NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】

 
琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑪  近江高島駅~志賀駅 17km  記  2018年12月9日(日)曇り時々小雨、みぞれ     

       近江高島駅~大溝城跡~乙女が浜~白髭神社~北小松駅~雄松崎~比良駅~志賀駅

 今年に入って最も寒い朝とのニュースを聞きながら、集まっていただいたようですが、何時ものように沢山の参加者で、近江高島の駅員さんもてんてこ舞いの忙しさ。天候は午前中60%雨という予報でしたが、言葉通りの小雨の中をスターとし、大溝城跡、乙女池を通って、白髭神社で一休み。
 北小松をすぎてからは、湖岸を歩き、蜃気楼にけぶる対岸の沖島や荒神山を望むことができました。
 春の琵琶湖岸も美しいですが、初冬の遠くにかすむ山々を見ながらのウオークも、また捨てがたいものと感動した一日でした。
 次回の琵琶湖一首健康ウオーキング2018⑫「白雪の比良系を背に」は、平成31年1月20日(日)志賀駅~堅田駅14kmです。志賀駅9時30分集合です。皆さま多数の参加をお待ちしています。
 
  
         
 近江高島駅で受付                           A班のみなさん

  
  
          B班のみなさん                          B班のみなさん

  
  
           C班のみなさん                          大溝城跡

  
              
乙女が池                            万葉歌碑

  
               
白髭神社                          四十八体石仏群

  
  
        岩除け地蔵                               高島ビレッジ

  
        長谷寺(高島町音羽)               高島町勝野の街並み
                         

  
       
揚梅の滝(北小松)               北小松の切妻型の町屋
 
 
          

ビューポイント

大溝城跡

 織田信澄が天正6年に築城した城で、浅井三姉妹の次女・初が京極高次と新婚時代を過ごしたと言われています。


乙女が池

 
万葉の時代、「香取の海」と呼ばれた乙女が池一帯は、山の麓までびわ湖の入江になっていました。その後は、大溝城の外堀で、恵美押勝が挙兵に失敗し、高島郡三尾崎で捕らえられ、勝野の入り江で斬罪されたと伝えられる地で、壬申の乱で落城したと伝えられる三尾の城も背後の山中にあったと言われ、幾多の歴史を秘め、湖面にロマンを漂わせています。今は内湖となり、淡水魚の宝庫として釣り人も多い静かな公園です。また、乙女が池の畔と高台には、乙女が池を詠んだ万葉集の歌が刻まれた歌碑があります。

白髭神社

 
近江最古の神社で、近江の厳島神社とも呼ばれ、近年はパワースポットとしても知られており、湖に浮かぶ朱塗りの大鳥居に惹かれ、若い人の参拝も多い。境内には、与謝野鉄幹・晶子夫婦がここを訪れた際に詠んだ歌碑があります。

岩除地蔵尊

 鎧岩と呼ばれる大きな岩の下に安置されており、通行には大変危険な場所であり、人々は、落石やガケ崩れから身を護って頂くために、お地蔵様を「岩除地蔵尊」と名づけ、崇拝するようになったと言われています。

鵜川四十八躰石仏群

 
室町時代後期、観音寺城主 佐々木六角義賢が亡き母の菩提を弔うために、観音寺城から西に当たる当地に(西方浄土)に建立したと言われています。

小松地区

 
江戸時代は、ほぼ幕府領で、大津代官所が支配していました。また、荒れ地や湿地帯などの新田開発が進み、隣村との境界線争いが絶えなかったようです。板壁をめぐらした町屋がぎっしり並んでいます。
紅殻と呼ばれる防腐・防虫のために、赤い紅殻を家の格子や柱に塗っている家々が軒を並べています。

 また、昔から楊梅の滝から流れる水を農業・生活用水として使用しています。
家々の側を水路が走っており、家の前にある「かわと」で野菜や果物を冷やしたり、茶碗を洗ったりしていました。現在では、殆ど使われていませんが、約30箇所残っているようです。
 






北国街道と戦国武将ゆかりの地を巡る道  米原駅~長浜駅 12km  記  
2018年12月2日(日)晴れ  83名    
 

             米原駅~大谷吉継の首塚~朝宮公園~坂田駅~長野家跡~山内一豊母の墓~福田寺

       ~さいかちの木~びわ湖大仏~徳勝寺~長浜駅


  朝から好天気に恵まれ、ウオーキング日和になりました。行く先々で、德田理事の説明があり、予定のコースを歩く事が出来ました。福田寺で昼食休憩です。長浜びわ湖大仏は、さすが27mもあり、みなさん、見上げておられました。
 最後は浅井三代の菩提寺である徳勝寺を訪れ、お参りをした後、ゴールの長浜駅に向かいました。
 次回は、「琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑪近江高島駅~志賀駅17km」を 12月9日(日)近江高島駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。


  
      米原駅に集まる参加のみなさん                         出発前

  
             大谷吉継の首塚                     山内一豊と千代の像(坂田駅前)

  
       一豊の母が身を寄せた長野家                      一豊の母(法秀院)の墓

   
      一豊屋敷跡                 さいかちの木              高さ27mの長浜びわこ大仏

   
       小谷城主浅井三代の菩提寺・徳勝寺            德田理事の説明に聞き入る参加のみなさん

ビューポイント

 大谷吉継の首塚

 関ヶ原の合戦(1600年)で、西軍石田方の参謀として奮迅の働きをした大谷刑部吉継(1559年~1600年)の首塚と伝えられている石塔がある。大谷吉継は、現在の長浜市余呉町小谷在住の浅井氏家臣・大谷吉房の子といわれ、石田三成と同じ頃に羽柴秀吉に招抱えられ、関ヶ原合戦の時には越前国(福井県)敦賀5万石の領主だった。

 江戸時代に彦根藩士の著『近江木間攫え』では、この塚を水口城主だった長束正家の墓と記している。ところが、『改訂近江国坂田群誌』2巻によれば、正家は関ヶ原合戦後、蒲生郡で自害し、その首は京へ送られており、正家の首塚ではないとしたうえで、関ヶ原での小早川秀秋の裏切りによって、西軍の敗北を悟った吉継、敵に首を渡さないよう、湯浅五助の介錯で自刃し、甥の僧祐玄が首を錦の袋に入れて、敦賀への逃亡の途上に、この地に埋め隠したといわれている。今でも地元の人々に守られ供養されている。

 吉継は、天正17年(1589年)に越前国内で5万石を与えられ敦賀城主となり、敦賀城を三層の天守閣持つ近代城郭に拡張・改善し、城下を整備した。吉継の敦賀入邦は、日本海交易の要港で、北国の物資の集散地だった敦賀湊を秀吉直系の家臣に掌握させ、北国から畿内への輸送拠点、出兵時の物資調達拠点として機能させる狙いがあったようである。

一豊と千代の銅像(坂田駅前)
 一豊は、賤ヶ岳の戦いの後、長浜城3代目城主となった。

山内一豊の母の墓

 戦国武将山内一豊の母は、夫の盛豊が戦死した後に出家して「法秀院」と称し、この地で亡くなった。長野家に身を寄せ、質素な生活を送りながら、裁縫や行儀作法を教えていた近在の子女の中に、後に一豊の妻となった千代がいたと云われている。千代が名馬を買わせ、出世させた話は有名。金十両を持たせたのは、この母とも言われている。

一豊屋敷跡
 一豊の俗称である「伊右衛門屋敷」石碑が残されている。

福田寺

 戦国時代、時の住職覚芸は、真宗を護らんと湖北数十ヵ寺の信徒を率いて浅井氏とともに織田信長と戦ったという。境内には小谷城から移築されたという県指定の文化財「浅井御殿(書院)」や、国の名勝である「枯山水の庭園」がある。

さいかちの木

 下坂浜の一帯は、昔、浜村と呼ばれ、「さいかち浜」とも言っていた。昔は、この木がこの町あたりから、ずっと遠く彦根方面まで湖岸沿いに植えられていて、木々の美しい緑なす風景が湖水に映えて、道を行き来する人々の目を楽しませたそうである。
 ここはまた、一向一揆の悲しい古戦場でもあり、その戦士の墓場も、今は湖中に姿を消してしまって、これも語り伝えごとになってしまった。

 長浜びわこ大仏

 本体は青銅製で重量は88トン。1933年(昭和8年)1月、良寿寺三十世義天和尚が、大阿弥陀如来像を発願し、1937年(昭和12年)4月、信徒の協力を得て、高さ約27mの「護国阿弥陀如来像(初代びわこ大仏)が完成し、開眼供養が営まれる。
 その後、劣化が進み、1994年(平成6年)10月10日、二代目長浜びわこ大仏の開眼供養が営まれる。「下坂の大仏さん」と呼ばれ、近隣の人々に親しまれている。台座部分は登ることができ、大仏の足元まで行くことができる。
 徳勝寺

 小谷城主・浅井三代(長政公、亮政公、久政公)の菩提寺。曹洞宗の寺院。本堂には、秀吉が播州から持ち帰った薬師如来像や長政夫妻の寺宝が多く安置されている。境内には浅井家の家紋の入った鬼瓦がある。近くに長浜大仏もある。

 



 

 
琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑩「白砂と青松、そして眺望」  記
  近江今津駅~近江高島駅 18km   
2018年11月25日(日)晴れ  138名    
 


      近江今津駅~新旭水鳥観察センター~針江浜園地~ステージクス高島・源氏浜園地(昼食)
      ~安曇川浜園地~横江浜~萩の浜~近江高島駅
 
 絶好のウオーキング日和。JRの遅延により出発が15分遅れてスタート。
 本日は、来年1月2日17時から放送予定である「健康しが」の撮影が行われるとのことで県庁からも2名参加され、健康しがの「のぼり旗」を掲げてイザ出発!
 木津交差点を通過。右に秋の装いも深まる比良のやまなみ、左にびわ湖をのぞみ、軽快に歩を進める。秋の爽やかな空気、源氏浜園地で昼食を済ませ、次は、横江浜園地を目指し出発。ここで撮影が行われる予定になっている。しかし、撮影スタッフは見えず皆がっかり。近江高島駅で撮影スタッフと出会ったが、結局、撮影はされませんでした。
 秋晴れのもと、全員無事に完歩することができました
 次回の「琵琶湖一周健康ウオーキング
2018⑪ 近江高島駅~志賀駅 17Km」は、12月9日(日)近江高島駅10時00分集合で実施します。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。



  
       S班のみなさん                A班のみなさん

  
       
         絶好のウオーキング日和

  
         
常夜灯                 竹生島遥拝所跡   

  
     
   木津の港跡                 二つ石大明神   

  
                 
源氏浜園地で昼食

ビューポイント 

四高桜の石碑

 萩の浜水泳場に入る手前の一角にある石碑は、昭和16年4月6日に金沢大学ボート部員11名が比良八荒の季節風に遭い、萩の浜の湖底に沈みました。その遭難死を悼んで、関係者と地元の人が協力し、湖岸に1,000本の桜の苗木を植え、「四高桜」の碑を建立しました。

木津の港跡

 木津は、昔から湖上交通の要所で、竹生島への渡し場であり、江戸時代に若狭小浜藩の米蔵屋敷のあった所。かつては157間の石垣があったと言われている。

竹生島遥拝所跡

 ここから竹生島がよく見えるため、その昔、舟に乗って竹生島に渡る路線のない巡礼者が、この場所から竹生島を拝んだと言われている。

二つ石大明神

 琵琶湖の沖合100mの湖底に二つの石がある。これが「二つ石」と呼ばれているが、渇水時でないと現れない。このため、沖の「二つ石」に代わって、同じような大きさの石が二つ、湖岸に置かれ、二つ石大明神として祀られている。毎年7月28日に雨乞いの神事が行われる。「二つ石」は、7~8世紀に施工された耕地区画「条里制」の貴重な遺構でもある。

針江浜のヨシ焼き

 新旭のヨシの群生地は、ニゴロブナなどをはじめとする湖魚や多くの野鳥の生息の場となるとともに、琵琶湖の水質保全をも助けており、初冬に刈り取り、3月初旬頃にヨシ焼きが行われる。
 
 






 
紅葉に燃える宇治を歩こう  14km    記
2018年11月23日(金)    
 

    宇治駅(集合)~宇治上神社~仏徳山展望台~朝日山観音~天ヶ瀬森林公園

   ~天ヶ瀬ダム~吊り橋~もみじ谷~平等院(解散)~宇治駅

  
        宇治橋と紫式部の像                          宇治駅に集合

  
         開始式・コース説明                          もみじの下を歩く
 

  
           紅葉の下で休憩

  
        宇治上神社                 朝日山観音堂

  
         天ヶ瀬ダム・鳳凰湖              天ヶ瀬橋(吊り橋)を渡る

 
           平等院の鳳凰                           平等院の紅葉

 
      
    平等院                    鳳凰

ビューポイント

宇治神社・宇治上神社

 ともに宇治の産土神で平等院の鎮守社として栄えた。明治までは2社1体で宇治離宮明神と呼ばれていた。宇治上神社の本殿は平安時代の建築で、神社建築としては日本最古。拝殿は宇治離宮の名にふさわしい寝殿造形式。

大吉山(仏徳山)

 標高131mの山。「さわらびの道」を宇治上神社から少し東へ行くと、登り口があり、約20分で展望台に着く。登山道は東海自然歩道になっており、サクラ、ヤマブキ、モミジ、サザンカ等の木々が四季折々の風情を見せてくれます。

 展望台の付近には、与謝野晶子誕生百年を記念して「みだれ髪の会」が建立し、宇治市に寄贈された「与謝野晶子歌碑」がある。宇治川、中ノ島、平等院をはじめ、宇治の街並みを一望できる。

朝日山

 大吉山(仏徳山)の東に聳える円錐形の山で宇治の東にあり、朝日を受けるのでこの名が生じたと伝える。宇治名山の一つとして古来、歌に、謡曲に歌われ、観月の地としても知られる。

天ヶ瀬橋(吊り橋)

 天ヶ瀬ダムの下流にある吊り橋。周辺の渓谷は宇治川ラインと呼ばれ、春は桜、初夏は深緑、秋は紅葉と四季折々に美しい。

平等院

 羽を広げたような姿の鳳凰堂は10円硬貨のデザインでおなじみ。平安時代の大貴族藤原道長の別荘を息子の頼通が寺に改めたもの。堂内の壁には天を舞う雲中供養菩薩像や12人の天女が音楽を奏でる姿が描かれ、極楽浄土の世界を表現している。

 




 

 
平日ファミリー大津なぎさウオーク 12km    記
2018年11月20日(火) 晴れ時々曇り  参加人数 115名 
 
         
       大津駅~お祭り広場~和田浜~膳所城趾公園~膳所神社~
秋葉台~茶臼山公園~膳所駅

 
風が冷たく感じる朝、大津駅に集合。小島会長のあいさつに続き、完歩賞の授与がありました。体操をした後、10時過ぎに出発。30m道路を下り、京阪島ノ関の踏切を渡り、湖岸に出ました。なぎさ公園打出の森で休憩。緑織りなす比良の山々が美しく、琵琶湖大橋も見えて気持ちよく歩きました。

プリンスホテルを曲がり、サンシャインビーチに出ます。鯉釣りの竿が数本並んでいました。

湖西の山々を見ると、虹が出ていて、感激! 2回目の休憩です。会長から膳所城(石鹿城)のいわれと和田神社の説明を聞く。

 和田神社には、石田三成が一晩縛り付けられた樹齢約600年のケヤキがあり、また、矢橋の帰帆島から膳所に戻る船は、石場の常夜灯では分かりづらく、ケヤキを目印にしたそうです。

 和田浜から湖岸道路を横断して、膳所の町をしばらく歩き、和田神社の境内を通って、11時30分に膳所城趾公園に着く。昼食後、会長の膳所城に纏わる話を聞く。膳所 は元々寒村。7万石の城下町としては、みすぼらしいと考えた膳所藩はお金を出資して、通りの家々を瓦葺きにしたそうです。今も瓦を焼いた瓦ヶ浜という地名が残っています。
 
 午後は、膳所神社の境内を通り抜け、土塀の通りを歩く。1号線の高架下を潜って国道1号線秋葉台の信号を横断し、暫く坂を上り、茶臼山公園に着きました。帰りは下り坂で、途中休憩。会長から杉浦重剛の話を聞く。膳所杉浦町の出身で、英国に留学後、東京英語学校を創立。昭和天皇に倫理、英語を教えた。

1号線を歩き、膳所駅に13時20分にゴールしました。本日は、時折冷たい風が吹く中のウオークお疲れ様でした。
 次回のなぎさウオーク「(師走の街歩き)12km」は 12月11日(火)大津駅9時30分集合で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。

     
                      琵琶湖や対岸の山々を見ながら気持ちよく歩く

 
           和田の浜の石碑                           和田神社

 
      和田神社のご神木「イチョウの巨木」              昼食後のひととき(膳所城趾公園で)

 
         会長のお話(膳所城趾公園で)                 膳所城趾公園・本丸跡

 
             膳所神社                   旧武家屋敷の土塀が残る膳所1丁目の街並み

 
           史蹟 茶臼山古墳                         小茶臼山古墳

 
              秋葉神社              葬り塚(大友皇子とその子ども、付き添っていた舎人たちの塚

 
       茶臼山公園から琵琶湖を望む              一際目立つ皇帝ダリア

ビューポイント

和田神社の銀杏の樹

 高さ  24m、樹齢600年から650年。関ヶ原」の合戦後、徳川家康に敗れ、捕らえられた石田三成が京へ護送される際、この銀杏の樹につながれ、休息をとったという伝説が残っている。

旧武家屋敷の土塀


 天智天皇の大津宮時代、獲った魚を調達した陪膳浜(おものはま)と言われていた膳所は、江戸時代の初め、瀬田の唐橋や東海道を掌握するため、徳川家康によって大津城を廃城とし、膳所城を築城して以来、軍事的な城下町として栄えてきた。

 京阪電鉄に平行している旧東海道の町並みは、家並みのほか曲折した小路を持っているなど、昔の面影を偲ぶことができる。特に、旧武家屋敷跡の土塀などが今も残っている。
 縁心寺や膳所事件で犠牲者となって処刑された藩士11名のうち、数名が葬られている安昌寺など、まさに街全体が歴史といえる。

膳所神社


 祭神は,伊勢外宮と同じ豊受比売命(とようけひめのみこと)。奈良時代の創祀と伝えられている。天皇の御厨(みくりや)の地には、どこでも食物を司る御祭神、御食津神(みけつのかみ)=豊受比売命(とようけひめのみこと)が祀られている。天智天皇が大津宮へ遷都の時、膳所の地を御厨の地(=料理する所)と定められた。
 天武天皇の代に大和国より御食津神を奉遷して、大膳職(だいぜんしき)の御厨神として祀ったのが膳所神社の始まりと言われている。
 中世には諸武将の崇敬が篤く、社伝には豊臣秀吉や秀吉夫人の北政所、徳川家康などが神器を奉納したという記録が残っている。
 表門は、明治3年に明治維新とともに廃城になった膳所城から移築したもので、国指定の重要文化財になっている。本殿・中門および拝殿の配置直線上、東正面の琵琶湖に向かって立っており、表門である本瓦葺の薬医門がどっしりとした構えを見せている。膳所の地名は、この地を陪膳浜(おものはま)と言い、「陪膳の所」という意味からと言われています。      *陪膳=天皇の食事のこと

  膳所城趾公園

    1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの後、徳川家康が初めて築いた城が膳所城。
   膳所城は、1601年大津城を築城したあと天守閣は、彦根に移築され、現在の膳所城趾公園に移築された。
  琵琶湖の浮城とも呼ばれ、日本三大湖城の一つだったが、
1870(明治3年明治維新により廃城となり解体され  た。
 
  茶臼山古墳(秋葉台


   茶臼山(155m)中腹にある県下第2位の規模を誇る前方後円墳で国指定の史跡。
   古墳時代前期に属する4世紀末から5世紀初頭のものと推定されている。彦坐王とも大友皇子一族の墓とも言  われているが、被葬者については明らかではない。墳丘全面には葺き石が敷かれ、円筒埴輪が巡り、後円部頂上  には形肖象埴輪も見られる。
   現在、古墳東部に防火神としての秋葉神社が祀られており、さらに、南西100mの所には、小茶臼山古墳が  ある。周辺は茶臼山公園として整備され、市民の憩いの場となっている。





 

 
いせみちを歩く 近江八幡駅~近江鉄道八日市駅 13km  記
2018年11月11日(日)晴れ   参加人数 82名 
 

           近江八幡駅~黒橋の分岐~JR地下道~金剛寺湧水~船岡山万葉公園~近江鉄道八日市駅

 快晴のウオーキング日和。近江八幡駅を出発し、鷹飼町に入ると、「いせみち」の道標が今もあり、早速カメラに納めている方もいました。となりの金剛町に入ると、ここにも道標があり、大きな灯籠に「いせへ」の文字が刻まれていました。
 今や野田町のコスモス畑は有名になり、多くの方が見に来られています。時期はやや過ぎていましたが、まだまだきれいに咲いていました。みなさん、きっといい写真が撮れたことでしょう。友定町の八坂神社で休憩。新穀祭の神事が行われており、しばし見学。
 船岡山公園で昼食です。
 船岡山に登り、蒲生野を見渡し、額田の王と大海人皇子の歌碑を読み、万葉の世界に浸りました。
 武佐町にも道標がいくつもあり、「いせみち」は、八日市に入り、左に太郎坊宮を見ながらゴールへと進みました。
 予定よりずいぶん早く八日市駅に着きました。
 次回は、「平日ファミリー大津なぎさウオーク (紅葉はないか)12km」を11月20日(火)大津駅9時30分集合で実施します。 皆さま多数の参加をお待ちしています。



   
           近江八幡駅に集合                      秋晴れの下、足取りも軽く

  


  
    穏やかな天候に恵まれ颯爽と歩くウオーカー        今ではあまり見られなくなったコスモス畑   
   
    蒲生野の遊猟の一場面を絵にしたレリーフ          湧き水で動く水車


ビューポイント

中山道「武佐宿」
 近江路には柏原から草津までの9つの宿場があり、近江八幡には、武佐宿があります。武佐宿を起点に伊勢に向かう八風街道(八日市・永源寺を通り八風峠を越え伊勢へとつながる街道で海産物、紙、布等の物資が行き交ったとされています。現在の国道421号線がほぼ踏襲)や、八幡町内へ分岐する交通の要で長さは約1kmに及びます。

金剛寺湧き水
 鎮守の森、若宮神社一帯は湧水地で、若宮湧水という。往古から古い泉があり、大化時代(約1346年前)地下7~8mから清水が湧き出し、近隣の村落にも農業生活用水として活用されていた。江戸時代には、3年に一度の川幅改めという行事があり、川筋の浚渫作業が行われていた。

万葉の森船岡山
 船岡山の山頂には、蒲生野遊猟の際の大海人皇子と額田王が交した相聞が刻まれた歌碑があります。散歩する道や蒲生野の遊猟の一場面を絵にした巨大なレリーや、万葉集の歌の歌碑と合わせて、その詠まれている植物が植えられている、「万葉植物園」があります。

近江八幡市金剛寺町の道標 

   
        
  道標1                     道標2

  
     
      道標3                     道標4

間道を通って近道利用(道標1)

 嘉永6年(1853年)建立の道標。浄厳院、観音寺、長命寺と周囲の寺を案内。

近江八幡・長命寺へ(道標2)
 写真の方向は琵琶湖方向で、八幡や長命寺に行けます。道標の通り左に曲がっても同じです。

この道はどんな道?(道標3)
 まっすぐ行くと観音寺・浄厳院へは近いですよ。近道まで案内してくれています。主要道路からそれ、間道を通って行く人たちも多かったらしい。多分、旅人はその村の住人にいろいろと行く先を教えてもらって旅をしたのでしょう。

何処に建っていたのかな(道標4)
 道標3の写真の左手にある寺の前には地蔵さん、その前には弘法大師の銘が刻まれた道標がありました。

  




 
琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑨ 永原駅~近江今津駅 20km  記
2018年11月4日(日) 
雨 
 
        永原駅~大浦緑地公園~海津大崎~湖のテラス~今津百瀬川緑地~今津周遊基地
     ~琵琶湖周航の歌記念館~近江今津駅


 開始式から雨。本日のウオークはずっと琵琶湖沿いを歩くコース。
  夏は、岸辺でテントを張った海水浴客が見られるが、今の時期は荒涼として寂しげな琵琶湖。近くに竹生島が見える。五つのトンネルを抜けると海津大崎。桜のシーズンは観光客で賑わう当地も閑散としている。
 土産物店の軒下で昼食を摂る。帰路、いつもの佃煮店に立ち寄る。湖魚を買い求める方も多かった。
園地の松の木があちこちで倒れていた。琵琶湖周航の歌資料館でスタンプを押印し解散となった。
 本日は雨の中のウオーク、お疲れ様でした。

 次回は、「いせみちをあるく(近江八幡駅~八日市駅)13km」を11月11日(日)近江八幡駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。


  
          雨空の永原駅に集合                       開始式

  
           S班のみなさん                     A班のみなさん

  
           B班のみなさん                      C班のみなさん

  
                           雨の中のウオーク

  
               休憩                             大崎寺

  
        軒下で昼食(海津大崎で)                  海津大崎を出発

  
                            湖のテラスで休憩

  
        荒涼とした琵琶湖 竹生島                   知内川の吊り橋
  
  
               園地で休憩             琵琶湖周航の歌資料館でスタンプ押印・ゴール

  
        石積みが続く海津・西浜                 いけ(共同の洗い場)

  
            海津の路地                   田舟のある懐かしい風景

  ビューポイント

海津の町並み
   
 北陸道の要衝の地として早くから開け、江戸時代に至ってもその機能は重視された。現在は湖側に切石を緻密に積んだ石垣が延々と続き、家々がその上に並んでいる。石垣には各戸から水面へ下がる石段がある。

マキノ・サニービーチ「湖のテラス」
 高木浜から知内浜間の約1kmにわたって、なだらかな汀線が松林に青く縁どられて美しい景観を作り出し、「21世紀に引き継ぎたい日本の白砂青松百選」に選定されている。オートキャンプ場等のアウトドア施設も整備されている。

今津柿
 今津町深清水地区では、100年以上前から柿の栽培を行っており、現在40軒の農家が約20ヘクタールの畑で柿を栽培している。この一帯は百瀬川の扇状地で、もとは桑畑。大正時代に柿の産地・岐阜から富有柿の苗木を持ち帰り、植えたのが始まりだそうです。現在、平核無(ひらたねなし)、太秋(たいしゅう)、蜂屋(はちや)、富有(ふゆう)など約10品種が作られている。

 






 
琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑧ 戦国の歴史の宝庫     記
2018年10月28日(日)高月駅~永原駅 19km
   239名 

          高月駅~西山南橋交差点~賤ヶ岳リフト前~飯浦~塩津神社~道の駅「あぢかまの里」(昼食)

      ~岩熊第2トンネル~大浦口~永原駅  

 今回はもう一つのウオーキングがあり、スタッフの人数の関係で、S班とA班の合同チームになった。いつものように写真撮影後、高月駅を順次出発した。西物部から磯野町集落を歩き、余呉川を渡り、川べりを進んだ。あちこちに秋の風情を感じ、道端のたわわに実る柿の木を見ながらのウオーキングは、まさにこの時期ならでの醍醐味だった。
 
国道8号線手前の階段を上がり,まもなく賤ケ岳リフト前に到着。(C班はここで昼食タイム)塩津神社までの道のりは、左手に穏やかに光る琵琶湖を望み、出発時には曇りがちだった天気も快晴になった。
 水の駅・あぢかまの里でスタンプ押印と昼食タイム。

 行楽シーズン中でもあり、大勢の観光客や買い物客で賑わっていた。私達もソフトクリームを食べたり、お土産を購入したり、しばし楽しく過ごした。
 午後は残り5キロ余り。岩熊トンネルを抜け、大浦口を通って永原駅にゴールした。
 
 次回は、「琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑨ 永原駅~近江今津駅20km」を11月4日(日)永原駅10
時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。


   
        開始式 小島会長あいさつ                       準備体操

  
            A班のみなさん                        B1班のみなさん

  
           B2班のみなさん                            C班のみなさん

  
                           好天気に恵まれたウオーキング

  
      昼食C班 (賤ヶ岳リフト乗り場近くで)                 トンネルを抜けると奥琵琶湖

  
        静かな佇まいの奥琵琶湖と竹生島               琵琶湖の最北端を歩く
        
          塩津神社                 塩津海道あぢかまの里

  
            丸子船                          菅浦湖岸集落

  
           菅浦湖岸集落                            菅浦湖岸集落

 ビューポイント

奥琵琶湖パークウエイ
 びわ湖の最北端に突き出た葛籠尾半島を縦に走る18.8kmのドライブコース。沿道を飾るのは約4000本の桜の木。その向こうには、太陽の光に反射して輝く雄大なびわ湖。つづらお展望台からは、びわ湖の4分の1以上の景観を臨むことができます。

塩津神社(西浅井町)

 塩津浜は、平安の頃より、北陸・越後から運ばれてくる海産物、特に塩の輸送の重要な中継地でした。
塩津神社は祭神を塩土老翁とし、近くの志波谷では塩水が湧き、村人が製塩を行っていたと伝わっています。


塩津海道あぢかまの里
「あぢかま」とは、塩津の地域をさす枕言葉で、びわ湖の水辺で冬を越す鴨に由来しています。駅の北に広がるのは、約3万年の歴史をもつ山門水源の森。あぢかまの里名物としては、「鮒寿し茶漬けセット」や、「鴨そば」「琵琶ますの煮付け・塩焼き」がある。

丸子船(西浅井町大浦
 西浅井は、古くより北陸と京都・大阪をつなぐ重要な交通路として人々の暮らしと関わってきました。大浦・菅浦・塩津浜の三つの港を有し、陸上と湖上運輸の中継地でもありました。その湖上水運の主役を務めたのが丸子船でした。

岩熊(やのくま)トンネル
 西浅井町にあり、永原-塩津間を結ぶトンネル。
永原駅から直線距離で約2.5km。 新旧二つのトンネルが並んであり、新トンネルは796mで県内10位の長さ。

菅浦の湖岸集落

 琵琶湖の北端は「奥琵琶湖」と呼ばれ、湖岸まで山がせり出しているその地形は、北欧のフィヨルドのような美しさ。永原駅から南に下がり、湖に映る木々が美しい並木通りを進むと、「隠れ里」と称される菅浦に辿り着く。かつての監視門であった茅葺きの四足門をくぐると、そこは懐かしい漁村の風景が広がります。


  
 

 
里山シリーズ⑮ 岩戸山十三仏から箕作山を経て太郎坊宮へ 安土駅~近江鉄道八日市駅 14km  記
2018年10月21日
(日)  快晴   106名 

     安土駅(集合)~旧安土町役場~元気園~岩戸山十三仏~箕作山~太郎坊宮~八日市駅(解散)

    近江鉄道 八日市駅=近江八幡駅 約19分 

 
 今季最高のウオーキング日和。安土に止まる電車からどっと人が降りてこられたと思うと殆どが今日の参加者であった。
 出発式では詳しいコース説明があり、山登りの注意点など話す。
 安土駅から信長が切り開いたという南腰越えを経て石寺の楽市楽座まで休み無く歩く。楽市楽座では地元の野菜が並べてあり、ネギを買って旗の替わりにリュックに挿して歩く人も。
 
 目指す岩戸山は目の前だが、登り口まではまだまだだ。奥石神社の前を通り過ぎ静かな中山道をしばらく行くと、弘法大師の伝承のある轟橋にさしかかり、岩戸山へ近道の道しるべがある。川に沿って進むと大豆畑やいちごハウス、養鶏場など広々した田園風景が広がる。山の麓に沿って行くと登山口に着いた。
 
 登山口から十三仏迄の参道の石段(880段)は厳しい。足元ばかり見て両脇の石仏は目に入らない。この参道には四国八十八ヵ所の石仏の他に、紅白のさらしでつくった注連縄を大岩に巻いてある磐座が見られる。他にも山の中に山之神や水神、不動尊、ガン取り大神など石に洞得た大小の神がたくさん祀られている。(以前案内して貰って一つ一つ見て廻ったが、今回は歩くのに必死で見る余裕がなかった。)
 突然大きな岩が眼前に現れる。やっと、十三仏のある大岩に到着。眼下に安土の集落、新幹線、近江八幡の山並みと西の湖、その向こうにブルーレイク、そして背景に比叡山・比良山系が連なる。鳥瞰図のような素晴らしい風景に満足。ここで昼食。
 大磐に彫られた十三仏は祠に覆われ拝むことは出来なかった。この大磐を乗り越えると、尾根道になる。岩戸山(325m)に到着。 一息ついて次の小脇山(372m)に向かう。21号台風の影響で根こそぎ倒れた大木や枝などが目に付く。アップダウンを繰り返し、箕作山(372m)に到着。360度ののパノラマが広がる。晴れ晴れとした気持ちになる。来て良かった。
 
其処からは緩やかな下り道になっていて楽に太郎坊宮までいく。太郎坊宮では阿賀神社に参拝し、八日市の町、蒲生野の景色を堪能する。太郎坊宮からは自動車道を下り、八日市駅に着く。参加者の皆さんは怪我もなく無事に帰ってこられ何よりでした。

 登山道も歩けるように整備され、山の手入れをして下さった人たちに感謝です。ありがとうございました。

 次回は、琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑧「高月駅~永原駅19km」戦国の歴史の宝庫を10月28日(日)
高月駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

 太郎坊山の中腹には、阿賀神社があり、太郎坊宮の名前で知られています。太郎坊とは、京都の鞍馬山に住む次郎坊という天狗の兄といわれ、この山が修験の山であることを物語っています。

  
    開始式・コース説明(安土駅で)       岩戸山300m(左)小脇山373m、箕作山374m(奥)                                      太郎坊山350m(尖った岩山)

  

  
      880段の石段を登る                   岩戸山途中の石仏

  
                    岩戸山途中の石仏

  
                      岩戸山途中の石仏

  
         岩戸山頂上                    岩戸山から展望

   
          岩戸神社からの眺め        岩戸山から近江平野を望む(瓶割山、雪野山、鏡山)

   
             岩戸山十三仏

   
                               太郎坊宮までは緩やかな下り坂







 
平日ファミリー大津なぎさウオーク(歴史の跡を巡る) 大津駅~大津京駅 12km  記
2018年10月16日
(火)  晴れ   126名 

        大津駅~浜大津~大津絵の道~皇子山~大津京~宇佐八幡宮~宇佐山城~大津京駅

  小島会長のあいさつとコース説明の後、大津駅長から話と完歩賞の授与(10回・20回・30回・50回)がありました。準備体操をして10時15分にスタート。30m道路を下り、大津港で休憩。

浜大津ターミナルの階段を降り、大津絵の道(江若鉄道廃線跡)を歩き、皇子山陸上競技場の横を通り、京阪電車の踏切を渡って大津市役所・消防署前を歩き、近江神宮に11時頃に着きました。

15分程休憩の後、保育園横の道から宇佐八幡宮を目指しました。健脚の方は宇佐山城まで坂道を歩きました。昼食は近江神宮周辺で摂りました。

 13時に出発し、ゴールの大津京駅には13時20分頃着きました。朝のうちは、風が冷たく感じましたが、徐々に青空が見えてきて、ウオーキング日和になりました。

本日はお疲れ様でした。次回は、「里山シリーズ⑮十三仏から箕作山(みつくりやま) 14km」を10月21日(日)安土駅9時30分集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。

  
   
     大津駅長の話                    参加のみなさん

 
 
         大津港のお祭り広場近くで                       大津絵の道の始まり

   
         マンホールの大津絵(藤娘・鬼の寒念仏)

   
           大津絵の道終わり                             皇子山
                                         
   
             近江神宮で休憩・昼食             宇佐八幡宮、宇佐山城跡から戻ってきたウオーカー

                   宇佐八幡宮社殿                            宇佐山城跡  

ビューポイント

 宇佐八幡宮城跡

 宇佐山城跡は、近江神宮近くにある宇佐八幡宮、そこからもっと山を登って山頂付近のテレビ塔の所にある。

宇佐山城は1570年織田信長が家臣の森可成に命じて築かせた城で、近江国から京へ入る道筋を押さえる為に築いたものと云われる。1570年9月朝倉義景・浅井長政の連合軍が坂本へ押し寄せると、森可成は城を出て坂本で迎え撃ち討死した。連合軍は、宇佐山城へ攻め寄せ放火したが、攻め落とすことはできなかった。摂津から急ぎ京へ戻った信長は宇佐山城へ入り連合軍と対峙したが、膠着状態となり和議となった。

 信長は明智光秀を宇佐山城主とすると、延暦寺の焼き討ちなどを命じた。1571年明智光秀は坂本の地に坂本城を築いて移り、宇佐山城は廃城となった。

 





 
第23回高月観音の道 高月駅~高月駅 14km    記
2018年10月14日
(日)  晴れ   84名 

        高月駅(集合)~東柳野薬師堂~磯野寺~東物部光明寺~東高田赤分寺~唐川赤後寺
       ~井口円満寺~井口理学院~柏原阿弥陀堂~渡岸寺観音堂~高月駅(解散)


 高月の「観音の里ふるさとまつり」は以前8月の第1日曜に開催されていましたが2016年から10月の第2日曜に開催されるようになりました。高月町には、渡岸寺の国宝十一面観音をはじめ重要文化財の著名な観音様が沢山おられます。普段は無住のお堂が殆どですが、この日は各集落のお堂の扉が一斉に開かれ明りが灯り、お花やお供物が供えられ美しく飾られます。
 戦国時代多くのお堂が戦火で焼失しましたが、村人が仏様を川に沈めたり、土に埋めたりして必死に守ってきたと言われています。この為金色に輝く華やかなお姿は見られず、黒く汚れていたり、手なども無くなった痛ましいお姿の仏さまもおられます。
 近年は仏像ファンも多く沢山の老若男女がお参りされるようになり、この日は村人が「ようお参り」と迎えて下さり、湯茶やお菓子の接待をして下さいます。

 ことのほか暑かった猛暑が去り、秋晴の好天に恵まれ、絶好のウォーキング日和となりました。 高月駅東口はお祭りの実行委員会の受付やバスツアー利用のお客さんで大混雑の為、私たちは西口に集合、9時45分頃から出発式をして10時にスタートしました。
  朝の内は少し曇っていて肌寒いくらいでしたが、日が昇るにつれ気温は上がり、歩き始めると汗ばむ陽気となりました。
  最初に訪ねた東柳野の薬師堂までは約35分の道のり、少し速足で歩いた為「早い、早い」とブーイング。沢山の観音様を回り、帰りの電車が1時間に1本しかない為、予定通り回れるか心配でつい急いでしまい申し訳ありませんでした。
  ここからは磯野寺、東物部光明寺、東高田赤分寺、唐川赤後寺と巡りましたが、それぞれ1キロ余りと近いので予定通り回る事が出来十一面観音様や薬師如来、千手観音様と趣の違う観音様を拝見された事と思います。予定していた横山神社が台風21号で被害を受け、珍しい馬頭観音様を拝する事が出来なかったのは残念でした。

 唐川赤後寺で約50分拝観と昼食時間を取り、12時50分に出発しました。
 唐川の集落外れで今年6月巨木巡りウォークで案内させて頂いた、杉の巨木が9月4日の台風21号で倒れていました。幹回り7.6メートル高さ23メートルの杉の木が西側の民家の大屋根と庇を直撃し大変な被害でした。すでに倒木は撤去されていましたが根本の大きさには驚きました。樹齢400年以上と言われていただけに根元には大きな空洞が見られ、台風の威力に耐えられなかった事が伺えました。

次の井口の円満寺までは3キロ余り、食後なのでゆっくり歩きました。円満寺参拝の後は残り3ケ寺、柏原阿弥陀堂でIVVJRふれあいカードを配布し、最後の渡岸寺の観音堂には予定より早く2時40分頃到着出来ました。メイン会場の観音堂は沢山の屋台も並び多くの人で賑わっていました。ここで解散という事で皆さんそれぞれ自由に参拝頂き、スタンプラリー用紙を提示してささやかな景品を頂かれたと思います。

 国宝十一面観音様は関西にのみ7躰(奈良3 京都2 大阪1 滋賀1)おられますが、渡岸寺の観音様が最も美しいお姿をされていると言う事で仏像好きの人には魅力の仏さまです。参加の皆さん拝観頂いたでしょうか 
 秋晴れの爽やかな1日、湖北の観音めぐりのウォークを無事終える事が出来ました。有難うございました。
 次回は、

参考資料

「観音の里」と称される長浜市高月町。
 東には己高山がそびえ、西の琵琶湖へ流入する高時川、余呉川などの豊富な水量に恵まれた肥沃な田園地帯。
高月町の歴史はたいへん古く、琵琶湖のある西側には古墳時代の姿を今に伝える「古保利古墳群」があり、東側にそびえる己高山は近江国の鬼門にあたる場所で、古代からの信仰の深い場所。都から伝わった中央仏教に加え、北陸の白山信仰、琵琶湖対岸にそびえる比叡山の影響を強く受けながら観音信仰を基調とした独自の「己高山仏教文化圏」がこの地に構築されました。
 その当時のお堂や仏像は戦乱により多くが焼失しましたが、その中で戦火をくぐり抜けた一部の仏像は高月町内のお堂に今も遺されています。
 それらのほとんどが、仏教文化圏として隆盛を極めたであろう平安時代~鎌倉時代の作というのだから驚きです。
しかし、高月町内では常に住職がみえるお堂というのは数えるほどしかありません。ほとんどが無住となってしまいその中に入ることも仏像を拝見する事もできません。
そういった無住のお堂を管理されているのが、それぞれの集落にいらっしゃる「世話人」「世話方」と呼ばれる地域の方々です。私達と同じように日常生活を送りながら、無住となったお堂と仏像のお世話をされています。

  
  
            東柳野薬師堂                     東柳野薬師堂の観音像                   

  
              磯野寺                             静かな山里を歩く                             
  
         光明寺千手観音像              柿をいただきました

  
                 赤分寺                  赤分寺十一面観音像                  

    
       赤分寺の森                唐川赤後寺本堂

 
         赤後寺参道                 茅葺き屋根の民家(唐川)

  
        井口円満寺堂内                   井口理学院

  
        百体観音像                    井口弾正邸宅跡

  
      柏原阿弥陀堂          柏原阿弥陀堂入り口のケヤキ
 
  
           渡岸寺境内               渡岸寺十一面観音像

 ビューポイント

長命寺薬師堂(東柳野)
 東柳野地区は、姫塚古墳という滋賀県最大の前方後円墳があることで有名な集落。ここは琵琶湖畔にあった阿曽津という津波で湖に沈んだという大きな集落の人々が移り住んできた土地です。

磯野寺
 磯野寺は聖徳太子が開いたと伝わる古刹です。山号の赤見山とは、かつて神仏習合時代には延喜式内社赤見神社の新宮寺であったことによるもので、今もその名残として境内を共有しています。

理覚院
  高月町に井口(よみ)という集落があります。そこに富永小学校があるのですが、その正門の横に「井口弾正邸宅跡」と書かれた石碑があります。そこから少し南下すると、理覚院というお寺があります。元々は、「己高山 長安寺」というお寺がこの地にあったそうで己高山仏教を支える一寺院として平安・鎌倉時代に栄えていたそうです。しかし、戦国時代になると、このあたりの他の社寺と同じように度重なる戦乱で多くのものを失います。そしてわずかに残った一坊がこの理覚院です。

井口弾正
  井口氏はこのあたりを拠点とした土豪で、佐々木氏や浅井氏とゆかりの深い一族です。高月地方の水利権を握っていた一族です。井口弾正は、浅井長政の義祖父、浅井三姉妹の曾祖父にあたります。

百体観音像
  百体観音像が安置されているのは、湖北地方で唯一、この理覚院だけです。理覚院の百体観音は全国の三十三所巡礼のうち、西国、板東、秩父といった人気の三十三所観音霊場の観音像のうつしが置かれています。







 
第七回大津祭ウオーク 大津京駅~大津駅 10km    記
2018年10月7日
(日)  晴れ   参加人数 123人 
   

 大津京駅(集合)~大津京跡~皇子が丘~三井寺~長等公園~浜大津(巡行見学)~大津駅(解散

 心配していた雨も止み、いつものように会長挨拶、コース説明の後、準備体操をして10時前に大津京駅前を出発。湖西線側道をしばらく歩き、京阪電車近江神宮の踏切を渡り、住宅街を通って近江神宮前に出る。台風21号の影響で木々の枝が折れているのが目に付きました。その後、錦織町、皇子が丘、市役所前を通り、10時40分頃、三井寺山門前に着き、11時まで休憩。IVVとふれあいカードを配布する。三尾神社を抜けて長等神社、長等公園、大津日赤前から電車通りを浜大津の方へ歩いていくと、コンチキチンの祭り囃子の音が響いてきました。11時20分頃から、みなさん、大津祭りの鑑賞です。ゴブラン織りの貴重な幕やからくり人形を飾った曳山の写真を熱心に撮っておられました。
 
 大津祭りは、江戸初期から続く天孫神社の祭礼で、古くは四宮祭と呼ばれていました。商業都市大津の繁栄や町人文化を伝え、瑚国三大祭りに数えられています。午前9時、同神社に集合した曳山13基は、くじ取らずの「西行狸山」を先頭に出発。くじ一番の「月宮殿山」が続きます。約100年ぶりに東方朔人形の衣装を新調した「西王母山」は、金糸や金箔を用いた華やかな衣装が輝きを放っていました。見物客は、コイの滝登りや、恵比須さんのタイ釣りといった巧妙なからくりに拍手を送り、曳山からまかれる厄除けちまきに手を伸ばしていました。
 
 13基の曳山は、毎年組み立てては解体するもので、県下の曳山では例を見ません。
珍しいのは曳山で使うからくり人形です。大津祭に導入されたからくり人形や見送り幕、屏風は、全国的にみても最古の部類であり、しかも、一流の細工師によって造られたもので日本芸能史においても注目されています。

 今年も、大津港周辺でB級グルメの店が数多く出店しており、食事をされた方も多かったのではないでしょうか。

 次回は、「第23回高月観音の道」を10月14日(日)(高月駅から高月駅14km)に高月駅9時30分集合
で実施します。皆様多数の参加をお待ちしています。


  
       受付風景 大津京駅              出発式   会長あいさつ

  
         準備体操                      大津京駅から出発

  
        近江神宮近くで                    長等公園近くで

  
    郭巨山(かっきょやま)      笛や鉦を鳴らし、祭りを盛り上げる囃子方

ビューポイント

宵宮
本祭の前日の10月6日(土)午後1時ころ宵宮曳きが行われます。このときも囃子方が乗り込み、祭本番が近づいていることをアピールします。コースは町内周辺で、4時ころから大吊り提灯の準備を始めます。時間は午後6時。宵宮になると、笛・太鼓・鐘の「コンチキチン」のお囃子で盛り上がります。無数の提灯に曳き山が優美に浮かび上がります。夕刻から からくり人形などの曳き山飾りが各町の役員宅に飾られ、道路から見学できます。源氏山(中京町)は今年創建300年を迎えました。少子高齢化などの影響で担い手の減少が進み、旧中京町でもこの40年で人が住む家は25軒に半減し、囃子方の約8割は町外の人だそうです。

山建て
 本祭の一週間前の9月30日、山蔵から曳き山が出され組み上げられます。全部の曳き山は、江戸時代から受け継がれ、とても大切にされています。大津祭では、この組み上げ作業を公開していますが、台風の影響で6町は行いましたが、残りの7町は6日早朝より行われました。この日、昼から夕方にかけて曳き始めが行われます。各町内ごとに組み上がった曳き山から順番にお囃子をしながら町内周辺を回りますが、台風の接近で中止になりました。

総囃子
 大津祭で奏でるお囃子(はやし)を仕上げる「総囃子」が29日夜、曳山町でありました。鉦や太鼓、笛の音が町内に鳴り響き、祭りムードを高めました。総囃子は、くじ取り式の夜から本格的に始まった練習の成果を住民に披露するものです。
  
          練習の成果を披露する総囃子                       山建て

 
   無数の提灯に曳き山が優美に浮かび上がる宵宮                 宵宮飾り





  
琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑦ 長浜駅~高月駅  19km   記   
     2018年9月23日(日) 晴れ       

   長浜駅~産直びわみずべの里~奥琵琶湖スポーツの森~道の駅「湖北みずどりステーション」~高月駅

 好天気に恵まれ、熱中症を心配しましたが、昼前から日が陰ってきたので、気持ちよく歩くことができました。産直びわみずべの里では、イベントを行っており、大勢の子どもたちで賑わっていました。
次回は、「第7回大津祭ウオーク」を10月7日(日)(大津京駅~大津駅10km) 大津京駅9時30分集合で実施します。
皆さま多数の参加をお待ちしています。


 
   受付場所に向かう参加のみなさん                        受付風景

 
           開始式                                   準備体操

 
       S班のみなさん                              A班のみなさん

 
        B班のみなさん                              C班のみなさん

 
        長浜城歴史博物館                            湖岸を歩く

 
          湖岸を歩く

 
         小白鳥の乱舞

 
                                             産直びわみずべの里

  
                             奥琵琶湖スポーツの森で昼食


 
                         奥琵琶湖スポーツの森を出発

  
                道の駅「湖北みずどりステーション」

 
   湖北の水鳥                    琵琶湖屈指の夕陽絶景スポット


  


  


  


  


  


  
          ゴールの高月駅                        クロアゲハと彼岸花

 


 




 
枝豆収穫祭ウオーク  14km        記
     2018年9月22日(土)   晴れ       

      マキノ駅~メタセコイア並木~マキノピックランド~枝豆畑~近江中庄駅

 広い畑で枝豆を収穫しました。今年は例年に比べ生育が良くなく、豆が小さいようでした。でも、家でゆがいて食べると美味しかったという声を聞きました。


 
  
   メタセコイア並木を駆け抜けるランナー                マキノピックランド(農業公園)


 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(午王さんの日)12km  記
     2018年9月18日(火) 晴れ      


 大津駅~浜通り~石場~なぎさ公園~サンシャインビーチ~膳所城趾公園~石山寺~石山駅

  湿度が高く蒸し暑い天候の中を歩きました。13時に石山寺山門に着きました。
       次回は、「枝豆収穫祭ウオーク」を9月22日(土)(マキノ駅~中庄駅14km)を
      マキノ駅10時集合で実施します。皆さま多数の参加をお待ちしています。


  
         説明を聞く参加のみなさん                         会長あいさつ

  
        大津駅長から授与                               準備体操

  
      集合写真に収まる参加のみなさん                   浜通りを歩く 中央小学校前

  
     石場の常夜灯に見入る参加のみなさん                  なぎさ公園で休憩

  

      膳所城趾公園で会長の説明を聞く                       昼食休憩

  
         膳所城趾公園を出発                           日本遺産 石山寺
  
           石山寺山門前                         秋月祭ポスター    

   






 
    朝鮮通信使の道を歩く③ 稲枝駅~彦根駅 15km    記  
2018年9月16日(日) 曇り  80名    

   

前年度に行ったイベントですが、台風の影響で参加者が少なかったので、今回もう一度実施することにしました。朝鮮通信使の通った日朝友好の道。最終回です。朝鮮通信使は、室町時代に始まり、豊臣秀吉の朝鮮出兵で中断しますが、徳川家康が戦後処理で再開した1607年から1811年まで12回続きました。
 朝鮮人街道は野洲市行畑で中山道から分岐し、近江八幡を経て彦根市の鳥居本で再び中山道に合流する41.8kmの街道です。徳川家康が途絶えていた朝鮮国との友好関係を修復して以降、幕府の将軍が代替わりするたびに、国王の親書を携えて朝鮮通信使が来日しました。
 徳川家康が関ヶ原の合戦に勝利し、凱旋した時に通った特別な道で、大名行列でさえ通ることを禁じられていましたが、外交使節である朝鮮通信使には通行が認められたことから「朝鮮人街道」と呼ばれ、今もその名を残しています。

 少し雨が降りましたが、殆ど曇天で、湿度が高く汗が蒸発しにくいコンデイションの中でのウオークでした。
 稲枝駅を9時50分に出発し、彦富町交差点を右折。稲部町、金沢町から道は真っ直ぐ続いており、これは条里制の遺構と言われています。山崎山まで来ると、県道は右にカーブして行き、旧道は県道と別れて直進します。山崎山の裾(荒神山のふもと)を左折し、集落に入って行くと、右手に、「国昌寺」「仏性寺」がありました。
 

この辺りには近江八幡で昼食を摂った通信使一行が休息をとる山崎御茶屋があったそうです。左手の山側に、清崎、賀田山両村の産土神を祀る天満天神宮が立っています。近郷の総社にして旧彦根藩の氏神です。

 宇曽川(江戸時代に彦根藩の年貢米を回送)に架かる天満橋を渡り、日夏町、堀町を過ぎ、左折して進むと、その先右手に朝鮮人街道と書かれた看板が立っています。左手に西国三十二番札所観音正寺の湧き水があり、横に赤い鳥井と稲荷神社の小祠があります。安食川に架かる横川橋を渡り、県道2号を左折します。 

次に、日夏町中沢交差点を横断し、条里制の遺構という道を真っ直ぐ進み、今度は、甘呂町東交差点を右折し、やがて坂を上り切ると、犬上川の堤防になり、犬上橋を渡ります。坂を下り、右手に「十王の名水」というのがありました。池になっており、中には六角形の屋根を持つお堂があり、母乳地蔵尊が祀られています。環境庁の全国名水百選にも選ばれているそうです。昼食は西今自治会館で摂りました。 

 平田町を進むと前方に雨壺山が見えてきました。山の裾を左に回って進むと、鳴宮天満宮があります。次に後三条町に入ります。ここは、かつて後三条天皇の勅旨田が存在したことによるとか。街道はまもなく芹川を渡ります。芹川橋より下流の両岸は芹川の土手を強化するために樹齢300年前後の美しいケヤキ並木になっています。 

いよいよ彦根城下町に入りました。彦根の城下町は、築城とともに進められ、1622年頃には、ほぼ主要な町割りは完成したと言われています。「銀座町交差点」を左折し、銀座町に入ると、信号の所に「久左の辻」の石碑が立っています。江戸時代、この辺りに住んでいた豪商近藤久左衛門の名に由来して、ここを久左の辻と呼んでいたと言われています。

ここから街道は左折して商店街の中を進みます。右手に滋賀銀行があり、その裏に「長光寺」があります。ここには木造毘沙門天立像が安置されています。高宮口御門跡を右折し、中央商店街に入ります。彦根城の東側を真っ直ぐ進んで行きます。この通りの両側には藩主井伊氏にゆかりの深い寺院が点在しています。 

彦根藩初代藩主井伊直政の菩提を弔うため開かれ、直政の供養塔がある長松院や蓮華寺、来迎寺。「夢京橋キャッスルロードに面しているのが「宗安寺」。朝鮮通信使の上使が宿泊した寺で、近江八幡の本願寺別院に相当する寺であると言われています。

朱塗りの山門は赤門と呼ばれた門で、石田三成の居城の佐和山城の大手門を移築したもので、本尊の阿弥陀如来は大阪夏の陣で、大阪城より持ち出された淀君の念持佛で、「李朝高宮肖像画」が伝わっています。また、境内には、大阪夏の陣で戦死した木村長門守重成の首塚があります。
 
 彦根観光センターに13時過ぎに着き、解散となりました。
 

  *「枝豆収穫祭ウオーク」(マキノ駅~中庄駅14km)の日時が変更になりました。

   9月22日(土)マキノ駅10時集合で実施します。

  
          稲枝駅に集合                                準備体操

   
          稲枝駅前を出発                          曇天の中をウオーク


  
             仏性寺                  道標[左の奥山寺とは荒神山神社のこと(神仏分離令による)]

  
         天満橋を渡る                                赤い鳥居

  
            天満天神宮                              十王の名水(湖東三名水)

   


   
              鳴宮神社                          樹齢300年のケヤキ並木

   
           右彦根道 左中山道                       彦根城外堀の説明 「高宮口」
 
   
                久左の辻                       長光寺の木造毘沙門天立像

  
 
          井伊直政の供養塔がある長松院                     蓮華寺

    
    井伊家ゆかりの宗安寺(佐和山城の大手門を移築)       木村長門守重成の首塚

   
    

    



 
    第5回 おごと温泉びわ湖パノラマウオーク    記  
2018年9月8日(土)~9日(日)曇り時々強い雨 参加者 796名 

  
  あいにくの雨になりました。参加のみなさんにとって、期待しておられた近江八景の眺望や、ケーブル・比叡山からの琵琶湖や対岸の展望等、景色を楽しむウオークからはほど遠いものになりました。それでも雨に濡れながら最後まで完歩されたウオーカーの姿を見て感動や勇気をもらいました。来年の好天気を期待して引き続きご参加よろしくお願いします。
 
近江八景・日本遺産コース30km

 石山駅~石山寺~瀬田唐橋~建部大社~膳所城趾公園~大津港~三井寺~近江神宮~日吉大社~西教寺~(明智光秀ゆかりの寺)~おごと温泉観光公園

  
    石山駅広場で 開始式を待つ参加のみなさん               肌寒い日になりました

 
                受付                             小島会長のあいさつ

 
       石山駅に集合した参加のみなさん                    雨の中の準備体操

 
               石山寺                                近江大橋
 
              建部大社                        西教寺に眠る明智光秀一族の墓

琵琶湖眺望・烏丸半島探訪コース10km

   
 雄琴湖岸緑地公園~船~烏丸半島(琵琶湖博物館・琵琶湖水生植物園・草津道の駅)~船
 ~おごと温泉観光公園


  
       開会式 ・雄琴湖岸緑地公園                         いよいよ出発

 
      雄琴港桟橋に向かう参加のみなさん                    湖上遊覧を楽しむ

   
            烏丸半島に到着                           給水ポイン

 
            スタンプポイント                               参加人数

琵琶湖・近江八景眺望コース28km
   
 南草津駅~旧草津川~志那~烏丸半島~琵琶湖大橋~浮御堂~衣川緑地公園~おごと温泉観光公園

 
          南草津駅前広場                         自転車・歩行者専用道路

 
          台風の爪痕                               烏丸半島の風車

 
           白鷺の乱舞                              琵琶湖と釣り人

 
     
  ピエリ守山                       ピエリ守山港

 
        
台風の爪痕                    堅田の浮御堂

 
                 
ゴール会場 雄琴温泉観光公園 






第4回 KBCウオーク くつの日 滋賀大会 「琵琶湖畔を歩く」  
2018年9月2日(日)晴れ 参加者 約420名 20km・10km

 
20km  石山駅(集合)―石山寺前―瀬田川洗堰―アクア琵琶―瀬田唐橋東詰―近江大橋―サンシャインビーチ
     ーなぎさ公園―大津港―イオンスタイル大津京―大津京駅(解散

10km   石山駅(集合)―膳所城趾公園―サンシャインビーチーなぎさ公園―大津港―イオンスタイル大津京
     ―大津京駅(解散)                                                

 前日は少し雨が降り涼しくなったので、ウオーキング日よりを期待していましたが、暑い日になりました。
それにも関わらず多くの参加者
(420)で松尾芭蕉像前の広場は一杯です。

 KBC植田会長の挨拶等のあと、松尾芭蕉に送られ石山駅を9:25分にスタート。名刹石山寺前を通過し、南郷洗堰の「アクア琵琶」のチェックポイントで一休み。 先頭集団の数十名は休むことなく一目散に次へと通り過ぎて行く。
 そのあと瀬田川沿いの「夕照の道」を北上し、近江大橋を渡り、琵琶湖湖岸のなぎさ公園、大津港を経由しJR大津京駅前の「イオンスタイル」に無事ゴール。ゴール後の抽選会ではウオーキングシューズや万歩計等の豪華賞品があり、靴が当たった20名の歓喜の声が轟いていました。ラッキーな靴の日でよかったですね!! 
 KBC関係者、スタッフの皆さん暑い中本当にご苦労さまでした。
 
 次回は、「第5回おごと温泉びわ湖パノラマウオーク」を9月8日(土)から9日(日)に行います。
 皆さま多数の参加をお待ちしています。

 
  
     石山駅に向かう参加のみなさん                 受付風景

  
     石山駅広場に集う参加のみなさん                受付風景

  
           交流風景                  KBC植田会長のあいさつ

       
          開始式                      小島会長のあいさつ

    
           開始式                       開始式

    
      コース説明をする馬場副会長                入念に準備体操          

    
          準備体操 膝の回旋          出発後、湖岸に向かう参加のみなさん

  
                     琵琶湖岸を歩く

    
         名刹石山寺                     旧瀬田川洗堰

       
        瀬田唐橋                        船幸祭の船渡御

        
    なぎさ公園サンシャインビーチ                    大津港

    
      ゴール後のお楽しみ抽選会         渡す方も受け取る方もうれしそう。何が当たったかな

   ビューポイント
 船幸祭
 今年も8月17日に建部大社の神事として行われました。瑚国に夏の終わりが近づいたことを告げる祭りとして地元で親しまれている「船幸祭」。建部大社の祭神であるヤマトタケルノミコトが船団を従え、海路をたどったという故事に基づき瀬田川を海路に見立てて、船渡御が再現されました。





 
    琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑥能登川駅~彦根駅  記    
2018年8月26日(日)晴れ  222名   20km

  
         出発前のひととき                   受付風景

  
           出発式                     S班のみなさん

  
          A班のみなさん                 B班のみなさん

   
          C班のみなさん                   準備体操

  
          準備体操                      準備体操

  
                       炎天下を歩く

  
                      休憩/水分補給

   
          柳川緑地公園で休憩                多景公園で休憩

  
          多景公園で休憩                  湖岸めざして

 東近江市の文化遺産
   
   塀越しに庭木があふれ静寂な趣のある通り      建物と一体化したカワト(旧外村宇兵衛邸)

   
     船板塀が特徴的な蔵           勝徳寺前の水路にある川中地蔵

  
     正厳寺と田舟のある集落内の風景      清らかな湧き水が流れる水路で水遊びの子どもたち

  
         鯉が泳ぐ水路              神郷亀塚古墳・日本最古級の前方後方墳

ヴューポイント

能登川水車とカヌーランド

 かつて能登川では、水車が農業などに活用されていて、一時は36基も水車があった。その後姿を消したが、1991年にシンボルとして1基復活し、能登川水車とカヌーランドが整備された。園内には13mもの大水車、資料館、芝生広場、レンタルカヌーなどがあり、多くの家族連れで賑わっている。

伊庭内湖

 葦原が広がり、野鳥や魚類の生息地となっている。町南部には、猪子山、観音寺山などがそびえ、東近江市、および安土町との境界をなす。東近江市との境界には和田山、旧安土町との境界には安土山もある。

伊庭の水辺景観


 2015年、日本遺産「琵琶湖とその水辺景観ー祈りと暮らしの水遺産」を構成する一部として認定された。

 江戸時代には、旗本の陣屋がおかれた「伊庭城跡」、現在の勤節館を中心に、瓜生川から引かれた水路が町を縦横に巡っている。 現在は埋められている水路もあるが、大部分はそのまま残り、今も豊かで美しい水が流れている。水路では鯉が飼われている他、小魚や昆虫などさまざまな生き物の姿が見える。
 各家には「カワト」と呼ばれる川へと通じる石段があり、食事の支度や洗濯、風呂の水汲みなどを行うとともに、船の係留する船着き場として用いられていた。

伊庭の坂下し祭

 5月4日に行われる近江の奇祭の一つ。三基の神輿を氏子の若衆が引きずり降ろす神事。全長約500mに及ぶ坂道は断崖絶壁で、途中何箇所かの難所がある。難所では手に汗握る危険な見せ場となる。 

神郷亀塚古墳

 日本最古級の前方後方墳。全長36.5m。高さ推定約5.3m。3世紀前半に築造され、弥生式土器が発掘されている。
北向岩屋十一面観音

 猪子山山頂にある岩やに安置されている観音。坂上の田村麻呂が武運を祈願したとされる。






 
    平日ファミリー 大津なぎさウオーク (たそがれウオーク)    記    
2018年8月8日(水)   晴れ  参加者100名  12km

 

         大津駅(集合)―長等公園ー三井寺ー大津京駅ー高架下ー県道ー近江神宮ーびわ湖大津館
        ―大津港―琵琶湖ホテル横の階段ー大津駅(解散)

 
     次回は、琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑥を 8月26日(日)能登川駅9時30分集合で実施します。
    彦根駅まで20km歩きます。
     皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。

      *お詫び 「イベント概要」の欄で、本日、ミシガン乗船と誤って記載しました。楽しみにしておられた方には、たいへんご迷              惑をお掛けしました。申し訳ございませんでした。

   
                   陽差しもやわらぎ始める頃大津駅前広場に参加されたみなさん

   
            参加されたみなさん                         大津日赤前の犬塚のケヤキ

   
        犬塚のケヤキ                 弁慶の引きづり鐘

    
     湖上から吹く爽やかな風に癒されて(大津港)                 8/7びわ湖花火大会


 ビューポイン  

 犬塚の欅

 大津日赤のすぐ近くにある巨大な欅(けやき)の老木は、「犬塚の欅」と呼ばれ、市の天然記念物に指定されています。 室町時代、浄土真宗発展の礎を築いた蓮如上人が京都から難を逃れて大津の地に入ったとき、その人気をよく思わなかった他宗の門徒たちに毒殺されようとしたとき、忠犬が身代わりになって死んだので、ここの犬を埋めた塚にケヤキを植えて弔ったということです。






    琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑤  彦根駅~長浜駅    記    
2018年8月5日(日)   晴れ  参加者 213名  15km

 

 熱中症厳重警戒が発令されている最中、十分な準備と覚悟をしてきたであろうウオーカーが彦根駅に集合。
スタッフは普段以上に念入りな諸注意を述べてから順次出発した。

 金亀公園を通り、彦根港、松原水泳場へと進む。この辺りから左手に琵琶湖が続き、湖面からのさざ波や、時折吹くそよ風を感じて幾分暑さが和らぐ気がした。小刻みに通常の倍くらいの休憩タイムを取り、水分補給を促した。  
「近江母の郷」に到着して、スタンプ押印と昼食タイム。ここまで3分の2を歩いたことになる。

午後は「近江の館」に立ち寄り、甘酒などの接待を受けてほっと一息!
 「あと少し!」と声を掛け合いながら、長浜鉄道スクエアでスタンプ押印とIVVを手渡し解散。各自長浜駅を目指した。
  何はともあれ、ひどい熱中症でダウンする方もなく完歩されたが、いつものペースが出ない方も多く、ここまでの酷暑のなか、無理をしてウオーキングするべきか考えた方もおられたかと思います。
 
 次回、8月8日(水)は「大津なぎさウオーク」(たそがれウオーク)大津駅16時30分集合です。
大津港からミシガンクルージングを楽しみます。乗船料は300円です。
お会いできることを楽しみにしています。

   
  
      近江高校甲子園出場                出発前の彦根駅前広場
 
   
            
体操                    S班のみなさん

   
         
A班のみなさん                   B班のみなさん

  
          
C班のみなさん                 彦根城界隈を歩く

  
       
お堀の こはくちょう                彦根城が見えてきた

  
        
夢京橋キャッスルロード              彦根港観光船乗り場

  
     
夏の風物詩・びわ湖のヨット                  多景島

  
                     
水分補給(磯公園)

  
   
鳥人間コンテストの様子(松原水泳場)           36度を示す電光掲示板

  
        
「近江母の郷」で昼食               午後の部スタート

  
         
長浜ドーム                   お茶の接待を受ける

  
            
伊吹山                     田んぼアート

  
            
高さ28mの青銅製の阿弥陀如来像・長浜びわこ大仏

   
          
慶雲館                     長浜鉄道スクエア
 

   
       
秀吉・三成出逢いの像(長浜駅前)             長浜駅ゴール

ヴューポイント

彦根玄宮園

 旧大名庭園。江戸時代初期に彦根藩主井伊直興が整備したと言われている。江戸時代後期には、第11藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整備された。園内は、中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に作庭されたと言われている。

松原水泳場

 白砂の浜が1km続き、松林も美しい浅瀬の水泳場。鳥人間コンテスト選手権大会の会場としても知られている

多景島

 沖合約6.5kmに浮かぶ周囲約600mの小さな島。彦根市八坂町に属する。元は、島内に竹が多く自生していることから「竹島」と言っていたが、江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色が見えることから多景島と呼ばれる。
 弥生時代から島そのものをご神体として、古くから人々に崇められてきました。
1665年に長浜・妙法寺僧慈雲院 日請上人が島内に日蓮宗見塔寺を開寺する。島全体が花崗岩で形成されている。

滋賀県立長浜ドーム

 管理運営は財団法人滋賀県体育協会が行っている。2016年1月より2019年3月までの予定で「長浜バイオ大学ドーム」の愛称が使用される。

長浜バイオ大学

 2003年に創立した日本初のバイオ・生物学系単科大学。バイオ・生物系に絞った大学であることを生かし、実験・実習が多いカリキュラムが組まれている。企業に所属していた教員が多いのも特徴である。びわ鮎センターと共同で琵琶湖の固有種・ビワマスの餌を開発。この餌で養殖したビワマスは、従来のものより脂の乗りが良く、天然ビワマスにも匹敵する量となっている。

長浜びわこ大仏

 良畴寺にある28mの青銅製の阿弥陀如来像。琵琶湖を背にして琵琶湖のほとりに建っている。現在二代目の大仏で1994年に建立、開眼供養された。

慶雲館

 明治時代の長浜の豪商・浅見又蔵が明治天皇の行在所として建てた迎賓館。現在は観光施設として一般公開されている。近代日本庭園の先覚者・七代目小川治兵衛作の回遊式庭園(国指定名所)が有名。毎年1月上旬から3月上旬にかけて「長浜盆梅展」が開催され多くの人で賑わう。

長浜鉄道スクエア

 現存する日本最古の長浜駅舎を中心に、日本の鉄道文化初期の時代と長浜の発展を見ることができる。明治15年、当時の新橋駅を模して造られた。洋風階建ての建物。長浜鉄道文化館には、貴重な鉄道資料を展示。また、館内に鉄道模型運転コーナーがある。また、実際に北陸線で活躍したデゴイチやED70形電気機関車が展示されている。






 
    志賀大仏を巡る道      記    
2018年7月29日(日)   雨  参加者32名  14km


 
唐崎駅(集合)~弥生町~滋賀里~百穴古墳群~志賀大仏~桐畑古墳~大伴神社~近江神宮~三井寺~大津京駅

 台風12号の通過の朝、予定通り実施。JR唐崎駅から倭(しどり)神社、八幡神社を経て、百穴古墳、志賀大仏(おぼとけ)へ。桐畑古墳を訪ねた頃から降雨。近江神宮では激しい雨。
 急遽、昼食タイム。食事が終わっても雨降り止まず,足止め。大津京駅に近づいたところで流れ解散となった。
 参加された皆様、雨の中のウオーキング大変お疲れ様でした。
 

  
          唐崎駅集合                    志賀八幡神社

 
                    倭(しどり)神社

  
     滋賀里からだいぶ上がってきました           清涼感漂う小川のせせらぎ

   
            磨崖仏                   百穴古墳を巡る

    
    薄暗い竹林の中はひんやり            百穴古墳の外観

  
         百穴古墳内部                 志賀の大仏(おぼとけ)
                            
    
              阿弥陀如来座像に見入る参加のみなさん

  
         大伴神社鳥居                  桐畑古墳(熊ヶ谷1号墳)
  

 ビューポイント

 山中越(志賀越)の道祖神

 山中越は、京都と近江を結ぶ古くからのルートのひとつである。滋賀里から崇福寺跡・志賀峠を通り、山中町を経て北白川、京都へと通じている。この一帯は比叡山延暦寺に近く、東海自然歩道になっている。

 崇福寺に続く山道の入り口に、山中越(志賀越)の道中安全を見守る道祖神がある。とても優しい顔の仏さまは、「志賀の大仏(おぼとけ)」と呼ばれる阿弥陀如来座像。13世紀頃(室町時代)に作られた高さ約3mの石仏である。地元の方がよくお参りさているようで、お堂はいつも清潔で心地よい。お供え物もある。京都側でも、山中越が現在の今出川通りと交差する辺りに石仏が数体置かれている。

 百穴古墳群

 大津市の西部、比叡山の東麓一帯には、総数1000基を越えるともいわれる古墳が密集している。これら古墳の多くは、6世紀後半から7世紀前半に集中して作られ、石室の形や出土している副葬品などから渡来人の墓と言われている。
 「百穴」という名前は、石室の入り口が穴のように沢山見えていることから名付けられた。このような古墳が一面に広がり、薄暗い竹林と相まって、壮観な風景を見ることができる。
 石室の天井がドーム状なのが、百穴古墳郡の特徴である。現在は64基確認されており、すでに石室を覆っていた盛り土が流失してしまった古墳の石室の天井石が点々としている。

 桐畑古墳(熊ヶ谷1号墳)

 桐畑古墳は、10基が確認されている熊ヶ谷古墳郡中の1基で、古墳群内で最も規模の大きな石室を持ち、玄室の長さ5m、幅3.1m、高さ3.6m以上、羨道が長さ6m、幅1.4m、高さ1.6mです。玄室の天井石はありませんが、玄室の中央に立って上を見上げると、四壁(奥壁・左右側壁・前壁)が天井部に向かってすぼまっている様子がわかります。このような持ち送り構造を持ち、天井を1~2石で構成する形態が見られるのが、この比叡山東麓に広がる古墳群の石室の特徴です。また、玄室の奥にはお不動さんが祀ってあり、現在でも信仰の対象となっています。

 大伴黒主神社

 大伴黒主は、大友皇子(弘文天皇)の皇子で大伴性を賜ったという大伴与多王の子孫と伝えられる。大友の名は、当地の旧名滋賀郡大友郷に由来する。
 大伴氏はこの大友郷を本貫とする氏族で、黒主も滋賀郡司を務めたことがあって、「滋賀の黒主」とも称されていた。また、園城寺(三井寺)の神祠別当職を務めた。

 黒主は平安初期の代表的歌人で、いわゆる六歌仙の一人として知られている。917年宇多天皇の石山寺参詣の際、「さざら浪 間もなき岸を洗ふめり なぎさよくば 君とまれかし」と歌って大いに賞賛されたという。
 晩年の黒主は志賀山中で亡くなったと伝えられ、没年は明らかではない。  






 
    東海道ウオーク⑤ 大津宿から京の都に      記    
2018年7月22日(日) 快晴  参加者108名  12km


       コース 大津駅(集合)―大津宿~月心寺~井筒八つ橋追分店~ 蹴上浄水場~京阪三条駅(解散)

 
 連日の炎天続きで果たしてどれほどの参加者が来て戴けるか心配でしたが108名もの参加を頂き そのうち約半数が他協会と一般の参加者に参加して頂きました。
 
大津本陣跡の前を通り 蝉丸神社辺りから逢坂の関を越えて歩きましたが 江戸時代は
車石が敷かれたところを牛車が荷物を積んで都に向かっていたところで このような暑さの中でも働かなければならなかった牛さんのご苦労を偲びました。
 途中で八つ橋で有名な井筒にも立ち寄り 冷たいお茶の歓待を受け 買い物も出来ました。
 追分を過ぎて山科駅近くで昼食をしてから 更に東海道を辿り 最期の登りの日ノ岡峠を越えて京都の町に入りました。
 熱中症には特に気を遣い 水分補給を忘れないことをリマインドしたこともあり 熱中症も出ず全員無事に三条大橋に到着することが出来ました。
 次回は 7月29日(日)「志賀大仏を巡る道」 9:30 湖西線唐崎駅集合です。
涼しい木陰を歩きたいと思いますので是非ご参加ください。

   
          大津駅前広場に集合                         日ノ岡峠を歩くみなさん

   
           月心寺(走井茶屋の跡)                 山号:瑞米山 宗旨:臨済宗 創建1914年

  
              月心寺の庭                         走井の名水が湧き出る井戸
   
  茶店(今の月心寺)で休息している旅人「東海道五十三次」                車石

   
            木陰を見つけて昼食                    京の都めざして午後の部スタート


 
  
              髭茶屋追分                               蹴上浄水場

   
             蹴上発電所                           高山彦九郎の歌碑

 ビューポイント

月心寺

 京、大津宿への玄関口、逢坂山の関所を控える、かつては東海道随一の賑わいを見せていた追分の地で繁盛していた走井茶屋の跡。境内には今も枯れることなく走井の名水が湧き出ている。

 逢坂関を越えた山が迫る狭い土地で、街道を挟んで両側に家々がぎっしり建ち、谷間を埋めており、大津絵や大津算盤、縫い針などの土産物を売る店や茶店がひしめき、旅人と牛馬の往来が多い賑やかな場所に位置していた。

 歌川広重が描く「東海道五十三次」で、溢れ出る走井の水のそばの茶店で旅人が休息しているのが見られる。その茶店がこの月心寺である。

 精進料理が有名で、村瀬明道尼庵主が作るごま豆腐は天下一の評判となり、NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」の青風寺のモデルとなった。

蹴上浄水場

 日本最初の急速濾過方式の浄水場として明治45年、京都市で初めて給水を開始。平成24年8月末には浄水施設の全面リニューアル工事が完成。場内に約4,600本あるつつじの名所としても有名。

髭茶屋追分

 山科盆地内にある東海道(三条街道)と大津街道(伏見街道)の分岐点(追分)である。山科追分とも呼ばれる。右が京へ行く東海道、左が伏見道。ここは右滋賀県(大津市)と京都府(京都市)を分ける府県境。

車石

 追分では、車馬の通行の便のため、「車石」が敷かれていた。撤去後の車石は擁壁に使われている。

 

 





    平日ファミリー 大津なぎさウオーク(たそがれウオーク)    記    2018年7月17日(火) 晴れ  参加者 139名 12km

  大津駅(集合)― 大津港~~ミシガン乗船(16:45発)~~におの浜観光港(17:10着)― サンシャインビーチ
ー 西武百貨店 ー 国道横断 ー 大津高校 ー 膳所駅(解散)


 
 
       たそがれウオークに参加のみなさん                    ミシガン乗船前
   
               昼のミシガン                            船内でくつろぐ
           
   船内から見える琵琶湖ホテルとアーカス                    におの浜港で下船


  
              湖岸を歩く                       大津港の世界最大級の花噴水とミシガン

 




 
 琵琶湖一周健康ウオーキング2018④  近江八幡駅~能登川駅   記 
2018年7月8日(日) 晴れ  参加者 223名 18km

 
 数日間続いた大雨警報はようやく終息を迎え、滋賀では台風一過のような青空が広がった。久しぶりに歩きに参加できることを心待ちにしていた方々が近江八幡駅に集った。

 テレビでは西日本豪雨の被害の拡大が報道されている。身につまされて心が痛む。本日の出発式では黙祷を捧げてからのスタートとなった。

歩くことが許される体調や状況に感謝して、広い空のもとを歩き出す。一面の青空とぽこぽこと浮かぶ雲。心地よい風が後押しをしてくれる。気温は高い。湿度も高い。歩き出せば汗が噴き出す。こまめに水分補給をするように促すが、今日のコースは日陰も少なく信号待ちで休むようなこともほぼない。

畑が水につかり、傷んだナスやカボチャにため息をつく。カエルとセミとヒバリが鳴き、トンボが飛んでいる。色とりどりのバラやひょろりとしたヒマワリ。天候の変化に戸惑っている自然。今までとは何かが違う、そんな自然からの訴えを感じる。琵琶湖のあがった水位に驚き、雨が降っていた最中ならどんな景色だったろうかと、思いを馳せてみる。

スイカの名産地はやっぱり暑かった。木陰で休憩すると、日なたがどれだけ暴力的なのかを感じてしまう。昼食会場でも、日陰に身を寄せる。

カヌーランドを出発したら、あとはゴールの能登川駅。駅前スーパーでは皆さま、様々なご褒美をご自身に用意されたことでしょう。

さて、次回7月17日(火)「大津なぎさウォーク」は「たそがれウォーク」です。大津駅16:00集合で、ミシガンクルーズを楽しんでいただきます。皆さまのご参加をお待ちしております。

また、次回ビワイチ8月5日(日)は彦根駅ー長浜駅です。今回のゴール駅からのスタートではありませんのでお間違えのないよう、よろしくお願いいたします。


   
            日牟禮八幡宮                                白雲館

  
             旧八幡郵便局                            てんびんロード

   
          近江商人町並み                              西野湖水郷めぐり

  
             能登川水車                          伊庭坂下し祭り







 
景清道を訪ねて「安土から五個荘へ」   記  
2018年7月1日(日) 晴れ  参加者 76名 12km・16km


 
 JR安土駅集合。参加者は約76名。前日の大雨がウソのような晴天に恵まれ(ちょっと暑すぎ)いざ、出発!

 市街地を通り抜けて田んぼ道に出ると涼しい風が吹き抜け心地よい。景清道との最初の出会いは影清橋の道標。耕地整理のため川が付け替えられ、今はあぜ道の脇にひっそりと古(いにしえ)の面影を残している。

 早苗を両脇に見ながら田んぼ道を進むと、前方に「安土宗論」で有名な信長が建立した浄土宗の名刹、浄厳院の本堂と楼門の威風堂々たる姿を臨むことができた。安土セミナリヨで休憩の後は、世紀中頃に築かれた県下最大の前方後円墳である安土瓢箪山古墳を目指す。
 石寺で昼食。石寺は近江守護六角氏の居城観音寺城の城下町があった場所。
 午後から教林坊を経て中山道を歩き、湖東の三名水の一つに数えられる清水鼻へ。清水鼻より中山道から分かれて一路景清道を五個荘へ。石川地区に入ると景清道の真新しい道標が左手に建っている。金堂の大城神社脇の道は今も景清道の佇まいを色濃く残している道中である。
 金堂の街並みを通り抜け、熱中症で倒れる参加者もなく「ぷらざ三方よし」へ全員無事到着。半数の人はバスでJR能登川駅へ。残りの人は能登川駅まで歩行し終了。暑い中でしたが心地よい風の中、安土から五個荘までの景清道完歩!!

 *景清道とは

・平景清は眼を患っていたため、京の清水寺へ参詣に通った道

 ・中山道(当時は東山道)の間道として利用された。(陰京道)

 ・浄瑠璃、謡曲などで悲劇的な英雄として取り上げられる


      
            受付風景                             出発式

       
            景清道道標                       浄厳院での説明風景

       
       安土瓢箪山での説明風景                       観音寺林道

        
           中山道道標                             教林坊

       
         湖東の三名水・清水名水                     清水名水

       
            景清道道標                           景清道

       
          五個荘金堂町並み                       水路で泳ぐ鯉


   
    景清道                浄厳院門正面   


   
    観音正寺と城跡周辺             観音寺城本堂             


   
   観音正寺からの絶景
     瓢箪山古墳          


  
   石寺楽市    
 ぷらざ三方よし       


 ビューポイント

 浄厳院

  天正6年(1578年)織田信長によって建てられた浄土宗の寺。この地はもと佐々木六角氏頼が建てた慈恩寺(天台宗)の跡地であり、近江八幡市多賀町にあった興隆寺もお堂(本堂重要文化財)を移し、栗太郡の金勝寺より明感という僧侶を招いて金勝山浄厳院とした。本尊の阿弥陀如来像(重要文化財)は愛知郡二階堂にあった古寺より譲り受けたもので平安時代の作である。

 ここはまた「信長公記」に見られる法華宗と浄土宗との間で争われた「安土問答」の場としても有名である。本堂は昭和38年(1963年)に修理され、朱塗りの楼門は、平成5年(1993年)に解体修理されている。

平 景清と景清道

 平景清は、平氏の侍大将で、寿永4年(1185年)讃岐国屋島の戦いに、源氏の美尾屋十郎と戦い、美尾が逃げんとするや、鎧をつかんで引き絶ち、これを薙刀にかけて、「吾は景清なり、誰ぞ来たりて死を決せざる。」と叫び、敵を求めたという剛である。







 
第3回江若鉄道廃線跡ウオーク   記  
2018年6月24日(日) 晴れ  参加者 125名  12km

 近江舞子駅のご厚意により受付用のテーブルやいすも貸して頂き、地図以外の配布物もスムーズに配布出来とても助かりました。幸いにして梅雨空の中の好天日でもあり 125名もの参加者の皆様にも楽しいウオークとなりました。特に他協会・一般の方々で半数以上の69名を数えることが出来、中には湖西が初めての方も多く 少々路線跡から横道にそれましたが 四十八体石仏見学のおまけつきなど楽しむことも出来ました。
 
 廃線跡では現在は丁度、湖西道路の延伸工事が行われており 道の高架化やトンネル工事など混乱の状態で、北小松駅から近江高島への土手になっている路線跡は、6月中には重機でくずされてしまう由で、いわば今生最後のお別れをすることも出来ました。

 近江高島駅に到着する直前には 太陽の周りを丸く二重に虹が囲む不思議な現象も目にすることが出来ました。これも梅雨時特有の現象でしょうが珍しい驚きでした。

 次回は「景清道を訪ねて(安土から五個荘へ)」を7月1日(日)安土駅9時30分集合で実施します。
皆様多数の参加をお待ちしています。


  
   近江舞子駅 出発前のみなさん                  近江高島駅目指してスタートを切るみなさん   

  
         北小松駅前広場で                     廃線跡を歩くみなさん            

  
瑚国のパワースポット・白髭神社           四十八体石仏                  





 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(梅雨にもめげずに歩こう)   記  
2018年6月19日(火) 晴れ  参加者 82名  12km

    大津駅~旧東海道~義仲寺~法伝寺~相模川~長土塀~杉浦重剛邸~膳所城趾公園(昼食)
      ~大津市生涯学習センター~岩田神社~石山駅


 余震によるJR、私鉄のダイヤの乱れにより、大津駅10時15分出発となりました。この時期気になるお天気ですが、雨に降られず歩くことができました。旧東街道を通って、義仲寺、法伝寺を見て、杉浦重剛邸に立ち寄りました。
膳所城趾公園で昼食です。午後は、大津市生涯学習センターに入り、膳所城の模型を観察した後、旧道を通って岩田神社に寄り、石山駅にゴールしました。

 
       大津駅前広場で                      参加のみなさん             

 
          休憩                        膳所城趾公園で             

 
    義仲寺正面                          義仲寺             

 
ビューポイント
  
 
義仲寺  義仲と芭蕉、そして巴午御前も眠る墓所 

 
旧東海道に面した街道筋に義仲寺はあります。創建は不明。平家討伐の兵を挙げた木曽義仲が後白河上皇と対立し、最後は粟津原で源範頼・義経軍に討たれた時は数え31歳だったとされています。その後、重臣の今井兼平も自害して果てており、亡骸を葬ったのは側室の巴御前とされています。無名の尼と称して庵を結び、義仲の遺骸を葬ったとの伝承が残っています。
 元々特定の宗教に属していたわけではない義仲寺は、時代の移り変わりで荒廃することもあったとされていますが、戦国時代には、近江国守佐々木氏が“源家大将軍の御墳墓荒るるにまかすべからず”と再建に動きました。
 その後、真言宗東寺派総本山石山寺や天台宗寺門派園城寺に属し、一時はそれなりに栄えていた時期もある最中に、あの俳人松尾芭蕉がこの地を訪れました。木曽義仲と義仲寺を寵愛した芭蕉は、度々この地を訪れており、最後は、上方でその生涯を終えるものの、その遺言である『骸(から)は木曽塚に送るべし』に従って、義仲塚の右手に埋葬されて永遠の眠りについています。
 また、境内奥の翁堂の天井画には若沖が最晩年に手掛けたとされる『四季花卉(かき)図』(全15面)が復元されて公開されています。若沖が芭蕉とどんな繋がりがあったのかは定かではありませんが、全国に『ふたつ』しかない天井画がこの義仲寺に納められています。