺望に目をやり、賤ヶ岳古戦場跡を歩き、田園風景が広がり、柿がたわわに実る秋の風景を楽しみながら歩きました。
 次回、「琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑨高月駅~長浜駅19km(野鳥の飛来を楽しみに)」は、11月10日(日)高月駅9時30分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

  
           受付(永原駅)                 開始式(永原駅)

  
          A班のみなさん                   B班のみなさん

  
           C班のみなさん                   あぢかまの里

  
            丸子船                        塩津神社 

  
         空から見た奥琵琶湖               菅浦の湖岸集落

  
           奥琵琶湖               四足門

ビューポイント

岩熊(やのくま)トンネル

 西浅井町にあり、永原-塩津間を結ぶトンネル。 永原駅から直線距離で約2.5km。 新旧二つのトンネルが並んであり、新トンネルは796mで県内10位の長さ。

塩津海道あぢかまの里


 「あぢかま」とは、塩津の地域をさす枕言葉で、びわ湖の水辺で冬を越す鴨に由来しています。駅の北に広がるのは、約3万年の歴史をもつ山門水源の森。あぢかまの里名物としては、「鮒寿し茶漬けセット」や、「鴨そば」「琵琶ますの煮付け・塩焼き」がある。

塩津神社(西浅井町

塩津浜は、平安の頃より、北陸・越後から運ばれてくる海産物、特に塩の輸送の重要な中継地でした。
塩津神社祭神を塩土老翁とし、近くの志波谷では塩水が湧き、村人が製塩を行っていたと伝わっています。

奥琵琶湖パークウエイ

びわ湖の最北端に突き出た葛籠尾半島を縦に走る18.8kmのドライブコース。沿道を飾るのは約4000本桜の木。その向こうには、太陽の光に反射して輝く雄大なびわ湖。つづらお展望台からは、びわ湖の4分の1以上の景観を臨むことができます。 菅浦の湖岸集落

琵琶湖の北端は「奥琵琶湖」と呼ばれ、湖岸まで山がせり出しているその地形は、北欧のフィヨルドのような美しさ。永原駅から南に下がり、湖に映る木々が美しい並木通りを進むと、「隠れ里」と称される菅浦に辿り着く。かつての監視門であった茅葺きの四足門をくぐると、そこは懐かしい漁村の風景が広がります。         

四足門       

ここで村に入ってくる外来者の監視にあたり、外から攻めてきた時に、後ろの柱を倒せば前に門の屋根が倒れ、防御壁になるような構造になっている。

丸子船(西浅井町大浦)>

 西浅井は、古くより北陸と京都・大阪をつなぐ重要な交通路として人々の暮らしと関わってきました。
大浦・菅浦・塩津浜の三つの港を有し、陸上と湖上運輸の中継地でもありました。その湖上水運の主役を務めたのが丸子船でした。
伊香具神社(木之本町

 全国で唯一の「伊香式鳥居」をもつ神社。脇鳥居がついた合計12本の柱をもつ鳥居で、「火伏せの神」
「防火の神」としての信者が多い。
賤ヶ岳ロープウエイ(木之本町)

 琵琶湖八景の一つ。湖北随一の景勝地。南西に、奥琵琶湖と比良山系、竹生島。東に、小谷城跡、虎御前山、
伊吹山。北に、羽衣伝説の余呉湖が一望できる。
木之本地蔵院

秘仏である本尊を模している6mの地蔵様は、全国から訪れる参拝客を出迎えます。  寺の歴史は古く、白鳳時代に遡る。空海、木曽義仲、足利尊氏も参拝した記録がある。眼の仏様で、片目をつむった身代わり蛙たちが住んでいます。お寺に住む蛙は、多くの人々が眼の病気で困っているのを見て、全ての人々の大切な眼がお地蔵様のご加護をいただけますように」と、自らが片方の眼をつむることによって身代わりの願をかけたと言い伝えられています。



 
       多賀大社とキリンビール工場見学  16km    記 
     2019年10月20日(日) 晴れ  108名
 
 
    河瀬駅〔集合〕~胡宮神社~多賀サービスインター(えびせんの里)~多賀大社~キリンビール彦根工場~
   南彦根駅〔解散〕

 好天気に恵まれました。胡宮神社には希望する5、6人の方が境内に入り、ほとんどの方は、えびせんの里で1時間の昼食休憩です。お土産を買ったりしながらゆっくり過ごしました。多賀大社にお参りした後は、お待ちかねのキリンビール工場見学。3種類のビールの試飲を楽しみました。また、自動販売機のジュース類も無料で、みなさん大満足でした。 ほろ酔い気分で家路に向かいました。
 次回「第2回湖南三山ウオーク12km」は、11月3日(日)石部駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
         河瀬駅に集合                     河瀬駅朝の光景

  
                                    足取りも軽く 田園地帯を歩く

  
         胡宮神社                  えびせんの里に到着

  
                                       多賀大社に参拝
  
       奥書院庭園            太閤橋

   
        三本杉            お多賀杓子

  
        寿命石                 キリンビール彦根工場

  
      キリンビールの試飲にご機嫌          キリンビール彦根工場の前で

ビューポイント

胡宮神社(このみやじんじゃ)

 飛鳥時代に聖徳太子によって創祀されたと伝えられる古社であり、祭神に伊邪那岐(イザナギ)命・伊邪那美(イザナミ)命を祀っています。広い境内には本社の他にも多くの境内社や仏堂などがあります。また、青龍山への登山道もあり、頂上には磐座(いわくら)と呼ばれる巨石が祀られています。

多賀大社

 古くから「お多賀さん」の名で親しまれる滋賀県第一の大社。日本最古の書物「古事記」によると、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)・伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)の二柱の大神は神代の昔に、初めて夫婦の道を始められ、日本の国土、続いて天照大神をはじめとする八百万(やおろず)の神々をお産みになった。

 生命(いのち)の親神様であることから、古く「延命長寿・縁結び・厄除け」の神様として信仰を集め、鎌倉時代から江戸時代にかけては、武家や民衆にも信仰が広まり、多賀大社の分祀社は全国239社を数えます。

 春のしだれ桜、秋の奥書院の紅葉なども見事で、近辺には彦根城や湖東三山、琵琶湖などの名所にも恵まれ、年間約170万人の参拝者があります。

当社の東、約6キロの地にある杉坂峠の三本杉はご神木です

お多賀杓子

 元正天皇の病気に際し、当社の神主が強飯を炊き、しでの木で作った杓子を献上、天皇はたちまち治癒されたと伝え、そのしでの木が現存する飯盛木で、杓子は「お多賀杓子」として有名。

寿命石

 平安の昔、東大寺の再建を命ぜられた倭乗坊重原は当社に参拝、二十年の寿命を授かりました。寿命石はその由緒を伝える石として寿命を祈る人が耐えません。

奥書院庭園

 天正16年、太閤秀吉は米1万石を事納し、母大政所の病気平癒を祈りました。太閤橋や奥書院庭園は、その奉納によって築造されたと伝えています。 



 
       平日ファミリー 大津なぎさウオーク(歴史の道を散策) 12km   記      2019年10月15日(火) 晴れ   138名 

         大津駅~旧東海道~石場~義仲寺~宝伝寺~サンシャインビーチ~北向き地蔵~膳所駅


 朝は、風が冷たくひんやりしていました。いつものように小島会長のあいさつに続き、大津駅長より、挨拶と完歩賞の授与がありました。準備体操の後、10時前に大津駅を出発。今日は旧東海道ウオークです。30m道路を真っ直ぐ進み、途中、大津別院の前の道を右折し、松本を通ります。
 最初に訪れたのが義仲寺。見学希望の方が多く、みなさん熱心に説明を聞いていました。次に法伝寺、石坐(いわい)神社の前を通り、木下町から湖岸に出てサンシャインビーチで休憩です。その後、近江大橋の下を潜り11時20分頃に膳所城址公園に着きました。12時まで昼食休憩です。会長から膳所の町の歴史について話を聞いた後、出発。
 午後は、膳所神社の境内に入り、会長から膳所の歴史について話しを聞きました。相模川沿いに歩き、昭和町にある北向き地蔵尊に立ち寄りました。日本でただ一つ北を向いている地蔵様で参拝客が絶えないようです。12時40分頃膳所駅に到着しました。今日は爽やかな秋晴れの下で、楽しいウオーキングができました。

 次回は、10月20日(日)「多賀大社とキリンビール工場見学12km」を河瀬駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

 
          出発前の語らい              開始式での参加者のみなさん

 
       大津駅長の挨拶                 大津駅長より完歩賞の授与

 
        小島会長のあいさつ                   準備体操

 
        参加のみなさん                     旧東海道を歩く  

 
      義仲寺表門                 三浦義一翁歌碑

 
義仲寺本堂(義仲公、義高公父子の木像を逗子に納める)巴塚(武勇すぐれた美女であった義仲公の側室巴御前の塚)

 
    翁堂 (正面祭壇に芭蕉翁座像を安置)        義仲公墓(木曽塚)享年31歳

 
  翁堂(天井の絵は伊藤若沖筆四季花卉の図)      芭蕉翁墓 享年51歳

 
 朝日堂内部(義仲公、今井兼平、芭蕉翁他31柱の位牌を安置) 

 
        サンシャインビーチで休憩           膳所城址公園で昼食休憩

 
                       膳所の街の歴史について話す小島会長  膳所神社にて

 
         北向き地蔵尊に立ち寄る          様々な御利益があると云われている

 
     熱心に地蔵尊に見入る参加のみなさん

ビューポイント

義仲寺

  山門右手の提灯がかかる巴地蔵堂。「義仲寺」は木曽義仲の側室だった』巴御前がしのんで建てた草庵が始まりと云われています。女武将として名をはせた巴御前を追福する石彫地蔵があります。巴御前の供養塔は、境内にある義仲の墓の左隣に並んでいます。                         

木曽義仲の足跡    

    木曽義仲は、平家討伐の兵を挙げて都入りし勢力を奮うも、後白河上皇と対立。その後、源頼朝に追われ討ち死にしたとされています。享年31歳。その義仲を供養するため現れた尼僧が巴御前の後身だったと云われています。時代の移り変わりにより荒廃した「義仲寺」でしたが、室町時代末期に近江国守の佐々木候が再建に動き出しました。短くも激しい人生を駆け抜けた義仲の最後の地に、情に厚く真っ直ぐな生き方に惹かれた人々が昔も今も思いを寄せています。

芭蕉の思いが集結

    義仲の墓の右隣りには「義仲公の墓がある義仲寺に自分の墓を建ててほしい」と遺言を残した松尾芭蕉の墓が並んでいます。その忠誠心溢れた生涯とはかなさに強く惹かれ、大の義仲ファンといっても過言でないほどだった芭蕉。また、琵琶湖周辺の美しい景観を深く愛し、度々「義仲寺」に身を寄せていました。    境内には、芭蕉の辞世の句といわれる『旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る』をはじめ、数多くの句碑も建てられています。 境内の一番奥に佇む翁堂に、2016年・生誕300年を迎えた伊藤若沖の天井図があります。天井図は全国2カ所しかなく、非常に貴重な作品となっています。     
 翁堂の正面祭壇には芭蕉翁座像があり、左右の壁には三十六俳人の画像も掲げられています。

法伝寺

    膳所茶臼山麓の壬申の乱史跡顕彰碑由緒に記された、法伝寺古記を所有する法伝寺は石坐神社の直ぐ近くにあります。入口に「天智天皇御尊牌奉安 法傳寺」と彫られた石碑が建っています。

北向き地蔵(昭和町)

    日本で唯一北をむいている地蔵。参拝客が多く、線香の煙が漂っています。社の中に本尊。それを取り囲むように四方に地蔵が置かれています。北向き地蔵は、合格祈願や快癒など様々なことに御利益があると言われています。両側には井戸があり、それで薬を飲むと病気に効くといわれています。本尊は眼をつぶっているので目にもよいそうです。



 
       源内峠を歩こう     17km   記      2019年10月6日(日) 晴れ  85名 

     瀬田駅南口~アルプラザ瀬田店横~滋賀医大西門前~瀬田東高校前~源内峠~芝原~神領~大江~瀬田駅

スタートからゆるやかな上り坂が続きました。登り口から10分ほどかけて源内峠を越えました。

 10月20日(日)は「多賀大社とキリンビール工場見学 河瀬駅~南彦根駅 12km」を河瀬駅9時30分集合で実施します。(キリンビール工場見学は先着100名様まで)皆さま多数の参加をお待ちしています。


  
        瀬田駅南口に集合                      開始式

  
      なだらかな坂道を歩きます                   休憩

  
          源内峠登り口                    源内峠遺跡

  
          帰りは下り                      田んぼ道をあるく
 

ビューポイント

 源内峠遺跡


 源内峠遺跡は、瀬田丘陵のほぼ中央に位置する大規模な古代の製鉄遺跡です。
 大津市瀬田南部から草津市野路南部にかけては、標高130~160mほどのなだらかな丘陵が広がり、瀬田丘陵と呼ばれています。源内峠遺跡を含む一帯は、びわこ文化公園として、県民の文化に親しむ憩いの場になっています。
 今から40年ほど前、地元の小学生が林の中で地表に出てきた鉄宰(鉄を造る際に大量に出る不純物を見つけ、製鉄遺跡の存在が明らかになりました。その後、何回も発掘調査が行われ、2006年には国史跡(瀬田丘陵生産遺跡群)に指定されました。発掘調査の結果、7世紀後半頃の製鉄炉が4基発見され、製鉄炉の内法は長さ2.5m、巾25cm程で、当時の製鉄炉としては国内最大規模の製鉄炉です。
 また、鉄宰が50トン以上あったことが確認されており、操業規模も大規模であったと考えられます。源内峠遺跡の製鉄操業は操業時期と地理的状況から、大津宮、藤原京造営などの古代律令国家建設を支えた鉄生産であった歴史的評価を与えることができます。



 
       妹背(いもせ)の里     18km   記      2019年9月29日(日) 晴れ  81名 

 近江八幡駅〔集合〕~千僧供地域歴史資料館~安吉(あぎ)神社~妹背の里~御澤神社~平田駅〔解散〕・・・
近江鉄道約15分・・・近江八幡駅

近江八幡駅をスタートし、最初に千僧供地域歴史資料館まで歩を進め、館内に入り、パンフレットを頂きました。安吉神社では流鏑馬が行われる馬場を歩きました。
 妹背の里で昼食休憩です。ここは、デイトスポットになっていて、キャンプやバーベキューを楽しむ人の姿がありました。雪野山古墳の展示がありました。その後、たんぼ道を歩き御澤神社を訪れ、休憩です。御澤神社は霊験新たかな神社で、みなさん、冷たい井戸水をもらって喉を潤しました。近江鉄道平田駅まで再び歩き14時51分の電車で近江八幡駅まで行きました。本日は暑い中のウオークお疲れさまでした。
 次回は、10月6日(日)「源内峠を歩こう 17km」です。瀬田駅9時30分集合です。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。



  
    近江八幡駅の階段を降りる参加のみなさん        小島会長のあいさつ

  
       暑い中でのウオーク                  田んぼ道を歩く

  
      千僧地域歴史資料館に到着             住蓮坊古墳が見える

  
       安吉(あぎ)神社の松明                 妹背の里全景

  
    木陰を見つけて昼食休憩         鳥居がたくさん並ぶ御澤(おさわ)神社


 ビューポイント

御澤神社(おさわじんじゃ)

 御澤神社は「推古天皇の時代(約1300年前)に聖徳太子が蘇我馬子に命じて、この一帯を開墾された折りに、田用水の溜め池として清水池・白水池・泥水池をつくり、神社を創建した」という云われのある歴史ある神社です。白水池伝説という悲恋話も伝わっています。

千僧供古墳群(せんぞくこふんぐん)

 近江八幡市の南東部の平地にある古墳群。現在、供養塚古墳、住蓮坊古墳、岩塚古墳、トギス塚古墳の4基の古墳が残されている。この地域における5世紀中頃~7世紀にかけての在地首長の古墳群として重要である。

雪野山史跡広場 妹背の里

 静かな自然に恵まれた環境と多くの歴史・文化遺産をもつ雪野山麓に約5ヘクタールの敷地をもつ万葉ロマンあふれるレクレーションゾーン「妹背の里」。

 この地域は、昔、大津京の頃、額田王と大海人皇子との相聞歌で有名な蒲生野に位置しており、全ての建物が歴史背景のもとに大社風になっています。また野外活動ができる芝生広場や、浮き舞台が設けられ、グループや家族向きにキャンプやバーベキューなどが気軽に楽しめるよう整備されています。



 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑦ 近江今津駅~永原駅 20km
2019年9月22日(日) 曇り  245名
 

           近江今津駅~今津水泳場~桂浜園地~湖のテラス~佃煮工房~海津大崎~二本松~大浦川橋~永原駅

彼岸を境に朝晩涼しくなり、歩きやすい季節になってきました。スタート地点の近江今津駅には245名の「ビワ一」ウオーカーが集まりました。
 小島会長のあいさつ、準備体操に続き、A班、B班、C班と分かれ集合写真を撮影した後、ゴールの永原駅を目指し10時30分に出発しました。距離は20km、琵琶湖の最北部を次回と合わせて歩きます。

駅前の琵琶湖周航の歌資料館を通り、今津港の琵琶湖周航の歌碑に目をやり、近江湖の辺の道を一路北上します。通りは静かで車と出会うことは少ないが、風が強く、琵琶湖は少し波立っていました。しばらく歩くとウナギの美味しい臭いがしてきました。今津周遊基地で最初の休憩です。所々松の倒木が見られました。
 今津浜を過ぎたあたりで琵琶湖が開け、竹生島と伊吹山が見えてきました。湖畔では涼しい風が吹いており、間もなく桂浜園地で休憩。ここは彼岸花の群生地ですが余り咲いていませんでした。

今津百瀬川園地、知内浜オートキャンプ場を通り、知内川のつり橋を渡り、サニービ-チに到着。バーベキューを楽しむ人の姿をがありました。B、C班はここ湖のテラスで昼食(A班は海津大崎)休憩です。

再スタート後、佃煮の製造販売店で湖魚の飴煮等を買い、海津大崎の花のない桜並木を通り、大崎寺でトイレと列詰め。ゴールまで残り7.5Kmとなり、最後の力を振り絞って歩きます。途中、五つのトンネルを通ります。

反対側の琵琶湖に目を向けると竹生島が形を変えて大きくなっていました。二本松水泳場を過ぎると、ゴールは
もうすぐですが、逆に1Kmが遠く感じ、大浦を過ぎて永原駅が見える頃には、今度は次の電車に間に会うか心配でスピードを上げて歩きます。今日は、途中、何人かの方がリタイヤされ「20kmは長いな。」との感想を漏らしておられました。本日は久々の20kmのウオークたいへんお疲れさまでした。

次回の琵琶湖一周健康ウオーキング(永原駅~高月駅19Km)は、10月27日(日)永原駅10時集合で実施します。

皆様多数の参加をお待ちしています。


 
    
近江今津駅前広場に集う              小島会長のあいさつ

 
     
準備体操                    A班のみなさん

 
      
B班のみなさん                 C班のみなさん

 
                   
琵琶湖周航記念館 

 
  
今津港と琵琶湖周航の歌歌碑        今津周航基地で休憩

 
                             
飛び立つ白鷺

 
                         
琵琶湖からの涼風を浴びながら歩く

 
     
桂浜園地の彼岸花                サニービーチに到着

 
   
湖のテラスから海津大崎を望む

 
    
昼食後、出発           佃煮工房に立ち寄る 

 
    
コスモスがきれいに咲いていました         海津西浜の石積み護岸

 
 江戸時代、施工は村人の手で行われたとされる石垣            海津の路地

 
          海津の田舟       宿場町、港町として栄えた時代を忍ばせる湖岸沿いの旧街道筋

 
       海津の共同井戸「イケ」                   義経隠れ岩 

 
        ゴールはまだまだ ひたすら歩く          やっと永原駅に着きました
 
 ビューポイント

交通の要衝として栄えた今津


 かつて都と北国を結北国海道「西近江路」が通り、若狭地方(小浜)とつながる九里半街道の終起点でもあった今津は、港を擁し、湖上交通の要衝として栄えた歴史があります。 

義経の隠れ岩

 海津大崎の少し手前の湖岸にあります。義経が兄の頼朝に追われる身となり、奥洲平泉に逃れる時、この岩に隠れたと言われています。海津付近に上陸し、一時身を隠して北国へ逃れていったことは謡曲「安宅」の一節に謡われています。

海津・西浜・知内の水辺景観

 海津はかつて港町・宿場町として栄えた所。切石を整然と重ねた石積み護岸が約1.2mに渡って伸び、独特の景観をなす。この石積みは、江戸時代に代官・西与一左右衛門が季節風や台風から家を守るために築いたもので、まるで城の石垣を思わせる。共同井戸など、水と共に生きる暮らしが今も息づいている。
             




平日ファミリー大津なぎさウオーク(秋風の吹く台地)12km
2019年9月17日(火)  晴れ   124名 
 
            大津駅~本宮~茶臼山公園~秋葉台~富士見台~園山~石山駅

8月とは違い、朝の大津駅では、時折、涼風が吹いていました。いつものように小島会長の「今日は、アップダウンのきつい道を歩きます。まだ日中は暑いので水分をしっかり摂るように。」との挨拶に続き、大津駅長から50回、30回、20回完歩の5名の方にそれぞれ完歩賞の授与がありました。その後、準備体操をし、10時前に出発しました。

大津駅から国道1号を横断し滋賀女子短大の横を通り、名神高速道路の高架橋を渡り、鶴の里、池の里に入った後、側道を歩いて10時45分頃に茶臼山公園に到着。11時35分まで早い目の昼食休憩です。

茶臼山公園からは東レの煙突が良く見え、また、琵琶湖も少し眺望できました。青い空に白い雲がとても映えていました。出発前、小島会長より壬申の乱や秋葉神社等の話を聞きました。帰りも、名神高速道路の高架橋を渡り、側道を下り、途中、坂を少し登って、園山の稲荷大明神近くの公園で休憩です。後は、美崎町までずっと下りです。国道1号の上別保の信号を横断し、予定より早く12時45分頃石山駅にゴールしました。
 本日は普段あまり足を運ばない大津の山辺を歩きました。暑さ厳しい中でのウオークでしたが、木陰に入ると涼しく感じました。 木の葉が黄色く染まりかけていて、また、所々萩の花も咲いていました。本日のテーマは「秋風の吹く台地」です。皆様、どのような秋を感じられたことでしょうか。京都から来られた男の方は、「萩の花が見れてよかった。京都の街は信号で何回も待たされるが、今日はゆっくり歩けてよかった。10月も来たい。」と感想を述べておられました。

 次回のなぎさウオークは、『歴史の道を散策』です。10月15日(火)大津駅9時30分集合。
 旧東海道を歩き、途中、義仲寺を見学し、法伝寺を見て、北向き地蔵に立ち寄り、膳所駅まで12kmを歩きます。

 皆様多数の参加をお待ちしています。


  
          小島会長あいさつ               大津駅長より完歩賞の授与

  
                         大津駅長より完歩賞の授与

  
                           しっかり準備体操

  
      10月12日・13日は大津祭り                  参加のみなさん

  
          坂道は暑い

  
          しばらく休憩                    茶臼山古墳                  

  
  4世紀~5世紀頃の近江で第2位の前方後円墳           防火神の秋葉神社

  
          壬申の乱で自刃した大友皇子とその子孫や皇子の付き添い人を葬った五つの葬り塚

  
         茶臼山公園に到着                   奥に見えるのは茶臼山古墳

  
          青い空に秋の雲がたなびく            東洋レーヨンの煙突が見える              

  
      9匹の犬を散歩中の女性に出合う           小茶臼山古墳の周囲で昼食

  
                        小島会長の壬申の乱の説明を聞く

  
   名神高速道路側道を下って園山に向かう                 園山にある稲荷大明神                   
  
         園山から下り石山に向かう              「僧の山」と云われた園山

ビューポイント

茶臼山古墳(秋葉台)

  茶臼山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る前方後円墳で国指定の史跡。

 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されている。彦坐王とも大友皇子一族の墓とも言わているが、被葬者については明らかではない。墳丘全面には葺き石が敷かれ、円筒埴輪が巡り、後円部頂上には形肖象埴輪も見られる。現在、古墳東部に防火神としての秋葉神社が祀られており、さらに、南西100mの所には、小茶臼山古墳がある。周辺は茶臼山公園として整備され、市民の憩いの場となっている。


 

枝豆収穫祭ウオーク  14km     記  

2019年9月15日(日) 晴   207名   

 
                 マキノ駅~メタセコイヤ並木~ピックランド~枝豆畑~近江中庄駅

 暑い日になりました。枝豆がたくさん獲れて、参加のみなさんは喜んでおられました。美味しかったと好評でした。

  
       マキノ駅での受け付け           メタセコイヤ並木を駈けるマラソンランナー
                            
  
       マキノピックランド                  田園が広がる中をウオーク

  
          木陰で一休み                   近江中庄駅に近づく


 

第7回おごと温泉びわ湖パノラマウオーク      記  

2019年9月7日(土)8日(日)快晴  961名 

 全国から遠くは沖縄から961名のウオーカーをおごとにお迎えし、二日間8コースを観光名所を巡りながら歩きました。二日間とも強く日差しが照り付ける天気となりましたが、参加のみなさんは、青い琵琶湖や対岸の山々を見ながら、家族や友人と声を掛け合い、力を合わせながら、ゴールのおごと温泉観光公園を目指しました。中には毎日歩いているという94歳の方もおられました。ゴール後の屋台では、瑚国の地酒で喉を潤したり、屋台の焼き鳥などを美味しそうに食べている方もありました。
 また、500円でおごと温泉に浸かることができるサービスがあり、好評でした。
 

  
  「おごとんくん」と[おおつ光ルくん」のお出迎え 小島会長の挨拶と元ラガーマンの大八木選手の檄

        びわ湖クルーズコース10km参加のみなさん      ゴール後、足湯を楽しむウオーカー

  
  IVVを受け取るウオーカー。お疲れさまでした。      唐揚げや餃子等の屋台が並ぶ

  
       地酒コーナー              二日間で961名の参加がありました


びわ湖パノラマウオークマラソンコース」(42.195km) 9月7日(土)快晴  参加者 198名      
 雄琴湖岸緑地公園~浮御堂~琵琶湖大橋~烏丸半島~矢橋帰帆島~近江大橋~なぎさ公園~大津港~びわ湖大津館~唐崎神社~坂本城跡~若宮神社~おごと温泉観光公園
 

トピックス


水上でユラユラ 「オニバスに乗れたよ
 

 草津市下物町の水生植物公園水の森で夏恒例イベント「パラグアイオニバスに乗ってみよう」があった。30キロ以下の体重制限があり、試乗した子どもたちは独特の「浮遊感」を楽しんだ。試乗する葉は直径約1、2m。


  
             浮御堂             米プラザから琵琶湖大橋を望む
 
  
            烏丸半島                        水生植物公園

  
       大津市と草津市を結ぶ近江大橋             なぎさ公園

  
     大津港に停泊するミシガン               びわ湖大津館のアイリッシュパーク

  
            唐崎神社                    唐崎神社の霊松


  
          坂本城址                      若宮神社
  
ビューポイント

唐崎神社

 日吉大社の摂社。近江八景の一つ「唐崎の夜雨」で知られる景勝地。芭蕉の「辛崎の松は花より朧にて」という句で名高い樹齢約100年の巨大な霊松が境内にある。金沢の兼六園にある唐﨑の松はこの地から分けられた。古くから祓いの霊場として知られ、平安期には、「七瀬の祓」の一所として都人や多くの姫君たちがお祓いをされてきました。また、女別当社とも称し、女性の信仰が極めて篤く、特に婦人病、下の病には著しい霊験があるとされています。4月28日には、春季大祭、10月28日には秋季大祭が行われます。

 祭典後には、巫女による湯立て神楽があり、その湯水はご神水として参拝者に振る舞われます。7月28/29日には、夏の健康・病魔退散を祈る「みたらし祭」が盛大に行われます。夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)と呼ばれるちの輪くぐりや、個々人の心願成就を祈る琵琶湖上での願串炊き上げ神事、夏の夜空を焦がす辛崎花火の奉納など、さまざまな神事・行事が催されます。期間中は、地元をはじめ各地から多くの提灯の奉納があり、境内を明るく照らします。また、「みたらし団子」や「かき氷」の屋台もあり、終日賑わいます。




「びわ湖南湖半周コース」(25km)    9月7日(土)快晴    参加者 183名

草津駅~de愛広場~矢橋帰帆島~近江大橋~なぎさ公園~大津港

~びわ湖大津館~唐崎神社~坂本城跡~若宮神社~おごと温泉観光公園
 
  
                            草津駅東口広場で受付

  
       草津駅東口広場で受付                      草津宿本陣
       
           de愛広場                    矢橋帰帆島

  
                            なぎさ公園とミシガン

  
           大津港                           唐崎神社鳥居
  
  
           坂本城址                            若宮神社




「世界遺産コース」(ケーブルカー利用)15km 9月7日(土) 快晴    参加者 85名 

   雄琴湖岸緑地公園~若宮神社~比叡山坂本駅~日吉大社前~(ケーブルカー)~比叡山延暦寺(根本中堂)
 ~西塔~(ケーブルカー)~日吉大社~西教寺(明智光秀ゆかりの寺)~雄琴温泉観光公園


  
        若宮神社                          日吉大社鳥居

  
 全長2025m、所要時間11分の日本一長いケーブル    比叡山坂本駅からの眺望

  
           根本中堂                      にない堂(常行堂と法華堂)

  
     伝教大師尊像                  西教寺の門



 
「びわ湖クルーズコース」(船利用) 10km  9月7日(土)快晴   75名 

    雄琴湖岸緑地公園~浮御堂~琵琶湖大橋~ピエリ守山~(船)~雄琴温泉観光公園
 
  
     スタート前の参加のみなさん(雄琴港)                 浮御堂満月寺

  
         琵琶湖大橋                         ピエリ守山
  

[近江八景 日本遺産ロングコース (30km)  9月8日(日) 快晴  参加者 161名

 石山駅~石山寺~瀬田唐橋~建部大社~膳所城趾公園~大津港~三井寺~近江神宮~日吉大社~西教寺(明智光秀公ゆかりの寺)~おごと温泉観光公園
 
ビューポイント
 
瀬田唐橋 「唐橋を制する者は天下を制す」

 全長260m。勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。京都の宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋の一つとされてきた。明治22年まで瀬田川に架かる唯一の橋であった瀬田の唐橋は、交通の要衝であり、京都防衛上の重要地であったことから、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。唐橋を舞台として繰り広げられた、壬申の乱、寿永の乱、承久の乱など、昔から様々な戦乱に巡り合ってきた。本格的には近江大津宮遷都の時に架橋されたと考えられるが、当時は現在の位置より65m南の龍王社・雲住寺を東端としていた。

俵藤太こと藤原秀郷は、940年の平将門の乱の討伐で知られる。彼が瀬田唐橋に現れた大蛇に頼まれ、三上山に住む百足を成敗したという伝説も、武勇のほまれ高い秀郷らしい。大蛇は瀬田川に住む龍王の化身とされ、橋の東詰には、この秀郷と龍王を祀る橋守神社がある。(俵藤太の百足退治)

建部大社

 主祭神は、本殿:日本武尊、権殿:大己貴命(おおなむちのみこと)。

 日本武尊の死後の景行天皇46年、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅によって、御子・建部稲依別命とともに住んでいた現在の東近江市五個荘の箕作山の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建とされる。源頼朝が平治の乱に敗れて伊豆国に流される途中、本社に立ち寄って源氏の再興を祈願、後に大願成就したことから、出世開運の神としても著名となった。なお、昭和20年8月、日本で初めて造られた千円紙幣の図柄に日本武尊と当社本殿が使用された。主な祭事は8月17日の船幸祭。

船幸祭
 大津三大祭りの一つ、建部大社(大津市神領1丁目)の船幸祭(せんこうさい)は8月17日、本祭りを迎え、ハイライトの「船渡御(ふなとぎょ)が営まれた。船に運び込まれた神輿(みこし)が夕暮れの瀬田川を進み、最後は花火やかがり火が川面を彩った。大神輿や助成神輿、子ども神輿5基が同大社から瀬田の唐橋に到着。西日を浴び、汗を滴らせた担ぎ手たちが御座船(ござせん)に載せ、約4km下流御旅所へと下った。御旅所では、船団にともされた電飾が夕焼けに映える中、神事が行われた。

 再び唐橋へ戻る地、川岸のかがり火と打ち上げ花火が一行を出迎え、東の空には月が昇った。川を染める光のショーに大勢の見物客が見入った。船幸祭は建部大社の祭神、日本武尊(やまとたけるのみこと)が船団を率いて東征した故事に因み、瀬田川を海路に見立てて1915年に再興された。

         
         石山駅にある芭蕉像                  石山寺 
 
  
       石山寺 岩と多宝塔                            瀬田唐橋

   
          瀬田川を行くボート                     船幸祭

  
                 建部大社                    膳所城址公園

  
            大津港                        三井寺仁王門

  
           三井寺観音堂                       近江神宮
                
  
          山辺の道沿いにある千体地蔵             日吉大社東本宮(権現造り)

  
       不断念仏道場 総本山西教寺                    西院教寺の門
 




[近江八景 日本遺産ミドルコース(20km) 9月8日(日) 快晴 参加者 113名

 大津駅~梅林1交差点~滋賀県警察本部前~大津港~三井寺~近江神宮~日吉大社~西教寺~おごと温泉観光公園

  
          大津駅                    瑚国三大祭りのひとつ 大津祭 

  
        大津港の大噴水                弁慶の引き摺り鐘

  
      近江神宮時計館と宝物館                      日吉大社西本宮
                             
  
                 旧竹林院             入母屋造り茅葺きの茶室

  
              六角堂                 青紅葉の日吉神社

  
   穴太衆積みの石垣がある日吉馬場道                 山王祭 花渡り式

  
      西本宮を出発し琵琶湖へ渡御               不断念仏の西教寺
 
 ビューポイント

日吉山王祭

 日吉大社の祭礼である日吉山王祭は4月12日から15日まで4日間に渡って行われる。延暦10年(791年)に神輿が新造されて坂本から唐崎に渡御したのが最古とされており、奈良時代から行われている祭典である。事前の行事として3月1日に2基の神輿を牛尾山の山頂に運ぶ「神輿上げ」と4月3日に天孫神社に全長8mの榊を奉納する「大榊」の儀式がある。
 4月12日の夕方、甲冑を付けた武者に警護された神輿が牛尾山から東本宮に降ろされる「午の神事」の儀式。これは夫婦神の結婚を表している。
 13日は甲冑を付けた武者姿の稚児を先頭に造花の大指物を持った青年たちが練り歩く「花渡り式」が行われる。 夕方に東本宮の大政所で「宵宮落し」を行って神輿を荒々しく降った(若宮誕生を意味する)後に西本宮(大宮)拝殿に移される。
 14日は西本宮での儀式となり、天孫神社に奉納されていた大榊の還御、神仏分離後も継続されている天台座主による五色の奉幣に続いて、各社から西本宮に集められた神輿の渡御が行われる。
 そのうち2基が神輿船で琵琶湖を渡る「船渡御」が行われる。神輿船は唐崎沖にて粟津の御供と称される供え物を捧げ、これを琵琶湖に投じた後に、夕方に西本宮に帰還する。15日は諸社の巡拝を行って終了する。
                   
[守山満喫コース](15km) 船利用    9月8日(日) 快晴  参加者  56名

 守山駅~東門院~交流センター~守山運動公園~大庄屋諏訪家屋敷~少林寺~洲本西~速野小前~琵琶湖大橋東詰~ピエリ守山~(船)~おごと温泉観光公園

  
            東門院                         中山道守山宿

  
                                     大庄屋諏訪家屋敷

  
     一休禅師の住居であった少林寺             大庄屋諏訪家屋敷庭園(枯山水、池泉回遊式)                                             

ビューポイント

比叡山東門院守山寺

守山の地名の由来となった寺で、最澄が延暦寺を開いた時、東方の鬼門を守るために建立されたと伝えられている。守山観音と呼ばれる。 

守山宿

 守山は古来、東山道の宿駅として栄えました。江戸時代に入り、東山道から中山道に改められた。1642年、守山宿は、徳川幕府により、中山道の正式宿場としての制札が下され認可されました。中山道は東京板橋からマオリ山までの六十七次で守山は最終宿場でした。 江戸時代、旅人の一日の行程は八里(約32キロ)から十里(40キロ)でした。京都三条大橋から守山までが八里六町(約84.4キロ)でこの行程にあたる。 京都から中山道を通って江戸方面に行く(東下り)人たちは守山で泊まりました。 このことから「京だち守山泊まり」と呼ばれ、守山は明治維新まで繁栄しました。

今宿一里塚

 一里塚は江戸幕府により1604年に整備されたもので、一里毎に道の両側に五間四方の塚を築き、榎や松を植えて通行の目安としたもの。明治以降、交通形態の変化による道路拡幅や農地、宅地への転用などにより、その殆どは消滅し、現存するものは今宿一里塚のみとなりました。規模は小さくなっていますが、南塚のみ残り、榎が植わっています。

大庄屋諏訪家屋敷

 諏訪家屋敷は、暦応三年(1340年)に諏訪円忠が足利尊氏に従って信州より当地へ地頭職として赴任したことに始まる。
その後、子孫が土着し、江戸時代には、赤野井一帯の小津郷の大庄屋であった。茶室は明治維新の後、大津の円満院からの移築である。茶室裏の天神川から屋敷地内へ船が出入りできるように石垣が工夫されている。




[2020大河ドラマ主人公 明智光秀ゆかりのコース](10km)  9月8日(日) 快晴  参加者  90名

 雄琴湖岸緑地公園~聖衆来迎寺~坂本城跡~東南寺~坂本城址公園~盛安寺~滋賀院門跡~慈眼堂~日吉大社
 ~西教寺~おごと温泉観光公園

 
ビューポイント

聖衆来迎寺

 比叡山の東麓に所在する天台宗の寺院。その表門は、明智光秀公が城主を務めた坂本城の城門を移築させたと伝えられています。  
 また、境内には織田信長の家臣・森可成(蘭丸の父)の墓があり、次のような逸話が残されています。可成は、元亀元年(1570年)、信長と敵対していた朝倉軍勢との戦いに敗れ、坂本で戦死を遂げました。聖衆来迎寺は浅井。朝倉方に味方するう立場にありましたが、当時の住職は、可成の死を悼み、遺体を同寺に葬りました。家臣を弔ったことに恩義を感じた信長は、翌年、比叡山焼き討ちを命じるに当たり、聖衆来迎寺だけは焼き払わなかったといわれています。

東南寺の戸津説法
 天台宗(総本山・延暦寺)の高僧が5日間にわたって法華経を説く「戸津説法」が8月21日、大津市下阪本の東南寺で始まった。今年は穴太寺(亀岡市)住職の穴穂行弘氏が説法師を務め、森川宏映天台座主、桂川孝裕亀岡市長や同市の壇信徒、近くの住民ら約250人が聴講した。

戸津説法は、最澄が両親の供養のため琵琶湖畔の戸津浜で民衆に法華経を説いたのが始まりで、天台座主への登竜門とされる。25日まで毎日行われた。

  
          聖衆来迎寺                         坂本城址

  
  東南寺にある坂本城落城の時討ち死にした明智一族とその家来の首塚 坂本城址公園

  
      坂本城址公園にある明智光秀像             明智塚

  
         七本柳の浜と山王鳥居          ここから神輿を船に乗せる

  
           盛安寺                天台座主の住居であった滋賀院門跡

  
天台座主の廟所や桓武天皇の供養塔、後方には阿弥陀如来の石仏  西教寺(天台真盛宗総本山)       

  
              明智光秀一族の墓       鼓、琵琶などの楽器や蓮華の花を持つ、阿弥陀如来菩薩
  


 
琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑥「生水の郷と湖岸線の展望」  記
近江高島駅~近江今津駅 19km
 2019年8月25日(日) 晴れ 280名     
       
         近江高島駅~萩の浜~横江浜~安曇川園地~源氏浜~針江浜~水鳥観察センター前
        ~琵琶湖周航の歌記念館~近江今津駅


 前回、近江高島駅にゴールしたのは7月7日。あれから一月半が過ぎました。8月も下旬に入り、ほんの少し秋の気配を感じ始めました。

会長のあいさつの後、馬場副会長より9/1くつの日ウオークと10/13高月観音ウオーク中止の連絡と次のような注意事項がありました。「久しぶりに歩かれる方も多いと思いますので、熱中症対策として、こまめな水分補給を心掛けるように。(一度に飲むと血液濃度が下がる)。」

今回のコース道中にはコンビニがなく、自動販売機もごくわずかしかありません。人があまり通らない地域での自動販売機は稼働していないことも多々ありますので、そのリスクも踏まえておく必要があります。また、昼食休憩後のコースが単調な道で日陰もなく厳しいコースです。

近江高島駅前のガリバー像の前で記念撮影をし、スタートです。先ずは民家や田んぼのあぜ道などいくつかの細い道を抜け、琵琶湖湖岸を目指します。萩の浜あたりは夏の名残りを楽しむ家族連れがキャンプを楽しんでいました。松並木の木漏れ日が気持ちよく、ときおり吹く風にほっとしました。コスモスの花が咲き、秋の気配が感じられました。今日の予想気温は29度です。休憩の度に水分補給を呼びかけました。

 安曇川園地を抜けて源氏浜に向かいます。例年立ち寄っていたしんあさひ風車村は食事の客以外は入場出来ません。昼食休憩場所は、源氏浜(A班)と安曇川園地(B・C班)です。

 休憩の後は仕切り直しです。気温が上がってきました。ここから近江今津までの道中は単調で日影がありません。源氏浜からゴールまで8km。針江浜からは箱館山のロープウェイが見えます。水鳥観察センターからゴールまで2kmちょっと。あの桟橋のところを曲がったら近江今津の駅に向かう道。やっとゴールに辿り着きました。

 14時過ぎ、A班、到着。 久々のウオークで体調を崩したり、脚に異常を感じて途中リタイヤされる方が何人かおられました。みなさま、本日はたいへんお疲れさまでした。

では、次回、9月7日(土)、8日(日)、「おごと温泉びわ湖パノラマウォーク」でご一緒できることを心より楽しみにしています。 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑦近江今津駅~永原駅20km」は9月22日(日)近江今津駅10時集合で実施します。みなさま多数の参加をお待ちしています。

  
        小島会長あいさつ                          準備体操

  
     ガリバー像の前で                A班のみなさん

  
                            B班のみなさん

  
                              C班のみなさん

  
   湖西バイパス高架下を潜り琵琶湖岸に向かう           四高桜の記念碑

  
        浜風が吹く萩の浜で休憩                      白鷺の群れ

  
                            時折吹く涼風が心地よい

  
                           時折吹く涼風が心地よい

  
                                  横江浜で休憩

  
       キャンプを楽しむ人が見える              白い雲と青い空の下を歩く

  
     波ひとつ無い穏やかな琵琶湖                 昼食までもう一踏ん張り
  
  
                             B・C班は安曇川園地で昼食

  
    日陰がなく、単調な道が続く午後のウオーク       黄色く色づき頭を垂れ始めた稲穂

  
         白波が立つ琵琶湖                     最後の休憩地の針江浜
                       
  
           木津の港跡                    竹生島遥拝所跡
                                
  
          二つ石大明神                   木津の常夜灯

                       
 ビューポイント

四高桜の石碑

 萩の浜水泳場に入る手前の一角にある石碑は、昭和16年4月6日に金沢大学ボート部員11名が比良八荒の季節風に遭い、萩の浜の湖底に沈みました。その遭難死を悼んで、関係者と地元の人が協力し、湖岸に1,000本の桜の苗木を植え、「四高桜」の碑を建立しました。

木津の港跡

 木津は、昔から湖上交通の要所で、竹生島への渡し場であり、江戸時代に若狭小浜藩の米蔵屋敷のあった所。かつては157間の石垣があったと言われている。

竹生島遥拝所跡

 ここから竹生島がよく見えるため、その昔、舟に乗って竹生島に渡る路線のない巡礼者が、この場所から竹生島を拝んだと言われている

二つ石大明神

 琵琶湖の沖合100mの湖底に二つの石がある。これが「二つ石」と呼ばれているが、渇水時でないと現れない。このため、沖の「二つ石」に代わって、同じような大きさの石が二つ、湖岸に置かれ、二つ石大明神として祀られている。毎年7月28日に雨乞いの神事が行われる。「二つ石」は、7~8世紀に施工された耕地区画「条里制」の貴重な遺構でもある。



 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(湖上の風にも秋を感じて)12km  記
 2019年8月20日(火) 曇り 88名     
            大津駅~大津港~びわ湖大津館~唐崎神社~唐崎駅

暑さも少し和らいだ16時30分に大津駅に集合。いつものように開始式を終え、準備体操の後、出発しました。大津港では、ミシガンなど三艘停泊していましたが、昼間の賑わいはありません。

浜大津を出て、国道161号線を歩き、競艇場の前を通り、びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル)に着きました。7月にプリンスホテル前からミシガンに乗船し、下船した桟橋の前で休憩です。炎天下の中、昼食を摂ったのを思い出しました。今日は、さほど暑さは感じなかったです。18時過ぎに出発。今度は、琵琶湖沿いを、暫し、涼風に当たり、対岸の景色を見ながら湖畔公園を歩き、国道のK,S電機の前に出ました。

 再び国道を歩き、自衛隊大津駐屯地前を通り、唐崎神社には、18時45分頃着きました。松が伐採され半分程度になっているのを観て驚いておられる方もいました。

 みなさん、琵琶湖が見える「近江八景 唐崎の夜雨」の石碑の前にある縁台に座り、涼を取っていました。真正面に三上山が見えます。夕方の琵琶湖は凪いでいて、穏やかな表情を見せていました。ゴールの唐崎駅には19時20分頃に着きました。

 みなさま、本日のたそがれウオークはいかがでしたでしょうか。

 次回の大津なぎさウオーク(秋風の吹く台地)は、9月17日(火)大津駅9時30分集合で実施します。国道1号線を越え、山の手を歩きます。茶臼山公園から園山を通り、石山駅まで12kmです。多数の参加をお待ちしています。


  
         出発式の光景                          大津港に向かう

  
         ミシガンの前を歩く                   大津港 お祭り広場から望む 

  
         びわ湖大津館                             柳が崎 

  
        柳が崎の桟橋前で休憩                   柳が崎湖畔公園

  
           唐崎神社                           七瀬祓所の址

  
            唐崎神社と松                       唐﨑の霊松

        
        茅の輪くぐり(みたらし祭)              願串炊きあげ神事(みたらし祭)
  「悪し」(あし)」を「良し」に変えるという“お祓い葦”を   
 手に持って輪をくぐります。

  
 滋賀海軍航空隊石碑(唐崎駅裏口)       茶の発祥の地  唐崎

ビューポイント

唐崎神社

 日吉大社の摂社。近江八景の一つ「唐崎の夜雨」で知られる景勝地。芭蕉の「辛崎の松は花より朧にて」という句で名高い樹齢約100年の巨大な霊松が境内にあります。金沢の兼六園にある唐﨑の松はこの地から分けられました。
 古くから祓いの霊場として知られ、平安期には、「七瀬の祓」の一所として都人や多くの姫君たちがお祓いをされてきました。また、女別当社とも称し、女性の信仰が極めて篤く、特に婦人病、下の病には著しい霊験があるとされています。4月28日には、春季大祭、10月28日には秋季大祭が行われます。祭典後には、巫女による湯立て神楽があり、その湯水はご神水として参拝者に振る舞われます。

7月28日には、夏の健康・病魔退散を祈る「みたらし祭」が盛大に行われました。夏越(なごし)の大祓(おおはらえ)と呼ばれる千の輪くぐりや、夜には古札を琵琶湖上で燃やし、個々人の心願成就を祈る「願串焚き上げ神事」が営まれ、湖面を幻想的に染め上げました。ほら貝の音が響く中、日吉大社の神職が舟に乗り、沖合に設けたやぐらで札などに点火すると、薄闇の湖上に炎が立ち上がりました。花火師が花火の筒を抱えて火をつける「手筒花火神事」では、勇壮に噴き上がる火柱から火の粉のシャワーが湖に降り注ぎました。日中から夕方にかけては同神社境内で茅の輪くぐりや湯立神楽神事が行われました。

 期間中は地元をはじめ各地から多くの提灯の奉納があり、境内を明るく照らします。また、「みたらし団子」や「かき氷」の屋台もあり、終日賑わいます。

唐崎の渡来人

507年頃、近江の高島、三尾出身の応神天皇六世継体天皇が、大和の豪族達に請われ、天皇に即位した。
 527年頃、九州の豪族、磐井が大和に対して反乱を起こした。それを朝鮮の新羅が援助し、武器を磐井に送った。それと共に今まで友好国であった百済も任那の四県加羅、安羅等の割譲地の返還を要求してきた。北九州の磐井と新羅により対馬海峡が危険地帯となり、また、百済の返還要求で鉄の板が大和に入らなくなった。反面、戦争のため、刀や武器、馬具も沢山必要になった。
武器製造の原料が鉄のため、朝鮮半島に頼らない方法として、日本での開発、開拓に踏み切り、鉄鉱石や砂鉄の発見に当たらせた。
 
 532年、加羅の王が新羅に投降したため、大和朝廷は、加羅より製鉄職人(鉄鋼探しや製鉄工)を近江、阿波、摂津、播磨、遠州の五カ国に分置し、移住させた。

 唐崎の渡来人は、百済から直接、唐崎に入って来た。唐崎にのみ、百済式大壁造りの家が多く、飛鳥、高市にもなかったオンドルが唐崎にのみ数カ所で見つかっている。
 
 近江の国は、琵琶湖の有機物を多く含んだ栄養豊富な黒土により、米だけでなく、鉄も有名であった。


 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(びわ湖の恵みに感謝して)12km  記
 2019年7月16日(火) 曇り後晴れ   212名     

     大津駅~県庁前~サンシャインビーチ~なぎさ公園~大津プリンスホテル前~ミシガン乗船
    ~びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル)昼食~近江神宮参道~大津京駅

ミシガンの乗船を楽しみに、いつも以上の多くの参加があり、受付は混雑し長い列ができました。また、今回は10回から40回の完歩賞対象の方が12名もあり、駅長さんから授与していただきました。

大津駅を出発し、県庁前から旧東海道を通り、湖岸に出ます。サンシャインビーチを歩いた後、大津プリンスホテル前から待望のミシガンに乗船しました。みなさん、11時55分の乗船まで待ちきれない様子。やがてミシガンが視界に入ると、一目見ようとカメラに収める方を多く見受けました。いつもは遠くからしか見ていないミシガンですが、近くで見ると大きさを実感します。いよいよ乗船の時間が来ました。待ってましたとばかり、思い思いの場所に向かいます。涼風に当たりながら、対岸の景色を見たり、雑談をしたりしながら35分間のクルーズを楽しみました。もっと乗っていたかったの声もあちこちから聞こえてきました。

 12時40分に柳が崎のびわ湖大津館前で下船となりました。ミシガンの出航の様子をしばらく見ながらの昼食です。気温がかなり上がり、真夏を思わせる天気になり、日陰を選んでの食事です。

 13時15分に出発。近江神宮参道を歩いて大津京駅に13時45分頃に着きました。

 今日は、船から周囲の山々や、浜大津から西大津までマンションが林立している様子など、対岸の景色を眺望するよい機会になりました。

次回第90回大津なぎさウオーク(湖上の風にも秋を感じて)は、8月20日(火)大津駅16時30分集合で実施します。大津港からびわ湖大津館を通り、唐崎神社を訪れ、唐崎駅まで歩きます。

 皆さま、多数の参加をお待ちしています。             

  
      大津駅長より完歩賞の授与            滋賀県庁本館付近をウオーク

  
       義仲寺の前をウオーク                 サンシャインビーチをウオーク
 
  
      プリンスホテル前までウオーク              ミシガンと桟橋  

  
       いよいよミシガンに乗船            笑顔で迎えてくれたびわ湖汽船の方々

  
       湖上遊覧を楽しむみなさん                リラックスタイム

  
     デッキでくつろぐ参加のみなさん          「恋人の聖地」 撮影スポット

  
     対岸の景色を楽しむウオーカー       マンションが建ち並ぶ西大津付近

  
        柳が崎湖畔公園前で下船                 昼食風景

  
       ミシガンを見送るウオーカー          びわ湖大津館から大津京駅まで歩く



 
  琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑤ 志賀駅~近江高島駅 17km  記
 2019年7月14日(日) 曇り時々雨   268名     

雨上がりの比良山系は霧がかかって、きれいな佇まいを見せており、志賀駅構内の受付は長い列ができました。
 いつものように小島会長の挨拶、コース説明と続き、準備体操と集合写真撮影の後、スタ-トしました。
 志賀駅前の道路をしばらく歩いた後、琵琶湖岸に出、再び湖西線沿いを歩き、比良駅に着きました。
 
 比良駅から少し歩くと、おはぎの店「駅長さん」です。買い求める方が多かったようです。
 琵琶湖八景の一つである「涼風・雄松崎の白汀」を通り、近江舞子駅に向かいます。泳いでいる人の姿も見えました。近江舞子の浜を通ると、いい香りがしてきました。家族連れがバーベキューを楽しんでいます。その後、ずっと湖畔を歩き、北小松に向かいます。白髭神社の鳥居が小さく見えています。北小松の民家の間を通り、国道の交差点を横断すると、北小松駅が見えてきました。
 
 北小松地区 は、紅殻と呼ばれる防腐・防虫のために、赤い紅殻を家の格子や柱に塗っているが家々が軒を並べています。また、昔から楊梅の滝から流れる水を農業・生活用水として使用しています。
 家々の側を水路が走っており、家の前にある「かわと」で野菜や果物を冷やしたり、茶碗を洗ったりしていました。現在では、殆ど使われていませんが、約30箇所残っているようです。
 北小松駅前で昼食タイムです。
 
 午後は、暫く江若鉄道廃線跡を歩き、やがて岩除地蔵尊に着きました。鎧岩と呼ばれる大きな岩の下に安置されており、通行には大変危険な場所であり、人々は、落石やガケ崩れから身を護って頂くために、お地蔵様を「岩除地蔵尊」と名づけ、崇拝するようになったと言われています。
「うかわファームマート」でかき氷やキャンデイで喉の渇きを潤し、暫く休憩です。

 次は白髭神社です。近江最古の神社で、近江の厳島神社とも呼ばれ、近年はパワースポットとしても知られており、湖に浮かぶ朱塗りの大鳥居に惹かれ、若い人の参拝も多いです。境内には、与謝野鉄幹・晶子夫婦がここを訪れた際に詠んだ歌碑がありました。

 次に訪れたのは、鵜川四十八躰石仏群です。室町時代後期、観音寺城主 佐々木六角義賢が亡き母の菩提を弔うために、観音寺城から西に当たる当地に(西方浄土)に建立したと言われています。
 
 最後に乙女が池。

 万葉の時代、「香取の海」と呼ばれた乙女が池一帯は、山の麓までびわ湖の入江になっていました。その後は、大溝城の外堀で、恵美押勝が挙兵に失敗し、高島郡三尾崎で捕らえられ、勝野の入り江で斬罪されたと伝えられる地で、壬申の乱で落城したと伝えられる三尾の城も背後の山中にあったと言われ、幾多の歴史を秘め、湖面にロマンを漂わせています。今は内湖となり、淡水魚の宝庫として釣り人も多い静かな公園です。 また、乙女が池の畔と高台には、乙女が池を詠んだ万葉集の歌が刻まれた歌碑がありました。

そして、大溝城跡。織田信澄が天正6年に築城した城で、浅井三姉妹の次女・初が京極高次と新婚時代を過ごしたと云われています。
 近江高島駅には、13時45分から15時過ぎに着きました。本日は、蒸し暑い中のウオ-キング、たいへんお疲れ様でした。
 今回は、親子の参加がありました。3年生と5年生の男の子です。17kmを完歩し、周りから賞賛の声が起きました。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング2019⑥近江高島駅~近江今津駅19km」は、8月25日(日)近江高島駅10時集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。


  
      志賀駅高架下での出発式                        準備体操

  
           A班のみなさん                       B-1班のみなさん

  
           B-2班のみなさん                    C-1班のみなさん

  
             Cー2班のみなさん            志賀駅を出て間もなく(荒川付近)

  
        緑が美しい南比良の田園風景           比良の暮雪の石碑

  
         「駅長さんの店」(北比良)            滝川橋を渡る

  
            間もなく湖岸に入る                沖島を眺望

              近江舞子中浜水泳場で休憩            北小松水泳場横を通る     
 

  
             北小松駅に到着                昼食タイム

  
             岩除け地蔵尊                  白髭神社

   
      パワースポット 白髭神社の鳥居                鵜川四十八体石仏

  
   かつて香取の海と呼ばれたという乙女が池の歌碑            大溝城跡  

  
             乙女が池                  近江高島駅にゴール 



 
  琵琶湖一周健康ウオーキング2019④ 堅田駅~志賀駅 14km  記
 2019年6月30日(日) 雨   236名     
 

堅田駅~米プラザ(トイレ休憩)~真野浜~小野駅(トイレ休憩)~小野神社(列詰・参拝)~和邇駅(昼食)~中浜漁港~蓬莱駅(トイレ休憩)~県道八屋戸川橋~木戸川傍公園~志賀駅

 朝から雨模様。参加のみなさんはいつもと違う雨対策の服装です。今回は、カゴメ(株)大阪支店よりジュースの提供がありました。いつものように小島会長のあいさつ、コース説明の後、準備体操、集合写真撮影をし、出発しました。 最初に米プラザでトイレ休憩。その後、大きな水たまりを避けながら真野浜を歩きました。国道を渡って、小野駅でトイレ休憩です。雨はかなり激しく降ってきました。 唐臼山古墳の前を通り、小野神社に到着。茅の輪くぐりの後、餅の神様といわれる小野神社に参拝。

 しばらく歩いて和迩駅に到着。昼食です。晴れならば和邇公園で食べる予定が、駅の構内や駐輪場の中で摂ることになりました。向かいの平和堂に行かれる方もありました。みなさん、雨のため、帽子から滴が垂れ、靴の中もジュクジュク。合羽を着ていても中のシャツまで汗で濡れ、みなさん、困り切った様子でした。

午後は、北浜の信号を渡り、湖岸に出ました。和邇浜を歩き、中浜漁港の前を通りました。琵琶湖はどんよりとしていますが、湖西の山々は霧がかかって一段と美しく見えました。

蓬莱浜を歩き、蓬莱駅でトイレ休憩。しばらく高架下を歩き、八屋戸川を渡り、再び浜に出ます。雨は小降りになってきました。八屋戸浜を歩いて、やっと志賀駅にゴールしました。本日は久々の雨の中のウオーク、たいへんお疲れさまでした。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング⑤志賀駅~近江高島駅17km」は 7月14日(日)志賀駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています


  
     
小島会長のあいさつとコース説明              準備体操

  
 
         A班のみなさん                   B班のみなさん

  
 
         B班のみなさん                   C班のみなさん

  
 
       堅田駅前通りを歩く                 真野浜を歩く

  
      
唐臼山古墳(小野妹子公園)          夏越の大祓 茅の輪くぐり  小野神社で

              
        中浜漁港                    八所神社

  
           
蓬莱山                       蓬莱駅から蓬莱浜へ

  
            
蓬莱浜を歩く                   釣りを楽しむ人

  
     
  紫陽花に目が止まりました                対岸は沖島

ビューポイント

小野神社

 小野神社は、第五代考昭天皇の第一皇子、天足彦国押人命(あまたらしひこくにおしひとのみこと)とその七世の孫、米餅樢大使主命(たがねつきのおおおみのみこと)を祭神としています。米餅樢大使主命は応神天皇の頃に日本で最初に餅をついた「餅作りの始祖」といわれ、現在では“お菓子の神様”として信仰を集めています。

 また、この神社は、小野妹子・小野篁・小野道風などを生んだ古代の名族・小野氏の氏神社となっています。推古天皇の代に小野妹子が先祖を祀って創建したようです。また、平安時代、小野篁の時に同族が小野神社に集まって氏神を祀ったことが「続日本後紀」に載っているようです。



 
  西の湖一周ウオーク(水郷巡り)安土駅~安土駅 15km  記
 2019年6月23日(日) 薄曇り   115名     

       安土駅~西の湖ステーション~よしきりの池~安土墓地公園~大中~白王町~円山和船乗り場
    ~西の湖園地~日暮橋~よし笛ロード~活津彦根神社~安土駅

 薄曇りの中、気持ちよく歩くことができました。よしきりの池では、鳥の鳴き声を楽しみました。西日本有数の畜産団地が広がっている大中の前を通ると、牛舎から飼料等の臭いが漂ってきます。西の湖園地で昼食を摂った後、よし笛ロードを歩き、最後の活津彦根神社を訪ねました。 本日はお疲れさまでした。
 次回は、6月30日()に「琵琶湖一周健康ウオーキング④堅田駅~志賀駅14km」を実施します。堅田駅9時30分集合です。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
                             受付風景  安土駅で
 

  
           開始式                        よしきりの池

  
            よしきり                  快調に歩く参加のみなさん

  
                        薄曇りの中を颯爽と歩くみなさん
                                       
  
          「水郷のさと」円山              和船に乗って水郷めぐりを楽しむ人

   
        水郷めぐりのどかな風景             活津彦根神社

ビューポイント

 西の湖

 西の湖は、琵琶湖最大の内湖で、総面積約222ha,その内109haをヨシ原を主体とするヨシ原群落で覆われた湿地す。内湖では、多くの貴重な動植物が確認されていて、そのヨシ原群落は水鳥の生息地、繁殖地になっています。
 内湖周囲には一部住宅地などがありますが、大部分はヨシ群落で覆われて、1992年7月1日のヨシ群落条例が施行されてから「保全地域」として大切に守られてきました。また渡り鳥の中継地として重要な役割を持ち2006年11月1日に鳥獣保護区に指定され、2008年10月30日にはラムサール条約湿地として琵琶湖エリアに追加登録されました。
 内湖とその周辺では、秋から初春にかけて多くの野鳥が観察出来、毎年の探鳥会では45~55種類の野鳥が観察され多くのバードウオッチャー注目の探鳥地になっています。湖面には多くのカモ類が飛来し、羽を休めています。 ヨシ原や周辺のあぜ道では、オオジュリン、ベニマシコ、カシラダカ、アオジ、ホオジロなどの小鳥類が見られます。少し目線を上げると、ヨシ原群落の上を帆翔するチューヒやハイイロチューの姿が見られたり、田畑ではノスリ、チョウゲンボウが見られることもあります。

 よしきりの池(近江八幡)

 西の湖に隣接した小さな池ですが、何人もの釣り人の姿が見られました。池の中に堤が網の目のようにめぐらされた不思議な形をしていて、最初は釣り用の施設かと思いましたが、これは田畑で使った水をリサイクルするための天然の浄水場として造られたものです。
 農地から排水された富栄養化した水はポンプでこの池に送りこまれ、小腸のような池を通るうちにヨシなどの水生植物が窒素を吸収し、細かい養分も土中に沈殿していき、池を出ていく時には、ぴかぴかの水になって西の湖に還っていきます。

 活津彦根神社

 社伝によると、御祭神は活津日子根神(天照大神の第四御子神)で、創建は不明ですが古より豊浦庄産土神として尊崇さています。この豊浦庄は桓武天皇が奈良薬師寺に寄進された土地ですが、後、延暦寺・日吉社の勢力下に入りました。織田信長は安土城を築くにあたり参詣寄進、彦根城主の井伊直孝も彦根神を尊崇、自分の城に彦根の名を付けました。このように村内の氏子のみならず、武士にも尊崇されていたからでしょうか、村社の格としてはとても規模が大きいです。



 
  平日ファミリー大津なぎさウオーク(午王さんの日)大津駅~石山駅 12km 記
 2019年6月18日(火) 晴れ     149名      

        大津駅~(旧東海道)~石場~膳所城趾公園~瀬田唐橋~螢谷公園~石山寺~石山駅

 朝から好天気に恵まれ、汗ばむ陽気となりました。いつものように開始式ではコース説明の後、駅長から完歩賞の授与がありました。大津駅から県庁前を通り、旧東海道を歩きます。松本、石場、義仲寺を過ぎ、最初に西ノ庄にある磐井神社を訪れました。ピンクや紫のあじさいが咲いていて、カメラに収める方もおられました。次は和田神社です。石田三成がくくられたという大きなイチョウの木があります。
 11時過ぎに膳所城趾公園に着き、11時45分まで昼食休憩となりました。

 午後は、ずっと湖岸を歩き、粟津の晴嵐から唐橋を越え、川幅が狭くなる瀬田川に沿って歩き、13時頃に石山寺に着きました。今日は牛王さんの日で門前市が開かれていて、賑わっていました。トマトや果物、さつまいもなどを買い求めておられる方も見受けました。
 帰りは、京阪石山寺駅からしばらく旧道を歩き、県道に出て石山駅まで歩きます。本日は、お疲れ様でした。
 
 次回の「第89回大津なぎさウオーク(琵琶湖の恵みに感謝して)」は7月16日(火)大津駅9時30分集合です。大津駅から湖岸に出てサンシャインビーチを通り、なぎさ公園まで歩きます。プリンスホテルから大津港まで40分のミシガン乗船を楽しみます。乗船料は300円です。その後は、びわ湖大津館(旧琵琶湖ホテル)を通り大津京駅で解散になります。
 皆様、多数の参加をお待ちしています。

 
  
          小島会長の準備体操                小舟入りの常夜灯(写真),

  
                              磐井神社で休憩

  
              紫陽花                 磐井神社 八大龍王神

  
                               和田神社で休憩        

  
  石田三成がくくられたという銀杏の木   湖岸を歩く   後ろは近江大橋

  
     湖岸を歩く  粟津付近       名勝 「粟津の晴嵐」を経て石山から瀬田川沿いを歩く

ビューポイント

小舟入りの常夜灯

 打出浜の交差点から京阪電車の線路を越えた辺りに、小舟入りの常夜灯が建てられている。この常夜灯は、「お伊勢参り」の常夜灯として、文化5年(1808年)9月に京都の伊勢講の一つと思われる「恒藤講」によって建立されたもの。この辺りは、元々、「小舟入りの船着き場」と言われ、江戸時代には、矢橋とを結ぶ“湖上交通の拠点”として、「お伊勢参り」などの旅人によって賑わい、その人たちを接待する水茶屋が軒を並べていたそうです。大津の船着き場の一つ、小舟入りを示す常夜灯として、とても貴重なものです

瀬田唐橋 「唐橋を制する者は天下を制す」

 全長260m。勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。京都の宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋の一つとされてきた。明治22年まで瀬田川に架かる唯一の橋であった瀬田の唐橋は、交通の要衝であり、京都防衛上の重要地であったことから、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。唐橋を舞台として繰り広げられた、壬申の乱、寿永の乱、承久の乱など、昔から様々な戦乱に巡り合ってきた。本格的には近江大津宮遷都の時に架橋されたと考えられるが、当時は現在の位置より65m南の龍王社・雲住寺を東端としていた。

俵藤太こと藤原秀郷は、940年の平将門の乱の討伐で知られる。彼が瀬田唐橋に現れた大蛇に頼まれ、三上山に住む百足を成敗したという伝説も、武勇のほまれ高い秀郷らしい。大蛇は瀬田川に住む龍王の化身とされ、橋の東詰には、この秀郷と龍王を祀る橋守神社がある。(俵藤太の百足退治)

牛王さんの日

石山寺の観音様、牛王(ごおう)さん詣での縁日が毎月18日で、この日は昔々より石山寺門前の参道には、市が建ち並び、老若男女の参詣者で賑わっていた。

残念ながら、明治期以降、門前市は姿を消していましたが、石山寺門前周辺では「あの賑わいをもう一度」の声が高まり、観音様の縁日にお詣りにみえた方々にしじみ汁の接待をはじめ、参詣を楽しんでもらえるよう観音市(門前市)を開催している。門前市には懐古品・骨董・衣料品・朝採りの野菜・一夜干しなどの店約30店舗が出店している。

螢谷貝塚

 瀬田川の右岸、国道422号を下った瀬田の唐橋と石山寺の間の山側に車道より50㎝程高くなった歩道部分がある。実はこの周辺は、縄文時代の貝塚が広がっていて、その貝塚を保存するために土が盛られている。ここは螢谷貝塚と呼ばれ、石山貝塚に続き、今から約6,300年前につくられた貝塚。




 
  びわ湖一周健康ウオーキング2019③ 守山駅~堅田駅 16km  記
 2019年6月16日(日) 天候 晴れ  340名      

 守山駅~元町交差点~守山市民運動公園~赤野井町~琵琶湖大橋東詰~ピエリ守山(昼食)~びわ湖米プラザ~堅田駅(ゴール)

 今回は中山道の守山宿から琵琶湖畔へ向うコースです。たくさんの方々に参加していただきました。時折、風が強く吹く時がありましたが、ウオーキング日和になりました。琵琶湖大橋を渡る時は、風で帽子が飛ばされそうでした。比叡山や比良山など湖西の山々や琵琶湖特有のエリも見ることができました。
 米プラザに着く頃、少し雨に出会いましたが、すぐ止みました。

 今回初めて大庄屋諏訪家屋敷でトイレ休憩です。中を見学される方もいました。昼食は、ピエリ守山2階フードートで摂りました。弁当持参の方は琵琶湖畔等で食べました。本日はお疲れさまでした。

次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング④ 堅田駅~志賀駅14km」は 6月30日(日)堅田駅9時30分集合で実施します。 皆様多数の参加をお待ちしています。

 
  
    開始式    守山駅前広場                  A班のみなさん 

   
          B班のみなさん                     B班のみなさん

  
          C班のみなさん

  
                             大床屋諏訪家屋敷 列詰め、トイレ休憩

  
 茅葺の母屋、書院造り風の武家造り 書院は母屋から直角に入母屋破風を突き出し、武家客殿の風格を窺わせる

  
       琵琶湖大橋米プラザで休憩               米プラザから琵琶湖大橋を望む                 
                        

ビューポイント

守山宿

 守山は古来、東山道の宿駅として栄えました。江戸時代に入り、東山道から中山道に改められた。1642年、守山宿は、徳川幕府により、中山道の正式宿場としての制札が下され認可されました。中山道は東京板橋からマオリ山までの六十七次で守山は最終宿場でした。 江戸時代、旅人の一日の行程は八里(約32キロ)から十里(40キロ)でした。京都三条大橋から守山までが八里六町(約84.4キロ)でこの行程にあたる。京都から中山道を通って江戸方面に行く(東下り)人たちは守山で泊まりました。

このことから「京だち守山泊まり」と呼ばれ、守山は明治維新まで繁栄しました。

比叡山東門院守山寺

 守山の地名の由来となった寺で、守山観音と呼ばれる。最澄が延暦寺を開いた時、東方の鬼門を守るために建立されたと伝えられている

大庄屋諏訪家屋敷

 諏訪家屋敷は、暦応三年(1340年)に諏訪円忠が足利尊氏に従って信州より当地へ地頭職として赴任したことに始まる。その後、子孫が土着し、江戸時代には、赤野井一帯の小津郷の大庄屋であった。

 庭園は、江戸時代中期につくられた枯山水、池泉回遊式で、民家に残るものとしては貴重である。母屋は茅葺きで、書院造り風の武家造りである。屋敷内には、他に、土蔵、茶室があり、茶室は明治維新の後、大津の円満院からの移築である。茶室裏の天神川から屋敷地内へ船が出入りできるように石垣が工夫されている。



 
  余呉湖一周と北国街道 12km      記 
 2019年6月9日(日) 曇り 112名      

 余呉駅~余呉漁港~菊姫石と蛇の目玉石~あじさい園~余呉観光館~おはへ神社~賤ヶ岳~木ノ本地蔵院~木ノ本駅

 今年は5月から30度を超える夏日が続き暑い日になる事を心配していましたが 今日は曇り空、予想最高気温も23度と歩き易い好条件となりました。滋賀県で最北端のアクセスの悪い余呉なので いつもとは遅い10時集合でした。何時も参加者が少ないのに112名の参加を頂き、うれしい悲鳴。10時から小島会長の挨拶と湖北支部長のコース説明の後、10時15分スタートしました。

 余呉駅から1キロ程で余呉漁港のある緑地公園へ着き、小休憩を兼ねてこの次のポイントの「菊石姫と(へび)の目玉石」の伝説の説明をさせて頂きました。今から1200年ほど昔のお話で信じ難い不思議な話ですが皆さん真剣に聞いて頂きました。
 鏡湖とも呼ばれる余呉湖は今日も周りの山々を美しく映していました、また「あじさい園」は沢山の花をつけていましたが、未だ色付きが遅く鮮やかな花が見られず残念でした。

 周囲6キロ程の湖周を初夏の風を受け快適に歩き、「余呉湖観光館」に12時過ぎ到着。
 昼食のあと下余呉から北國街道を南へ、国道365沿いの旧道は新しい家が並びますが、静かで古い街道の面影を留めています。街道独特の曲がりくねった道を木ノ本宿に入ると、一里塚跡の松の木が枯れたのか切り倒され説明板が寂しげでした。山之内一豊の妻が名馬を買ったと言う牛馬市跡や、目にご利益のある木之本地蔵院を経て2時頃無事木ノ本駅にゴールしました。 心配した雨に降られる事なくまた暑くもなく快適に歩く事が出来幸いでした。                                        (湖北支部 徳田義介)
 次回は、6月23日(日)に「西の湖一周ウオーク(水郷巡り)安土駅~安土駅14km」を実施します。      
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

        
                    準備体操   余呉駅前で         余呉漁港

  
                          湖面に映る山や木々

  
          鏡湖とも呼ばれる余呉湖                   紫陽花 

  
                            爽快な気分で湖周を歩く

  
                              湖周を歩く

  
                           「菊姫石と蛇の目玉石」の前で

  
                           「天女の羽衣の像」の前で                      

  
        天女が羽衣を掛けた衣掛柳                木ノ本地蔵尊

  
         6mの地蔵菩薩像                     身代わり蛙

ビューポイント
菊石姫と蛇の目石」伝説
 川並の長者桐畑太夫の娘の菊石姫は、ある干ばつの年、村人の苦しみを見かねて、天神に祈り、余呉湖に身を投げ、蛇身となって大雨を降らせたという。
 別の話では、蛇体となった姫は、疎まれて湖に身を隠し、霊力のある自らの目を、養育してもらった下女に捧げる。それを知った者が、もう片方の目を差し出すように女を脅すが、姫は恩に報いるため、目を抜いて、盲目の身となって湖に消えていく。目を投げつけた菊石姫の枕石は新羅の森近くの川並の南の湖畔に祀られている。
                                         (奥琵琶湖観光協会)
 残った片目が落ちて跡が残ったという石も「目玉石」と呼ばれて、今も見ることができますが、「目玉石」は余呉湖の水中にあるので直接は見ることができません。 >

 この目玉石、日照りで困った時に、湖から上げて新羅の森に運んで祈ると不思議と雨が降り出すそうです。~今も菊石姫は湖の底で余呉湖周辺の平穏を祈りながら静かに眠っている。~

羽衣伝説
 余呉に伝わる羽衣伝説は代表的なもので三つあります。その内の二説を紹介します。
 
  伊香刀美『帝王編年記』より
 余呉の郷の湖に、たくさんの天女が白鳥の姿となって天より降り、湖の南の岸辺で水遊びをした。それを見た  伊香刀美は天女に恋心を抱き、白い犬に羽衣を一つ、盗み取らせた。天女は、異変に気づいて天に飛び去ったが、最後の若い天女のひとりは、羽衣がないため飛び立てない。地上の人間となった天女は、伊香刀美の妻となり、4人の子どもを産んだ。
 兄の名は意美志留(おみしる)、弟の名は、那志刀美(なしとみ)、姉娘は伊是理比羊(いざりひめ)、妹娘は、奈是理比羊(なぜりひめ)、これが伊香連(伊香郡を開拓した豪族)の先祖である。
 のちに天女である母は、羽衣を身にまとい、天に昇った。妻を失った伊香刀美は、寂しくため息をつき続けたと いう。

  七夕伝説『雑話集』
 昔、近江国余呉の湖に、織姫が水浴びをしていると、土地の男が通りかかり、脱いであった天の衣を隠してしまった。織姫は天に帰れず、やがて男の妻になった。 織姫は、子どもを産んだ後も、天に帰りたい気持ちは失せず、声を忍んで泣いていた。男が出かけている間に、子どもが父の隠した天の衣を母に渡したので、織姫は喜び、衣をまとって飛んでいった。「私はこういう身だから、簡単には逢えないが、7月7日はこの湖で水浴びをしましょう。その日なら会えますよ。」そう母は子どもに泣きながら約束した。
 織姫の子孫は今もいると伝えられています。これは、余呉の天女伝説に七夕伝説が結びついたものです。

木之本地蔵院

 秘仏である本尊を模している6mの地蔵様は、全国から訪れる参拝客を出迎えてくれる。寺の歴史は古く、白鳳時代に遡る。空海、基礎義仲、足利尊氏も参拝した記録がある。眼の仏様で、片目をつむった身代わり蛙たちが住んでいる。お寺に住む蛙は、多くの人々が眼の病気で困っているのを見て、「全ての人々の大切な眼がお地蔵様のご加護をいただけますように」と、自らが片方の眼をつむることによって身代わりの願をかけたと言い伝えられている。



 
  比叡山年輪ウオーク2019       記 
 2019年5月26日(日)晴れ      

 往路 Aコース 大宮谷林道~横川中堂~玉体杉~峰道広場まで11km 
     Bコース 坂本駅―(ケーブル)―延暦寺駅~東塔~西塔~峰道広場まで6km 
 
復路 Cコース 峰道広場~延暦寺~本坂~生源寺まで11km  
     Dコース 峰道広場~延暦寺駅―(ケーブル)―坂本駅~生源寺6km
     Eコース 峰道広場解散(バス等の利用  

伝教大師の生誕地である生源寺で9時15分から出発式を行いました。小島達雄会長の開会挨拶に続き、JWAの畑浩靖会長と比叡山延暦寺副執行総務部長獅子王圓明氏の挨拶がありました。続いて馬場敏雄副会長より、炎天下でのウオーキングの注意事項等があり、松浦正和理事の檄の後、大宮林道・本坂コースが出発し、続いてケーブルカーコースが続きました。
 穴太衆積みの石垣がある日吉馬場道を歩き、日吉神社の前に着きました。大宮林道・本坂コースの方は、神社横の階段を上がって行きます。
  ケーブルカーコースの方は、すぐ近くのケーブル坂本駅(大正14年に建設され洋風2階建ての駅舎は近畿の駅100選に認定)からケーブルに乗り、延暦寺駅まで行きました。昭和2年に開業した全長2025m、所要時間11分の日本一のケーブルカーです。急勾配の線路の向こうに広がる琵琶湖や、途中ですれ違う電車にみなさんは、にこやかな表情でした。
 延暦寺駅で降車の後、根本中堂まで緩やかな坂道を歩きました。下界より少し気温が低いので暑さはさほど感じられません。根本中堂はまだ修理中のため、本来の姿を見ることは出来ませんでした。

 休憩の後、文殊楼や大講堂の前を通り、最初に浄土院で休憩し、境内を散策しました。

次に、にない堂(常行堂と法華堂)の間を通り抜け、急な長い階段を降り、釈迦堂(本尊は伝教大師ご自作の釈迦如来)に着きました。釈迦堂は、信長焼き討ち後に豊臣秀吉が三井寺から移築したものです。参加のみなさんは、お参りされたり、御朱印をもらわれたりしておられました。
 
 この後、細い山道を登ります。野仏の前を通り、坂道を下り、ドライブウエーの道を横切ると、目の前が峰道広場です。11時40分頃に着きました。伝教大志尊像を仰ぎ見ると、比叡山に来たなという実感がわきました。みなさん、藤棚の下や、琵琶湖を見ながら、おしゃべりに花が咲き、和やかな昼食タイムのようでした。かすんでいて琵琶湖や対岸の景色が見えなかったですが、ウグイスの鳴き声が聞こえていました。

13時から伝教大師横の「ウオーク祈念碑」広場で、敬慕祭・「歩者国賓」年輪式の開催です。小島達雄会長の開会の挨拶に続き、JWA会長畑浩靖氏の挨拶がありました。
 本年度刻銘先人敬慕碑の除幕があり、比叡山延暦寺副執行総務部長獅子王圓明氏の祝辞を頂いた後、JWA畑会長より、20歳から10歳刻みに80歳までの代表のウオ―カーに年輪証が授与されました。

松浦正和理事の檄で13時40分に出発です。
来た時より、みなさん脚の運びがスムーズで、距離が短く感じられたようです。

延暦寺駅発15時のケーブルカーに乗り、ゴールの生源寺には15時20分頃着きました。大宮林道・本坂コースの方は、15時40分頃の到着でした。
 皆さん、本日はお疲れ様でした。次回の年輪ウオークは2年後の2021年です。
お会いできる日を楽しみにしております。

 
  
     生源寺にある伝教大師産湯の井戸                 伝教大師ご誕生

  
     JWA会長 畑 浩靖氏あいさつ       比叡山延暦寺副執行総務部長獅子王明氏の歓迎あいさつ

  
  SWA副会長馬場敏雄氏より注意事項について       竹本主任指導員による準備体操

  
  SWA理事松浦正和氏による檄             穴太衆積みの日吉馬場を歩く

  
  坂本駅から延暦寺駅までケーブルカーに乗る      延暦寺駅に到着・眼下に広がる琵琶湖を眺める

  
       最澄が眠る御廟所 浄土院                  新緑の空気を吸って休憩

  
   にない堂をくぐって釈迦堂に降りる                   しっかり水分補給

  
                            新緑の木立の中を歩く

  
    長い階段を降りてやっと釈迦堂に到着                  釈迦堂をお参り

  
       ここから山道に入る                        一歩一歩着実に進む

  
   安全を守ってくださっているような野仏の数々      伝教大師尊像がそびえる峰道広場に到着

  
 眼下に広がる琵琶湖と対岸の三上山(近江富士)  比叡山延暦寺副執行総務部長獅子王明氏の祝辞


  
    JWA畑浩靖会長より年輪証の授与              SWA理事松浦正和氏による檄

  
  大講堂 僧侶がお互いに問答をする学問修行の道場     鐘楼の鐘の音が響いていました



 
  比叡山年輪ウオーク2019「せっかくウオーク」  記 
坂本城址、門前町を訪ねる道 10km
 2019年5月25日(土)晴れ 26名   

        比叡山坂本駅~東南寺~明智塚~坂本城跡碑~坂本城跡公園~盛安寺~滋賀院門跡~慈眼堂
       ~日吉大社~山辺の道~西教寺~比叡山坂本駅


 石積みの郷公園で12:30から受付の後、13:15から出発式です。JWAの金澤部長から、年輪ウオークの意義や熱中症等についての注意などをお話頂き、続いて小島会長より、コース説明があり、来年度の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公である明智光秀公の生涯や、坂本の復興と西教寺再建に尽力したことなどについて、また、門前町、城下町として発展してきた坂本の町の歴史についての話をした後、準備体操をし13:35分に出発しました。
 
 32度の高温の中で、水分補給を心掛け、できるだけ日陰を歩くことを意識して歩きました。会長が行く先々の説明を行い、参加のみなさんは、熱心に聞いておられました。
 盛安寺では、藤原時代の十一面観音立像を見て頂くことができました。生源寺では、御朱印をもらわれる方がおられました。
 穴太衆積みの石垣を見ながら、滋賀院門跡までの石畳の小道を歩いている時は、みなさん、「いいところですね。」と喜んでおられました。
 延暦寺の守護神である日吉神社の前を通った後、山辺の道をしばらく歩きます。木々の間から吹く涼風に浸りました。
坂を上り切った後、青い琵琶湖が目に飛び込んできてカメラに納める方もおられました。
 
 西教寺を訪ねた後は、比叡山坂本駅までずっと下り坂を歩き、16時30分頃に着きました。
 本日は、暑い中のウオーキング、たいへんお疲れさまでした。
 遠方からお越しの方々、機会があれば是非、日吉神社や西教寺の桜や紅葉を見に来て下さい。坂本では、毎年、七基の神輿が登場する勇壮な山王祭が、満開の桜の中を4月12日から15日まで繰り広げられます。


  
       坂本・石積みの郷公園  受付                   体操

  
             東南寺            坂本城落城の時、討死した明智一族とその家来の首塚

  
  明智塚 (坂本城落城の時、光秀の名刀を埋めた跡)     坂本城跡碑

  
         明智光秀像の前で         琵琶湖に突き出る山王鳥居(ここから神輿を乗せた船が出る)

  
     天台座主の住居であった滋賀院門跡       天台座主の廟所、桓武天皇の宝塔などがある慈眼堂

  
       阿弥陀如来の石仏13体                       日吉大社鳥居

  
     山王鳥居の説明                京都御所の鬼門の説明

  
          日吉大社石橋                    山辺の道から琵琶湖を眺望

  
           千体地蔵尊                 天台真盛宗の総本山 西教寺

  
       新緑の西教寺境内を歩く                不断念仏の西教寺本堂

  
     明智光秀一族の墓と大津そろばんの碑             明智光秀辞世の句碑

  
         明智光秀の妻の墓

  
                             羅漢さんと説法石
 
  
      山王祭 ・七基の神輿が琵琶湖へ渡御               船渡御(ふなとぎょ)

明智一族の菩提寺「西教寺」
  西教寺は、聖徳太子により創建され、真盛が再興した天台真盛宗の総本山です。織田信長による比叡山焼き討ちの後、坂本城主となった光秀は、坂本の復興とともに西教寺の再建に関わったと伝えられています。この西教寺には、光秀にゆかりのあるものが数多く残されています。中でも、「明智光秀公の供養米寄進状」は、光秀公が戦没した家臣への供養米を西教寺に寄進するために作成された文書で、光秀公の人柄を窺える貴重な資料です。光秀公の命日にあたる6月14日には、毎年、明智光秀公顕彰会フォーラムが開催され、光秀公の功績が後年に受け継がれています。  広報 おおつ 6/1号より抜粋
 
穴太衆積みの石垣
 坂本の大字「穴太」の一帯に古来より居住し、山門の(比叡山)の土木営繕的な御用を務めていた「穴太衆」の技術によるもので、これは門前町の重要な景観要素になっており、特に日吉大社参道に並ぶ里坊一帯には美しい代表的な遺構が見いだせます。
 石積みの技としては、自然石をなんの加工もせず、そのまま積む「野面積み」と、おおざっぱに加工した石を組み合わせて積む「打ち込みハギ」、のみで加工した石を間隔なく組み合わせて積む「切り込みハギ」の三種類がると云われています。
 穴太衆積みは、「野面積み」を代表する積み方で、一見粗野に見えますが、堅牢さは比類ないものがあります。
 その秘密は、積み石の比重のかけ方にあって、表面から3分の1奥のところに重力がかかるように設計されており、さらに水ぶくれによる崩壊を防ぐため、石垣の奥に栗石層、その奥に小石をつめていくなどして排水をよくする工夫が施されています。 このように目に見えない部分に、穴太衆積みならではの技が潜んでおり、それが何百年の風雪に耐え得る堅牢さを生み出しています。        大津市
  *熊本城の修復にも穴太衆積みの技術が使われています。姫路城や長野の松本城も穴太衆積みの技術が使われています。


 
  平日ファミリー大津なぎさウオーク(いにしえの道を歩く)  記 
 2019年5月21日(火)晴れ 120名 
  
  

   大津駅(集合)~(国道1号線)逢坂の関~蝉丸神社~関蝉丸神社上社~関蝉丸神社下社
~犬塚~大津港(昼食)~大津駅(解散)

小島会長のあいさつ、コ-ス説明に続き、完歩賞の授与がありました。準備体操を行った後、大津駅を出て直ぐの地下道を上って国道1号線に出ました。

右に逢坂山、左に音羽山の新緑を見ながら京都方面に足を進めました。逢坂山の坂を上り、昔、関所が置かれていた逢坂の信号を渡り、かねよの前を通って蝉丸神社に着きました。小島会長から、蝉丸(びわ法師)の話しを聞き,
当時に思いを馳せました。
 次は関蝉丸神社上社です。急な階段を上って行き、参拝しました。
 三つ目は関蝉丸神社下社に行きます。京阪電車の踏切を渡った所に位置しています。屋根や壁が剥がれ、かなり、荒れていました。古井戸がありました。次の26日(日曜日)には、ここで芸能祭が行われることになっています。
 その後、日赤に入る手前にある犬塚を観て、一路大津港を目指し、昼食タイムです。芝生から、にぎやかなおしゃべりが聞こえてきました。小学生がお弁当を広げています。青空の下で、湖西の山々を見ながら、びわ湖からの爽やな風を受け、我々も談笑しながら食べました。
 食事の後は、ゴールの大津駅まで真っ直ぐ歩きます。だんだん暑くなってきました。13時頃解散になりました。
 今日は、普段あまり行くことのない神社を三つ巡りました。 お疲れ様でした。
 次回の「大津なぎさウオーク(午玉さんの日)12km」は、6月18日(火)に大津駅~石山駅を歩きます。大津駅9時30分集合です。

皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
       小島会長のあいさつ              駅長から完歩賞の授与
 
  
       蝉丸神社境内                 蝉丸神社            

  
    急な階段を上って関蝉丸神社上社へ          関蝉丸神社上社

  
       喜撰法師の和歌                 関蝉丸神社下社

  
     犬塚の前で               大津港で昼食

 ビューポイン>

逢坂の関

  逢坂の関の初出は、平安京遷都の翌年、延暦14年(795年)に逢坂の関の前身が廃止されたという『日本紀略』の記述です。その後、逢坂の関は京の都を守る重要な関所である三関(鈴鹿関・不破関・逢坂関)のひとつとして、弘仁元年(810年)以降、重要な役割を果たしていましたが、平安後期からは、徐々に形骸化されその形を失ってきました。逢坂の関の位置については、現在の関蝉丸神社(上社)から関寺(現在の長安寺のある周り)の周辺にあったともいわれますが、いまだにその位置は明らかになっていません。

謡曲「蝉丸」と関蝉丸神社

       これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関     蝉丸(10番) 『後撰集』雑一・1089

 幼少から盲目の延喜帝第4皇子蝉丸の宮を、帝は従臣に頼み、僧形にして逢坂山にお捨てになった。此の世で前世の償いをする事が未来への扶けになるとあきらめた宮も、孤独の身の上を琵琶で慰めていた。
 一方、延喜帝第三皇女逆髪の宮も、前世の業因強く、遠くの果てまで歩き回る狂人となって逢坂山まで来てしまった。美しい琵琶の音に引かれて偶然にも弟の宮蝉丸と再会し、二人は互いの定めなき運命を宿縁の因果と嘆き合い、姉宮は心を残しながら別れて行くという今昔物語を出典とした名曲が謡曲「蝉丸」である。

 蝉丸宮を関明神祠と合祀のことは定かではないが、冷泉天皇の頃、日本国中の音曲諸芸道の神と勅し、当神社の免許を受けることとされていたと伝えられる。 【謡曲史跡保存会】

犬塚の欅

 大津日赤のすぐ近くにある巨大な欅(けやき)の老木は、「犬塚の欅」と呼ばれ、市の天然記念物に指定されています。室町時代、浄土真宗発展の礎を築いた蓮如上人が京都から難を逃れて大津の地に入った時、その人気をよく思わなかった他宗の門徒たちに毒殺されようとした時、忠犬が身代わりになって死んだので、この犬を埋めた塚にケヤキを植えて弔ったということです




  琵琶湖一周健康ウオーキング2019② 南草津駅~守山駅 20km  記 
 2019年5月19日(日)晴れ 318名   

 南草津駅~矢橋公園~北山田駐車場~志那駐車場(C班昼食)~道の駅草津(A・B班昼食)~山賀交差点~十二里町交差点~守山市民運動公園~立命館高校前~泉町交差点~守山駅(ゴール)

 第2回目のびわいちも300人を越えるウオーカーが南草津駅前広場に集結。駅構内の受付は長蛇の列。パスポートの押印と地図の配布。準備体操の後、班毎の集合写真の撮影。琵琶湖放送の取材があり、受付風景や準備体操の様子をカメラで撮影。
 いよいよ出発。南草津駅前広場から矢橋公園まで真っ直ぐ進みます。曇り空で「今日は歩きやすいな。」の声。適当に風もある。矢橋大橋を渡る時は、風が強くなってきた。矢橋公園でトイレ休憩。帰帆島の中を少し歩き、土手を登ってさざなみ街道に出る。帰帆北橋では強い風が吹き、帽子が飛ばされそうになる。湖岸に咲いている黄色の花菖蒲が目につきました。左にびわ湖、右に田畑を見ながら歩く。
 北山田駐車場でトイレ休憩。
家族や友人とバーベキューを楽しむ人があり、辺り一面いい臭いがしている。湖畔では釣りを楽しむ人の姿があった。
 志那第2駐車場でC班は昼食タイム。A・B班はもう少し歩いて、道の駅草津で昼食。強風のため、テントや幟り旗が倒れていた。大型バイクが数台並んでいて、ライダーがバイク談義で盛り上がっていた。道の駅で季節の花や地元の野菜等を買い求める人もありました。
  午後からは、田植えが終わった後の青田を眺めながら、メロン街道を歩く。守山運動公園でトイレ休憩。風が強くなってきて、木々の葉が揺れている。歩きづらい。
立命館高校の前の道を真っ直ぐ進み、守山駅にゴール。長い距離をお疲れ様でした。
 なお、本日のびわいちの様子は、びわ湖放送6月9日(日)20時30分の「プラス1」で放映されます。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング③ 守山駅~堅田駅16km」は 6月16日(日)守山駅9時30分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

      
  
         準備体操                  A班のみなさん


  
      B班のみなさん                  C班のみなさん

  
        帰帆島内を歩く            土手を上ってさざなみ街道に出る

  
     土手を上りさざなみ街道に出る            帰帆北橋を歩く            

  
        釣りを楽しむ人             バーベキューのいい臭いに誘われ



 
  第27回びわ湖長浜ツーデーマーチ 
(みんなが知ってる琵琶のうみ、初めて歩く出会いのまち) 
 2019年5月11日(土)・12日(日)晴れ 3,226名   

 新緑の湖北を歩いてめぐる第27回びわ湖長浜ツーデーマーチは、汗ばむほどの好天気に恵まれ、二日間で3,226名
の参加者がありました。11日(土)は、伊吹山中山道40km、坂田長沢御坊20km、近江母の郷15km、びわこ南10km
の4コース、12日(日)は、余呉湖35km、姉川国友20km、北国街道15km、びわこ北10kmの4コースです。
 次回は、「びわ湖一周健康ウオーキング2019② 南草津駅~守山駅 18km」を5月19日(日) 南草津駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

 

  
 
             スタンプ押印                     開会式の様子

  
       いよいよ出発                    受付の様子    余呉湖35km

    
    バイカモが美しい醒ヶ井の地蔵川              番場忠太郎の碑

  
        山内一豊公とちよ夫妻の像               新緑の丹生渓谷

  
         新緑に映える吊り橋            石田三成と秀吉の出会いの像(長浜駅前)


  
             大谷吉継の首塚                    参加者集計表



 
  琵琶湖一周健康ウオーキング2019①大津駅~南草津駅16km  記
    (近江八景と眺望を楽しみに) 
 2019年4月21日(晴れ) 快晴   336名   

   大津駅~島ノ関~常夜灯~大津警察署前~京阪電車踏切~びわ湖文化館前~なぎさ公園~常夜灯
 ~サンシャインビーチ~由美浜~膳所城趾公園~唐橋>~唐橋公園(B・C班昼食)~イオンモール草津(A班昼食)
 ~湖岸新浜~十禅寺川橋~矢橋信号・浜街道~矢橋中央交差点~南草津駅

 300人を越えるウオーカーが大津駅前広場に集結。受付は長蛇の列。パスポートの押印と地図、ビワイチマップの配布。準備体操の後、班毎の集合写真を撮りました。
 10時前に、キャッフィーと信号横のチューリップに送られてスタート。
 30m道路を下り、島ノ関の中央小学校前を通り、常夜灯を左に見て、京阪電車の打出浜踏切を越え、琵琶湖文化館の前に出ました。 明智光秀の弟である左馬之助が湖水を渡った所を示す立て札がありました。
 次は、なぎさ公園からサンシャインビーチを歩きます。気温は上昇し、汗ばむ陽気になりました。湖西の山々や三上山はかすんで見えます。ピンクの芝桜がきれいです。琵琶湖では、キンクロハジロやオオバンが泳いでいます。
 湖岸では、釣りを楽しむ人、サイクリングを楽しむ人、気持ちよさそうにサクソフォーンを奏でる若い女性の姿もありました。ドラッグゆたかのウオーキング大会の参加者にも出会いました。また、記念写真に収まるカップルの姿もありました。各人それぞれが今を楽しんでいるようです。
 膳所城趾公園で休憩の後、大津花フェスタの会場の側を通りました。家族連れで賑わっていました。ボート部の学生が赤や黄色の長いボートを出していました。唐橋を渡ります。向かい風でした。B班とC班は唐橋公園で昼食です。
 チューリップを横目に湖岸を暫く歩くと、イオンモール草津が見えてきました。A班はここで昼食です。
 さざなみ街道を歩き、新浜の信号を右折し、新浜町から矢橋町の住宅地を歩きます。鞭崎神社の近くを通り、矢橋中央交差点を渡り、15時過ぎには全員が南草津駅にゴールしました。本日は、初夏を思わせる好天気に恵まれました。お疲れさまでした。
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング② 南草津駅~守山駅18km」は5月19日(日)南草津駅9時30分集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。


  
     開始式 会長挨拶                A班のみなさん

  
     Bー1班のみなさん                   Bー2班のみなさん

  

       Cー1班のみなさん                   Cー2班のみなさん

  
       入念に準備体操             チューリップに送られて出発!

  
      島ノ関・中央小学校前で列詰め           石場の常夜灯

  
  明智左馬之助 湖水渡りの場所        なぎさ公園の常夜灯

  
         由美浜で休憩               芝桜に目をやりながら歩く
 
  
                      由美浜で休憩                  

  
       膳所公園で休憩              唐橋公園で昼食(B・C班)

ヴューポイント

明智左馬之助  湖水渡り
 
 天正10年(1582年)6月2日、明智光秀は主君織田信長を本能寺に攻めて自害させ、天下を奪ったが、山崎の合戦で秀吉に敗れ、その野望は消え失せた。光秀の弟左馬之助光春は、信長の居城安土城を攻めていたが、兄の死を聞いて急ぎ坂本城へ引き返す途中、打出浜より路を湖水に求め、愛馬にまたがりびわ湖を渡り、坂本に帰った。
 しかし時すでに遅く、秀吉の軍勢に囲まれ、6月14日、光秀の妻女らとともに、城と命運をともにした。
 湖水渡りの勇姿は、今も講談などで語りつがれている。.

鞭崎八幡宮(むちさきはちまんぐう)

奈良時代中期に大中清麻呂が創建したと伝わる。表門はもともと膳所城の南大手門であり、国の重要文化財。祭神は応神天皇外三柱。社名は、源頼朝が上洛の途上で矢橋を通り、鞭にて神社の森を指し、その神名を尋ねたことによると云われています。江戸時代に代々の膳所城主から厚い保護を受け、表門は明治4年の膳所城取り壊しに際し、ここに移されました。 



 
     大津なぎさウオーク(歴史の道を歩こう) 12km   記        2019年4月16日(火) 快晴   152名   

   大津駅(集合)~三井寺 ~ 近江神宮 ~ 大伴神社 ~ 石仏 ~ 古墳群 ~ 滋賀里 ~ 唐崎駅(解散)

 大津駅前広場には、いつもより多くの参加がありました。会長のあいさつ、コ-ス説明の後、完歩賞の授与がありました。 大津駅前を出発し、日赤の前を通り、長等から疏水を三井寺に向かって歩き、三尾神社を左に見て、三井寺山門をくぐり、いつもの土産店の前で休憩です。
疏水の桜は見頃を過ぎていました。次に、円満院を抜け、県道に出ました。
 市役所、錦織を経て11時に近江神宮到着。参拝した方もおられました。境内は多少ひんやりした空気が流れていました。
 短い地下トンネルをくぐり、県道の側道を歩きます。
志賀小学校を右に、しばらく坂が続きます。南志賀廃寺跡から西大津バイパスの高架下をくぐり、大伴黒主神社で一休み。
 バイパスの側道をしばらく歩き、12時前に桐畑古墳に到着。昼食です。

 赤やピンク、白のシャクナゲがとても美しく咲いていました。高台なので、青い空とびわ湖がとても美しく見え、カメラに治める方もおられました。青空の下、花に囲まれての昼食は最高です。みなさん、話が弾んでいたようです。
 帰りは坂を下り、滋賀里駅前に出ました。県道を少し歩き、踏切を越え、唐崎駅には13時半頃に着きました。
 本日は、アップダウンが多かったですが、一日好天気に恵まれ、汗ばむ陽気の中、春爛漫の青空の下、山辺の道を気持ちよく歩くことができたのではないでしょうか。
 次回は、「びわ湖一周健康ウオーキング2019① 大津駅~南草津駅 16km」(近江八景と眺望をたのしみに)を4月21日()大津駅9時30分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
   
 小島会長より完歩賞の授与               三井寺疏水の桜

  
      
 三井寺で休憩              チューリップに目が止まりました

  
       近江神宮で一休み                 南志賀廃寺跡

  
      大伴黒主神社にお参り              少し山道を歩きます

  
      滋賀里の山辺の道を歩く       春を象徴しているかのような一本桜

  
     絶景:青い空と水色のびわ湖と桜       真っ赤なシャクナゲに目を奪われました

  
    しあわせだな!花に囲まれてのランチ      色鮮やかなシャクナゲ(県花)

  
      お腹もふくれ帰りの準備           桐畑古墳内部のお不動さん

ビューポイント

近江神宮

 天智天皇は667年に近江大津宮を営み、飛鳥から遷都した由緒に因み、紀元2600年の佳節に当たる1940年(昭和15年)の11月7日、天智天皇を祭神として創始されました。

大伴黒主神社

 大伴黒主は、大友皇子(弘文天皇)の皇子で大伴性を賜ったという大伴与多王の子孫と伝えられています。大友の名は、当地の旧名滋賀郡大友郷に由来します。
 大伴氏はこの大友郷を本貫とする氏族で、黒主も滋賀郡司を務めたことがあって、「滋賀の黒主」とも称されていました。また、園城寺(三井寺)の神祠別当職を務めました。
 黒主は平安初期の代表的歌人で、いわゆる六歌仙の一人として知られています。年宇多天皇の石山寺参詣の際、「さざら浪 間もなき岸を洗ふめり なぎさよくば 君とまれかし」と歌って大いに賞賛されたといいます。
 晩年の黒主は志賀山中で亡くなったと伝えられ、没年は明らかではありません。

唐崎

 唐崎と云えば近江八景の一つ、「唐崎の夜雨」に詠まれる唐崎の松が有名ですが、縄文・弥生時代の古代から人が住み着いた歴史があり、複合遺跡の宝庫になっています。

滋賀里遺跡

滋賀里周辺からは、古くから土器や石器が出土することが知られていました。
 昭和46年には、湖西線建設に伴い大規模な調査が行われ、以後も継続的に行われ、縄文時代の墓地や貝塚、弥生時代の方形周講墓、古墳時代から奈良・平安時代の集落等が見つかっています。
 縄文時代の墓地では、地面に穴を掘って、直接遺骸を埋葬した土抗墓や、土器の中に埋葬した甕棺墓が100基以上発見されています。
 滋賀里遺跡から多く出土する土器群は「滋賀里式」と呼ばれ、近畿地方の縄文時代晩期(約3000年前)の時代を決める基準の土器となっています。

熊ヶ谷古墳群

 後期古墳時代の円墳。9基の古墳からなり、内7基が横穴式ドーム形。最大規模(墳丘の直径は約20m)の古墳は 桐畑古墳と呼ばれています。

山中越(志賀越)の道祖神

 山中越は、京都と近江を結ぶ古くからのルートのひとつです。
 滋賀里から崇福寺跡・志賀峠を通り、山中町を経て北白川、京都へと通じています。この一帯は比叡山延暦寺に近く、東海自然歩道になっています。
 崇福寺に続く山道の入り口に、山中越(志賀越)の道中安全を見守る道祖神があります。とても優しい顔の仏さまは、「志賀の大仏(おぼとけ)」と呼ばれる阿弥陀如来座像。13世紀頃(室町時代)に作られた高さ約3mの石仏です。地元の方がよくお参りさているようで、お堂はいつも清潔で心地よいです。お供え物もあり、京都側でも、山中越が現在の今出川通りと交差する辺りに石仏が数体置かれています。

百穴古墳群
 大津市の西部、比叡山の東麓一帯には、総数基を越えるともいわれる古墳が密集しています。これら古墳の多くは、世紀後半から世紀前半に集中して作られ、石室の形や出土している副葬品などから渡来人の墓と言われています
 百穴」という名前は、石室の入り口が穴のように沢山見えていることから名付けられました。このような古墳が一面に広がり、薄暗い竹林と相まって、壮観な風景を見ることができます。石室の天井がドーム状なのが、百穴古墳郡の特徴です。現在は基確認されており、すでに石室を覆っていた盛り土が流失してしまった古墳の石室の天井石が点々としています。



     中山道(登山道)番場宿と鎌刃城跡  13km   記        2019年4月13日(土) 晴れ   121名   

                  米原駅(集合)~番場~鎌刃城跡~米原駅(解散) 

 天候に恵まれ、100名を越える参加がありました。米原駅前を出発し、番場まで平坦な道を歩きました。
番場では、きれいなトイレを使用でき、好評でした。
 番場からは、今日のメインである鎌刃城跡に登ります。健脚コースだけあって、砂利の坂道を40分位かけて登りました。
昼食を食べて、今度は下山です。スタッフが上手と下手でロープを持ち、それに伝って慎重に降りていきました。「ホッとした。」「楽しかった。」との感想がありました。
 次回4月16日(火)は、「平日ファミリー大津なぎさウオーク(歴史の道を歩こう)」(大津駅~唐崎駅 約12km)を大津駅9:30集合で実施します。
 皆様多数の参加をお待ちしています。


  
         米原駅に集合                          かつての番場宿
    
  
       石碑 「中山道番場宿」             6軒あったという「問屋跡」の標識

  
 脇本陣だった所 「明治天皇番場御小休所」の碑がある      忠太郎地蔵がある蓮華寺

  
           鎌刃城跡案内板                 いよいよ鎌刃城に登る
 
  
            鎌刃城大手口                  小高い丘を登り主郭に到着

  
            虎口からの主郭                   見張り櫓
  
           展望台からの眺め                  頂上で昼食タイム
 
  
         これから下山です                      大堀切り

ビューポイント

番場宿(米原市番場)

 
 古代の東山道が通り鎌倉時代から交通の要衝として栄えてきました。江戸日本橋から数えて63番目の宿駅です。宿村大概帳によると、宿高559余石、町並1町10間余、人口808人で、宿場の規模は、家数178、本陣1,旅籠10がありました。民家の町並みは短く、多くの家は建て替えられ昔の面影はありませんが、山間ののんびりした風景が残る所です。
 広重の浮世絵は、宿の東の入口より、石垣の上に築いた土塁と生垣の東見附が描かれ、宿を覗き込むような構図になっています。

蓮華寺

聖徳太子が建立したと伝えられる古刹で、本堂裏手には「番場の忠太郎」に因んだ地蔵があり、架空の人物像や墓があるのは珍しいことです。
 また、境内には「太平記」にみられる京の戦いで敗れた六波羅探題(北方)北条仲時一行432名が、京極道誉に行く手を阻まれ自害した地です。

番場の忠太郎 


 旅姿の忠太郎は、長谷川神の戯曲「瞼の母」の主人公で、今も多くの人に親しまれる架空の人物で、番場生まれのやくざ。五歳の時に生き別れた母を捜しに旅に出ます。江戸柳橋の料理屋水熊の女将おはまが母とわかりますが、おはまは名のらず、忠太郎は母への思いを胸に再び旅立ちます。昭和6 年の初演以来、舞台、映画、テレビなどで数多く上演されています。

鎌刃城跡
標高384m。京極氏と六角氏の攻防や織田信長と浅井長政の攻防の舞台となった戦国時代の山城。戦国武将堀氏の居城として湖北支配の拠点ともなりました。石垣、堀切、曲輪などが見事に残り、国の史跡に指定され、その遺跡の規模は湖北でも最大級です



 
     海津大崎観桜の道  12km        記
2019年4月10日(日) 雨   26名   

 マキノ駅(集合)~湖のテラス~土肥費佃煮店~宝しょう院~清水の桜~西浜・知内浜水辺景観地区~海津大崎湖岸緑地~海津大崎(昼食)~大崎寺(海津大崎)~トンネル~二本松~大浦~永原駅(解散)

朝から雨模様。9時27分と9時50分着の電車で参加のみなさんが来られた。
 コース説明と体操の後、10時15分にマキノ駅を出発。傘をさしてのウオークとなった。湖のテラスの横から湖辺の道を少し歩き、いつもの湖魚の佃煮店に立ち寄る。今日のびわ湖は波が打ち寄せている。ここから対岸の海津大崎の桜が見えている。1パック200円の佃煮をいくつも買い求める方が多かった。
 海津浜の石積みを見て、金ぴかの神社の横を通り、国道を横断し、真言宗の古刹である宝しょう院を訪れる。ぬかるみの道を歩いて、次は、電車からも見える清水の満開の桜を愛でる。
 12時前に海津大崎に着く。桜は満開だが、いつものような賑やかさはない。観光バスも少ない。雨なので昼食場所を心配したが、少人数だったので、土産物店の軒先で摂ることができた。
 午後は、12時20分に出発。五つのトンネルを越え、右に竹生島を見ながら暫く歩く。花見船が見えたが、客はあまり乗っていない。雨は小降りになってきた。


 ずっと満開の桜を見ながらのウオーク。途中休憩して、大浦まで歩を進める。 大浦から永原駅までは、川沿いの道を歩く。土手には、水仙が咲き、細い土筆が少し見られた。
 14時前に永原駅に着く。本日は、雨の中のウオーク、お疲れさまでした。

 次回は、4月13日(土)「中山道(登山道)番場宿と鎌刃城跡」13kmを 米原駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
         永原駅の改札で                    海津浜の石積み

  
         金ピカの神社                        宝しょう院

  
        ぬかるみの道を歩く                清水の桜を見上げるみなさん

  
     清水の桜を愛でる                     海津大崎の桜

  
         義経の隠れ岩                   土産物店の軒先で昼食を摂る

  
                              大崎寺からの眺め

  
          客を待つ花見船                         忠魂碑の桜
 
 
ビューポイン

義経の隠れ岩

 義経の隠れ岩海津大崎の少し手前の湖岸にあります。義経が兄の頼朝に追われる身となり、奥洲平泉に逃れる時、この岩に隠れたと言われています。海津付近に上陸し、一時身を隠して北国へ逃れていったことは謡曲「安宅」の一節に謡われています。

海津浜の石積み

 海津大崎の付け根から南へ、切石を整然と重ねた石積み護岸が約1、2kmに渡って伸びている。高さは2、5~3m。季節風や台風で生じる大波に苦しむ湖岸の人々のために18世紀初め、この地を治めていた代官によって築かれた。


Copyright © 2014 .9Shiga Walking Association All Rights Reserved