NPO法人滋賀県ウオーキング協会【イベント報告】

 
    平日ファミリー 大津なぎさウオーク (たそがれウオーク)    記    
2018年8月8日(水)   晴れ  参加者100名  12km

 

         大津駅(集合)―長等公園ー三井寺ー大津京駅ー高架下ー県道ー近江神宮ーびわ湖大津館
        ―大津港―琵琶湖ホテル横の階段ー大津駅(解散)

 
     次回は、琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑥を 8月26日(日)能登川駅9時30分集合で実施します。
    彦根駅まで20km歩きます。
     皆さまにお会いできるのを楽しみにしています。

      *お詫び 「イベント概要」の欄で、本日、ミシガン乗船と誤って記載しました。楽しみにしておられた方には、たいへんご迷              惑をお掛けしました。申し訳ございませんでした。

   
                   陽差しもやわらぎ始める頃大津駅前広場に参加されたみなさん

   
            参加されたみなさん                         大津日赤前の犬塚のケヤキ

   
        犬塚のケヤキ                 弁慶の引きづり鐘

    
     湖上から吹く爽やかな風に癒されて(大津港)                 8/7びわ湖花火大会


 ビューポイン  

 犬塚の欅

 大津日赤のすぐ近くにある巨大な欅(けやき)の老木は、「犬塚の欅」と呼ばれ、市の天然記念物に指定されています。 室町時代、浄土真宗発展の礎を築いた蓮如上人が京都から難を逃れて大津の地に入ったとき、その人気をよく思わなかった他宗の門徒たちに毒殺されようとしたとき、忠犬が身代わりになって死んだので、ここの犬を埋めた塚にケヤキを植えて弔ったということです。






    琵琶湖一周健康ウオーキング2018⑤  彦根駅~長浜駅    記    
2018年8月5日(日)   晴れ  参加者 213名  15km

 

 熱中症厳重警戒が発令されている最中、十分な準備と覚悟をしてきたであろうウオーカーが彦根駅に集合。
スタッフは普段以上に念入りな諸注意を述べてから順次出発した。

 金亀公園を通り、彦根港、松原水泳場へと進む。この辺りから左手に琵琶湖が続き、湖面からのさざ波や、時折吹くそよ風を感じて幾分暑さが和らぐ気がした。小刻みに通常の倍くらいの休憩タイムを取り、水分補給を促した。  
「近江母の郷」に到着して、スタンプ押印と昼食タイム。ここまで3分の2を歩いたことになる。

午後は「近江の館」に立ち寄り、甘酒などの接待を受けてほっと一息!
 「あと少し!」と声を掛け合いながら、長浜鉄道スクエアでスタンプ押印とIVVを手渡し解散。各自長浜駅を目指した。
  何はともあれ、ひどい熱中症でダウンする方もなく完歩されたが、いつものペースが出ない方も多く、ここまでの酷暑のなか、無理をしてウオーキングするべきか考えた方もおられたかと思います。
 
 次回、8月8日(水)は「大津なぎさウオーク」(たそがれウオーク)大津駅16時30分集合です。
大津港からミシガンクルージングを楽しみます。乗船料は300円です。
お会いできることを楽しみにしています。

   
  
      近江高校甲子園出場                出発前の彦根駅前広場
 
   
            
体操                    S班のみなさん

   
         
A班のみなさん                   B班のみなさん

  
          
C班のみなさん                 彦根城界隈を歩く

  
       
お堀の こはくちょう                彦根城が見えてきた

  
        
夢京橋キャッスルロード              彦根港観光船乗り場

  
     
夏の風物詩・びわ湖のヨット                  多景島

  
                     
水分補給(磯公園)

  
   
鳥人間コンテストの様子(松原水泳場)           36度を示す電光掲示板

  
        
「近江母の郷」で昼食               午後の部スタート

  
         
長浜ドーム                   お茶の接待を受ける

  
            
伊吹山                     田んぼアート

  
            
高さ28mの青銅製の阿弥陀如来像・長浜びわこ大仏

   
          
慶雲館                     長浜鉄道スクエア
 

   
       
秀吉・三成出逢いの像(長浜駅前)             長浜駅ゴール

ヴューポイント

彦根玄宮園

 旧大名庭園。江戸時代初期に彦根藩主井伊直興が整備したと言われている。江戸時代後期には、第11藩主井伊直中の隠居屋敷として再整備され、今日に近い形に整備された。園内は、中国湖南省の洞庭湖にある玄宗皇帝(唐時代)の離宮庭園を参考に作庭されたと言われている。

松原水泳場

 白砂の浜が1km続き、松林も美しい浅瀬の水泳場。鳥人間コンテスト選手権大会の会場としても知られている

多景島

 沖合約6.5kmに浮かぶ周囲約600mの小さな島。彦根市八坂町に属する。元は、島内に竹が多く自生していることから「竹島」と言っていたが、江戸時代に荒神山から土を運び植林した。木が成育すると島を眺める方向によって多様な景色が見えることから多景島と呼ばれる。
 弥生時代から島そのものをご神体として、古くから人々に崇められてきました。
1665年に長浜・妙法寺僧慈雲院 日請上人が島内に日蓮宗見塔寺を開寺する。島全体が花崗岩で形成されている。

滋賀県立長浜ドーム

 管理運営は財団法人滋賀県体育協会が行っている。2016年1月より2019年3月までの予定で「長浜バイオ大学ドーム」の愛称が使用される。

長浜バイオ大学

 2003年に創立した日本初のバイオ・生物学系単科大学。バイオ・生物系に絞った大学であることを生かし、実験・実習が多いカリキュラムが組まれている。企業に所属していた教員が多いのも特徴である。びわ鮎センターと共同で琵琶湖の固有種・ビワマスの餌を開発。この餌で養殖したビワマスは、従来のものより脂の乗りが良く、天然ビワマスにも匹敵する量となっている。

長浜びわこ大仏

 良畴寺にある28mの青銅製の阿弥陀如来像。琵琶湖を背にして琵琶湖のほとりに建っている。現在二代目の大仏で1994年に建立、開眼供養された。

慶雲館

 明治時代の長浜の豪商・浅見又蔵が明治天皇の行在所として建てた迎賓館。現在は観光施設として一般公開されている。近代日本庭園の先覚者・七代目小川治兵衛作の回遊式庭園(国指定名所)が有名。毎年1月上旬から3月上旬にかけて「長浜盆梅展」が開催され多くの人で賑わう。

長浜鉄道スクエア

 現存する日本最古の長浜駅舎を中心に、日本の鉄道文化初期の時代と長浜の発展を見ることができる。明治15年、当時の新橋駅を模して造られた。洋風階建ての建物。長浜鉄道文化館には、貴重な鉄道資料を展示。また、館内に鉄道模型運転コーナーがある。また、実際に北陸線で活躍したデゴイチやED70形電気機関車が展示されている。






 
    志賀大仏を巡る道      記    
2018年7月29日(日)   雨  参加者32名  14km


 
唐崎駅(集合)~弥生町~滋賀里~百穴古墳群~志賀大仏~桐畑古墳~大伴神社~近江神宮~三井寺~大津京駅

 台風12号の通過の朝、予定通り実施。JR唐崎駅から倭(しどり)神社、八幡神社を経て、百穴古墳、志賀大仏(おぼとけ)へ。桐畑古墳を訪ねた頃から降雨。近江神宮では激しい雨。
 急遽、昼食タイム。食事が終わっても雨降り止まず,足止め。大津京駅に近づいたところで流れ解散となった。
 参加された皆様、雨の中のウオーキング大変お疲れ様でした。
 

  
          唐崎駅集合                    志賀八幡神社

 
                    倭(しどり)神社

  
     滋賀里からだいぶ上がってきました           清涼感漂う小川のせせらぎ

   
            磨崖仏                   百穴古墳を巡る

    
    薄暗い竹林の中はひんやり            百穴古墳の外観

  
         百穴古墳内部                 志賀の大仏(おぼとけ)
                            
    
              阿弥陀如来座像に見入る参加のみなさん

  
         大伴神社鳥居                  桐畑古墳(熊ヶ谷1号墳)
  

 ビューポイント

 山中越(志賀越)の道祖神

 山中越は、京都と近江を結ぶ古くからのルートのひとつである。滋賀里から崇福寺跡・志賀峠を通り、山中町を経て北白川、京都へと通じている。この一帯は比叡山延暦寺に近く、東海自然歩道になっている。

 崇福寺に続く山道の入り口に、山中越(志賀越)の道中安全を見守る道祖神がある。とても優しい顔の仏さまは、「志賀の大仏(おぼとけ)」と呼ばれる阿弥陀如来座像。13世紀頃(室町時代)に作られた高さ約3mの石仏である。地元の方がよくお参りさているようで、お堂はいつも清潔で心地よい。お供え物もある。京都側でも、山中越が現在の今出川通りと交差する辺りに石仏が数体置かれている。

 百穴古墳群

 大津市の西部、比叡山の東麓一帯には、総数1000基を越えるともいわれる古墳が密集している。これら古墳の多くは、6世紀後半から7世紀前半に集中して作られ、石室の形や出土している副葬品などから渡来人の墓と言われている。
 「百穴」という名前は、石室の入り口が穴のように沢山見えていることから名付けられた。このような古墳が一面に広がり、薄暗い竹林と相まって、壮観な風景を見ることができる。
 石室の天井がドーム状なのが、百穴古墳郡の特徴である。現在は64基確認されており、すでに石室を覆っていた盛り土が流失してしまった古墳の石室の天井石が点々としている。

 桐畑古墳(熊ヶ谷1号墳)

 桐畑古墳は、10基が確認されている熊ヶ谷古墳郡中の1基で、古墳群内で最も規模の大きな石室を持ち、玄室の長さ5m、幅3.1m、高さ3.6m以上、羨道が長さ6m、幅1.4m、高さ1.6mです。玄室の天井石はありませんが、玄室の中央に立って上を見上げると、四壁(奥壁・左右側壁・前壁)が天井部に向かってすぼまっている様子がわかります。このような持ち送り構造を持ち、天井を1~2石で構成する形態が見られるのが、この比叡山東麓に広がる古墳群の石室の特徴です。また、玄室の奥にはお不動さんが祀ってあり、現在でも信仰の対象となっています。

 大伴黒主神社

 大伴黒主は、大友皇子(弘文天皇)の皇子で大伴性を賜ったという大伴与多王の子孫と伝えられる。大友の名は、当地の旧名滋賀郡大友郷に由来する。
 大伴氏はこの大友郷を本貫とする氏族で、黒主も滋賀郡司を務めたことがあって、「滋賀の黒主」とも称されていた。また、園城寺(三井寺)の神祠別当職を務めた。

 黒主は平安初期の代表的歌人で、いわゆる六歌仙の一人として知られている。917年宇多天皇の石山寺参詣の際、「さざら浪 間もなき岸を洗ふめり なぎさよくば 君とまれかし」と歌って大いに賞賛されたという。
 晩年の黒主は志賀山中で亡くなったと伝えられ、没年は明らかではない。  






 
    東海道ウオーク⑤ 大津宿から京の都に      記    
2018年7月22日(日) 快晴  参加者108名  12km


       コース 大津駅(集合)―大津宿~月心寺~井筒八つ橋追分店~ 蹴上浄水場~京阪三条駅(解散)

 
 連日の炎天続きで果たしてどれほどの参加者が来て戴けるか心配でしたが108名もの参加を頂き そのうち約半数が他協会と一般の参加者に参加して頂きました。
 
大津本陣跡の前を通り 蝉丸神社辺りから逢坂の関を越えて歩きましたが 江戸時代は
車石が敷かれたところを牛車が荷物を積んで都に向かっていたところで このような暑さの中でも働かなければならなかった牛さんのご苦労を偲びました。
 途中で八つ橋で有名な井筒にも立ち寄り 冷たいお茶の歓待を受け 買い物も出来ました。
 追分を過ぎて山科駅近くで昼食をしてから 更に東海道を辿り 最期の登りの日ノ岡峠を越えて京都の町に入りました。
 熱中症には特に気を遣い 水分補給を忘れないことをリマインドしたこともあり 熱中症も出ず全員無事に三条大橋に到着することが出来ました。
 次回は 7月29日(日)「志賀大仏を巡る道」 9:30 湖西線唐崎駅集合です。
涼しい木陰を歩きたいと思いますので是非ご参加ください。

   
          大津駅前広場に集合                         日ノ岡峠を歩くみなさん

   
           月心寺(走井茶屋の跡)                 山号:瑞米山 宗旨:臨済宗 創建1914年

  
              月心寺の庭                         走井の名水が湧き出る井戸
   
  茶店(今の月心寺)で休息している旅人「東海道五十三次」                車石

   
            木陰を見つけて昼食                    京の都めざして午後の部スタート


 
  
              髭茶屋追分                               蹴上浄水場

   
             蹴上発電所                           高山彦九郎の歌碑

 ビューポイント

月心寺

 京、大津宿への玄関口、逢坂山の関所を控える、かつては東海道随一の賑わいを見せていた追分の地で繁盛していた走井茶屋の跡。境内には今も枯れることなく走井の名水が湧き出ている。

 逢坂関を越えた山が迫る狭い土地で、街道を挟んで両側に家々がぎっしり建ち、谷間を埋めており、大津絵や大津算盤、縫い針などの土産物を売る店や茶店がひしめき、旅人と牛馬の往来が多い賑やかな場所に位置していた。

 歌川広重が描く「東海道五十三次」で、溢れ出る走井の水のそばの茶店で旅人が休息しているのが見られる。その茶店がこの月心寺である。

 精進料理が有名で、村瀬明道尼庵主が作るごま豆腐は天下一の評判となり、NHK朝の連続テレビ小説「ほんまもん」の青風寺のモデルとなった。

蹴上浄水場

 日本最初の急速濾過方式の浄水場として明治45年、京都市で初めて給水を開始。平成24年8月末には浄水施設の全面リニューアル工事が完成。場内に約4,600本あるつつじの名所としても有名。

髭茶屋追分

 山科盆地内にある東海道(三条街道)と大津街道(伏見街道)の分岐点(追分)である。山科追分とも呼ばれる。右が京へ行く東海道、左が伏見道。ここは右滋賀県(大津市)と京都府(京都市)を分ける府県境。

車石

 追分では、車馬の通行の便のため、「車石」が敷かれていた。撤去後の車石は擁壁に使われている。

 

 





    平日ファミリー 大津なぎさウオーク(たそがれウオーク)    記    2018年7月17日(火) 晴れ  参加者 139名 12km

  大津駅(集合)― 大津港~~ミシガン乗船(16:45発)~~におの浜観光港(17:10着)― サンシャインビーチ
ー 西武百貨店 ー 国道横断 ー 大津高校 ー 膳所駅(解散)


 
 
       たそがれウオークに参加のみなさん                    ミシガン乗船前
   
               昼のミシガン                            船内でくつろぐ
           
   船内から見える琵琶湖ホテルとアーカス                    におの浜港で下船


  
              湖岸を歩く                       大津港の世界最大級の花噴水とミシガン

 




 
 琵琶湖一周健康ウオーキング2018④  近江八幡駅~能登川駅   記 
2018年7月8日(日) 晴れ  参加者 223名 18km

 
 数日間続いた大雨警報はようやく終息を迎え、滋賀では台風一過のような青空が広がった。久しぶりに歩きに参加できることを心待ちにしていた方々が近江八幡駅に集った。

 テレビでは西日本豪雨の被害の拡大が報道されている。身につまされて心が痛む。本日の出発式では黙祷を捧げてからのスタートとなった。

歩くことが許される体調や状況に感謝して、広い空のもとを歩き出す。一面の青空とぽこぽこと浮かぶ雲。心地よい風が後押しをしてくれる。気温は高い。湿度も高い。歩き出せば汗が噴き出す。こまめに水分補給をするように促すが、今日のコースは日陰も少なく信号待ちで休むようなこともほぼない。

畑が水につかり、傷んだナスやカボチャにため息をつく。カエルとセミとヒバリが鳴き、トンボが飛んでいる。色とりどりのバラやひょろりとしたヒマワリ。天候の変化に戸惑っている自然。今までとは何かが違う、そんな自然からの訴えを感じる。琵琶湖のあがった水位に驚き、雨が降っていた最中ならどんな景色だったろうかと、思いを馳せてみる。

スイカの名産地はやっぱり暑かった。木陰で休憩すると、日なたがどれだけ暴力的なのかを感じてしまう。昼食会場でも、日陰に身を寄せる。

カヌーランドを出発したら、あとはゴールの能登川駅。駅前スーパーでは皆さま、様々なご褒美をご自身に用意されたことでしょう。

さて、次回7月17日(火)「大津なぎさウォーク」は「たそがれウォーク」です。大津駅16:00集合で、ミシガンクルーズを楽しんでいただきます。皆さまのご参加をお待ちしております。

また、次回ビワイチ8月5日(日)は彦根駅ー長浜駅です。今回のゴール駅からのスタートではありませんのでお間違えのないよう、よろしくお願いいたします。


   
            日牟禮八幡宮                                白雲館

  
             旧八幡郵便局                            てんびんロード

   
          近江商人町並み                              西野湖水郷めぐり

  
             能登川水車                          伊庭坂下し祭り







 
景清道を訪ねて「安土から五個荘へ」   記  
2018年7月1日(日) 晴れ  参加者 76名 12km・16km


 
 JR安土駅集合。参加者は約76名。前日の大雨がウソのような晴天に恵まれ(ちょっと暑すぎ)いざ、出発!

 市街地を通り抜けて田んぼ道に出ると涼しい風が吹き抜け心地よい。景清道との最初の出会いは影清橋の道標。耕地整理のため川が付け替えられ、今はあぜ道の脇にひっそりと古(いにしえ)の面影を残している。

 早苗を両脇に見ながら田んぼ道を進むと、前方に「安土宗論」で有名な信長が建立した浄土宗の名刹、浄厳院の本堂と楼門の威風堂々たる姿を臨むことができた。安土セミナリヨで休憩の後は、世紀中頃に築かれた県下最大の前方後円墳である安土瓢箪山古墳を目指す。
 石寺で昼食。石寺は近江守護六角氏の居城観音寺城の城下町があった場所。
 午後から教林坊を経て中山道を歩き、湖東の三名水の一つに数えられる清水鼻へ。清水鼻より中山道から分かれて一路景清道を五個荘へ。石川地区に入ると景清道の真新しい道標が左手に建っている。金堂の大城神社脇の道は今も景清道の佇まいを色濃く残している道中である。
 金堂の街並みを通り抜け、熱中症で倒れる参加者もなく「ぷらざ三方よし」へ全員無事到着。半数の人はバスでJR能登川駅へ。残りの人は能登川駅まで歩行し終了。暑い中でしたが心地よい風の中、安土から五個荘までの景清道完歩!!

 *景清道とは

・平景清は眼を患っていたため、京の清水寺へ参詣に通った道

 ・中山道(当時は東山道)の間道として利用された。(陰京道)

 ・浄瑠璃、謡曲などで悲劇的な英雄として取り上げられる


      
            受付風景                             出発式

       
            景清道道標                       浄厳院での説明風景

       
       安土瓢箪山での説明風景                       観音寺林道

        
           中山道道標                             教林坊

       
         湖東の三名水・清水名水                     清水名水

       
            景清道道標                           景清道

       
          五個荘金堂町並み                       水路で泳ぐ鯉


   
    景清道                浄厳院門正面   


   
    観音正寺と城跡周辺             観音寺城本堂             


   
   観音正寺からの絶景
     瓢箪山古墳          


  
   石寺楽市    
 ぷらざ三方よし       


 ビューポイント

 浄厳院

  天正6年(1578年)織田信長によって建てられた浄土宗の寺。この地はもと佐々木六角氏頼が建てた慈恩寺(天台宗)の跡地であり、近江八幡市多賀町にあった興隆寺もお堂(本堂重要文化財)を移し、栗太郡の金勝寺より明感という僧侶を招いて金勝山浄厳院とした。本尊の阿弥陀如来像(重要文化財)は愛知郡二階堂にあった古寺より譲り受けたもので平安時代の作である。

 ここはまた「信長公記」に見られる法華宗と浄土宗との間で争われた「安土問答」の場としても有名である。本堂は昭和38年(1963年)に修理され、朱塗りの楼門は、平成5年(1993年)に解体修理されている。

平 景清と景清道

 平景清は、平氏の侍大将で、寿永4年(1185年)讃岐国屋島の戦いに、源氏の美尾屋十郎と戦い、美尾が逃げんとするや、鎧をつかんで引き絶ち、これを薙刀にかけて、「吾は景清なり、誰ぞ来たりて死を決せざる。」と叫び、敵を求めたという剛である。







 
第3回江若鉄道廃線跡ウオーク   記  
2018年6月24日(日) 晴れ  参加者 125名  12km

 近江舞子駅のご厚意により受付用のテーブルやいすも貸して頂き、地図以外の配布物もスムーズに配布出来とても助かりました。幸いにして梅雨空の中の好天日でもあり 125名もの参加者の皆様にも楽しいウオークとなりました。特に他協会・一般の方々で半数以上の69名を数えることが出来、中には湖西が初めての方も多く 少々路線跡から横道にそれましたが 四十八体石仏見学のおまけつきなど楽しむことも出来ました。
 
 廃線跡では現在は丁度、湖西道路の延伸工事が行われており 道の高架化やトンネル工事など混乱の状態で、北小松駅から近江高島への土手になっている路線跡は、6月中には重機でくずされてしまう由で、いわば今生最後のお別れをすることも出来ました。

 近江高島駅に到着する直前には 太陽の周りを丸く二重に虹が囲む不思議な現象も目にすることが出来ました。これも梅雨時特有の現象でしょうが珍しい驚きでした。

 次回は「景清道を訪ねて(安土から五個荘へ)」を7月1日(日)安土駅9時30分集合で実施します。
皆様多数の参加をお待ちしています。


  
   近江舞子駅 出発前のみなさん                  近江高島駅目指してスタートを切るみなさん   

  
         北小松駅前広場で                     廃線跡を歩くみなさん            

  
瑚国のパワースポット・白髭神社           四十八体石仏                  





 
平日ファミリー 大津なぎさウオーク(梅雨にもめげずに歩こう)   記  
2018年6月19日(火) 晴れ  参加者 82名  12km

    大津駅~旧東海道~義仲寺~法伝寺~相模川~長土塀~杉浦重剛邸~膳所城趾公園(昼食)
      ~大津市生涯学習センター~岩田神社~石山駅


 余震によるJR、私鉄のダイヤの乱れにより、大津駅10時15分出発となりました。この時期気になるお天気ですが、雨に降られず歩くことができました。旧東街道を通って、義仲寺、法伝寺を見て、杉浦重剛邸に立ち寄りました。
膳所城趾公園で昼食です。午後は、大津市生涯学習センターに入り、膳所城の模型を観察した後、旧道を通って岩田神社に寄り、石山駅にゴールしました。

 
       大津駅前広場で                      参加のみなさん             

 
          休憩                        膳所城趾公園で             

 
    義仲寺正面                          義仲寺             

 
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義仲寺  義仲と芭蕉、そして巴午御前も眠る墓所 

 
旧東海道に面した街道筋に義仲寺はあります。創建は不明。平家討伐の兵を挙げた木曽義仲が後白河上皇と対立し、最後は粟津原で源範頼・義経軍に討たれた時は数え31歳だったとされています。その後、重臣の今井兼平も自害して果てており、亡骸を葬ったのは側室の巴御前とされています。無名の尼と称して庵を結び、義仲の遺骸を葬ったとの伝承が残っています。
 元々特定の宗教に属していたわけではない義仲寺は、時代の移り変わりで荒廃することもあったとされていますが、戦国時代には、近江国守佐々木氏が“源家大将軍の御墳墓荒るるにまかすべからず”と再建に動きました。
 その後、真言宗東寺派総本山石山寺や天台宗寺門派園城寺に属し、一時はそれなりに栄えていた時期もある最中に、あの俳人松尾芭蕉がこの地を訪れました。木曽義仲と義仲寺を寵愛した芭蕉は、度々この地を訪れており、最後は、上方でその生涯を終えるものの、その遺言である『骸(から)は木曽塚に送るべし』に従って、義仲塚の右手に埋葬されて永遠の眠りについています。
 また、境内奥の翁堂の天井画には若沖が最晩年に手掛けたとされる『四季花卉(かき)図』(全15面)が復元されて公開されています。若沖が芭蕉とどんな繋がりがあったのかは定かではありませんが、全国に『ふたつ』しかない天井画がこの義仲寺に納められています。