NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】
 
 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(初詣ウオーク)12km 記  
2018年1月16日(火) 晴れ  151名
 

 大津駅前広場を10時に出発。県庁前から松本を通り、旧東海道に入りました。大津警察署前の常夜灯を見て、湖岸に出ました。サンシャインビーチで休憩後、再び旧東海道を歩き、膳所城北大手門前を通って和田神社と膳所神社に立ち寄った後、膳所城跡公園で昼食になりました。午後は、近江大橋を渡り、唐橋公園から建部大社を目指しました。建部大社で参拝、休憩の後、瀬田唐橋を渡り、石山駅に14時頃ゴールしました。

                
石場の常夜灯 膳所神社 

           
  膳所城本丸跡          膳所城趾の石垣

   
   膳所城趾公園から近江大橋を望む     二の丸跡の多聞櫓(模擬)    
 
 
     瀬田唐橋          建部大社神門 

    
建部大社拝殿 船幸祭  

ビューポイント

建部大社
 主祭神は日本武尊、大己貴命(おおなむちのみこと)。
 日本武尊の死後の景行天皇46年、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅によって、御子・建部稲依別命とともに住んでいた現在の東近江市五個荘の箕作山の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建とされる。源頼朝が平治の乱に敗れて伊豆国に流される途中、本社に立ち寄って源氏の再興を祈願、後に大願成就したことから、出世開運の神としても著名となった。なお、昭和20年8月、日本で初めて造られた千円紙幣の図柄に日本武尊と当社本殿が使用された。


瀬田唐橋 「唐橋を制する者は天下を制す」
 全長260m。勢多の唐橋とも書き、瀬田の長橋とも言われる。京都の宇治橋、山崎橋とならんで日本三名橋の一つとされてきた。明治22年まで瀬田川に架かる唯一の橋であった瀬田の唐橋は、交通の要衝であり、京都防衛上の重要地であったことから、「唐橋を制する者は天下を制す」と言われた。唐橋を舞台として繰り広げられた、壬申の乱、寿永の乱、承久の乱など、昔から様々な戦乱に巡り合ってきた。本格的には近江大津宮遷都の時に架橋されたと考えられるが、当時は現在の位置より65m南の龍王社・雲住寺を東端としていた。
 俵藤太こと藤原秀郷は、940年の平将門の乱の討伐で知られる。彼が瀬田唐橋に現れた大蛇に頼まれ、三上山に住む百足を成敗したという伝説も、武勇のほまれ高い秀郷らしい。大蛇は瀬田川に住む龍王の化身とされ、橋の東詰には、この秀郷と龍王を祀る橋守神社がある。(俵藤太の百足退治)


石場の常夜灯
 びわこホール横の打出の森にある。幕末の1845年に建てられたもので、石場と対岸の矢橋間の渡し船の目印とされた。高さ8.4mの大型の常夜灯の基壇には、大津・京・大坂などの船仲間の名が刻まれている。昔は大津警察署裏にあったが、昭和43年、県立琵琶湖文化館前に移されたが、平成17年に現地に再度移設された。写真は、琵琶湖文化館前にあったころのもの。



   初詣ウオーク   近江神宮        記 
2018年1月14日(日)     参加者  101名 12km 

 天気予報では曇り。晴れる気配はない。昨晩に降った雪が歩道に残る。人の歩いたところから徐々にシャーベット状に解けていく。一歩ずつ細心の注意を払って進む。 新春から体を元気に動かす人たちで賑わった大津駅前は私たちSWAだけではなく他団体参加者も集っていた。本日の筆頭目的地、近江神宮は滋賀県下で多賀大社についで初詣参拝者が多いお宮である。恒例の写真撮影は雪の上。空模様を眺めつつストレッチ。凛とした空気が頬を刺す。

大津駅前の大通りを歩き出し、琵琶湖ホテル前湖岸を目指す。緩やかな下り坂が大津の地形を体感させる。残り雪と氷と日影と少し傾斜のある坂道が足元を意識するよう余儀なくされる。湖岸まで出ると、琵琶湖の向こうの近江富士、伊吹山まで雪化粧を施しているのが見える。風もあまりなく、さほど寒くないのが幸いであった。

屋内でのトイレ休憩で身体を温め、しばし談笑してから再スタート。大津絵の道を抜けていく。江若鉄道の廃線跡は適度な広さの遊歩道になっている。ゆったりとおしゃべりをしながら冬のお散歩を満喫する。地元中学校ではソフトテニスやサッカーの部活が練習に精を出していた。

びわ湖大津館へと向かう道は歩道が狭く、時折地元の歩行者とすれ違う。私たち100人規模の団体が一列歩行すれば、列は長く伸びていく。信号待ちで列が途切れることも何度かあった。びわこ大津館からの柳ヶ崎湖畔公園では対岸の山並みを眺めつつ、冬特有のこの空気を感じていただいた。

近江神宮道からは緩やかな登り坂。広めの歩道がタイル張りになっているために滑りやすい。足元へ下した目線は外せない。近江神宮入り口の横断歩道は一際渡りにくい。参道に向かって左側には急なカーブがあり、車もスピードを上げて入ってくる。この信号さえ渡れれば、ゆったりと本堂へ向かう参道だ。参道の樹々に残った雪が解けて少しずつ落ちてくる。時折受ける水滴がひんやりとする。近江神宮では各々で本殿へお参りする。しっかりとむちゃぶりなお願いも託してみる。一月も半ば近くになったとはいえ、まだそれなりの人数の方々が詣でていらした。近江神宮の朱色は雪の白色と相性がとてもよい。空の青が見えなかったのが残念に思えた。

各自で昼食を食べる軒下を探し13時ごろに再スタート。錦織遺跡や大津宮跡を横目に歴史ロマンに思いを馳せる。

「目の前を通ることがあっても、中には入ったことがないのよね」との声が上がっていた大津市歴史博物館へ立ち寄った。昼食時を寒い場で過ごした分、ここで暖を取らせていただいたのはありがたかった。写真展を眺め、歴史博物館2階からの景色も満喫させていただいた。

歴史博物館から円満院に向かう緩い下り坂が大変すべりやすく、雪、雨の時期にはこのコース上で最も危ないところであるといっても過言ではなかろう。三井寺、三尾神社の前を通り、長等神社の前を行く。長等神社のわら蛇焼きの準備は着々と進んでいるようで鳥居から飛び出ていたわら蛇を驚きで眺めてしまった。【1月14日わら蛇つくり。15日にわら蛇焼き。古事記、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治して住民の難儀を救った故事による】

長等公園前から日赤病院前あたりの解けた氷を踏みしめながら犬塚の大きな木を見上げる。京津線の上栄町駅では京都に向かう地下鉄を見送る。大津駅構内に入る手前でIVVをお渡しした。発汗にはほぼ無縁の、大変穏やかなウォークになった。今年も一年、楽しく元気に歩けますように。

 次回は、1月21日(日)「琵琶湖一周健康ウオ-キング⑪(能登川駅~近江八幡駅)20km」能登川駅9時30分集合です。皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
ビューポイント

 大津港

 かつては、琵琶湖湖上水運の拠点として栄えた。鉄道網の整備に伴い斜陽となった後は、遊覧船の発着点となっている他、官公庁などが運行する各船の拠点にもなっている。また、併設のマリーナや公園として整備された緑地など、多用途のレジャーに利用されている。施設は滋賀県が管理しているが、港湾施設などは琵琶湖汽船が、マリーナは関西メンテナンス滋賀が指定管理者になっている。大津港沖には、横幅440mの世界最大級の噴水がある。さまざまな形に変化し、夜には緑、橙、白の3色にライトアップされる。
  琵琶湖汽船は、大津港から大津プリンスホテル港の往復便を運行している。大津港から沖島~竹生島港~長浜港~大津港の便もある。その他、航路への接続便として大津プリンスホテル港~大津港~おごと温泉港~草津烏丸半島港などの便もある。なぎさ公園お祭り広場では、1月7日に大津市消防出初め式が行われた。

近江神宮

 ご祭神は大津京を建都した天智天皇。皇紀2600年を記念し、昭和15年に創建。広大な森に囲まれた境内には、朱塗りの楼門、近江造りの本殿などが荘厳な雰囲気を漂わせている。天智天皇は日本で初めて漏刻(水時計)を造ったことから時計の始祖として知られ、時計館には様々な時計が展示されている。【無休、時計館 宝物館300円】

 津歴史博物館

 大津の文化財や歴史資料を収集、保管、調査研究し、公開している。大津の歴史と文化を分かりやすく紹介する常設展示の他、ユニークな企画展を随時開催している。【休日 月曜日(祝日を除く)祝日の翌日(土・日を除く)年末年始、企画展示室210円】

三井寺(園城寺〕

 近江八景「三井の晩鐘」で名高い天台寺門宗総本山。観音堂は西国三十三ヶ所観音霊場第十四札所になっている。三井寺は正式には「長等山園城寺」と言う。「園城」という寺号は、大友皇子の子、大友与多王が自分の「荘園城邑」(田畑屋敷)を投げ打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものと言われています。なお、「三井寺」の通称は、この寺に湧く霊泉が天智・天武・持統の三代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったそうです。春には境内の千本桜が咲き乱れる。【無休、入場料500円、駐300円

 綱打祭(つなうちさい

 長等神社では、大きな龍蛇を藁で編み、燃やすことで一年の無病息災を願う綱打祭が1月14日と16日に行われる。主祭神である建速須佐之男大神がヤマタノオロチを退治して住民を救った、という故事にちなみ小正月の行事として行われているもの。完成した龍蛇は拝殿に安置。氏子たちが尾を踏むことで災厄を託します。そして16日、首を切り落として全身を焼くことで厄を払います。

長等公園

 長等山麓に広がる公園。敷地内には、三橋節子美術館や、平清盛の弟の忠度が詠んだと伝わる「さざ浪や 志賀の都はあれにしを むかしながらの やまざくらかな」の句碑が建っている。ヤマザクラをはじめ、ソメイヨシノなどのサクラが、約900本植栽され、例年4月上旬から中旬のシーズンには、周囲に春の訪れを知らせてくれるように桜が咲き誇る。公園からは琵琶湖と大津市街を眺めることができる。

琵琶湖疏水クルーズ

 昭和20年代まで大津市―京都市間の琵琶湖疏水を行き交った船を観光活用で復活させた。2015年11月に試験運行された。大津―山科―蹴上7.8kmを約60分で運行する。

 

       受付風景          雪の中での体操 

  

大津市消防出初め式 琵琶湖岸を歩く  

  

         琵琶湖大橋と対岸の伊吹山              琵琶湖大津館(旧琵琶湖ホテル)  

  

       近江神宮朱塗りの桜門をくぐる         琵琶湖大津館イングリッシュガーデン


  

    近江神宮本殿参拝     三井寺(園城寺)  

 

わら蛇作り(長等神社) 綱打祭  

  

   拝殿に安置された龍蛇       琵琶湖疏水クルージング



西国三十一番札所      長命寺への道     記 
2018年1月8日(日)  雨   参加者  53名 16km 
 
 雨のため、カッパや傘をさしてのウオーキングになりました。近江八幡から白鳥川沿いの自転車道を通り、小船木で逸れて、さざなみ浄苑で休憩です。船木町、南津田町の集落を抜け、運動公園で早めの昼食休憩を摂りました。湖周道路長命寺の信号を横切って長命寺道を歩きました。途中からなだらかな山道(旧参道)に入り、やがて本来の参道である石段に出ました。ここから本堂まで800段あまりの急な石段が続きました。やっと長命寺に到着です。霧のため視界が悪く、周りは真っ白で何も見えなかったです。
 午後は、ピンカーブの自動車道を下ります。山里の長閑な風景を見ながら歩き、度合橋を越え、円山の和船乗り場で休憩。その後、ラ・コリーナに立ち寄り、園内の散策や買い物を楽しみました。帰路は、殆どの方が近江八幡駅まで歩きました。14時40分頃ゴールしました。
 次回は、1月14日(日)に初詣ウオーク 近江神宮12kmを大津駅9時30分集合で実施します。皆様のご参加をお待ちしています。

ビューポイント

長命寺

 長命寺山の山腹に位置し、麓から本堂に至る800段余りの長い階段で知られる。山号は、姨綺耶山(いきやさん)
開基は聖徳太子、参拝すると長生きすると言い伝えられている。長命寺には中世以降の文書が豊富に残されている

 中世の長命寺は比叡山(延暦寺)西塔の別院としての地位を保ち、近江守護佐々木氏と伊庭氏の対立による兵火によ
り伽藍は全焼。現存する堂宇は室町時代から近世初期にかけて再建されたものである。

 本堂へは、湖岸から「八百八段」と呼ばれる石段の参道があり、登りには約20分を要する。石段を登り切ったところが本堂の縁下である。本堂裏の「六所権現影向石」をはじめ、境内各所に巨岩が露出しており、かつての巨岩信仰の名残と考えられている。

 「ラコリーナ近江八幡」たねや
 自然と共生、自然を愛し、自然に学び、人々が集う繋がりの場を長い年月をかけて手がける壮大な構想を持って、八幡山から連なる丘に木を植え、ホタルが舞う小川を作り、生き物たちが元気に生きづく田畑を耕している。

  ○メインショップ 

屋根一面が芝に覆われている。ユニークなデザインと栗の木が印象的な建物は、建築家・建築史家によるもので、従業員はじめ協力業者の方々、地域の学生と共に創り上げたそうである。1階は和洋菓子売り場。2階はカフェ。

○カステラショップ

百本以上の栗の木を使った店舗。長野県の山奥の雑木林で選んだそうである。

○フードガレージ

10年、20年後の未来へ向け、次世代を担う職人が挑戦する場として、新しい美味しさを追求している。


           
       長命寺本堂       長命寺三重塔  

 
 長命寺護法権現拝殿     長命寺護摩堂  


長命寺六所権現影向石     ラ・コリーナ  



納会ウオーク  瓶割山をめぐる道     記 
2017年12月17日(日) 天気 晴れ 参加者 120名 11km 

 風が冷たく感じる中、近江八幡駅前を出発。火祭りで有名な若宮神社を通り、伊庭貞剛邸宅跡で最初の休憩。武佐駅を通り、長光寺(花の木寺)では、住職から花の木のアルバムを見せて頂きました。花の木は聖徳太子が植えたのが始まりで、4月上旬にには小さい可憐な赤い花が咲きます。続いて妙経寺を経て不二の滝を鑑賞。
 長福寺信号を渡り、続いて国道1号線を横断し、フレンドマートで最後の休憩。
近江八幡駅には13時前にゴール。解散後、駅前で納会を行い、38名が参加しました。


●ビューポイント●


若宮神社の火祭り
 島町の若宮神社祭礼宵宮と、隣接した北津田町の大嶋奥津嶋神社祭礼宵宮は、同日に行われる。島町には、奥、山口、中、宮、南の五つの小字が有って、それぞれが一基づつ高さ7mの笠松明を作っていく。
それらとは別に平成20年は30年ぶりにボンガラ松明という特殊な松明が一基奉納された。松明の中身が菜種穀などでギッシリと詰まった通例の笠松明ではなく、松明の中を筒状に中空にした松明がボンガラ松明である。
 一般的には、立っている松明の根元に点火するが、ボンガラ松明は、氏子や自警団の人たちが松明を傾けて、底から中空の内部に火を投入する。暫くすると、内部の中空部分を立ち上がった炎がボンガラ松明の頂上から炎が出る前に胴部分が燃えてしまう。氏子、自警団や参拝者の間に緊張が走る。・・・やがて、てっぺんから炎が見えた瞬間、歓声が沸き上がる。成功である。

長光寺(花の木寺)
 長光寺は弘法大師を宗祖とし、高野山金剛峯寺を本山とする高野山真言宗の寺院。
ご本尊は「千手子安観世音菩薩」で、正面に本堂、右に大師堂、左に不動堂を配する。
 聖徳太子御建立四十九院の隋一であって、その当時には壮広たる七堂伽藍であったことが古書に依って知られている。
 戦国時代には、戦火に飲まれ、焼尽する所となったが、宝暦1753年玄広木食上人に依って再興され現在に至っている。    
   
若宮神社     若宮神社(燃える松明)  

  
花ノ木が黄色に色づく秋の長光寺門前    不二の滝  

  
妙経寺      近江八幡市街と瓶割山  




 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(暮れゆく大津街を歩く)12km 記  
2017年12月12日(火) 曇り 参加者 116名
 

 風が冷たく感じる中、大津駅を出発。長等公園まで歩いて先ず休憩。長等神社を通り、かつて賑わいを見せていた長等・菱屋町・丸屋町商店街を1時間程度散策。平和堂が出店し、新しい店が生まれ、少しづつ変わっていく商店街の様子を見て歩きました。
 その後は、大津港まで歩き、昼食タイム。午後は、浜大津の信号を渡り、大津絵の道(江若鉄道廃線跡)を通って、丸長の漬物店に寄り、試食や買い物を楽しみました。大津京駅には13時頃ゴールしました。


 ●ビューポイント●

100円商店街
 130以上の店が集い、食品、雑貨など、さまざまな商品、サービスが100円で提供される「100円商店街」。熱々の近江牛コロッケをその場で食べたり、大正時代から続く漬物屋さんでは、5~6種類入ったお茶漬けも100円で食べられます。また、牛すじ使った濃厚スープが100円など、買い物を楽しむ人で賑わいます。ほぼ土曜日に開催されています。

大津絵の道

 始まりの場所は、浜大津2階、改札を出て道路向かい側に見える「明日都浜大津」というビルの方に向かって、そのまま高架を渡ります。時計の下に「藤娘」が描かれています。

真っ直ぐ進み、下りの階段を降りた所に「鬼の念仏」がありました。そして、更に進んで階段を下ると、大津絵の道の遊歩道(江若鉄道廃線跡)です。

丸長の漬物

 江戸時代の始めから、尾花川は良質の土壌を生かして疏菜づくりが盛んでした。聖護院蕪や、金時にんじん、聖護院大根に近江かぶらなどは京の都へと出荷されていました。滋賀の伝統野菜を使った漬物から全国大会でグランプリを受賞した新作まで、四季の漬物が豊富に揃っています。社長さんは、「漬物の近江ブランドをみんなの力で確立したい」という夢を持っておられます。

  
大津駅前で開始式    参加のみなさん  

        
長等公園で休憩     菱屋町商店街  

  
京町の古い街並み    大津港  

  
琵琶湖で元気に泳ぐ野鳥      ここより大津絵の道  

  
大津絵      藤娘と鬼の寒念仏のマンホール  

  
大津絵   鬼三味線(疏水) 

    
鬼の寒念仏 丸長の漬物




琵琶湖一周健康ウォーキング2017⑩  彦根駅~能登川駅  記
2017年12月10日(日)晴れ 参加者数:263名 21km

 暖かい日差しのなか、出発式に先立ち、どう温度調整するか思案されたことと思います。日影は寒いかも、風はどれぐらい吹くかしら、汗が冷えると風邪をもらいやすくなる、という具合に冬のウォークでは細やかなケアが必要です。
 コース説明、ストレッチ、写真撮影。いつもの段取りを経てから彦根駅前を元気に歩き出します。彦根城までの道中はいわゆる「観光地」。少し歩くと信号に阻まれ、歩きたい気持ちにブレーキがかかります。
 
 最初のスタンプポイント、彦根観光協会に立ち寄ります。身の回りを整えてから再スタートです。凛とした空気と青い空が広がります。芹川沿いのケヤキ並木を抜け、少しずつ「街行く観光客」の波から離れていきます。
上空を見上げるとトンビが旋回しています。川には白鷺がいます。気持ちの良い空気のなか、私たちの足取りも軽くなります。犬上川を渡り、県立大学の建物を遠めに眺め、多景公園を目指します。
 
 公園でのしばしの休憩を経て、一本道をまっすぐ進みます。信号もほとんどない直線道は歩くスピードが上がっていきます。横目に荒神山を見やります。今日の天気も歩きを応援してくれているようでした。

 柳川緑地公園で昼食休憩を取りました。広々とした公園でゆったりとおしゃべりする時間を楽しみました。
お昼休憩後、踏みしめる気持ちでゆっくりと歩き出します。きれいに整備されたばかりの車道を見渡しながら、愛知川へと向かいます。葉枝見橋は一列になって歩き進めます。

 小川公園でのトイレ休憩も皆さんのご歓談スポットとなりました。あちこちで自然とおしゃべりの花が咲きます。
ゴールの能登川駅へ近づくにつれ、街の賑わいが感じられました。駅前でIVVをお配りし、解散となりました。ほんのり汗ばむ陽気な中でのウォークとなりましたので、お風邪を召されませんよう、お身体は大切になさってください。
 
 では、次回、12月17日(日)の納会ウオーク「瓶割山を巡る道10km」(近江八幡駅9時30分集合)でお会いできることを楽しみにしています。


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ヴューポイント

芹川のけやき並木
 
彦根城築城の際、南側に対する防御と城下町用地を確保するために、芹川の流路を現在の位置に付け替え、両岸には護岸のため、多くの樹木が植えられた。
 その当時植えられたけやきは、今では樹齢400年近い巨木となり、美しいケヤキ並木を見せている。


伊庭の坂下し祭

 
5月4日に行われる近江の奇祭の一つ。三基の神輿を氏子の若衆が引きずり降ろす神事。全長約500mに及ぶ坂道は断崖絶壁で、途中何箇所かの難所がある。難所では手に汗握る危険な見せ場となる。

伊庭の水辺景観
 江戸時代には、旗本の陣屋がおかれた「伊庭城跡」、現在の勤節館を中心に、瓜生川から引かれた水路が町を縦横に巡っている。
 現在は埋められている水路もあるが、大部分はそのまま残り、今も豊かで美しい水が流れている。水路では鯉が飼われている他、小魚や昆虫などさまざまな生き物の姿が見える。


カワト

 
各家には、「カワト」と呼ばれる川へと通じる石段があり、食事の支度や洗濯、風呂の水汲みなどを行うとともに、船の係留する船着き場として用いられていた。

能登川水車とカヌーランド

 
かつて能登川では、水車が農業などに活用されていて、一時は36基も水車があった。その後姿を消したが、1991年にシンボルとして1基復活し、能登川水車とカヌーランドが整備された。園内には13mもの大水車、資料館、芝生広場、レンタルカヌーなどがあり、多くの家族連れで賑わっている。
 
    
A班のみなさん      B班のみなさん  

  
C班のみなさん      柳川緑地公園で昼食

   
彦根城のもみじ      芹川のケヤキ並木  

       
周囲600mの多景島      能登川のシンボル13mの大水車  

  
集落の中を流れる水路に[田舟」の模型」(伊庭)     いくつも残っている「カワト」の一つ  

    
  地元の人たちの力で昔の姿を取り戻してきた伊庭内湖      断崖絶壁を降りる伊庭の坂下し祭  




初冬のまんだら山ウオーク 2017年12月3日(日) 晴 
   参加者数 109名   13km

 晴天に恵まれ、絶好のウオーク日和の中、和邇駅西口広場には106名のウオーカーが集結した。
 出発式の行った後、一路堅田駅を目指してスタートする。暫く市街をウオークした後、天皇神社の前を通過して和邇川の堤防に出る。右下に和邇川を見ながら左手には和邇公園が続くが公園は非常に良く整備されおり気分が和む。  
 和邇川に架かる橋を渡り上品寺の横を通って小野神社(小野篁村神社)に到着する。皆さん境内を散策しながら銘々参拝されていた。因みに小野神社は日本の餅造りの祖と言われていることから全国の菓子業界からの参拝が多い。
 小野神社を出発後、竹やぶの中を通って小野道風神社に到着する。ここでも皆さん銘々参拝されていた。因みに小野道風(とうふう)は日本を代表する書家であった。
 その後、暫くウオークして小野妹子神社(唐臼山古墳)に到着。この丘陵からのびわ湖の眺めは素晴らしいものがある。因みに小野妹子は遣隋使として著名である。
 続いて、びわ湖ローズタウウンの中を通ってまんだら山に到着し列詰休憩をする。皆さん、山頂にある金比羅神社に参拝されていた。休憩後、まんだら山の山道を眼下にローズタウンの町並みを見ながらウオークする。その後、昼食場所である公園に到着。昼食休憩後、ローズタウンの中をウオークし、上の神田神社に到着する。この神社でも銘々境内を散策されていた。
 神田神社を出発後、一路堅田駅を目指してウオーク。無事堅田駅に到着し、IVVカードを手交する。
お疲れ様でした。有難うございました。

 ●ビューポイント●

小野 篁(802年~852年)
 参議小野岑守の子。嵯峨天皇に仕えた平安初期の官僚。武芸にも秀で、学舎・詩人・歌人としても知られる。文章生より東宮学士などを経て閣僚級である参議という高位にまでなった文武両道に優れた人物であったが、不羈な正確で、「野狂」ともいわれ、奇行が多く、遣唐副使にも任じられたが、大使の藤原常嗣と争い、嵯峨上皇の怒りにふれて隠岐に流罪されたこともある。
     
わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり船
      小野篁が流罪地の隠岐に流される時に詠んだ歌【小倉百人一首より】

小野妹子
 推古朝の官人。607年聖徳太子の名により、第1回の遣隋使となり、翌年隋使裴世清とともに帰国した。国書に「日出ズル処ノ天子、書ヲ日没スル処ノ天子に致ス。恙無キヤ」とあったので、煬帝(ようだい)はこれを見て悦ばず、「蛮夷ノ書、無礼ナル者アリ。復夕以て聞スル勿カレ」と言ったという。
 翌年、随使裴世清を連れて帰朝したが、煬帝(ようだい)からの国書は百済人に奪い取られたと称して献上しなかった。そのため、群臣議して妹子の責任を問い、流刑に処すべきだとしたが、推古天皇は妹子の書を失う罪を許した。同年再び、南渕請安・僧旻・高向玄理らの留学生を伴って隋に渡り、翌年帰国。生没年未祥。


曼陀羅山
 琵琶湖大橋の上に、ふたこぶの丘のように見えるのが曼陀羅山。背後は比叡山~比良山。曼陀羅山の尾根筋を北へ向かうと、山筋に石材が放置されているのが曼陀羅山北古墳群。横穴式石室が見えた。

曼陀羅山古墳群
 
大津市真野普門の曼陀羅山丘陵付近に広がる、古墳時代後期の群集墳。
 5群117基からなり、そのほとんどが横穴式石室をもつ円墳である。
 大津市教委文化財保護課は、7月19日、真野・堅田地域に広がる曼陀羅山古墳群のうち同市清風町にある古墳時代後期(6世紀後半)の円墳2基(114,115号墳)の調査結果を発表した。横穴式石室はいずれも保存状態が良かった。刀の鉄製のつばが市内の古墳から初めて見つかった他、鉄製の矢尻など被葬者が武人だった可能性を示す副葬品も出土した。
 眼下の住宅街の中に見えるのが、真野北小学校付近の古墳。小学校の北側に5基の古墳があり、小学校には2基が隣接している。児童の訴えがあって、2013年8月19日、大津市長が2基の保存を約束した。

 
和邇大塚山古墳
 
曼陀羅山の山頂北側に築かれた前方後円墳(全長72m、後円部径50m)。
 明治40年に地元住民によって発見された。その時には石室は破壊されている。鏡や勾玉、刀剣、甲冑、土器などの大量の副葬品が、後円部から発見されている。築造年代は、古墳時代の前期の半ばから後半と推定されている。

 
一番奥にあるのが大塚山古墳で、いずれ何がしの命の奥津城に違いないが、背後に比良山がのしかかるように迫り、無言のうちに彼ら小野氏が経て来た歴史を語っている。
                   -白州正子『近江山河抄』 「比良の暮雪」

金比羅宮
 豪恕上人は、曼陀羅山に金比羅宮を開いた僧侶で、愛荘町出身。比叡山延暦寺で修行、1795年に大僧正になった。水脈や水利に造詣が深く、普門村の溜め池の開発等に尽力したと伝わっている。顕彰碑は1815年、上人が76才の時に建てられた 。碑文の文字は、達筆で知られた 上人の直筆と言われている。没年は92才。近くに見晴らしのいい場所があり、眼下に堅田のまちを一望できる

  
朝日を浴びて体操   体操その2  

  
  青空の下で心も軽くウオ-キング        小野篁神社  

   
   小野道風神社      小野道風神社  

  
   小野妹子神社       唐臼山古墳  

  
   金比羅宮登り口         金比羅宮  

 
 金比羅宮からの眺望      近江八幡市の長命寺、津田山  

    
    霊仙、権現山、蓬莱山、打見山        古墳群の一つ  

    
    真野北小学校横の古墳     神田神社の宮池




 
琵琶湖一周健康ウオーキング2017 ⑦12月2日(土)晴れ 
 永原駅~木ノ本駅 16km       参加者 174名

 10月22日(日)に実施され、台風による警報で「あぢかまの里」で急遽中断された永原~木ノ本間「ビワ一」のフォローウオークが12月2日(土)に実施されました。年間計画には無い再挑戦でしたが174名の方が永原駅に集合し、琵琶湖最北端の集落である近江塩津を経由しゴールの木ノ本駅を目指します。
 駅のプラットホームにはラッセル車がすでに待機しており、又、駅前広場では融雪装置の点検が行われて、来るべき冬に備え、準備が進んでいる様子が分かりました。

 コース説明、準備体操、各班ごとの集合写真を撮りスタート。まず目に入ったのは周辺の山々が見事に色づき、特に岩熊トンネルへの上り口は唱歌「もみじ」さながらの景色を楽しめました。トンネル入り口付近では猿がお出迎え。声援を送ってくれました。トンネルを抜けると近江塩津の集落が見えて来て、およそ1時間で道の駅「あぢかまの里」に到着。スタンプ押印の後、昼食を摂りました。かって近江塩津は、北陸よりの米などの物資を船に乗せ換え、琵琶湖を通り京都、大阪に運んだ拠点港でした。

 昼食後は、塩津神社を左手に見ながら湖沿いを歩きますと、竹生島が姿を現し、続いて賤ケ岳が見えてきました。日光に照らされた晩秋の山々は最高の美しさで、しばし見とれるほどです。列詰め休憩の後、今回の行程の難所である賤ケ岳隧道への上り坂に向かいます。トンネル手前に竹生島を含む琵琶湖の絶景が見える場所があり、多くの方が記念写真を撮っていました。
 
トンネルを通り古戦場の賤ケ岳へ登るリフト乗り場を過ぎると、伊吹山が見えて来て、いつもとは違う裏側の山を見ることができ、既に雪化粧をしていました。冬が間近に迫っていることが良くわかりました。
 伊香具神社で休憩の後、いよいよ木ノ本市街へ入り、湖北病院を過ぎ、北陸自動車道のガードをくぐるとすぐに木ノ本駅です。

 IVVを受け取りながら辺りを見回すと、何やら赤い棒が規則正しく立っています。積雪の深さを測るとのことですが、優に2mはあります。豪雪地帯である湖北では、冬への準備が着々と進んでいることが判る「ビワ一」でした。
 次回の「ビワ一」は12月10日(日)彦根駅~能登川駅 約21Kmです。彦根駅9時30分集合です。
 多数のご参加を待ちしています。

 
 ●ビューポイント●
岩熊(やのくま)トンネル
 西浅井町にあり、永原-塩津間を結ぶトンネル。
永原駅から直線距離で約2.5km。
新旧二つのトンネルが並んであり、新トンネルは796mで県内10位の長さ。

塩津海道あぢかまの里

 「あぢかま」とは、塩津の地域をさす枕言葉で、びわ湖の水辺で冬を越す鴨に由来している。駅の北に広がるのは、約3万年の歴史をもつ山門水源の森。あぢかまの里名物としては、「鮒寿し茶漬けセット」や、「鴨そば」「琵琶ますの煮付け・塩焼き」がある。

塩津神社(西浅井町)
 塩津浜は、平安の頃より、北陸・越後から運ばれてくる海産物、特に塩の輸送の重要な中継地でした。塩津神社は、祭神を塩土老翁とし、近くの志波谷では塩水が湧き、村人が製塩を行っていたと伝わっている。

奥琵琶湖パークウエイ
 びわ湖の最北端に突き出た葛籠尾半島を縦に走る18.8kmのドライブコース。沿道を飾るのは約4000本の桜の木。その向こうには、太陽の光に反射して輝く雄大なびわ湖。葛籠尾展望台からは、びわ湖の4分の1以上の景観を望むことができる。

丸子船(西浅井町大浦)
 西浅井は、古くより北陸と京都・大阪をつなぐ重要な交通路として人々の暮らしと関わってきた。大浦・菅浦・塩津浜の三つの港を有し、陸上と湖上運輸の中継地でもあり、その湖上水運の主役を務めたのが丸子船でした。丸太を二つ割りにして銅の両側に付けた琵琶湖独自の帆船。「北淡海・丸子船の館」には実物が展示されている。

伊香具神社(木之本町)
 670年以前の創祀とされる。全国で唯一の「伊香式鳥居」をもつ神社。脇鳥居がついた合計12本の柱をもつ鳥居で、「火伏せの神」「防火の神」としての信者が多い。

菅浦村の暮らしと船
 琵琶湖の最北端にある葛籠尾崎の西側に位置するとても美しい集落。
伝統的な生活に根ざした景観を現在まで継承していることから、平成26年には、国の重要文化的景観に指定された。
 また菅浦は、中世の自治的村落である「惣村」の代表格として、日本史上きわめて重要な集落。天保3年の資料によれば、山と湖に囲まれた菅浦村は平地が少なく、米などを十分自給出来なかったため、食料を他所から買い入れる必要があった。
 当時の菅浦村では、漁業はさほど盛んでなく、山の芝の切り出しや田畑耕作が生業の中心であった。村の主な産物である油実や、芝、石灰を丸子船等に積み込んで、他の湊へ輸送して販売し、現金収入を得ていた。

賤ヶ岳ロープウエイ(木之本町)

 琵琶湖八景の一つ。湖北随一の景勝地。
 南西に、奥琵琶湖と比良山系、竹生島。東に、小谷城跡、虎御前山、伊吹山。北に、羽衣伝説の余呉湖が一望できる。

木之本地蔵院
 秘仏である本尊を模している6mの地蔵様は、全国から訪れる参拝客を出迎えてくれる。
寺の歴史は古く、白鳳時代に遡る。空海、木曽義仲、足利尊氏も参拝した記録がある。眼の仏様で、片目をつむった身代わり蛙たちが住んでいる。お寺に住む蛙は、多くの人々が眼の病気で困っているのを見て、全ての人々の大切な眼がお地蔵様のご加護をいただけますように」と、自らが片方の眼をつむることによって身代わりの願をかけたと言い伝えられている

  
  永原駅前の融雪装置        A班のみなさん  

  
 B班のみなさん      C班のみなさん  

    
   岩熊トンネル手前       猿のお出迎え    

  
   あぢかまの里       よくいらっしゃいました  

  
   丸子船       紅葉とススキ  

  
   賤ヶ岳ロープウエー     初冬の伊吹山  

      
    日光に照らされた美しい山々      奥びわ湖大パノラマ  

  
    びわ湖に佇む信仰の島・竹生島     湖北病院  

  
  ゴールは目の前     塩津神社  

  
実りの柿    火伏せの神・伊香具神社  




湖南三山の善水寺を訪ねて
2017年11月26(日) 晴れ 参加者145名 12km

 朝は霜が降りていて非常に寒かったですが、その後、天候に恵まれ、100名を越える参加者がありました。甲西駅前を10時前に出発し、野洲川を渡り、集落を通り過ぎ、善水寺に着きました。紅葉が見事で、写真に収める方が多かったです。参拝料を300円にしていただき、国宝の本堂前では、みなさん、歴史や仏像の説明に聞き入っておられました。
 その後、岩根山の峰を歩き、十二坊温泉に到着し、昼食休憩です。
数名の方が温泉「ゆらら」に入浴されました。帰りには、大きな不動明王の磨崖仏を目にして感動。イオンで休憩し、三雲駅には14時45分に到着しました。
 次回は、台風21号のため、途中で中止となった第7回琵琶湖一周健康ウオーキング(永原駅~木ノ本駅16km)を永原駅10時集合で12月2日(土)に実施します。
 12月3日(日)は、「初冬のまんだら山ウオーク」(和邇駅~堅田駅13km)を和邇駅9:30集合で実施します。
皆様多数のご参加をお待ちしています。

●ビューポイント●
 
 湖南三山
常楽寺
 
和銅年間(708年から715年)元明天皇勅命により、良弁が開基した阿星寺五千坊の中心寺院。本堂と三重塔は国宝に指定されている歴史ある寺。秋の紅葉が圧巻。
長寿寺
 
奈良時代に聖武天皇の勅願により、良弁僧正によって創建される。国宝の本堂に加え、重要文化財の弁天堂などを有する。湖南市最古の古刹。 
善水寺
 奈良時代に元明天皇の勅命により鎮護国家の道場として和銅寺が草創されたのが始まり。本堂で拝める国宝や重要文化財の仏像の数々が魅力的。秋の紅葉が圧巻。
湖南市の磨崖仏
 
水口の西北、東海道に沿って、あまり高くない山がつづいており、この丘陵を「岩根」と呼ぶ。高くはないが、奥深い森林地帯で、すぐそばを東海道が走っているのが、別の世界のように見える。その名のとおり、岩石の多い所で、山中には善水寺という寺があり、石仏がたくさんかくされている。                  ―白州正子『近江山河抄』「近江路」
 
観音堂の裏には巨岩(不動の大岩)があり、磨崖不動明王が刻まれている。
 岩根山は地元の方が整備されていて、付近には僧坊跡(十二坊)の案内板があり、竹林の中には僧坊跡が点在している。看板の左には、道の脇にたくさんの石仏が横倒しになって置かれている。善水寺は、当時は和銅寺と呼ばれ、その後平安時代に最澄が入山して天台宗の寺院となり、後に善水寺と名を改める。
 
 最澄は、比叡山延暦寺を開く際、寺の材木を湖南市の奥の甲賀市一帯に求めている。しかし、材木を横田川(野洲川)に流す時、日照り続きのため、水量が少なく、うまくいかなかった。そこで、雨乞いの地を探したところ、岩根山中腹より一筋の光が目に差し込んだという。山中に薬師仏を勧請し、請雨の祈祷を七日間行ったところ、大雨が一昼夜降り続いた。材木は一気に川を下り、琵琶湖の対岸に当たる比叡山の麓に無事着岸したという。
 
 そこで、善水寺の寺号を賜ったといい、由来となった水が元三大師堂の横に沸いている。桓武天皇が病気の際、最澄が岩根の薬師仏の前で祈祷し、水を献上すると治癒された。

  
 善水寺に向かって      善水寺はもうすぐ  

  
 善水寺本堂    善水寺   

  
   善水寺の鐘と紅葉   見事な紅葉のハーモニー  

  
善水寺本堂と庭園   善水寺の石庭  

    
十二坊温泉    磨崖不動明王  




平日ファミリー 大津なぎさウオーク(晩秋のびわ湖と山々)12km  
2017年11月21日(火) 天気小雨後曇り 参加者126名 

 大津駅北口に9時30分に集合。今回は、先ず、大津駅から国道1号線を渡り、坂道を歩いて滋賀女子短大の前に出て、名神高速道路の側道から、鶴の里団地に入り、茶臼山公園で休憩です。その後、膳所の街を巡りました。膳所神社を見て、膳所城趾公園で休憩。近江大橋を渡って、直線道路のバイパスを歩き、イオンの前を曲がり、瀬田駅近くの公園でゴールでした。

●ビューポイント●
茶臼山古墳(秋葉台)
 
茶臼山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る前方後円墳で国指定の史跡。
 古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されている。彦坐王とも大友皇子一族の墓とも言われているが被葬者については明らかではない。墳丘全面には葺き石が敷かれ、円筒埴輪が巡り、後円部頂上には形肖象埴輪も見られる。現在、古墳東部に防火神としての秋葉神社が祀られており、さらに、南西100mの所には、小茶臼山古墳がある。周辺は茶臼山公園として整備され、市民の憩いの場となっている。
  

旧武屋敷の土塀
 
天智天皇の大津宮時代、獲った魚を調達した陪膳浜(おものはま)と言われていた膳所は、江戸時代の初め、瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、徳川家康によって大津城を廃城とし、膳所城を築城して以来、軍事的な城下町として栄えてきた。
 京阪電鉄に平行している東海道の町並みは、家並みのほか曲折した小路を持っているなど、昔の面影を偲ぶことができる。  特に、旧武家屋敷跡の土塀などが今も残っている。
縁心寺や膳所事件で犠牲者となって処刑された藩士11名のうち、数名が葬られている安昌寺など、まさに街全体が歴史といえる。


膳所神社
 
祭神は豊受比売命(とようけひめのみこと)で、奈良時代の創祀と伝えられている。
中世には諸武将の崇敬が篤く、社伝には豊臣秀吉や秀吉夫人の北政所、徳川家康などが神器を奉納したという記録が残っている。表門は、明治3年に明治維新とともに廃城になった膳所城から移築したもので、国指定の重要文化財になっている。本殿・中門および拝殿の配置直線上、東正面の琵琶湖に向かって立っており、表門である本瓦葺の薬医門がどっしりとした構えを見せている。


近江大橋
 
大津市丸の内町と草津市新浜町を結ぶ琵琶湖上の道路橋。長さ約1,290m。琵琶湖大橋は1,400m。近江大橋有料道路の一部として滋賀県道路公社が建設し、管理していたが、2013年12月26日から無料開放された。
                              
全員集合      背後は茶臼山古墳  

     
 膳所1丁目の街並み    瓦ヶ浜の街並み  

  
 中庄1丁目の街並み      膳所神社  

  
 大手門と立葵
  
  今も残る膳所城跡の巨石 

      
 膳所公園から三上山を望む      1300mの近江大橋  




第9回琵琶湖一周健康ウオーキング2017(長浜駅~彦根駅)記
2017年11月19日(日)曇り時々雨 
参加者数 243名   15km

 雨が降りしきる中、ウオークに参加状況が懸念されたが、長浜駅西口には最終的に243名のウオーカーが集結した。
出発式の時間には雨も止んで日差しも射してくる天候となった。出発直後に長浜鉄道スクエアに立ち寄り、琵琶一マップにスタンプを押印する。
 再出発後、暫くして湖周道路の歩行者専用道を右に琵琶湖を見ながらウオークするが、琶琶湖の湖面は至って穏やかであった。その後方には湖西の山並みを靄のなかに垣間見ることが出来た。
 最初の列詰・トイレ休憩の「近江の館」に到着する直前から、再び雨が降り出すウオークとなった。「近江の館」では皆さん土産物の購入に余念がなかった。
 12時前後に道の駅「近江母の郷」に到着。琵琶一マップ・パスポートにスタンプの押印を行い昼食休憩となる。
 再び、彦根を目指してスタートするが、湖岸の砂浜には先だっての台風21号によると思われる漂流物が多数見受けられた。その後、雨が止んで強風の中をウオークすることとなるが、びわ湖の湖面には白波がたっていた。
松原水泳場・彦根港を通過して「芹川」の堤防をウオークして彦根城内に入ってゴール。IVVカード・JRふれあいカードを手交して解散となる。
 ウオーカーの皆さん、大変お疲れ様でした。ありがとうございました。
 次回、12月2日(土)は台風21号のため、途中・中止となった第7回琵琶湖一周健康ウオーキング・永原駅~木ノ本駅間16kmのフォローウオーキングを実施しますので多数のウオーカーがご参加されることをスタッフ一同、心からお待ち致しております。

 ●ビューポイント●

長浜鉄道スクエア
 
現存する日本最古の長浜駅舎を中心に、日本の鉄道文化初期の時代と長浜の発展を見ることができる。明治15年、当時の新橋駅を模して造られた。洋風2階建ての建物。長浜鉄道文化館には、貴重な鉄道資料を展示。また、館内に鉄道模型運転コーナーがある。また、実際に北陸線で活躍したデゴイチやED70形電気機関車が展示されている

長浜びわこ大仏
 
良畴寺にある28mの青銅製の阿弥陀如来像。琵琶湖を背を向けて琵琶湖のほとりに建っている。
 現在二代目の大仏で1994年に建立、開眼供養された。


滋賀県立長浜ドーム
 
管理運営は財団法人滋賀県体育協会が行っている。2016年1月より2019年3月までの予定で「長浜バイオ大学ドーム」の愛称が使用される。

長浜バイオ大学
 
2003年に創立した日本初のバイオ・生物学系単科大学。バイオ・生物系に絞った大学であることを生かし、実験・実習が多いカリキュラムが組まれている。企業に所属していた教員が多いのも特徴である。びわ鮎センターと共同で琵琶湖の固有種・ビワマスの餌を開発。この餌で養殖したビワマスは、従来のものより脂の乗りが良く、天然ビワマスにも匹敵する量となっている。

多景島
 
彦根市八坂町に属する。元は、島内に竹が多く自生していることから「竹島」と言っていたが、江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色が見えることから多景島と呼ばれる。
 1665年に長浜・妙法寺僧慈雲院 日請上人が島内に日蓮宗見塔寺を開寺する。島全体が花崗岩で形成されている。


松原水泳場
 
白砂の浜が1km続き、松林も美しい浅瀬の水泳場。鳥人間コンテスト選手権大会の会場としても知られている
彦根玄宮園
 
旧大名庭園。江戸時代初期に彦根藩主井伊直興が整備したと言われている。江戸時代後期には、第11代藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整備された。園内は、中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に、作庭されたと言われている。

   
  A班のみなさん      B班のみなさん  

   
  C班のみなさん      B班のみなさん  

  
  A班のみなさん      B班のみなさん  

  
   C班のみなさん  朝日を浴びて体操

  
   開始式 休憩 
 
  
   スタンプ押印(近江母の郷)  波高い湖面を見ながらウオーク

  
   長浜鉄道スクエア  D51

     
長浜ドーム  長浜びわこ大仏

  
   びわ湖に背を向けて立つ長浜びわこ大仏   多景島

  
  松原水泳場で開催される鳥人間コンテスト   玄宮園のもみじ




湖北の高時川渓谷を訪ねる道(木ノ本駅~余呉駅) 15km  記 
2017年11月12日(日) 天気 晴れ参加者 93名

 木之本駅西口を9時55分に出発。木ノ本地蔵境内を通り、お地蔵さんを参拝後、緩やかな峠を越え、川合の専覚寺でトイレ休憩。ここから高時川の渓谷を愛でながら歩く。高時川の水は、やや濁っていたが、黄色く染まった木々の葉が美しい。
 近くに権現杉で有名な佐波加刀神社がある。その後、長さ44m、高さ5mの川合の吊り橋を渡る。歩道部が木版なので、大勢が乗ると、揺れてスリルがあり、みなさん喜んでおられました。
 
 大見憩いの広場に12時前に到着し、昼食タイム。広大な施設でテーブルや椅子もあり、天気もよく、ゆったりと昼食を摂ることができました。
 12時30分に出発。広場の前にある長さ9m、高さ2mの吊り橋を渡り、高時川沿いに丹生まで歩く。ウッデイパル余呉で少し長く休憩。その後は、スキ-場の前を通り、ややアップダウンの道を歩き、北国街道を経て余呉駅を目指す。

 余呉駅には14時22分到着。今日は、風もなく、晩秋の穏やかな天候に恵まれ、森の空気をいっぱい吸って、気持ちよく歩くことができました。普段経験することが少ない吊り橋を二つも渡ることができました。お疲れ様でした。
 
 次回は、11月19日(日)に琵琶湖一周健康ウオーキング2017⑨(長浜駅~彦根駅15km)を長浜駅9時30分集合で実施します。
 皆様のご参加をお待ちしています。

● ビューポイント ●

高時川渓谷
 
長浜市を流れる淀川水系の河川で、姉川の支流である。上流では丹生川と呼ばれている。水源は、栃ノ木峠で、長さは41.4km。高時川の堤防沿いは桜の名所。また、あゆ、にじます、あまごの釣り場になっている。

佐波加刀神社(さわかと神社) 木之本町川合
 
戦乱により何度か荒廃したが、その都度再興された。主祭神は、日子坐王(開化天皇の皇子。古墳時代の豪族。
神社の境内に立つ「権現杉」は、滋賀県の名木に指定されている。

高時川に架かる吊り橋
   
・川合の吊り橋(北川橋)   長さ44m、高さ5m、歩道部木板
   ・下野橋             長さ38m、高さ5m
   ・大見いこいの広場の吊り橋 長さ9m、高さ2m
   ・鵜之岩橋            長さ24m、高さ7m


大見憩いの広場 
 
すぐそばに高時川の清流が流れる緑豊かな施設。鳥のさえずりや川の流れる音、夜には星空を眺めることができる。オートキャンプサイト、フリーテントサイト、ヴィラやコテージなど宿泊施設が豊富。夏は高時川での水遊び、冬は雪遊び等、シーズンを通してアウトドアを堪能できる。

ウッデイパル余呉
 
アスレチックやパターゴルフなどのレジャー施設を併用したアウトドア宿泊施設。大自然の中に佇むコテージでゆっくり過ごす事ができる。
  
         
   木ノ本地蔵院境内   木ノ本地蔵菩薩と身代わり蛙

    
  専覚寺に到着   専覚寺で休憩

   
  佐波加刀神社と権現杉  スリル満点の河合の吊り橋を渡る

  
  大見の吊り橋を渡る   大見の吊り橋を渡る

  
   高時川渓谷   大見憩いの広場

  
    青空の下、心も弾んでウオーク      森の空気をいっぱい吸って

  
   ウツデイパル余呉   余呉湖のワカサギ釣り
 



琵琶湖一周健康ウォーキング2017⑧ 木ノ本駅~長浜駅  記
2017年11月5日  晴れ  参加者数 281名   20km

  前回のびわいちは、警報発令で途中中止。29日も荒天となり10月は台風が続きました。そして11月。本日は秋の3連休最終日にもってこいの行楽日和になりました。集うウォーカーに笑顔がこぼれ、足取りも心なしか軽やかに感じました。
 前回分のフォローウォークを提案させていただき、今回のコース説明、ストレッチ、写真撮影を経て、さっそく歩き出しました。山の木々が色づき始め、秋の気配を感じさせます。台風で落ちた葉、倒れた木々の名残も目に入ります。まっすぐ歩いては、曲がる。またまっすぐ。信号も建物も少ないこの地域ならではの一本道が続きます。
 
 最初のトイレ休憩では列詰めをしながらご歓談タイム。お互いの近況報告やおしゃべりに花が咲きました。
西山水道あたりを横目に見ながら、ずんずんと片山トンネルを目指します。信号もなく、歩くスピードが上がります。気候もよし、日が照るところでは汗ばみ始め、上着を脱ぐこともありました。
 トンネルを抜けると琵琶湖が視界に広がります。山本山のふもとに残る台風の傷跡が痛々しく感じます。このアングルからでは竹生島も違った形に見えます。冬の渡り鳥を待つバードウォッチャーが三脚にカメラを立ててスタンバイしていました。
湖岸の歩道はところどころ通行止めになっていたり、尾上の宿泊施設では瓦が飛んでいたりと、復旧途上の痛々しさが気になりました。
 
 昼食休憩は湖北みずどりステーションです。こちらの道の駅はお野菜やお弁当、揚げたての鮎などが並び、遠足気分を盛り立ててくれます。こちらに食欲の秋。
 休憩後の道も、まっすぐ、まっすぐ。日影がなく、変化の乏しいこの道は夏場には過酷なコースになります。ビオトープエリアの蓮池は秋のもの悲しさが増してきました。伊吹山がじわじわと迫ってきます。
 
 奥びわスポーツの森では、スポーツの秋。野球の試合の音が響き渡ります。列詰め休憩後、湖岸をひたすら歩きます。次のスタンプポイントは産直びわみずべの里です。ここではソフトクリームが人気です。疲れた体に甘いものが一際美味しく感じるものです。
 長浜城まで続く歩道をひたすら進みます。カネボウ跡地の鉄塔が近づいてくると豊公園もあと少し。長浜ツーデーを思い出された方もいらしたことでしょう。長浜城敷地内でIVVをお渡しし、ゴールとなりました。
 みなさま、久しぶりの晴天のウォークを楽しまれたことと思います。

 では、次回、11月12日(日)の「湖北の高時川渓谷を訪ねる道(木ノ本駅~余呉駅)14km」でお会いできることを楽しみにしています。
 木ノ本駅9時30分集合です。

●ビューポイント●

西野水道 
 
西野の西山という山麓に、琵琶湖に向かって貫かれている高さ約2m、幅約1.5m、長さ約250mの排水用の岩穴。今から170年前、たびたび洪水に見舞われていた西野地区を洪水から守るために、充満寺の恵荘上人の発起により行われた土木事業。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけてノミだけで掘り抜かれた手作りの岩穴。

山本山 オオワシの飛来
 毎年一羽のオオワシ(メス)が越冬のため湖北に渡り、山本山をねぐらにしている。今年で19年連続で、 「山本山のおばあちゃん」として人気を集めており、その姿を一目見ようと野鳥ファンやカメラマンが多く訪れている。

尾上  夕日の眺望(日本の夕日百選)

湖北みずどりステ-ション
 琵琶湖岸「さざなみ街道」沿いで、四季を通じてさまざまな野鳥が訪れる水鳥公園内にある。湖面に映える幻想的な夕陽は「夕陽百選」にも選ばれている。初冬になると、コハクチョウやオオヒシクイが北の大地から渡ってくる。

早崎内湖ビオトープ
 干拓田の4分の1を灌水し、調査を行っている。日本最大のビオトープ実験地。昭和39年食料増産のため、内湖を埋め立てて作られた水田。しかし、現在では豊かな自然を取り戻すため、干拓田を元の内湖に戻そうとする動きが進んでいる。コハクチョウが年々増え、現在では、滋賀県有数の飛来地になっている。夏には、鮮やかなピンクのハスの花が咲く。

長浜駅前    
秀吉公、三成公 出逢いの像

  
   A班のみなさん   B班のみなさん

  
   C班のみなさん  西野水道

    
   今の西野水道   山本山のオオワシ

    
   オオワシのつがい  片山トンネル
          
   
 尾上の夕陽 
  湖北の夕陽スポット

        
  コハクチョウ   湖北みずどりステーション

     
   早崎内湖ビオトープ   秀吉公と三成公 出逢いの像




里山シリーズ⑬ 音羽山
2017年10月29日(日) 雨 参加者 21名 13km

  台風22号の影響で朝から雨模様の中のウオーキングでした。膳所駅を9時50分に出発し、国道1号線を歩き、秋葉台の信号から坂道を上がり、茶臼山公園に10時14分に着きました。
 茶臼山公園から名神高速道路をまたいで音羽山登山道へ。集落を抜け、御用池を過ぎると程なく、左手に山の神が見えてきました。登山道が森に入ると現れるのが石丸大神。古い鳥居の足が一本だけ立っています。さらに10分程で鳴滝不動尊に11時過ぎに到着。15分位休憩しました。
 音羽山に登る道の案内版付近に来た所で、雨が本降りになってきました。止むを得ず音羽山に登るのを断念し、膳所駅に引き返しました。12時にゴールでした。予定の音羽山と蝉丸神社には行くことが出来ませんでした。
 先週のビワイチ同様、参加された皆様には期待外れで、たいへんご迷惑をお掛けしましたことをお詫びします。
 次回は、琵琶湖一周健康ウオーキング2017⑧(木ノ本駅~長浜駅20km)を11月5日(日)木ノ本駅9:30集合で実施します。
 皆様多数のご参加をお待ちしています。

 大雨のため、途中解散になった琵琶湖一周健康ウオーキング2017⑦(永原駅~木ノ本駅16km)は12月2日(土)永原駅
10:00集合で実施します。

 
   茶臼山古墳   山の辺の道を歩く

 
   雨にも負けず   祠の中に「王」の字が見える

 
   鳴滝不動尊   鳴滝不動尊

       
 
音羽の滝 音羽山はまだこれから